ファーストキスしたことあるのかな
今井さんはじっと私のことを見つめてからニッコリと笑顔で
「今のは冗談。でもそう思っているクラスの人結構いると思うな。特に男子。相楽さんは自覚ないかもしれないけど人気あるんだよ」
人気あるんだ。それって喜ぶべきところなの?
私のことが気になっている男子はそういう目で見ているってことだよね。
最初は浮かれていた。
でも女子から直接言われると現実的というか、生々しいというか。
自分が無意識でも見られている。なんだか動物園の檻に入れられているみたい。
なんとなくだけど・・・気持ち悪く感じるのって正しい感情なのだろうか?
「またまた。そんなことないよ。みんな私のこと珍しがっているだけでしょ。変な自己紹介した変な女みたいな」
懸命に否定してみた。けれど事実が変わるわけではない。
もしかして拓哉もそんな目で見ている?
私はずっと親友でいようって言葉を信じている。でも本当は違うとか?
「だからさ。もし日下部君と付き合っているなら煩わしいことにならなくて済むのにって」
「煩わしいこと・・って?」
「あのさ、相楽さん。私達は高校生なんだよ」
「・・・うん。そうだね」
「今が一番異性に興味がある年頃なの」
今井さんは喉を潤すためだろう。もう一口ハーブティーを飲んで
「相楽さんだっていつかは恋人欲しくなると思う」
「こ、恋人?・・・・・・考えたことなかったな」
目覚めた私は自分自身のことで手一杯だった。それに自分自身が大好きで気に入っている。そんな私のことを可愛いって言ってくれる他の人達に誇らしく思っていた。
でも現実は私の思っていることとは違う。
異性。恋人。そんな言葉・・・私には存在していない。
「それで?今井さんの言う煩わしいことって何なの?」
「だから。そのうち相楽さんに絶対告白ってくるヤツが何人かいるってこと。日下部君が彼氏じゃないないならフリーってことでしょ。断るのって結構疲れるし神経使うんだよ」
「そう言うってことは今井さんは告白られたことあるんだ」
「ま、まあね」
私が指摘すると今井さんは否定せずに素直に答えてくれた。
ちょっとビックリ。告白されるってどんな気持ちがするんだろう。
「じゃあ、今度は私。その時のことって聞いてもいいもの?えっと、参考?ってことで」
「参考って。他人の聞いたって面白くないと思うけど。私だって一回しかないのに」
「一回もない私にはとっても素敵な経験談だって」
「まあ、別に隠すつもりもないしつまらなくても文句言わないでね」
今井さんの顔は言葉とは逆の表情をしている。
それってさ。俗に言う甘酸っぱい思い出ってことだよね。今井さん。顔、赤いよ。
「中学の卒業式の後の話なんだ。みんなに一言ずつ挨拶してたら当然教室には私一人だけになっていた。誰もいない教室。窓から入ってくる春の風が優しくてね。それが心地良かった。最後にもう一度自分の席に座ってね。そしたら今までのことが走馬灯のように流れて気がついたら涙が流れてた。楽しい思い出がたくさんあってさ。みんなとも仲良かった。でもみんなそれぞれの道に歩き出す。二度と会えないわけじゃないって分かっていても過ぎ去った時間はもう戻ってこない。誰もいないし少しくらい泣いてもいいよね。なんて思って泣こうとしたら急に声を掛けられたんだ。びっくりして今まで浸っていた感傷があっという間になくなっちゃった。もう、誰?気分壊したの?って振り向いたら
『まだいた。よかった』
そこにいたのはずっと席が隣りだった男子だったんだ。仮に『Aくん』って言うけど。隣りだから毎日よく喋っていたよね。
『少し時間ある?それとももう帰るとか?』
『時間ならあるよ。今は思い出に浸ってたところ。でもそろそろ帰ろうかなって』
そしたらいつものように私の隣り、A君はかつての自分の席に座って
『ついさっきまで俺の席だったのに今はもの凄く懐かしい。悪いな引き止めて。すぐ終わるから』
私は言葉を待った。でもさ〜すぐ終わるなんて言っておきながら全然喋ろうとしないんだよね。それでね、私、ピンと来たんだ。これって告白じゃないかって。
だってね、ずっとモジモジして目が合うとバツが悪そうに逸らすんだもん。これってもう鉄板だよね。私も意識したらちょっと緊張しちゃって・・・」
ハーブティーがなくなって今井さんはホットのカフェオレを追加で注文した。私のカップもなくなっていたのでアールグレイをアイスで注文した。
これって紛れもなく恋バナってヤツだよね。あまりにもリアルで話の中の光景が手に取るように想像できる。今井さん、青春してるね。
「別に急いでいるわけじゃないけどずっとこうしているのもなんだかなぁって。だからさ、私から話を振ったんだ。
『ねえ、もしかしてそれって言い難いことなの?』って
そしたら急に顔が真っ赤になって、耳なんて湯で立てのタコみたいでね。ホントに湯気が出てるみたいに見えたんだ。それを見てたらなんか可愛いなって」
私にも見える。その光景が。
「ねえ相楽さん。面白い?」
「面白いっていうか。私も可愛いなって思う。それに、ずっと待ってるのって結構辛いよね」
え?なんで私こんなこと言っているの?私の記憶の中に何か似たような景色がぼんやりだけど浮かんでくる。これはどっちの記憶なの?
