さよならのキス、忘れないで
昨夜はホントよく眠っていた。新月が終わってむしろ身体が軽く感じる。
シャワーから出て髪を乾かし終わって目の前の鏡をじっと見つめていた。
やっぱり何もなかったんだ。私はどこも変わっていない。
それでもまだ私の中では何も終わっていないし、始まってもいないように感じるのは気のせいなのかな?
拓哉は妙なこと言ってた。
私の首・・・ホントなのかな?
何度も鏡を見て確認したけれどそんな痕跡は全くない。
それにしても・・・
「う〜・・・ほんと、あとちょっとで胸見えるところだったじゃん。気をつけないと」
それにしても最近発育いいよね。
確かに入院していた時に『もっと大きく』なんて願ったこともあったけど、ちょっと効き目があり過ぎるのでは?
今がバランス的にちょうど良いと思うからそろそろ打ち止め的な感じで止まってくれないかな。下着って結構高いんだよね。それに大きいサイズって可愛いのないんだもん。
それから視線は自然とくちびるに。
私と前の私とで二回・・・
なんとなく勢いだったことは認める・・・けど嫌なんかじゃなかった。
それになに?あの言葉。とても自分の意思で言ったとは思えない。もしかして前の私が言わせた?それともあれが今の私の本当の気持ちなの?
「もしそうなら・・・前の私に文句言われちゃうかも・・」
満月の前にもう一度半月がやってくる。私は前の私と向かい合うことができるはず。
上弦の半月と下弦の半月。
月に二回もあるなんて。こんなことがなかったら全然興味なかったのにな。これじゃ月博士にでもなりそう。それとこれ以上の面倒はごめんだ。
「・・・私は普通でいたい。いってきます。前の私。半月は覚悟してよね」
私は鏡の中の私に向かって言った。向こうも同じこを思っている、そんな顔が映し出されていた。
登校途中で拓哉に会うことはなかったが
「おはよう相楽さん」
後ろから声が掛かる。振り向いて私も笑顔で答える。
「今井さんおはよう。偶然だね」
「そうだね。今日は日下部君いないの?」
「うん、まあ。いつも一緒に登校しているわけじゃないし」
「ふうん。そうだ。今日も部活来るでしょ」
「そのつもり。だってそろそろ見せてくれるんでしょ。この間の写真」
「うん。もう出来てるんだ。昨日相楽さんが帰った後に現像したの」
「そうなの?言ってくれれば一緒に見たかったな」
「そっか。相楽さん昨日はなんだかソワソワしてて早く帰りたそうだったから」
「・・・まあ・・昨日は・・そうかも」
私はまた昨夜のことを思い出していた。
何もなかったと思いたいのに絶対に何かあった夜。
私も拓哉もどちらも記憶にない。唯一のことは下駄の音。
それってなんなの?まさか『ゲゲゲの○太郎』がやって来た、なんてことないよね。
「どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない。どんな風に撮れているかなって思ってた」
「どんな感じか言っていい?」
今井さんは私の腕を組む。やっぱりこうなるんだよね。そんなに好きなのかな?
「あ。ちょっと待って。部活まで楽しみに待ってる」
「まあ、そうだね。実際見た方が言葉より分かると思うよ。それに今はまだ部室で乾かしているから持ってないんだ」
「そうなんだ。じゃあその時で」
そんな会話をしている間に教室に到着していた。腕は組まれたままだった。
結局、今井さんと一緒に登校したわけだが、途中で拓哉に声を掛けられることもすれ違うこともなかった。
私は教室で拓哉のことを探してみたけど、まだ来ていないのか、席は空席のままだった。
「日下部君まだみたい」
「うん・・・」
もしかして昨夜、無理をさせたから家で寝てるのかな?それとも具合でも悪くなった?
