私は私を探したい
「ただいま〜。寒かった」
拓哉のジャージがあって助かった。
「おかえり。なあにそのカッコ」
「借りたの。夜に生足はキツいって」
「だから言ったでしょ。ストッキング履いていきなさいって」
「だって初スカートだったし、お日様が出ているときはちょうど良かったし」
お母さん笑ってる。こういう会話したかったのかも。
「ま、こういうのも経験よね。お腹減ったでしょ。ご飯食べる?」
「食べる。も〜ペコペコ」
私は部屋に着替えに行こうとした時、チラッと見えた。
「お父さん?お母さん、お父さん帰ってたんだ」
「そう。美有が話したいって言ったらずっと待ってたんだよ」
お母さん、余計なことを・・・でもさ、なんか嬉しいよね。私は着替える前にジャージをその場で脱いで
「ちょっと廊下で何やってんのよ」
「まあまあ。お父さんにも見せてやろうかなって。私服の私を」
私は自信を持ってリビングの扉を開ける。気がついたお父さんと目が合う。
「おかえりお父さん」
お父さんの顔。びっくりしているよね。だってスマホをうっかり落としたくらいだもん。しばらく黙ったまま私のことを見ていたがやっとスマホを拾うと
「ああ。おかえり・・・・・みう」
そう言えば名前をちゃんと呼ばれたの初めて聞いたかも。
普段はなるべく私の名前を呼ばないようにしていたのかも。どことなくぎこちなさを感じる。
ふと思う。もしかして前の私ってこの名前で呼ばれていなかったのかな?お母さんは普通だよね。
「あのさ、聞いてもいい?」
お父さんの視線は私のスカートというか足を見ているのかな。そのためにこうしているから別にいいんだけど。
「私のことって前はなんて呼んでたの?怒らないし、気分も悪くしないから教えて欲しいかな」
意外な質問だったのか。お父さんは私の顔を見ている。
「なんでそんなこと知りたいんだ?」
やっぱり予想通りみたい。もうちょっと押せば答えてくれるかも。
「だって・・・言い難そうだったからそう思ったんだけど」
私達の会話が耳に入ったお母さんがやって来て
「美有、あんたはまた名前でお父さんのこと困らせてるの?」
そんなことあったんだ。こんなに可愛い名前なのに前の私は気に入らなかったのだろう。
「そんなことしてないよ。ただ・・・」
「いいからちゃんと聞きなさい。『美有』って名前はお父さんが考えたんだよ。姓名判断のサイトをいくつも見て。たくさん候補を考えて。将来大人になっても素敵だって思うように。キラキラネームじゃなくてちゃんと意味を持たせたいって。この名前はそれだけ愛情が込められているのよ」
そうなんだ・・・ますます好きになる。
「私はこの名前好きだよ。とっても気に入っているの」
「それなのにあんたときたら『こんな可愛い名前は自分には似合わない』って言ったのよ。お父さんの前ではっきりと。たしか小学校の時だけどね」
そんなこと言ったんだ・・・こんなに可愛いのに。
今の自分じゃ正直よく分からないけど、その時の前の私だって絶対本気で言ったんじゃないって感じる。多分だけど自分自身を見失って八つ当たりして出た言葉だと思う。
なら今の私がその時のこと謝ってあげる。大丈夫、お父さん許してくれるって。
「そうだったんだ・・・・・・今さら私が言うのも変かもしれないけど、お父さんごめんなさい。それとありがとう。今はとっても感謝してるの。名前。大好きだよ。本当に大好き。だからもっと私のこと名前で美有って呼んで欲しい・・・かなって」
私は今の気持ちを目一杯込めた笑顔をした。
「・・・・・・ゆう」
「ゆう?」
「ああ。そう呼んでいた。美有の下の漢字だけで呼んでいた」
「ゆう・・・そうなんだ。でももういいよ。みうって呼んで。これからは」
お父さんの顔がちょっとだけ赤くなったような気がした。
「ああ。美有はやっぱり女の子でいいんだ。美有・・・おかえり」
「ただいま。お父さん」
