いいよ。着ても
午後になると急に目が冴えてくる。午前中の眠気が嘘みたいだ。
だからと言って授業に集中できるわけじゃない。
俺の頭には『まがい物』という言葉とあの時の光景を確かめるため記憶をできるだけ深く擦り合わせることに集中していた。
なんで佐々木はあの時あんなことを言ったのだろう。なにがあったのだろう。相楽はどんな気持ちで受け止めていたのだろう。俺はなにをしていたのだろう。
「日下部君。次読んでください」
誰かが俺のことを呼んでいる。誰だ?今は現代文の授業だ。
名指しで呼ぶなんて先生に注意されてしまうだろうに・・・!
「は、はい」
俺は立ち上がって教科書を見る。今さら気がついたが俺は教科書を開いてすらいなかった。
「・・・すみません。考えごとしてました」
クスクスと笑い声が起こる。完全に意識してなかった。
「もういい。教科書くらいは開こうな。先生悲しくなるから」
先生はそう言って他を指名した。俺は静かに座った。ふと視線を感じる。
相楽が心配そうな顔で見ている。その相楽を佐々木が見ていた。
やはり今日は何かがおかしい・・・
☆☆☆★★☆
「今日の拓哉、やっぱり変だよ。部活休んだら?」
放課後になって相楽が俺のところに来て言った。
「変なのは自分でも分かっている。でも部活で汗かきたいんだ。そうすれば元に戻るだろ」
「拓哉がそれでいいならいいけど。それじゃ私も部活に行くから。終わったらどこで待ち合わせする?」
待ち合わせ・・・校門がいいのか?
「相楽さん部活行くよ」
「すぐ行く。今井さん待ってて。じゃスマホで連絡ね」
相楽は行ってしまう。俺も支度を始めている時に話し掛けられた。
「今から部活だ。お前だって部活だろ佐々木」
「まあな。なあ日下部。俺さ、相楽に酷いこと言ったよな」
「さっきのことか」
「さっきもそうだがずっと昔。幼稚園の頃」
やはり・・・覚えている。それで?
「別に相楽は気にしていないみたいだが」
「それな。俺もそう思った。そして確信した。やっぱり今の相楽はあの時の相楽じゃない。別人だってこと」
「だから?入学式の時相楽自身がそんな感じで言っていたが」
「そこなんだ。俺さ・・・」
佐々木がその先を言おうとしたら
「おい。佐々木迎えに来たぜ。一緒に行こうぜ部活」
他のクラスから迎えがやって来た。すぐに返事をして
「まあ、お前達がただの親友で安心した」
俺の言葉なんて待つことなく言いたいことを言うと佐々木は行ってしまう。
アイツが何を相楽に言うのか。
幼稚園の時の繰り返し。
それと俺が言った言葉・・・あの時の相楽はいつもと違っていた。
その言葉は忘れていたわけじゃない。相楽との関係を保つために封印していたんだ。
長い髪を自分で切った相楽が次に姿を見せた時、俺達男子と同じようなイガグリみたいな髪型だった。誰もが驚いていたが相楽自身はとても気に入っていたみたいだ。
「拓哉と一緒の髪型」
話し掛けられても俺はすぐに返事ができなかった。
「友達だからずっと一緒」
相楽は右手を差し出す。俺も手を出して握手をした。
俺達は友達になってそれから親友になった。男、女という壁はこの頃の俺達にはあまり関係のないことだった。
保育参観だった。親と一緒に俺達は工作をしていた。そして髪を切った。何がきっかけだったのかは分からない。俺も特に聞くことなくずっと過していた。
それからはずっと俺達と一緒に遊んでいた。そしてサッカーにも興味を持つようになったのもこの頃だった。俺はだんだん相楽のことを女だってことを忘れていた。というより考えないようになっていた。
相楽の誕生日。
プレゼントにサッカーボールを買ってもらったんだっけ。
誕生会に参加していたからよく覚えている。
その中に佐々木もいた。なんでだろう。そんなに一緒に遊んだ記憶はないのにいた。
「日下部。部活行かないのか?」
声を掛けられて我に返った。見ると部長の姿があった。
「部長?なんで?」
「特に何があるわけじゃない。たまたま通りかかっただけ。ボーっとしてたから声を掛けた。大丈夫か?調子悪いなら休むか?」
「いえ。大丈夫です。ほんとボーっとしていただけですから」
俺は立ち上がると部長と一緒に部活に向かった。
汗を流せば昨夜からのモヤモヤから解放されるだろう。気分を一新して相楽に会うんだ。そして今朝の話の続きをする。相楽はなんて言うのだろう。でも本人を前にしてあの時と同じことを言うのはどうなんだ?ありなのか?
