一夜明けて
「よ、相楽、おはよう」
「あ、おはよう拓哉」
挨拶を交わしたあと、相楽はなぜか俺のことをじっと見つめている。
「・・・あのさ、もしかして私のこと待っているとか?」
言われると確かに昨日も同じくらいの場所で声を掛けたような気がするな。
「たまたま偶然だ、偶然。そういうことだってある」
「ふ〜ん。ならそういうことでいいけど」
相楽だと分かっていても女子の上目使いってなんかドキッとさせられる。今の相楽は完全に女の子視線で俺のことを見ているような気がする。
「偶然の俺のことストーカーみたいな感じで見るのやめろ」
「別にそんなんじゃないけどさ」
本当にたまたまなんだが・・・こんな不毛な話はとっとと終わらせたいので
「そう言えば満月、どうだった?」
話を切り替えてみる。俺もなんだか気になって昨夜は満月をしばらく見ていたが特にこれといったことは何もなかった。
「それが・・・満月を見た瞬間からの記憶がないんだよね。確かに見たところまでは覚えているのに。でもその後、自分自身に何が起こったのかは本当の分からないの。なんか気持ち悪い」
戻ってきた相楽にはやはり記憶の機能に後遺症的ななにかがあるのだろうか・・・だからと言って今の俺になにか出来るわけじゃない。強いて言えば話を聞くことくらいか・・・
「そっか・・・満月、なんだったんだろうな」
「ホントだよ。それまであった胸のモヤモヤはなくなったんだけど」
「でも気持ち悪いんだろ」
「それは今の気持ち。昨日のとは別。私、なにやってたのかな。気がついたらもう朝だったし」
やっぱり俺が見ている目の前の相楽は全くの別人というか別人格なんだろうな。そんなことを思いながら眠そうな後ろ姿を見ながら歩いていた。大きな欠伸をしている。
「眠そうだな」
「う〜ん・・・よく眠ったと思う。でも夢見が悪かったのかな。それで疲れているのかも」
「ふ〜ん、どんな夢か聞いてもいいか?」
相楽はいつものように顎の下に指を立てて思い出そうと試みているみたいだ。
「・・・駄目・・・なんかとても怖い?ような、・・・すっごくきれいな場所・・・だったような?」
軽く溜息を付く。俺はそんな仕草をただじっと見ていた。
「思い出せないってことは大した夢じゃないのかもね。ま、思い出したら思い出したでいいか」
両手を上げて大きく身体を伸ばして大きく息を吐くと
「よし。昨日のことは終わり。今日も一日頑張ろう」
こういう切り返しの早さも今も昔も変わらない。
今の相楽と昔の相楽との境界線ってどこかにあるような気がする。でもそれは誰にも分からない。本人だって分かっていないんだ。
「そうだ拓哉」
「なんだ?」
「明日って休みでしょ。どっか遊びに行かない?」
屈託のない笑顔で聞いてくる。
ここ最近思うんだが相楽の仕草は日に日に女らしくなってゆく。もちろん昔の名残だってないこともないけど、いずれそれもなくなって目の前の相楽は全く別の相楽になってしまうような気がする。だとしても本人は変わらないって言い張るのかもしれないけど。
「悪いが明日は午前中だけど部活があるんだ」
「あ、そうなんだ。じゃあその後でもいいんだけど。他に予定ってあるの?」
だから、上目遣いで俺のことを見るな。昔の相楽はこんな風に俺を見ることはしない。
「そのあとは特に予定はない。どっか行きたい所でもあるのか?」
「行きたい所っていうか、この街のこともっと知りたいかな。だから案内して欲しいなって」
「この街って・・・ずっと暮らしてきただろ」
「まあ、そうなんだけどさ。なんか新鮮な感じもするんだ。知っているけど初めて来た場所みたいで。いろいろ自分の中でツジツマを合わせたいっていうか」
「それってやっぱり・・・」
その先を言おうとしたけれど言葉を飲み込んだ。
最近はやたらと昔と今を比べられて本人はうんざりしているというか、気分を悪くしているように見えていたからな。このことは相楽自身も覚悟していると言っていたが実際そうなるとやはり面倒なんだろうな。だから俺はなるべく昔と比べることをしないように意識していた。