おかえりって言葉にちょっと違和感を感じたけど、今はそれ以上聞かないことにする。またいろいろややこしくなるのは嫌だ。それと良い匂いがさっきからずっと私の鼻とお腹を刺激していた。
夕飯が終わって私は自分の部屋で拓哉に今日のお礼の連絡を入れた。すぐに既読がつかなかった。
私はクローゼットからワンピースを出して眺めていた。
「お母さん知っているかな?聞いてみようかな・・・」
聞くことは簡単。だけど、もし前の私の秘密だとしたらややこしい案件が増えるだけと思うとなかなか行動に移すことができないよ。
真実はなんなの?それとなく探りを入れるくらいなら構わないかな?そうしたら『どうしたの?』って突っ込まれるに決まっている。今はまだ保留の方がいいのかな?そのうち前の記憶が教えてくれるかも。そんな保障はどこにもない。私は前の私と話すことできないのだろうか・・・これだって何の保障もない。
考えが堂々巡りし始める。分かっていることと言えば今すぐ結論はでないということだけ。
なら今の私ができることは今までの自分のことを知ること。これなら近づけるかも。今までのアルバムもある。その中にヒントくらいあるかもしれない。
いよいよ煮詰まったら先生から前の私の最後の日のことを聞くしかない。あ〜こんな言い方したらホントの前の私は泡となって消えてしまったようで気分が悪い。
「・・・・着てみようかな」
着たらもっと記憶に近づけるかもしれない。私は今着ている服を脱いで下着だけになった。
「前の私・・・勝手に借りるけど。いいよね。私と私はきっと同じだと思いたいの。別人なんかじゃない。私はあなたであってあなたは私。今はそう信じたいの」
頭からすっぽり被る。サイズは言うまでもなくピッタリだった。
一点の曇りもない真っ白な生地。袖がないノースリーブ。私は鏡で全身を映して自分の姿を見る。
「やっぱり似合う・・・センスいいよ。可愛過ぎだよ・・・反則級」
自分で言って顔が赤くなっている。こんなところ拓哉には絶対見せられない。いや、誰にだって見られるわけにはいかない。ただでさえいろいろあってその結果ナルシストになって戻って来たなんて言われたら私ってただの変な人じゃない。
ホッペを叩いて気持ちをリセットさせる。
「落ち着け。今はそんなこと考えちゃ駄目」
深呼吸してもう一度鏡の中の姿を見る。私はそっと鏡の中の自分と手を重ねてみる。でも何も私に語りかけてはくれない。
「この姿ってあなたが望んだことなの?もしかして誰かに見てもらいたかったの?」
語り掛けても鏡の中の私は答えてはくれない。同じ表情で私のことを見ていた。
満月・・・あの日から何かが少しズレてしまった。私はそう考える。そして思い出そうとしてみる。でも駄目。なんで私はこんなにもいろいろな記憶が欠如しているのだろうか。それは必然なのか意図的なのか。私の知らないところで私の知らない誰かに操作されているようにすら感じる。
「ねえ・・・私はもっと知りたくなった私のこと。受け入れなきゃならないって思うんだ。だから教えて。どうしたら私はもっと私を知ることができるの?」
今はまだ。でもこれから。
これはとても大事なこと。そう思うでしょ。これは必要なことなのよ。少しずつでいいの。
『私』という人生は始まったばかりなの。
お母さんの声が聞こえる。
そろそろ現実に戻らないと。私はいつもの部屋着に戻って部屋を後にした。
やっと新しいリュックを買いました。バーゲンで。
読んでいただきありがとうございます。
使えると思うと完全に駄目になるまで使う私。
ずいぶん頑張ったな。今日までありがとう。そんな気持ちになります。
自分が何かに夢中になると時間ってホントあっという間です。
この先を生きる時間より振り返る時間の方が増えていました。
それまではアップは続きます。夢中になれることに感謝です。
そんな私の物語ですが、次回も読んでいただけたら喜びになります。




