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第四話 正論の神官、正しい檻

第四話:正論の神官、正しい檻


 公爵邸に戻ると、応接室に見知らぬ男がいた。

 白い法衣。背中がまっすぐで、笑顔が“正しい”。


「初めまして。王都聖堂の神官、レオニスです」


 柔らかい声なのに、空気が冷える。

 私の手首の印を、まるで“汚れ”を見るように見た。


「呪いの印。……危険ですね」


「危険ではない」


 セドリックが淡々と言う。


「危険です」


 レオニスは微笑みを崩さない。


「呪い持ちは、隔離するのが最適。感染や暴走の前例もあります。公爵家が庇えば、王都全体がリスクを負う」


 正論だ。

 誰も反論しにくい言い方。

 私は唇を噛み、先に言う。


「隔離するなら、私だけでいいです。公爵様に迷惑は」


「迷惑?」


 セドリックが、私の言葉を切る。


「迷惑ではない」


「でも」


「リラ」


 名を呼ばれる。

 胸の奥が落ち着く。

 彼は、私の前に立った。


「隔離はしない。彼女はここにいる」


「感情で判断してはいけません」


 レオニスは穏やかだが、その目は動かない。


「公爵家は国の柱です。柱が揺れれば、人は死ぬ。あなたは分かっているはず」


 セドリックは、一拍置いて言った。


「分かっている」


 そして続けた。


「だからこそ、柱は“守る”側に立つ」


 レオニスが眉を上げた。


「守る? 呪い持ちを?」


「一人を見捨てれば、次も見捨てられる」


 短い言葉が、石のように重い。


 レオニスは微笑んだまま、私を見る。


「リラさん。あなた自身はどうですか。隔離されれば、周りは安心する。あなたも、罪悪感から解放される」


 その言い方が、私の胸を刺した。

 “あなたのため”という顔で檻を作る。


 私は静かに首を振る。


「私は、好きに生きるって決めました」


「……それは、自己中心的な選択では?」


「そうかもしれません」


 でも私は、続ける。


「でも、私が消える時に、私が選んだ時間が一つもなかったら――それこそ、私の人生が可哀想です」


 レオニスの笑顔が、ほんの少し薄くなる。


「……なるほど。では公爵様。あなたは、彼女の一年が終わった後も責任を?」


 質問が鋭い。

 セドリックが、少しだけ沈黙した。


 ――その沈黙が、私には痛かった。

 責任、建前、合理。

 そこに“気持ち”がないなら、私は――。


 けれどセドリックは、言った。


「責任ではない」


 レオニスが目を細める。


「では何です」


 セドリックは、私を見ずに言う。


「……俺が、そうしたい」


 その一言が、胸の奥で灯った。

 レオニスの正しい檻が、少しだけ遠のく。


「分かりました。では、期限までに結果を出してください」


 レオニスは席を立ち、最後に微笑んだ。


「正しさは、いつも弱い側に痛い。……その痛みを、あなた方が引き受けるなら」


 扉が閉まる。

 応接室に残ったのは、暖炉の音と私の呼吸だけ。


 私は小さく言った。


「……さっきの沈黙、怖かったです」


 セドリックが、初めて私を見た。


「……すまない」


「謝らないでください」


「謝る」


 彼は短く言って、続けた。


「俺は、最初から覚悟を決めている。……だが、言葉は得意じゃない」


 私は息を吐いた。

 それだけで、十分だった。


 セドリックが、静かに私の名を呼ぶ。


「リラ」


 胸が、温かい。


「……はい」


 そして私は思う。

 この人が表に出さない覚悟は、きっと“期限の先”にある。

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― 新着の感想 ―
正論の怖さがはっきり描かれていて、物語に強い緊張感が生まれた回でした。 「あなたのため」という言葉で作られる檻と、セドリックの不器用でも意志のある選択が鮮やかに対比されています。 責任ではなく「そうし…
第四話、読んでいて胸が苦しく、同時にとても好きな回でした。 レオニス神官の言葉は、すべて正しいのに、ひどく冷たい。 「あなたのため」「皆の安心のため」という言葉で作られる檻が、これほど怖いものだとは…
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