ウエディングドレスは私のもの
私が二杯目の紅茶を飲み終わる頃に拓哉は戻って来た。
「ずいぶん時間掛かったね。お母さんとなに話してたの?」
答える前に拓哉は同じところに腰を降ろして
「もちろん今夜のことだ」
「それで?お母さんは?」
「部屋で二人きりは駄目。ドアの前の廊下ならOKと言ってくれた」
「ろうか?それだと何かあった時困るじゃん」
「あと当然だが泊まる理由も聞かれた」
私はポットの残りを使って最後の紅茶をお互いに淹れた。味も色も薄くなっているし味だってぼやけている。おまけにかなり温い。それでも喉を潤すには十分だった。
「それで?なんて答えたの?」
「正直にお前に頼まれたって答えた。実際にそうだしな」
「そしたら?」
「なに考えてんのってちょっと機嫌が悪くなってたな」
まあ、普通に考えたたらそうなるか。
でもさ、よく考えて欲しい。親がいるのに何かあるかもって思う方がどうかしている。そりゃ心配してくれるのはありがたいんだけどね。
私達は言葉なく空になったカップの底を見つめている。
私は拓哉のことを信頼している。拓哉は私から信頼されている。
正直。私達の間で何かあるなんて思えない。だって親友だもん。
さっきのことはあまりにも唐突に突然だった。誰にも予想できなかった。事故って言ったら前の私に悪いけど、私からしたらそんな感覚もする。
「そっか・・・紅茶、新しく淹れようか?」
「いや。一度帰って支度してくる。飯も食いたいし風呂にも入りたい。あと、ウチにも説明しておかないと駄目だろうな」
「じゃあ拓哉が泊まる理由は私が説明しておく」
「そうしてもらえるとありがたい」
私は玄関で拓哉のことを見送った。
「じゃあ、あとでね。一応来る時連絡して」
「ああ。それじゃお邪魔しました」
拓哉がドアを閉めた後、ずっと隣りにいたお母さんが私の腕を掴んで
「美有。話を聞かせてもらうわよ」
「分かってるって。ちゃんと説明するからそんな怖い顔しない。あとお腹減った。もう夕飯だよね。ご飯食べたい」
キッチンにはすでに夕飯が用意されていた。お父さんの茶碗が伏せられているってことは今日も遅いのか。そんなことを思いつつ席に座ると当たり前のように炊きたての湯気たっぷりのご飯を渡される。
「ありがとお母さん。今日はしょうが焼き。匂いで分かってたんだ。嬉しい。大好き。特に一緒にナスが入っているところがいいよね。いただきます」
私はお肉よりも先にナスを一旦白米の上でバウンドさせてから口に運ぶ。
「ん〜やっぱり最高」
私の食べている姿をお母さんはじっと見つめている。
「どうしたの?食べないの?」
お母さんは大きく息をして
「溜息なんてついて。温かいうちに食べた方が美味しいよ」
「そんなこと作った私が一番よく知ってるの。食べるわよ。はあ・・・・・・年頃の娘を持つって大変なんだなって実感したら気が気じゃないの。ずっと男の子みたいだったあんたが急に女になったから心の準備が間に合ってないんだから」
私はなめこの味噌汁を一口飲んで
「なんだか私のせいみたいに聞こえるけど」
「あんたじゃなかったら誰のせいだと思ってんのよ」
「よく分かんない。だって普通に戻っただけじゃん。ずっと女の子ってのは変わってないんだから」
「・・・ずっと思ってたことだから。嬉しいのはホントのこと」
「私ね。拓哉から聞いた昔のこと」
私は順調に食べ進めてゆく。なんかお腹空く。だからお代わりを求めた。
「そんなに美味しい?」
「うん。それに成長期だから。分かってると思うけど最近キツくって。だから新しいの買ってよ」
私は胸元を指差す。お母さんも私の胸をじっと見て
「なんか急に成長したわね」
「言ったでしょ成長期だって」
また溜息。
「心配だわ」
「今日だって告白られそうになった。どう?ますます心配になった?」
「告・・・?誰に?」
「覚えてない?佐々木君って。昔、私の誕生会の時喧嘩してお母さんが守ってくれた」
「・・・覚えてるわよ。それで?」
「豪快に振ってやった。実際には告白るとか分かんないけどなんかしつこくて」
「ますます心配だわ」
「だったらなんで笑ってるの?さっきから思っていたんだけど」
「そ、そう?」
「うんうん。娘を心配するって親の醍醐味なのかもしれないね。それでね。心配ついでに言うとさ、拓哉のこと」
「そのこと。あんたの口からちゃんと聞かないと。なんで急にあんなこと決めたのよ」