小さな時とはいえ俺にとって相当恥ずかしい言葉なんだよな。
部活は大体いつもと同じメニューをこなして終わった。いつもより我武者らに走ったせいで希望通り汗をこれでもかっていうくらいかいた。
おかげでだいぶ頭も身体もスッキリした気分になっていた。これでいつも通りの俺に戻れる。
軽く汗を整えてから着替えを済ませた。
それから部室を出てスマホを見てみると相楽からの連絡が入っていた。
『終わったらそっちに行く』
読み終わると同時に後ろから声が掛かった。
「お待たせ。返事なかったけど見てくれた?」
「ああ。今見た」
「じゃあ帰ろっか」
俺達は校門に向かって歩き始めた。朝のように腕を組むなんてことはない。普通に普段通りに並んで歩いていた。
「帰りも一緒か」
後ろから声を掛けられる。一体何なんだ。今日はヤケに絡んでくる。
「約束したからな。それで?何の用だ」
「日下部には用はない。俺が用があるのは相楽の方だ」
「私?もう帰るところなんだけど。明日じゃ駄目なの?」
「明日になったらまた同じと言うつもりなんだろ」
「かもね。私は別に話すことなんてないんだけど」
二人のやり取りを何回か見ていて思ったんだが、相楽は佐々木と喋る時は俺の時とは違って若干刺があるような口調になっている。それは本人が意識しているのかそれとも無意識になのか。それはやはりあの時のことと関係しているのだろうか?
まがい物
この言葉は相楽のことを相当傷つけたのかもしれない。そんな言葉、本人に面と向かって話す言葉ではない。
今の相楽なら前の私がそうさせている。なんて言うのかもしれない。
「ちょっとだけ顔貸せよ」
「なんで?そんなことする理由がない」
「あのな、二人で話したいってだけだ。何もしやしない」
「なにそれ。ここじゃ言えないこと?それとも拓哉がいたら問題でもあるの?私は絶対いやだから」
「・・・その言葉。幼稚園の時と一緒だな。『私は絶対にいや』・・・お前ホントは芝居でもして俺達のこと騙してんじゃねえの」
相楽は何も言わずに佐々木のことを見ている。いや睨んでいると言った方が合っている。
「いい加減にして。そんなことして何になるのよ。私は・・・確かに前の記憶はない。昔の自分のことなんて全然分からない。私はみんなのことを騙すようなことなんてしてない」
相楽は俺の腕を取ると
「帰ろ、拓哉。佐々木君さ、言いたいこと今なら聞いてあげる。言わないならもう聞かない」
「おい。また日下部に助けてもらう気か」
「は?どういうこと?」
「日下部。お前、あの時のこと覚えているだろ。今の新しい相楽に教えてやれよ」
佐々木の言葉に相楽は俺のことをじっと見て
「ねえ。拓哉」
「ほら早くしろよ。相楽も聞きたいってさ」
相楽のことを目を見て
「記憶、ないんだよな」
「うん。ないよ。だから聞いているの。早く帰りたいし朝の話も聞きたいから」
話すことはどのみち約束していたことだ。今ここで喋るか、二人きりの時に話すかの違いしかない。
「佐々木の言っていることはお前が朝聞きたがっていたことだ」
「なんで佐々木君が知ってるの?」
「その場にいたからだ。佐々木の言葉が発端だと言ってもいい」
「そうだ。あの時もお前のこと『まがい物』って言ったんだよ。そしたら急に泣き出したんだよ。だよな日下部」
「お前・・・もういいだろ。後で俺が相楽にちゃんと順序立てて話す。だからもう終わりにしよう」
「なんだよ。白馬の王子気分か?あの時みたいに」
白馬の王子・・・そんなこと思ったこともない。
ただ俺はあの場をどうにかしたかった。あの時の相楽は子供なだけに言葉にできなかった。自分ではどうしようもないことを気持ちで理解していたんだ。
「今話してよ」
「・・・佐々木はこう言ったんだ。『お前みたいなまがい物は誰とも結婚できない』って。どういう流れでそんな話になったかは思い出せないが、その途端にお前は怒ったんだ」
「結婚?なにその話」
「あの時のお前は自分のことを男として自覚していた。もういいだろ・・・帰るぞ」