私はそれとなくスマホでメッセージを送った。しかし既読が付く前に始業のチャイムが鳴った。それでも教室のドアが開かれることはなかった。
じっと見つめていて、やっとドアが開いたかと思ったら沢渡先生だった。
既読はまだ付かない。
拓哉に何かあったのだろうか?やっぱり具合が悪くなった・・・そうなったら私の責任だ。せめてメッセージを読んでくれれば少しは気分が落ち着くのに・・・
急に心配になってとても授業どころではなくなった。早く休み時間にならないかな。
「日下部がいないな。欠席か?それとも遅刻か?誰かなんか聞いてないか?」
出席を取っている途中での先生の呼び掛けに誰も答える様子はない。
「相楽は何か知ってるか?」
先生は私に答えを求めてきた。
「分かりません。あの先生、心配なんでちょっと連絡してきてもいいですか?」
先生は少しだけ考えて
「すぐ戻ってこい」
「はい。ありがとうございます」
私はそっと教室を後にしてトイレに向かった。
廊下はとても静かだ。それはどのクラスも授業中だから。
必要以上に静かな気もする。窓から見える校庭には誰の姿もない。それに途中にある体育館からも物音一つしない。
朝から体育がない。といえばいいのかもしれない。でも私にはこの静けさがとても気持ち悪く感じる。それは多分記憶のない昨夜のことを引きずっているのかもしれない。
ううん。そんなことない。何もない夜だったんだ。きっと拓哉のことを心配し過ぎて変に気が張っているだけなんだ。
トイレにも私以外誰もいない。当たり前だよね。授業中だもん。
休み時間になるとここは戦場と化す。女子トイレはどこに行っても人で溢れている。鏡なんていつになったら空くのか見当も付かないのに・・・
こんな静かなトイレって初めて・・・
「・・・え・・・?」
頭の片隅に似た光景が見えてくる。
いつ?・・・どこで?
記憶には誰もいないトイレに一人きりだった・・・いや違う。誰かいたんだ。でも誰が?一人だけ・・・今の私みたいに鏡の前に立って・・・
気がつくと私は手を水に濡らして、そのまま髪をおでこが見えるように後ろに流してゆく。
けれどそれ以上は何も思い出せない。髪についた雫が床の上に落ちてゆく。
なんでこんなことしてんだろ・・・
長い髪になった。今は肩甲骨の辺り。いろいろと縛ることだってできる。でも一度もまだ試したことがない。今のまま。それが自分に一番似合っている。そう思っているから。
スマホが振るえて私は我に返った。
「・・・拓哉・・・やっと見てくれたんだ」
『悪い。今見た。帰ってから腹の具合が悪くなった。今はもう平気だ。これから学校に向かう』
その内容にホッと胸を撫で下ろす。私はスタンプで返信して教室に戻った。
次の授業が終わる頃に拓哉は登校してきた。
休み時間になって拓哉の席まで行く。
「お腹、大丈夫?私はなんともないけど、何か悪かったのかな?」
「忘れているわけないよな。あのサンドウィッチにあのコーヒー。多分あれのせいだ」
「え?そこまで?」
「ほう。疑うのか?だったら試してみるか?いや、ぜひ試してもらいたい」
拓哉の顔はいたずらっ子みたいにどこか楽しそうに見える。おかげで何か大変なことになっていたワケじゃないって分かってホッとした。
「え、いいよ。私は。だってあれは拓哉専用だし」
「いやいや。もしかしたら気に入るかもしれないだろ。俺は昨夜ずっとそのことを考えていたんだ。忘れていたが腹が痛くなって思い出した」
「いや〜でも効かなかったよね。拓哉ぐっすり寝てたし」
「あれは・・・新月が無事終わったから安心したんだ。そしたら急に・・・」
「でもさ、大したことなくて良かった」
「いや、十分大したことだった。いずれお前にも味あわせてやるからな」
あ〜これは当分根に持つ感じだな・・・早いとこ機嫌を直してもらわないと今度犠牲になるのは私の方だ。
話はその辺りで終了。次の授業が始まるベルが鳴った。席に戻る前に一言だけ。
「お昼は?食べれそう?」
「言っただろ。もう大丈夫だって」
「だったら一緒に」
「ああ。そうだな」
私は席に戻った。そしたらすぐに今井さんが話しかけてきた。もうすぐ先生来るんじゃないかな。
「よかったね。日下部君来て」
「うん・・・って、なんでよかったの?」
「だってずっと心配してたでしょ」
「まあ、確かに。だって私のせいかもしれなかったから」
また迂闊なことを口走ってしまう。当然今井さんの瞳のキラキラ度が増したことは言うまでもない。
「ねえ相楽さん。お昼一緒にどう?」
「ごめん。拓哉と約束してんだ」
「そう・・・だったらさ、日下部君も一緒に部室で食べない?」
「え?部室?」
「うん。私がお邪魔じゃなかったらって話になるけど」
その提案・・・ちょっといいかも。
「そしたらお昼に写真見せてあげる」
「写真か・・・分かった。後で拓哉に聞いてみるよ」
そんな感じで小さく盛り上がっていると
「あ〜相楽さん、今井さん、授業始めても構わないかね」
え!またこのパターン。先生・・・いついらしたんですか?
