勇者パーティの最期〜人類の希望はいかにして殺されたか〜
1
ついにこの日がやってきた。
城を出て三年と少し経っただろうか。
いよいよ計画を実行に移すときだ。
この手で、全てを終わらせる
私がこの手で。
2
薄闇の中で小さな白い光が、ゆらゆらと舞っている。
微かに周囲を照らしながら、ゆっくりと薄暗い廊下を進んでいく。曲がり角に来たとき、光球はピタリと静止して、輝きをぐっと抑えた。
聖女リアが手を出すと、白い光はその手にふわりと舞い降りた。もう片方の手で表面を撫でてやると、嬉しそうに身を震わせた。
リアの横を戦士ガルダが音もなくすり抜けて、ぴたりと壁に背をつける。ゆっくりと首を伸ばし、角の先を確認すると、指を二本立てた。
勇者ヒロトと、賢者ゼフが目で合図を送り合う。ゼフは最後尾へ移動して、魔法印を結んで、いつでも魔法を放てる用意を整えている。
ヒロトは、緊張した面持ちのリアの顔を覗き込んだ。血の気の引いた頬をさらっと撫でてやると、リアは恥ずかしそうに口を結んだ。
ヒロトは悪戯な笑みを浮かべると、ガルダの元へ近づき、肩に触れた。二人は剣の柄に手をかけると、一呼吸……ガルダの合図でいっせいに飛び出した。
待ち構えていたのは、人間の二倍は大きな鎧武者だった。重厚な扉の両脇で、片方が剣、片方が槍を胸の前で構えている。
ヒロトとガルダに気付くと、二体は関節から錆の粉を落としながら、ギリギリと動き始めた。
そして、大剣を振り上げ、長槍を深く引いた。次の瞬間、二人に向かって凶刃が放たれた——その時。
ゼフの放った緑の光線が両者のあいだにとびこんだ。光線は盾の形へ姿を変え、鈍い音をたてて鎧武者の攻撃を弾き返した。
「よくやった、ゼフ!」
魔法で剣に炎をまとわせたガルダが、深く踏み込んだ。直後、地面が爆ぜ、赤い閃光がほとばしる。
縦真っ二つに切断された鎧武者が、ガランガランと大きな音を立てて崩れ落ちた。ヒロトがにやりと笑う。
「僕だって!」
剣先で魔法印を結び、周囲に形の異なる剣を七本召喚した。
「貫け、七宝剣!」
光り輝くそれらは純白の尾をひきながら、目にも止まらぬ速度で鎧武者を貫いた。
「お二人ともさすがです!」
ぱたぱたと軽い足取りで、リアが二人に駆け寄る。
「ああもう、リア様。そんな無警戒に飛び出してはいけませんよ。伏兵がいるかも知れないでしょう」
呆れた様子のゼフが後ろでいった。
「まあまあ、そう怒るなよゼフ。聖女様にゃあ、精霊の加護があるんだ。敵がいたらすぐにぶんぶん飛び回って知らせてくれるさ——痛っ!」
リアの手から飛び出した光が、勢いよくガルダの額にぶつかった。上下に大きく揺れて、怒りをあらわしている。
「光の精霊様を、そんな虫みたいな言い方するからですよ。ねぇ?」
光はリアの顔のまわりをくるくる飛んで、ふわりとほっぺに擦り寄った。
「ほら虫みたいじゃねぇか」
光がガルダの顔に飛び込んで、皆が楽しそうに笑った。
「さて、気を抜くのはこれで最後にしよう」
ヒロトの言葉に、皆が頷いた。
「僕に宿った勇者の加護が教えてくれている。この扉を進んだ先に、魔王がいると」
鎧武者が守っていた重厚な扉に手を触れて、ヒロトはいった。ふっと笑みを浮かべると、振り返って仲間たち一人ひとりの顔を見た。
「君達と一緒じゃなければ、絶対にここまで来れなかった。ありがとう」
「何だよ今さら、調子狂うぜ」
「とか言って、ガルダ様にやにやしてる」
「う、うるせえ!」
「ゼフ、リア様になんて口の聞き方を!」
「気を抜くのは最後って言ったのに……相変わらずしまらないなぁ」
ヒロトは困った顔をしながら、どこか嬉しそうにほほえんだ。
「あれ? ど、どうしたの?」
と、リアが困惑した様子でいった。
ふわふわと皆のまわりを飛んでいた光が、力なく揺れている。
リアが慌てて両手で包むと、必死に何かを訴えるようにブルブルっと震え、そのまま溶けるように消えた。
全員の顔から血の気が引いた。
皆の意識が、消え失せた精霊に向いている。
ガチガチに張り詰められた緊張の糸が、ほんの一瞬だけ緩んだ。
私は、呆然とリアの手を見つめる勇者の背後に回り込んだ。普段であれば決して近づけない距離。思わず高揚しかけた心を、ぐっと押し殺して、ナイフを鎧の隙間から柔らかな喉元に滑り込ませる。
念入りに研ぎ澄ませたナイフは、音もなく皮膚を裂き、動脈を断ち切った。
「……え?」
間の抜けた声が、ヒロトの口から漏れる。
ヒロトはよろめき、剣を落とした。その音で、ようやく仲間たちが振り向いた。
「ヒロト様!?」
リアが叫び、倒れ込んだヒロトに駆け寄る。
だが、もう遅い。いかに聖女の治癒魔法といえど、決して間に合わない。
「ゼフ! 防護結界を——」
ガルダが喉をおさえた。
真っ赤に充血した目を見開き、必死の形相で喉をガリガリと掻きむしっている。
朝食に仕込んだ遅効性の毒だ。
毒は、聖なる加護を持たないガルダにしか効かない。だから他の三人はこの手で直接やらねばならなかった。それが、実に厄介だった。
泡を吐き、のたうち回るガルダを横目に、私は無防備なゼフの喉元を切り裂いた。驚愕の表情のまま、ゼフは喉を抑えて崩れ落ちた。
「い、いや……いやぁ……!」
リアが、腰を抜かし後ずさる。
もう、戦う意志など欠片も残っていない。恐怖の滲む瞳を必死に動かしているが、私がその目に映ることはない。
私はゆっくりと歩み寄り、ナイフを振るった。
小さな悲鳴がして、辺りを沈黙が支配した。
窓から差し込む四角い光の中で、塵芥がキラキラと輝き舞っている。
まるで故郷であるこの城が、私の帰還を歓迎してくれているようだ。
勇者ヒロト。
戦士ガルダ。
聖女リア。
賢者ゼフ。
これで人間どもが誇る最高戦力はすべて消えた。
実に長い、長い旅だった。ひ弱な魔族が戦争に勝つための、唯一の策が無事に成功した。
私は、姿を消す魔法を解いた。
共に旅をしていた人間達が横たわる中を、ゆっくりと歩いて行く。
廊下の奥、扉の前に立つと、ズシンと床が震えて扉が開いた。
「おかえりをお待ちしておりました。魔王様」
うやうやしく頭を下げて待ち構えていた宰相に、私は小さく頷き、それから振り返った。
じきに人間達は絶望の底に落ちるだろう。
「なかなか、楽しい旅だったぞ」
湧き上がってくる笑いを抑える事なく、私は玉座へ続く廊下を歩いた。
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