「ちょっと待って拓哉・・・今はっきりさせるから」
相楽の視線にはっきりとした意志を感じる。こうと決めた時にする目が佐々木のことを見ていた。
「な、なんだよ相楽」
「しつこいから今ここで佐々木君に言う。じゃないと正直うざい」
相楽は佐々木の目の前まで近づくと
「あのさ。私に告白るんなら無駄だから」
「な、なんだよ急に。なんで俺がお前に告白るんだよ」
「じゃあ何なの?拓哉に嫉妬してるなら勘違いもいいところだよ。私達は親友なの。ずっと変わらないの。それに私、今は恋人とかいらないから」
佐々木は何も言わずに立っている。相楽は振り返ると
「帰ろ」
「あ、ああ。じゃあな佐々木」
「バイバイ、佐々木君」
俺達は学校を後にする。赤い夕陽がもう姿を半分は消していた。
相楽は鼻息を荒くして歩いている。なんとなく昔の姿を見ているみたいだ。
「少しは懲りたんじゃないかな」
笑顔で振り返る。
「ならいいけどな。でもなんであんなこと言ったんだ?」
「昨日さ今井さんに言われたんだ。私に告白るヤツが出てくるって。それに私って人気があるんだって。そう言ってくれるのは嬉しいけど、その気がない人に言われるのってさ気持ち悪いて思っちゃう」
「佐々木が告白るって分かってたのか?」
「さあ・・・適当。早く帰りたかった。それに今朝の話も聞きたかった。私が今一番興味があるのは昔の私のことなの。ちょっと前までは嫌だったけどさ」
「やっぱり話した方がいいのか?」
「だったらウチに来ない?見せたいものあるの」
「見せたいもの?」
「うん。多分さっきの話と繋がっているような気がするの」
相楽は俺の手を取ると少し歩くのが速くなる。
「まあ、お前がいいなら」
「ねえ、まがい物って言われてなんで私は泣いたの?拓哉は怒ったって言ったけどどっちなの?それに結婚ってなんのこと?」
それは・・・たんだんあの日の記憶が蘇ってくる。
誕生会には俺も含めて5、6人来ていた。全員男だったな確か。お前はサッカーボールを貰って上機嫌だった。みんなに自慢していた。
みんなでケーキを食べてジュースを飲んで、楽しい時間だった。
そんな時だった。
出掛けてたお前の父親が帰って来た。母親との会話が耳に入ってきた。
「お疲れさま。どうだった?結婚式」
「ああ。素敵だった。お色直しが三回もあって。でもウエディングドレスが一番良かった」
「ウエディングドレスか・・・懐かしい」
「まだ取っといてあるだろ」
「もちろん。将来は美有に同じの着てもらいたいって・・・」
俺はなんとなく会話を聞いていたんだ。結婚式もウエディングドレスも分かっていたけど自分には関係のない遠い話だと思っていた。
「ウエディングドレス着るのか?お前の母ちゃんが言ってる」
佐々木が突然相楽に話を振ったんだ。
相楽は母親の視線に気がついて
「俺、男だよ」
「また・・・でも将来になったら着たいって思うかもでしょ」
その言葉を無視するように相楽はみんなに言う。
「そんなことより公園行ってサッカーしようぜ」
母親の寂しそうな顔があった。
みんなは相楽のことは女だと分かっているがこう男みたいに普段から振る舞っていると正直どっちか分からなくなる。
「女、だろ。み・う・ちゃん」
佐々木が言ったことに相楽は無言でジュースの入ったコップを倒した。
「男だ。女じゃない」
「俺の母ちゃんが言ってた。お前はちょっと変だって」
だんだん不穏な空気が流れる。相楽の両親が止めようにも子供の喧嘩は沸点が低いからあっという間に相楽は佐々木の顔を殴ったんだ。
「いってぇ。何すんだよ」
「何してんの。美有。謝りなさい。ごめんね文彦君」
母親の声は佐々木は届いていない。とっさに反撃しようと相楽の顔を殴ろうとした。
「顔は駄目」
佐々木は庇った母親の背中を叩いた。
「まがい物。お前は変でまがい物だって」
時が止まったような時間が流れている。
「お願いだから美有のことそんな風に言わないで。美有はまがい物なんかじゃない」