私達は苦笑いして教科書を開いた。
☆★☆
私達三人。部室でそれぞれお弁当を広げている。ここは部室が集中しているから教室の喧噪とは程遠い。静かな空気と時間が流れているみたい。
「うわ〜、男子って感じのがっつりしたお弁当だね」
今井さんは拓哉のお弁当を見ての最初の一言。いつもだけど彩りはほとんど感じられない茶色一色の世界だ。
「男子だからな」
これって私にも同じこと言ってたよね。まあ、他に説明の仕方がないのかもしれない。
「お前達はそんなので足りるのか?」
珍しく拓哉の方からそんな話を振ってくる。たぶん今井さんがいるから気を使っているのかもしれない。
確かに男子から見たら私達のお弁当は頼りないのかもしれない。
「だって今日は体育とかないからお腹そんなに空かないんだよね」
今井さんはそう言ってサンドウィッチを食べる。玉子サンドに野菜サンド。おまけに付け合わせもサラダだ。
「今井さんって野菜が好きなの?それともダイエットとか?」
「やっぱりそう見える。でも全然。むしろ体重増やしたいくらい」
「へ〜。増やすってなかなかレアだよね」
「でもさ私。小食なんだよね。お肉とかあまり得意じゃないし」
私は聞きながら鮭のおにぎりを頬張る。そんな私のことを今井さんはじっと見ていて
「やっぱ出るとこでて引っ込むことろは引っ込む。その点、相楽さんって恵まれてるよね」
「そう?だったら私ももう少し背が欲しいな。今のままで止まったら嫌だなって。あと十センチは欲しい」
今度は卵焼きを頬張った。
「そう?今のままで十分いいと思うな。それに」
「それに?」
「入学してからまだそんなに経ってないけど、急に大きくなったよね」
今井さんは自分の胸元に手を当てる。正直それは私も思っていること。急に拓哉のことが気になって視線をずらすと
俺は特に聞いていない。みたいな感じで黙々と自分のお弁当を食べていた。
「ちょっと今井さん、恥ずかしいって」
「日下部君もいるから?」
「う・・・ま、まあ」
「相楽さん。もっと男子の会話に耳を澄ませておいた方がいいよ」
「どうして?」
「無関心なのは分かったけど。周りの男子は無関心じゃないから」
「それって見られてるってコト?」
「そういうこと。ねえ、日下部君」
「・・・なんだ?」
「相楽さんのこと、守ってあげてね」
「どういう意味だ、それ」
「言葉通りよ。相楽さんが男と付き合うなんて考えたくないんだもん」
「はあ・・・意味が分からん」
拓哉は食べ終わると持ってきていたポットからお茶を飲んでいる。
「だって相楽さんって私の理想としている女の子に一番近いから」
「ふ〜ん」
拓哉は答える。同じように、そっか、って私も思う。だからあんなに纏わり付くんだ。
「なんか、ずいぶん余裕だよね。そう言えばね、相楽さんこの間こんなこと言ってたよ。ファーストキス」
その言葉を聞いた瞬間、私もだけど拓哉も動きが止まる。
そして今井さんに気がつかれないようにお互いの顔を見合わせていた。
私は今朝のことが蘇ってくる。今って見られているよね。あまり勘ぐられないうちに
「あはは・・・そんなこと言ったかも。いつかは私もするのかなって」
「いつか?相楽さんホントはしたことあるんじゃない」
「変なこと言わないでよ。そうだ、今井さん。写真、見せてよ」
「お、急に話題変えるの?まあいいけど。ちょっと待ってて」
