春に癒されて
天候はさらに悪くなってゆく。そのせいで相楽の捜索は時間が掛かった。
相楽の家で両親と先生と俺はいつ届くか分からない連絡を待っていた。
誰も何も喋らない。みんな言葉を失ってしまったみたいだった。身体が冷えきっていたはずなのに今はそんなこと微塵も感じていない。感情がそこまで廻らないのかもしれない。
お母さんは泣き過ぎてぐったりしていたし、お父さんも部屋の片隅をじっと見ている。先生はスマホの画面を開いては閉じていた。時間でも見ているのかもしれない。
俺は最後に見た光景が頭の中から離れずに繰り返し再生していた。あの時お前が言いたかったこと全部はちゃんと聞けていない。途切れ途切れが余計混乱させる。
「あの、よかったらお茶でも飲みませんか」
先生がこの状況を変えようとして言った。けれど誰も答えない。
「勝手していいならワタシが淹れます」
話し掛けても両親の反応は薄かったが俺も気持ちを落ち着けたかった。
「先生、俺も手伝います。お茶の場所なら知ってます」
そうしたところで気分は急に変わるわけでもなくヤカンを火にかけてお湯が湧くまでガスの火をじっと見ていることしかやることがない。相楽の姿が炎の中に浮かんでくる。また頭の中であの光景が再生しようとしていた。もう何回目だ。何回見ても何も変わらないのに。でも消えることなんてない。再生すればするほど鮮明になってゆくような気がしていた。
「相楽はお前になんて言ったんだ?」
先生が口を開く。
「あの会話はお前にしか聞こえていない」
そうか・・・他には聞こえていないんだったな。
「正直・・・俺もよく分からないんです。ずっと俺と一緒にいたかったって言ってました。あとは自分の本当の願いが叶わないとか・・・俺も風で途切れ途切れしか聞こえなかった。最後の方は、文句とか言ってました」
あの時の光景が再び蘇ってくる。相楽・・・お前は今・・・
先生はそれ以上は聞いてこなかった。ちょうどお湯が湧いたので俺は全員分のお茶を淹れた。そしてテーブルに並べた。熱いお茶を口にしてやっと現実に戻って来た感じがする。
ここにきてからどれくらいの時間が経ったのか?今が真夜中なのか朝なのか、時間の感覚が狂っているみたいだ。本当に時間は流れているのだろうか、そんなことすら思い始めた時だった。
「はい。・・・相楽です。はい、はい・・・・分かりました」
相楽のお父さんのスマホに電話が入った。誰からかなんて聞かなくても分かる。
電話が終わりスマホをテーブルの上に音を立てないように置いて誰に向かって言うわけでもなくただ一言だけ話す。
「・・・見つかったそうです」
お母さんはまた泣き出した。先生は立ち上がって
「車はワタシが運転します。どこに向かえばいいですか?」
「病院です」
「分かりました。行きましょう」
外に出るとまだ夜は続いている。
道路には薄ら雪があった。車はそんな雪をザクザク踏みしめながら進んでゆく。それが聞こえる音の全てだ。病院に着くまでやはり会話はなかった。重い沈黙が空間を支配していた。
俺は窓の外をじっと見ていた。いつもの街なのにどこか別の風景のように見えていた。
病院に到着すると案内されるまま警察官と医者の後に続いた。
「今集中治療室にいます」
医者はそ集中治療室の前まで来て言った。暗い廊下には真っ赤なランプだけが光っていた。
「命は助かりそうです。でも・・・意識は戻らないかもしれません」
そう言い残して中に入っていった。
命が・・・相楽は生きている。その言葉で相楽のお父さんは声を殺して泣いていた。
残された俺達は近くのベンチシートに座って待つこととなった。その間警察の報告を聞いていた。
相楽の身体は大きな岩の間に挟まれていて頭からは大量の血が流れていた。意識はなかったが小さな呼吸が確認できたらしい。
今頃になって俺にも『生きている』という言葉がはっきりと頭に身体に入ってくる。
相楽が生きていたことが無性に嬉しく感じている。心が奮えて抑えきれない。
あの時だって、そして今まで出なかった涙が滝のように溢れて止まらない。意思とは関係ないもっと深い感情の部分が悲鳴を上げているみたいに。
気持ちが落ち着いた俺はあの時の状況の説明を求められた。何も隠すようなことはなかったので話せることは全部話した。警察官は淡々と調書として書き込んでいた。
やがて赤色灯が消えてドアが音もなく開いてストレッチャーに横たわっている相楽が姿を現す。頭には包帯がグルグルに巻かれている。そんな姿をしていても生きていることは顔色を見て確信した。
「このまま病室に運びます。詳しくは明日また来て下さい」
みんなで深々と頭を下げる。そしてお母さんだけ残して一旦家に戻ることになった。途中で俺は自分の家の前で車から降ろされた。去り際に先生から
「このことは誰にも言うな。もちろん相楽が意識が戻ったとしてもだ。忘れろと言ってそんなことできるとは思えないが忘れられるなら忘れるんだ」
俺の返事を待つことなく先生は車を発進させて行ってしまった。
忘れることなんてできない。できるはずもない。でも本当はそうした方がいいのだろうか。
そんなことを考えながら夜空を見上げると
「・・・凄いな」
天文台にいた時とは全く違う空があった。風のおかげなのか澄んだ空気のせいか分からないが星がいつもよりたくさん見えていた。
今の相楽はあの時のことを何一つ覚えてはいない。むしろ何ごともなかったみたいに元気になって戻って来た。同じ高校にだって通っている。相楽なのに俺の知っている相楽ではない。こうなったのは意識不明だったことた関係しているのだろうか?
相楽の周りでは妙なことも起こっている。赤いカードには何て書いてあったのだろう?どうしても思い出せない。それはこれからの相楽のことを左右する大事なことなのだろうか。
あの日のことを完全に思い出した昨夜からどうにも気持ちがモヤモヤして落ち着かない。
「散歩・・・するか」
外は良い天気だし特に予定もない。
明日になれば学校で相楽に会うことができる。こんな当たり前の日常が普通なのに何かの加減でなくなってしまうような気もする。根拠はないのにそう感じてしまう。
俺に今必要なのはとにかく気分転換だ。頭をリセットする。それからまた考えればいい。
何も持たずに家を出た。近所を目的なく気の向いた方に曲がっては歩いてを繰り返す。おかげで頭の中は次第に空っぽになってゆく。
春の日差しと風は俺の今の気持ちを察してくれている。次第に気分を穏やかにさせてくれた。
冬期オリンピックの話題が目白押しの今日この頃です。
読んでいただきありがとうございます。
皆さまはウインタースポーツ楽しんでいますか?
私はたま〜にスキーとかですかね。←全然素人
個人的には上越国際スキー場が好きです。ロッジを出て目の前がゲレンデ。
あ、行きたい。でも寒波半端ない。
皆さまも体調に気をつけて次回もお会いしましょう。




