ワンピース
走馬灯のように振り返ってから夕飯の続きに取りかかった。
「今はまだ決めてないっていうか決められない。私自身、何をやりたいか分かんない。それまでは帰宅部でいようかなって。それと明日、拓哉と出掛けてくる」
「・・・そう。急いでもしょうがないか。それより、なあに、明日はデート?」
『デート』
その言葉に正直椅子ごとひっくり返りそうになる。そんな風に全然思ってなかったんだけど。
「急に変なこと言わないでよ。私と拓哉はそんなんじゃない。ずっと親友って決めているんだから」
全くなんでそんな考えになるのかな。今までもこれからもずっと親友って言った言葉を私は信じていたい。
最近分かったことだけど、自分が気のない男子から無駄に話し掛けられるのって鬱陶しい以外なにものでもない。不思議なことだけど、そういう男子の気持ちって手に取るように分かっちゃうんだよね。
もしかして私が自意識過剰なのかな?
「ごちそうさま」
「どう?美味しかった?」
「・・・まあ」
途中までは美味しかった。けど変なこと言うからそれからはあんまり味なんて分かんなかった。
『デート』
違う。絶対に違う。そう思いたいのにその言葉だけが頭の中をグルグル廻っている。
「何か飲む?」
「いらない。部屋に戻る」
「そう。あ、そうだ」
「なによ、急に大きな声出さないでよ」
「あんた明日着ていく服あるの?」
「服?考えてなかったけど、これでいいんじゃない?近所だし」
私は今着ているサッカーボールの刺繍の入ったパーカーに膝が抜けているジーンズを指差して言う。
今は下着こそあるけれど女子用の普段着って持っていないのが現実だ。クローゼットにはボーイッシュな服しかない。仕方のないことだけど、まあその内揃えればいい、なんて呑気に考えていた。
「そんな部屋着で・・・出掛けましょう、これから。今ならまだお店やってるから」
「え?いいよ今度で。私、部屋でゆっくりしたいんだけど」
「そんなカッコで外歩くなんてお母さんが認めません。女の子なら少しは気を使いなさい」
半ば無理矢理車に押し込まれて連れ出されてしまった。
勢いのついたお母さんを止められる人は誰もいない。思い立ったら最後までいかないと止まらない。いや止まれない。まさに猪突猛進とはこの人のためにある言葉みたいだ。私の抵抗なんてはなから効くはずもなかった。
信号で停まる度にバックミラーで自分の化粧を直しては確認していた。その姿を見て、いずれ私も大人になったら同じようなことをするのだろうか。そんなことを思いながら見ていた。
買い物はなんだか凄いことになった。上から下まで一応一揃えで買った。私はただ流されるまま勧められるまま試着室にほぼ軟禁状態となった。その時のお母さんはものすごく生き生きして実に楽しそうだった。
「こうやって娘と買い物できるなんて夢にも思ってなかった」
そんなことまで言っていた。私も最初はうんざりしていたけど試着が進むに連れてだんだん楽しくなってきた。女の子の服を選ぶってこんなに楽しいんだ。パンツもスカートも私ってば何でも似合うじゃん。
「どう?気に入ったのあった?」
「いろいろ。ま、全部買うわけにはいかないからとりあえず明日分で」
私が最終的に選んだのは
「なあに、パーカー?」
「うん。色も可愛いし。なんかパーカーって落ち着くんだよね」
「ならせめて下はスカートにしよ」
まあ、それくらいのこと、別にいいけど。お金出してもらうわけだし。
嵐のような強行軍が終わって部屋に戻る。
「は〜疲れた。でも楽しかったな。私って結構服とか選ぶの好きなのかな」
ベッドの上に置いた紙袋を見ながら隣りに腰を下ろした。
今日はいろいろあった。封筒のこと、中に入っていたカードのこと。それに書かれていたこと。結局は何がなんだか分からない、というのが結論としてあるわけだけど、無視もできないことだけは分かる。きっとまた何かある。その時まではどうでもいい。どうでもよくないけど今はどうでもいい。
「お風呂入ろっかな」
明日は休み。だからかなんかダラダラしちゃうんだよね。そのままベッドに横になって鏡で自分の顔を見る。
明日・・・私のカッコ見て拓哉はなんて思うかな。可愛いって言ってくれるのかな、いやそんな風には言わないかな。多分、似合ってるくらいなら言ってくれそうな気がする。
「やっぱり可愛いな」
髪も伸びた。日頃のヘアケアのおかげでツヤツヤしてる。肌だってハリがあってキメが細かい。若さの賜物だよね。おまけにサッカーをしなくなったせいか色もずいぶん白くなった。化粧なんてまだまだ必要なんてない。切れ長の二重まぶたにクルッと上にカールしている睫毛。
もしかして私って自分が思っている以上に美少女なのかな。
「美有、お風呂入りなさい」
下から聞こえてくる。そんな大きな声出さなくても分かる。けど一応返事はしないとね。
鏡を置いて、さて、支度支度っと。私はベッドから起き上がって下着を選ぶために引き出しを開ける。
あらためて見るとこっちも数はまだまだ少ないな。なんか女の子っていろいろ物入りだよね。そう言えば他の引き出しってあんま見てないな。男子用の下着が放り込まれているのを見てそれ以降開けていない。いずれこれも処分した方がいいんだよね。前の私には悪いけど。
かつての自分の下着なのになんか他人行儀な気がする。せめて下着くらいは女子用を身に着けていて欲しかったな。みんなきれいに畳んできれいに並んでいる。試しにいくつか出してみると
「あれ?なんだこれ」
下着の下には薄い紙が敷いてある。妙にフカフカする。この紙の下には何かあるのを確信して思いきって下着を全部出してみた。紙は引き出しの大きさで納まっていた。
「この感触って・・・服?」
なんでこんなところに?なんで隠すようなことしてんだろ。
「え?・・・・・・なにこれ」
手にしたのは・・・ビニールに包まれてキレイに畳まれている真っ白な
「やっぱり服だ」
なんか人の秘密を見てしまったような気がして少し躊躇したけど思いきって全部出してみる。さらにビニールから出して広げてみると
「・・・ワンピースだ・・真っ白な」
これって何なの?もしかしてお母さんが私のために買ったとか?けど前の私ならこんな服は絶対に着ない。それなのに買うなんてことあるだろうか?