小さな声で話す母親は静かに泣いていた。
「ごめんね美有」
「なんで?なんで謝るの?なんで泣いてるの?」
抱きしめられている相楽の雰囲気が変わったように思ったのは俺だけだろうか。
「お母さんをいじめるなんて許さない」
相楽は母親の腕の中で言葉を口にしている。
「先に殴ったのはお前だろ」
「だったらなに?私、許さないって言ったよね」
「今、『私』って言ったな。やっぱり女だ」
「だから男だって」
「二人とも止めろよ。友達だろ俺達」
俺は二人の間に止めに入った。
「お母さん。私に着て欲しいの?」
相楽はまだ腕の中にいる。
「・・・美有」
「いいよ。着ても」
その言葉の後に相楽はやっと腕の中から出てくる。少し目が赤いように見えた。
「お前みたいなまがい物誰とも結婚なんかできるもんか」
佐々木の言葉にお前はただじっと睨むように見ているだけだった。
「どうだ。なんか言い返してみろ」
相楽は何も言わない。怒りなのか悲しみなのか分からない視線がずっと佐々木に向けられていた。
折角の誕生会がこんな嫌な雰囲気になるなんて。俺は相楽のことが可哀想になった。
「・・・俺は結婚してもいい」
場を和ませるために俺は咄嗟に言った。
「・・・ほんとに?」
振り返って俺を見ている視線が変わる。目の前のお前はいつもの男じゃなかった。
それからのことはよく思い出せない。結果としてなんとなく仲直りして、その証としてお前の父親が写真を撮ったんだ。
相楽の部屋で俺はここまでのことを思い出しながら話した。
「じゃあこの写真ってその時のなんだ」
パソコンの画面にはその時の写真が映っている。
「ああ。間違いない」
俺の言葉を聞いて相楽は何かを想うようにずっと画面を見ている。
「ねえ」
相楽は画面から視線を逸らすことなく聞いてきた。
「まだ私と結婚したいって思ってる?」
まさか急にそんな質問がくるなんて思ってもいなかった。
「あのな相楽、あれはあの時の勢いっていうか、ああでも言わなきゃ場が和まなかったっていうか」
一体なんて言えばいい?しどろもどろになるのも仕方ないだろ。
「前の私はずっと思ってたんじゃないかな」
「あれからお前はずっと男として生きていたじゃないか。子供の頃の話なんてとっくに忘れていると・・・」
「今の私には全然記憶にないよ。でも前の私はずっと心の奥底に閉まっていたんじゃないかな。自分で鍵を掛けて」
相楽は振り返って俺のことを真正面から見つめる。
「拓哉には分からなくても私には分かるの。前の私の気持ち。今胸の中で溢れている。鍵が外れて私の胸を苦しくさせるの」
相楽はさらに一歩近づいてくる。
「だ、だからって・・・」
「男って余計なことしか喋らないよね。今は黙って」
「だ・・・」
相楽は俺の胸に飛び込んできた。そして
「これは前の私の気持ち。今の私じゃないから安心して」
相楽は俺から離れると後ろを向いて言った。俺は自分のくちびるを押さえて今起こったことをなんとか理解しようと努めている。
心臓が破裂しそうなくらい脈打っている。頼む相楽。なんか言ってくれ。じゃないとホントに破裂してしまいそうなんだ。
「あと・・・この前さ、相談あるって言ったよね」
「・・・ああ」
振り向く相楽は
「おかしいな・・・泣いてる・・・でも勝手に・・」
俺は咄嗟に相楽のことを抱きしめた。胸には熱い吐息を感じながら。
窓から見える夜空には月の姿はどこにもない。
新月がやって来たんだ。
俺はさらに強く相楽のことを抱きしめていた。
え〜と、なんと言いましょうか。先人の言葉って凄いなって。
読んでいただきありがとうございます。
こういう展開は私も予想していませんでした。←お前だろ書いてるの
まあ、先のことは次回に。
今夜は皆既月食。なのに天気が悪くて見れない。
残念でお酒に走る私です。
月を見ながら物語の先を考えたかったのに・・・
腐っていても仕方ない。続きでも書くか。
次回もよろしくお願いします。




