楽しみで嬉しいね
一つ 決して他人に話してはならない。
一つ 満月の連絡日には必ず応じること。
一つ 犯罪をしてはならない。
一つ 管理者が不適合と認めた場合はプロジェクトは中止。全ては元に戻る。
一つ 自分に起こったことを何らかの方法で記録してはならない。
一つ プロジェクトに参加したことを後悔してはならない。
一つ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〜etc〜
目が醒めて一番最初に映ったのは真っ白な天井だった。
ここがどこなのか分からない。頭がすごくぼんやりしている。
どこか遠い所に行って戻ってきたみたいに身体が気だるい。
指すら動かしたいのに思うように動かすことができない。
これまでのことを思い出そうとしても思い出せない。深い霧が頭の中を見えなくしている。
それだけじゃない。
なんとなくだけど自分自身にしっくりきていない。本当に私は私なのだろうか。
そんなことすら考えてしまう。
ぼんやりとした意識の中で今度は何かがスライドするような音がする。
視線なら意識すれば思うように動かすことができる。
音の方に視線を向けると同時に今度は何か大きな音がする。とても不快でとても驚くような音。
真っ先に感じたことは何かが割れた音。例えばビンみたいなモノ。
しばらく沈黙が訪れてから今度は声が聞こえる。
「・・・・・美有・・意識が・・・」
そう聞こえた後、声の主は大きな声で誰かを懸命に呼んでいる。
誰を呼んでいるんだろう。
音が遠い。私は遠ざかってゆく世界に置き去りにされるようにさらに深くぼんやりし始める。
でもぼんやりとしているだけでこの世界とは繋がっている。
『みう』って聞こえた。これって私のことだよね。そんな名前だったっけ?
「美有・・・声、聞こえる?」
視線を声の方に合わせると見覚えがあるような気もする顔が私のことを見下ろしている。
なんで?なんで泣いてるの?次から次へと熱い涙が落ちては私の頬を伝って流れてゆくのが分かる。
よく分からない。でも私は無意識に言葉を出す。それは声と言うよりは空気が擦れているような音でしかなかった。それでもなんて言ったのかは分かっている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・お・・・・・かあ・・さん」
そっか。お母さんだったんだ。そりゃ覚えているよね。私ってお母さんの顔を忘れているなんて馬鹿な娘でごめんね。安心したら自分自身が少しだけしっくりしてきたと感じることができて思わず不器用だけど笑顔になれたような気がした。
目覚めた後の私の毎日は慌ただしものとなっていった。
聞いたところによると私はいわゆる意識不明という状態が二ヶ月続いたらしい。
どうしてそうなったのか自分ではよく分からない。そのことをお母さんに聞いてもはっきりと答えてくれない。なんでいつも濁すのかな?担当の先生に聞いても『その内分かる』とだけ言って教えてくれない。『そんなことより一日でも早く良くなるようにリハビリだ』なんてことを言ってはぐらかす。
確かに人の手を借りないと座ることだってままならない。でも頭と口はちゃんとしているし、手だって一人でご飯を食べられるようにはなった。後はちゃんと立って歩けるようになればいい。
何日か経って、お昼ご飯のあと、いつものようにベッドに座って窓の外を見ているとお母さんが私の髪を撫でながら
「結構伸びたね。切る?」
「そう?まだ肩くらいだよ。せっかくならもっと伸ばしたい」
そう答えるとお母さんはなんだか不思議そうな顔して
「今までだったら『こんなの動き辛いから』って言ってたのに」
今度は嬉しそうな顔になる。
「なんでそんな顔してるの?」
「別に。やっぱり美有は女の子なんだって思って」
「はあ?なに当たり前のこと言ってんの?それに長い髪って憧れだったんだ」
言ってから自分の言葉にハッとする。憧れ?なんでそんなこと思ったんだろう?