「えっと、なんて言ったら分かってもらえるか分かんないけど、正直、詳しいことは私にも説明が難しいんだ。けどそのことを理解してもらいたい。無茶苦茶なこと言ってるよね私。強いて言うなら気持ち的っていうか予感っていうか。だから一番信頼している拓哉に傍にいて欲しい。それにさ、もう分かってると思うけどさ、親がいるのに家でなんかあると思う?ありえないでしょ。拓哉は友達。親友なの。これからも今の私にはずっと変わらない」
またお代わりをする。ちょっと食べ過ぎかな?でも今夜のことを考えたら必要なことなのかも、なんていいわけしてみたりして。ホントどうかしている。
「私達だって信用している。だから廊下ならってことで許可はした。でも最大の理由は彼の目が真剣だった。あんな真っ直ぐな瞳に嘘はないと思った」
「私は拓哉のこと信用しているの。ずっと。これからだってこの気持ちは変わらない。だからお願いしたの。お母さん、私のこと信用して欲しい」
「・・・私も美有のこと信用している。けど理由が曖昧過ぎるわ。もっと具体的に教えて」
「それが出来ないから無茶なお願いをしているの。私達のこと信じて。明日になればまた普通に戻る。それにもう二度とこんなことお願いしない。私だってお母さんにもお父さんにも心配かけたくない。そのためにどうしても今晩は二人で乗り越えないとならないの」
私はご飯をイッキにかっ込んで頭を下げた。お母さんの許可で出るまでこうしているつもり。それだけ今の私は真剣なんだ。
「あんたね、美有。いい加減、頭上げてくれない?あんたがどれくらい真剣だってこと分かったから」
「じゃあ問題ないってことでいいの?許してくれるの?」
私は勝ったと思って顔を上げた。そしてお母さんに感謝の言葉を掛けようとしたのだが、ここで深く溜息をついている。お母さんは真剣な眼差しで私のことを見ていから
「間違いがあってからじゃ遅いのよ」
信用してるって言っておきながら・・・まだ気にしてる。これって普通のこと、だよね。
でも、もう一押しでなんとかなるかもしれない。
「お母さん。あとでウエディングドレス見せてよ」
「え?」
「だからウエディングドレス。私に着て欲しいんでしょ。それにあの時。私は『いいよ』って言ったと思うけど」
お母さんは手にしていたお椀を置いて
「覚えてたの?」
「思い出したの。っていうのは嘘でホントは拓哉から聞いたんだ。それが不思議なんだよね」
「不思議って?」
「だってその頃ってもう男の子みたいだったんでしょ。私。なのになんで急にそんなこと言ったのかなって」
「今でもは覚えているわ。あの瞬間、あなたは女の子に戻ったの。あの言葉でいつかは女の子に戻ってくれるってずっと思っていたわ」
「ふうん。そうなんだ。で、今はちゃんと女として私はここにいる」
「・・・そうね。今はね。でも・・・今でも思うことあるの」
「何を?私がまだまだ女としてこれからだから?」
お母さんはすぐには答えずに食後のお茶を淹れて一口飲んだ。私もつられて一緒に一口だけ飲む。緑茶っていいね。紅茶もいいけど日本人ならやっぱ緑茶でしょ。
「こんなこと言うとまたあんたの機嫌が悪くなるかもしれない」
「いいから言って。言わなきゃ機嫌だって分かんないよ」
お母さんはさらに一口お茶を飲んで
「なら言うね。男みたいだったあんたはどこに行っちゃったのかなって。やっぱりあの時になにかあったの?今の、女の美有は生きている・・・」
またお茶を飲む。なんとなくだけどこの先は言い難いというか言っていいのか迷っているみたいに見えるのは気のせいじゃない。なんとなくだけど言いたいこと分かる。
「いいよ。正直に言って。もしお母さんが言い難いなら私が言おうか?」
「やっぱり分かっているみたいね。多分同じこと考えている」
私は確信して頷く。
「・・・あの時死んだのは男の方の美有なんじゃないかって」
そう言葉をこぼしたお母さんの手が震えている。やっぱり・・・もしかして今の今までずっと思っていたのかな?私はそんなお母さんの手を取って
「ごめんねお母さん。そんなこと思ってたなんて知らなかった」
なんて冷たい手をしているのだろう。
「確かに今の私の心の中にはあの時の私はいない。吹雪の日。彼は・・・こういう言い方しかできないけど、こう言ったの『神様に文句を言う』って」
「・・・神様に文句?それはあなた自身の言葉じゃないの?」