「私のファーストキスだった・・・」
意識していないのに勝手に言葉となって出ていた。すかさず今井さんが食い付いてくる。
「え?なになに。今ファーストキスって聞こえたようだけど。相楽さんってもしかして経験済み?」
答える代わりに思わずくちびるに手を当てる。確かに鏡越しで自分にしたことはある。でもそれは自分自身のことが好きだから・・・こんなこと絶対に言えない。あ〜これだと変な人だよ。
違う。そんなんじゃない。私のくちびる、いやこれも違う。記憶の中の感触。
私は誰かとキスしたことあるような気がする。
でも誰と?拓哉は絶対に違う。それは確実に言えることなのにそれ以上のことは分からない。それだって前の私のことなのか、今の私のことなのか。微かに蘇る感触は・・・今の私のことなの?
今井さんはキラキラした瞳で私の答えを待っている。早く何か言わないと変な誤解を招いてしまう。
「・・・えっと、私じゃなくて、なんかさ、話のシチュエーションだとそういう流れもあるかなって」
誤魔化してみたけど私の心は熱くなっている。
いつ?誰と?私はそんな淫らじゃない。
気持ちを冷やすため氷がすっかり溶けた水をイッキに半分飲んだ。
「え?相楽さんの話みたいに聞こえたんだけど」
「ごめん。ちょっと思考が暴走してたみたい」
「なんだ。でも残念。してないよ。私はまだ誰ともね」
良かった・・・これ以上突っ込まれなくて。
「それで?その後って。聞きたいな。今後のために」
私は強引に話を引き戻すことに必死になった。
「ああ。うん。続きね」
「そうそう。ぜひ、聞きたいなぁ。私だって告白られることあるかもだしね」
このタイミングで頼んでいた飲み物が届く。お互い一口飲んでから今井さんは話を続けた。
大体の告白がそうであるように漫画やドラマのように上手くいくはずもなく。A君の告白は失敗に終わることになる。でも今井さんはちゃんと気を使って友達としてこれからも連絡は続けようという結末で幕を降ろした。
それでも実際にそういう体験の生の声ってやっぱり聞き入ってしまう。これも青春の一ページだということ。私達はまさにその真っ只中にいるという事実が追体験しているみたいに感じてしまうから不思議なものだ。
話が一段落して私達の間には少しだけ沈黙が訪れる。ここいらでそろそろお開きになるのものだと思って、なんとなく窓から往来する人達を見ていた。みんな学校なり会社なりが終わって家に帰っている姿が目に入る。
「・・・あれ?拓哉?」
多分、いや見間違えるはずはない。あれは絶対拓哉だよね。なにあんなに急いでいるの?
「ねえ。じゃあ今度こそ相楽さんの・・・」
「ごめん。急用できた。また今度でいい?」
「え?どうしたの急に」
ホントはそのまま今井さんが本来聞きたいことを話しても良かったのだけれど、拓哉のあのなんとも言えない顔を見たらなんか放っておけない。すぐに追いかけたい気持ちが強くなる。
「ほんとごめん。この埋め合わせは絶対する。なんならまた甘いもの食べたい。だからまた今度」
私は今井さんの返事を待たずにテーブルに自分の分のお会計を置いて急いで店を出た。
店の外から中を見ると今井さんが笑顔で手を振ってくれている。私はもう一度『ごめん』って言ってから拓哉の後を追うように走り出した。
それにしても拓哉、足速い。全然追いつけないし見失っている。けどなんとなくどこに向かっているのかは分かる。なんたって私達は幼馴染だからね。
外は思っていた以上に夜が始まっていた。見上げる視線の先には見失いそうな月が浮かんでいた。
「・・・新月がやってくる」
私の中で緊張が走る。
でも今は拓哉に追いつくことだけを考えて走っていた。
ファーストキスかぁ・・・『甘酸っぱい』の代表です。
読んでいただきありがとうございます。
きっといろいろな想いやシチュエーションがあるんだろうな。
それは予め決められたモノなのか、予め決めたモノなのか。
人それぞれですが、死ぬまでずっと心に残っているんだろうな。
あ。こんな話に付き合わせてすみません。←吐き捨ててもいいです
さて。私はというと今後主人公にそんなシーンを創るべきか思考中。
キスじゃないけどチェーホフがそんなこと言ってたよね。
あ〜考えるの辞めた。彼女自身に任せてみよう。←再び無責任発言
また金曜日。お待ちしております。