「あのさ、そんなことよりもうすぐ新学期だよね。私、学校どうなるのかな。受験ってもう終わったんだよね。卒業式だってそろそろでしょ。私は出席できないし」
意識がなかった間に高校への受験シーズンは終わっていた。私はどこも受けていない。当然と言えば当然なんだけど。もう一回中学三年生なんてそれはそれで嫌だな。溜息と一緒に気が重くなる。
「それなんだけど。先生がね、って美有の担任の」
「沢城先生、なんか懐かしいな」
「先生がね、ここで入試受けないかって」
「どういうこと?」
「だから。病院で試験受けて結果次第になるけど、補欠で美有の志望校に掛け合ってくれるって」
「それほんと?そんなことできるの?」
今まで沈みそうだった気持ちがイッキに押し上げられる。正直どこまでできるか分からないけどやってみる価値はある。意識がなかった分、私の逆転劇はまだ幕が開いていて希望の光が注いでいる。
「やる。絶対合格する。お母さんお願い、先生にそう言って。私、頑張るからって」
試験は一週間後に決定した。はっきり言ってこれまでで一番勉強したと思う。ほとんど寝ていないから始まってリハビリの時間すら最小限にして持てる全ての時間を勉強に費やした。それにここには心強い学業優秀なお医者様達がいる。分からないことがあればすぐに聞けたし、勉強のコツなんかもいろいろ教えてもらった。
準備は整った。これ以上は必要ないっていう自信がある。
「いよいよ明日ね」
「なんかあっという間だった」
三時のオヤツを食べ終わって一息ついてこれまでのことを振り返る。
こんなに駆け足で過ぎた三学期はなかったと思う。私って頑張ったんじゃないかな。きっと頑張った。だから今夜はちゃんと寝よう。やるだけのことはやったんだ。頑張った私にきっと神様だって応援してくれている。なんて都合良く考えたりしてみた。
窓の外を見てみると桜が満開に咲いている。いつの間にか咲いていた。そんなことも気がつかないくらい勉強してたんだ。季節は確実に春に移り行く。
ふとガラスに映った自分の顔を見る。髪はさらに伸びて肩を越えていた。これなら夏の前には肩甲骨すら越えるかもしれない。そしたらどんな髪型にしようかな。ツインテールだってできるしポニーテールだってできる。思いきってドレッドヘアなんかも面白い。ちょっとした楽しみに顔が緩む。なんで今ってこんなに充実しているのだろう。生きていることがとても楽しくて楽しみでもある。自然と笑顔になった顔。この顔は私がずっと望んでいた顔じゃないかな。
「お母さん。私、頑張るから。今までの分、絶対取り戻したい」
お母さんは私の頭を撫でて
「ええ。応援する。そうだ合格したらなにか欲しいものとかある?」
「・・・欲しいもの?ん〜今は思いつかない。合格したら考える」
消灯時間になる。久し振りの熟睡は私に夢を見させた。
夜のどこか。でも全然見覚えがないわけじゃないのにその場所をどうしても思い出すことができない。
まだ風が冷たい季節。目の前には大きな満月が浮かんでいる。とても青くてじっと見ていると目が痛くなるほどだし懐かしささえ感じる。
よく分からないけど私の心の中にはなぜか悲しみが溢れている。一体何に対して悲しんでいるのだろう。
やがて何かを決心したように歩き出す。その先に道はなかった。あるのは真っ暗な空間だけ。どこまでも深くて月の光だと足りない、というよりは光さえも吸い込んでしまいそうな空間だ。とっても怖い。なのに何故私は歩みを止めないの?このままじゃ・・・このままじゃ・・・
目の前が真っ暗になって・・・声すら出ない。
目を醒ますと部屋の中は真っ暗だった。
自分が生きていることを確認するために体中を手で触って確認する。身体はちゃんとここにある、って認識してやっと上がっている呼吸を整えることができた。
それにしても汗が凄い。頬を伝っているのが分かるくらい。喉もカラカラに乾いている。
電気は点けずに暗い部屋でベッドから出る。それはとても自然に。リハビリの途中なのに足は何事もなかったように動く。もしかしてリハビリの効果が出てきたのかな。少しの違和感もなく普通に立って歩けている。先生からは今まで通りに歩けるようになるには一ヶ月以上かかるとも言われていたのに、その心配はしなくてもよさそう。今ならこのまま走り出すこともできる。
身体の火照りはまだ収まる様子が全然ない。それに今は私しかいない。思いきって上半身裸になる。なんだかこれってすっごく男の子っぽい。それでも身体はまだ上気している。
カーテンの隙間から月の光が溢れている。窓際まで歩いてカーテンを開けると目の前には月があった。それは夢と違って満月じゃなかったけどそれに近い。色は青白くて光は私の裸体を浮かび上がらせている。
窓ガラスに映った自分を見る。膨らんだ胸。月の光が凹凸を誇張している。不思議と神々しく見えるのはきっと今の時間や月のせいだと思う。両手で触ってみる。それは私がずっと欲しかったものだった。
なんでそんなことを思う?自分が不思議でならない。それが夢のことを忘れさせるくらい嬉しい気持ちにさせる。これからもっと大きくなるのかな。そんな期待だってしてしまう。私は気持ちも身体もどんどん女の子になってゆく。
「ありがとう」
そんな言葉が自然と口に出る。それは心から本当に湧き上がってきた言葉だ。私は一体何に感謝しているのだろう。両手を月に向かって差し伸べる。それは前にもやったことあるポーズのように思う。
でもね、今はこうしていたいの。意識は遠くどこまでも飛んで行けるような気がする。とても心地良かった。
起床時間。
いつの間に眠っていたみたいで私はベッドの中で目を醒ました。夢なんて見ない眠りだった。昨夜のことが夢だったのか。それとも現実だったのか。確かめるために同じようにベッドから立ちあがった。
「・・・普通に立てる」
歩ける。支えは必要ない。本当に走り出せそう。あれは夢じゃなかったの?
ノックの音がしてドアが開く。そこにはびっくりして立ちすくんでいるお母さんの姿があった。
「・・・美有・・自分で立ってるの?」
私はお母さんの前まで歩いて
「おはよう。お母さん。私、歩けるようになったよ。このまま走ることだってできそう」
「試験の前に先生に診察してもらいましょう。無理してるといけないから」
「そんなことしなくても私は平気だよ。それに私のこと見たら先生ビックリしちゃうよ」
私は笑って答えた。お母さんも同じように笑った。
今の私は奇蹟で溢れているみたい。さあ、試験、頑張りますか。
長々まったり読んでいただきありがとうございます。
もう11月ですね。
私も投稿を始めて一ヶ月。今年も後少し。
年内には到底終わらない物語の旅はどこまで続くのでしょう。
今後もよろしくお願いします。