私はゆっくりと顔を横に振って
「・・・ホント言うとそんなこと言ったの今の私には覚えがない。でも記憶が微かに残っている。やっぱり私ってまがい物なのかな・・・」
「・・・・・・自分で自分のことそんな風に言わないで」
「ご、ごめん。私は自分のことそんな風に思っていない。これも拓哉から聞いた話。あの時は顔を殴られそうになったの必死で守ってくれてありがとう。傷なんて絶対に駄目だもんね」
「当たり前でしょ。美有、あなたは女の子なのよ。もっと自分を大事にして」
手に熱い涙が当たる。その瞬間とても申し訳ない気持ちになってしまう。
私が女の子でいることでお母さんは安心しているって思ったのは勘違いだった。
もう一人のこと。
私にはそのことが分かる。
この身体には二つの人格があった。もしくは二つの魂が宿っていた。
そして女の私はずっと心の中で眠っていて、彼女が目覚める前に今の私がこの身体に入り込んだ。
私はやっぱり私じゃない。
前の私にとっては想定外だった。というより元々何かの病気だった。今じゃそれがすっかり治って・・・普通に生きている。
本来なら二人の人生はそこで終わっていたのかもしれない。
「意識がなくなって再び目が覚めて今の私になったこと。それが今夜に関係していると思う。だから泣かないでお母さん。今夜、拓哉と二人で答えを見つけられる。だからお願い」
「美有・・・あなた自分のこと分かってたの?」
「・・・なんとなくね。でもまだ実感ないんだ。実感っていうかたまに私は私のこと見失いそうになる時がある。だから今夜。新月の今夜に何かがある。そんな予感がするんだ。お母さん信じて。そして信頼して欲しい。拓哉のことだって信頼しているんでしょ。だったら私の言うこと、もっともっと信じて欲しい。明日になれば何かが変わっている、かもしれない」
「美有・・・あなた・・・わかった。信じる。信じるから涙を拭きなさい」
まただ・・・ホント今日の私は泣き虫だな。全然意識なんてしてないのに。
「・・・ありがとうお母さん。じゃあ拓哉も部屋で・・・」
「それだけは絶対に許しません」
今までと打って変わってキッパリ、ハッキリ言った。
「嫁入り前の娘なのよ。信用と信頼があっても間違いが・・・」
「分かった分かった。十分分かりました。廊下でいいです。でもホント許可してくれてありがとう。あと一つ約束して欲しい」
お母さんを遮って話す。許可が貰えただけでも良しとしよう。
「お母さん、あとお父さんにもお願いして欲しい。明日。朝が来るまで絶対に二階には入らないで欲しいの。今夜は拓哉と二人きりにして」
「なんで?様子くらい見てもいいんじゃない?お父さん絶対心配して見に行くと思うけど」
「だからそうしないようにお母さんが見張ってて欲しいの。絶対に間違いはない。もし間違いがあったら拓哉と結婚すればいいでしょ。あの時拓哉は結婚してくれるって言ったし」
「そのことも覚えているの?」
「これも聞いた話。私にはその頃の記憶って全然ないんだ。分かってたと思うけどさ。そしたらお母さんのウエディングドレス、今の私がちゃんと着てあげる。お母さんの願いが叶うんだよ。そうなったらむしろ嬉しいんじゃないの?」
お母さんは溜息をついて、でも顔はどこか綻んでいるみたい。どうやら相当嬉しいんだろうな。きっと私が着ているところを想像しているのかもしれない。
「分かった。私も協力する。娘の一大事ってことで。二人共信用している。朝になったらみんなで朝ご飯食べましょう。それでいい?」
「いい。ホント感謝。ありがとうお母さん。あとリクエスト。朝はナスの味噌汁つけてよ」
「ホント好きね。じゃあ見に行こうか」
「ウエディングドレス?」
「そう」
「見たい。だってもう私のもの、だもんね」
私とお母さんは手を繋いでウエディングドレスの置いてある部屋に向かった。
ウエディングドレス・・・素敵です。
読んでいただきありがとうございます。
真っ白なドレスはこの世の汚れを知らない無垢の象徴みたいです。
無垢だからこそ、その先の人生はいろいろな色に染まってゆく。
それはどんな色?自分が望んだ色?自分の好きな色?
物語はこれからどんな色に染まってゆくのだろう。
私は彼女、彼達の声を聞いて文字にしています。
だから先のことは分かりません。
次はいよいよ新月の中に。
また金曜日(また13日)にお会いしましょう。