「ん?」
さらに遅れて足元に何かが当たった。拾い上げて見てみると
「本当の希望?・・・・なんのこと?」
この字は私の書いた字とそっくりだ。字だけは今の昔も変わっていない。ということコレを書いたのは前の私だということ。でもなんでこんなこと?それに『本当の希望』ってなんのこと?やっぱり前の私のことちゃんと知らないとならないのかな。じゃないと疑問ばかり解決せずに増えてゆくだけだよね。
「美有、聞こえてるの?」
再びお母さんの声がする。今度は大きな声でちゃんと答えて
「とりあえず戻ってから」
そっと引き出しを戻して私は部屋を後にした。
気がつくと朝になっていた。
すぐ視界に入る真っ白なワンピース。昨夜はじっと見つめていた。そしたら前の私の記憶が何かを見せてくれるんじゃないかって、そんな期待をしていたけどいつの間にか眠ってしまっていた。
なんだかあまり眠った実感がない。スマホで時間を確かめて約束の時間まではまだあった。もう一度眠ろうと思って目を閉じたのに瞼に浮かぶ真っ白なワンピースが焼き付いているみたい。それが空を飛んでいるように宙を舞っている。もし私が着ていたら、なんて自分の姿を重ねてみると
「天使みたい・・・」
そう言葉にした瞬間、瞼の中の映像はいきなり空が広がって真下には海があって遠くには大きな雲・・・・そんな光景がはっきりとした輪郭を描いてゆく。もしかしてもう夢でも見ているのかな?でも寝ている感じはしない。意識はさっきよりもはっきりとしている。
そんな光景がどこか懐かしいと思うのは何故だろう。前の記憶が答えを教えてくれるかもしれない。私は意識を目の前の景色に集中する。けれどすぐ現実に戻された。
「美有、朝ご飯よ」
お母さんの声で見ていた映像はあっと言う間に消えてしまった。仕方なく瞼を開けるとさっきよりも強い太陽の光が部屋の中に差し込んでいた。
「・・・はぁい」
返事をしてベッドから起き上がって、ワンピースを丁寧にハンガーしてクローゼットに掛けて部屋を出た。結局何も分からなかったな。
「あれ?お父さんは?」
席に座ると私の分だけがテーブルにあった。
「もう出掛けたわよ。朝から会社の人とゴルフなんだって」
「ふうん」
そして出された緑茶を飲む。
「そう言えばさ、お父さんってなんか私のこと避けてない?」
「そう感じるの?」
「だって朝起きたらもういないし、夜だってご飯食べたらすぐ自分の部屋に行っちゃってさ。顔を合わせれば挨拶くらいするけど、それ以上はあんまり聞いてこないし」
納豆をかき混ぜているとお母さんが頭に手を乗せて
「なによ」
「美有がもっと話したいって言っておくね」
「それってやっぱり避けてるってことじゃん」
お母さんは笑って言う。
「お父さんはちょっとまだ今のあなたに慣れていないのよ。いきなり女の子ができたから」
「はあ?どういうことよ。だって私は最初から女なんだよ」
なんなのそれって。それだと男みたいだった私の方が良かったって言っているみたいじゃん。もしそうなら正直傷付くんですけど。
「あのさ、私が生まれた時、お父さん、もしかして男じゃなくて残念がってたとか?」
勢いでついそんなことを聞いてしまう。けれどお母さんは顔を横に振って満面に笑みで言う。
「まさか。もの凄く喜んでいたわよ。絶対に一番可愛い女の子に育てるんだって張り切ってたくらいだもん」
お母さんは懐かしむように遠くに視線を合わせる。それならそうともっと私のこと喜んでくれたっていいんじゃないかな?なおさら避ける必要ないと思うわけだけど。
「ねえ、その頃のアルバム見たいんだけど」
「ああ。ちょっと待ってて」
お母さんは椅子から立ち上がるとリビングに行って
「はい。この中に幼稚園までのが入ってる。他も見たかったら棚にあるから」
そう言ってDVDを渡してくれた。ディスクには生まれた時の家族写真と生まれた日かプリントされていた。
受け取ってからじっくり見るとお父さんは確かにもの凄く喜んでいた。隣りには生まれたばかりの私がいる。ここには幸せしか映っていない。でもそれは私の知らない時間でもあった。
「ありがとう。あとで見るね」
朝ご飯を終えると約束の時間までにはまだちょっとある。アルバムを見るため部屋に戻った。
今年も残りあと一週間ですね。
読んでいただきありがとうございます。
もしかして時間って加速してる?ってくらい速い。
こうやってまた一つ歳を重ねてゆくのが人生なのでしょう。
まだ一週間あります。思い残すことないように過したいですね。
次回もよろしくお願いします。