今井さんは暗室の中に入ってゆく。
私と拓哉は同時に溜息を付くと同時にお互いの顔を見合わせた。
なんで耳が赤いの・・・って私も人のこと言えない。手には薄ら汗をかいていた。
「お待たせ」
今井さんは私に手渡してくれた。
「どう?なかなかだと思わない?」
私が映っている写真。
あの時の夕陽の色、オレンジ色の中に私がいる。
今井さんの言われたように何も考えず肩の力が抜けていて何も飾っていない素の私が映っている。疲れた顔があると思っていたのに意外にも微かに笑顔の私がいた。
「・・・あの時こんな顔してたんだ・・・もっと疲れた顔しているかと思っていた」
「ね。すごくいいよね。自然で」
「拓哉も見る?」
「ああ」
写真を渡す。拓哉は何も言わずにじっと見つめていた。
「どう・・かな」
「いい写真だと思う」
拓哉は今井さんに写真を渡す。
「でしょ。雰囲気もいいし、やっぱなんと言っても素の相楽さんが素敵なの。相楽さんどう?いい写真だと思わない?」
「うん。凄くいいと思う。写真って凄いね。ねえ。今井さん」
「なあに相楽さん」
「写真。私も欲しいな。コピーして欲しいな」
今井さんは『フフ』と笑う。
「これはデータじゃないの。また現像しないと」
「え?そうなの?パソコンに保存しているわけじゃないんだ」
「そう。アナログって不便だよね。でもね、今っていろんなことが便利になり過ぎていると思うんだ。そこまで便利って必要?まあ、あったらあったで良かったって思うことの方が多いから否定したいわけじゃないけどね」
「そんなこと考えたこともなかった。また暗室で現像するんでしょ。大変なの?」
「別に。慣れたらそんなこと思わないよ。たまには不便なことするのって楽しいって思うんだ。自分の手で創ってるって実感が得られるみたいな。よし。今日の部活はこの写真を一緒に現像してみない?」
不便が楽しいってどういうことなんだろう。でも未体験だから
「うん。やってみたい」
「それとさ、今度レトロ喫茶に行こうよ。今は流行みたいだけど」
「レトロ喫茶・・面白そう。この間のこともあるし」
だんだん楽しくなってきた。
やっぱりこれが高校生活だよね。部活したり親しい人とお茶したり、いろいろなこと話したり。
「俺も行ってみたい」
「え?拓哉も興味あるの?」
「そうだな。今は甘いものが無性に食べたい気分がする」
「そうなの?どうかな今井さん。拓哉も一緒でもいいかな」
「別にいいけど。もしかして私の方がお邪魔じゃない?ホントは二人きりがいい、とか」
「それも悪くないが、この流れでそれはない」
「じゃあ、いつにしようか」
今井さんはスマホで、多分自分の予定でも見ているのかな。
「今度の土曜日は?」
「俺は午前中は部活だから、昼からなら可能だ」
「私も平気」
「分かった。私もそれでいいよ。時間と場所は後で連絡入れる。って、まだ二人と交換してないよね」
みんなで連絡先の交換を終えた時にちょうど昼休みの終わりを告げるベルが鳴った。
教室に戻る。廊下は同じようにしている生徒達で溢れている。歩いている人、小走りの人、慌ててトイレに駆け込む人、みんな午後の授業に向けて準備をしていた。
そんな人混みが私にはフィルターを通して見えたり聞こえたりしてる。なんか変な感じがする。
お腹が満たされたから眠くなっているのかな?
眠気・・・違う・・・なんかいろんなものが遠く感じる。
自分が歩いていることすら遠く感じてくる・・・意識が・・・
「相楽!!!」
拓哉の大きな声が・・・遠くなってゆく・・私・・・どうなって・・・
真っ暗・・・前にもこんなことあった・・・
なんで知ってるの・・・でも知ってる・・・
・・・夢・・・なのかな・・・あの時・・
「・・・えっと」
「目が覚めましたか」
この声・・・って
「え?ルシェル?なんで?」
私の記憶は戻っていた。目の前にはルシェルがいる。相変わらず真っ白な髪にキバのような八重歯が懐かしい。
「ここって?」
「ここは地獄です」
「え?地獄?なんで私いるの?満月だってまだ先だよ」
「えっと、いろいろ困惑しているのは分かります。一つ一つ説明するので、先ずは落ち着いてください」
私はルシェルの案内されて歩く。そこは地獄には似合わない東屋のある場所だった。
空には青色が広がってるし、足元には色とりどりの花が咲いているキレイな場所だ。
「こっちで座ってちょっと待ってて下さい」
通されたのは東屋の一つで私以外誰の姿もない。言われた通り座って待っている、時折吹く風が優しくて心地いい。ホントここが地獄なんて誰も思わないだろうな。
「お待たせしました」
ルシェルが私の目の前に置いたのはクリームソーダだった。それも絵に描いたようなクリームソーダ。緑色で炭酸が弾けていて上の添えられたアイスクリームにはちゃんと缶詰のチェリーが乗っていた。
「うわ・・美味しそう」
「でしょ。どうぞ。飲んだら落ち着くと思いますよ」
そして自分にも同じものを置いて座った。
「じゃいただきましょう」
「うん。いただきます」
私達は同時に一口。
「・・・ん・・美味しい」
「ですね。満足していただけました。一応レトロ喫茶を意識してみたんですよ」
「レトロ・・・そうだ、今度行くんだ。みんなで。早く帰りたいんだけど」
私の質問にすぐには答えてはくれない。残りをイッキに飲むとアイスクリームだけ残る。
「あの。言い難いけど言いますね。すぐには帰れません」
はっきりと帰れないと言った。
「え?なんで?もしかして強制終了なの?そんなの嫌。せっかく楽しくなって来たのに」
「まあ、それに近いです。でも完全には終わってません。それは、美有ちゃん、あなた次第でしょうか」
「私次第って・・・どういうこと?」
「だから今からお話しするんです」
そんな・・・何か間違ったことしたのかな?確か誓約書には管理者がどうこうって文言があったと思う。一体私はどんな違反をしたのだろう。
今はその理由を聞かないとならない。
「お分かりのようにあなたの魂は彼女の身体から離れています。といってもまだ繋がっています。その証拠に・・・」
ルシェルは帯から手鏡を出して渡してくれた。
「どうです?姿はそのまま維持しています」
私の顔・・・ホントは違うけど・・・ある。私はまだ相楽美有としていることを許されていることに安心した。それに元の姿に戻るっていっても今は彼女・・・じゃない彼の魂が入っている。はっきり言って余剰状態。魂が渋滞している。
「・・・私の中には本当の美有の魂がいた」
「我々も想定外でした」
「・・・・・・」
これからどうなってしまうのだろう・・・
「本来魂とは一人一つ」
「・・・私・・・」
「これからのことが気になりますよね」
私はどんな言葉が出てくるのか・・・そればかりが気になっている。
「まだ相楽美有として生きていたいですか?」
答えはもちろん『はい』だが『いいえ』と言った場合はどうなるの?
「いろいろ混乱していると察します」
私は頷くしかない。
『はい』と答えたら元々の美有は?『いいえ』と答えたら男の美有は?
そして私の行き先は?男に戻ることは出来ないだろうな。自分で命を粗末に扱ったんだ。
そう考えると向こうには好都合ってこと?
「あの。元々の私は・・・」
「ああ。彼の方は今のところ何事もなく毎日を楽しんでいます」
「・・・・・・・・」
ないじゃん・・・私の行くべき身体・・・
「すぐに答えが出ないのは分かっています」
「・・・なんで私だけ?元々の美有はずっと眠っていた」
「そうですね。ずっとそうなら良かった。でもあなたが入ったことが刺激となって目覚め始めた。そうですよね。あなた、彼女と対面しているでしょ」
「知ってたの?」
「当たり前です。私はあなたの担当なんですよ。これでも毎日チェックしているんです。だから本当は満月の夜に相談しようと思っていました。けど私達より先に気がついたモノがいた」
「それって・・・やっぱり新月・・・」
「そうです。天界は本来命を与える側。その手違いというか正直ミスで一つの身体に二つの魂を入れてしまった。こういうことは稀にあります。天界の緩慢の証拠です。そのミスを帳消しにするために直接手を下そうとした。でも我々の加護のせいでできなかった」
「・・・そう言えば夢を見ました」
「そうでしたか・・・あなたは地獄と天界、両方から見られることになった」
「夢ではこのまま様子を見るって・・・主が決めたって」
「でも彼女が目覚め始めた。面倒は御免だとあの天使が勝手に動いたのでしょう。あなたじゃなく元の彼女の魂を無理矢理引きはがそうとした。けれど加護が彼女にも影響していてできなかった。あなたは覚えていないでしょうが、新月の夜、私が急遽出向いたんです」
・・・・そんなことが・・・だから拓哉は下駄の音って言ったんだ。
私は何も考えられない。何を考えたらいいのだろう。
クリームソーダのアイスクリームはすっかり溶けてしまっていた。虚しくチェリーが溺れている。なんだか今の私みたい。行き場のなくした溺れている魂みたい。
「それでこれからの方針なんですが。こちらから一つ提案してもいいでしょうか」
どうすることもできない私は黙って頷くしかなかった。
空はやがて夕陽が差し込んでくる。全てがオレンジ色に染まっている。
まるであの写真みたい。今ってどんな顔しているのかな。
「と思ったんですが、そろそろ私の勤務時間が終わります。今日は残業はできないので後日にしましょう。それまではしばらくはこちらで生活してもらいます。詳しくは明日」
ルシェルは立ち上がる。
今は帰れない。でもいつかは帰れるのだろうか・・・
楽しみにしてたのにな・・・高校生活、部活、みんなと行くレトロ喫茶
「みんな心配してないかな。あのちょっといいんです。拓哉に会わせて。わがままだって分かってる。お願いルシェル。そしたらあなた達の提案に協力するから」
ルシェルは時計を見て
「仕方ありません。こういうことはしない主義ですが特別です。サービス残業します。但し一分だけ。それ以上はまかりません」
「それでいい。一分あればいい」
「それでは会いたい人の顔を思い浮かべて下さい。言っときますが美有ちゃんの声も顔も向こうには認識できません。そよ風程度のことだと思ってください」
「分かった。拓哉なら私の想いを受け取ってくれる。信じている」
「では」
目の前には無数の光が通り過ぎた。次の瞬間
ここ・・・病院?
拓哉・・・私・・眠っている
「美有・・・目を醒ましてくれ・・・」
泣いてるの?男でしょ。でも嬉しいって思うのは間違った気持ちじゃないよね。
私は拓哉の耳元に行って
「私は戻ってくるから」
声が聞こえたか分からないが顔を上げる拓哉。何か気にしている。
今度は拓哉の正面に立つ。私は今の本当の気持ちを込めてくちびるを重ねる。
「拓哉・・・・・少しの間のさよならのキス。忘れないで」
触れ合えていないけど私も拓哉も触れ合っていることを感じる。
次に目を開けた時、目の前にいたのはルシェルだった。なんで顔が真っ赤なの?
「あの・・・こそばゆいことしないでください」
「ありがとう。伝わったと思う」
「・・・じゃ行きましょうか」
私はルシェルの後について星の瞬いている夜の地獄の道を歩いていた。
春分の日だ。春だ。開花宣言だ。
読んでいただきありがとうございます。
ここに来てコロコロ展開しています。
それもこれも一区切りを付けたい私のわがままからです。
次は一応現段階の最終話になります。
こんな話でも最後まで読んでいただけると嬉しい限りです。
さあ、花見の準備でもしよう。
次回もよろしくお願いします。