「分かった。なら部活終わってそのまま出掛けるか。途中で飯でも食って」
「やった。じゃあ私、部活終わる頃来ればいい?」
「そうだな。大体十二時過ぎには終わるって話しだ」
「了解。明日ね」
会話が終わる頃には俺達は教室に到着していた。相楽は楽しそうな笑顔で自分の席に向かった。俺は自分の席に向かう。
「また一緒に登校か?」
話しかけてきたのは同じ中学の
「佐々木、何か問題か?」
「お前こそ幼馴染みとか言って相楽のこと狙っているんじゃねえのか?」
どうも最近はこういう絡みが増えたな。驚いたことに今の相楽は男子に人気がある。そのほとんどが昔のことを知っている同じ中学なんだが
「偶然って言葉知ってるか?」
「はあ?それがどうした?」
「だから偶然だっつうの。俺と相楽は昔からの親友だ。それはこれからも変わらない」
「そう言って近づいているのか?ま、お前がそう言うなら俺が彼氏候補になっても文句はないってことでいいんだな」
コイツは本気で相楽のことを狙っている。
そう言えば中学の頃から相楽にちょっかい出していたな。『男なら一緒に着替えられるだろ』なんて相楽のこと挑発してたよな。さすがに相楽は応じなかったけれど、その後無茶苦茶俺に愚痴を聞かされたな。
もしかしたら佐々木は最初から相楽のこと女として見ていたのかもしれない。
正直俺にはコイツが相楽の彼氏なんて想像すらできないけどな。
「やめとけ。フラれるのがオチだ」
佐々木が立ち上がろうとしたところでチャイムが鳴って同時に先生が教室に入ってきた。
授業が始まってしまえば一安心だな。俺は正面の先生ではなく相楽のことを見ていた。隣りの女子と何か話しているみたいだ。見つかって怒られなきゃいいけど。
昼休みになると相楽は俺のところにやって来て
「一緒に食べない?」
相楽は自分の弁当箱を俺の顔の前で揺らしている。特に断る理由もないので
「いいけど、どこで?」
「ここ空いてるよね」
俺の前の席はチャイムと同時に学食に行ってしまっていたから空いていた。
相楽は当たり前のように椅子を一八〇度回転させて座る。当然俺と向かい合うことになる。その行為も昔の相楽を感じさせる。コイツは変わったようで変わっていないのだろうか。
やっぱり二つの境界が俺には分からない。今目の前にいるのは相楽本人に変わりない。その事実だけが現実として存在している。
「なにしてんの?食べないの?」
相楽はすでに自分の弁当を広げている。それはどう見ても女子の弁当だ。昔の相楽には少々物足りないみたいに思える。けど今はそれがいいんだろう。
「食べる。お前が早すぎるんだ」
「だってお腹空いてんだもん。いただきます」
なんて美味そうに食べるんだろうな。その顔も昔と少しも変わらない。やっと俺も自分の弁当を広げると
「なんか豪快。男子のお弁当って感じ」
「男子だからな」
言ってから食べ始めると
「ねぇ、これ、交換しない?」
差し出された卵焼きをご飯の上に置くと、了承もなしに勝手に俺の卵焼きとタコさんウインナーを持っていた。
「おい。いま、どさくさに紛れて俺のタコさん取っただろ」
「あれ?気がついた?」
「あれで気がつかなかったら俺はサッカーを辞める」
「まあまあ細かいこと気にしない」
相楽は交換した卵焼きを食べる。
「・・・おいしい。出し巻きなんだ」
なんか感動している。
タコさんを取られたのは俺の油断だ。諦めて渡された卵焼きを食べてみる。その姿を相楽はじっと何も言わずに見ている。そして飲み込むと真剣な顔で迫ってきた。
「・・・どう?」
「・・・あまい。けど嫌いじゃない」
「それって美味しいってこと?」
相楽よ、何故そんなに目をキラキラさせている?
「そうだ。甘いが美味い。ウチじゃこういう味付けはしないからな」
「やった!それ、私が焼いたんだよ」
へぇ・・・・・・お前が料理?
「何か言ったらどう?この私が作ったんだよ。まあ、まだこれくらいだけど」
余程嬉しかったのだろう。その笑顔はあの頃とは全然違う。俺はそんな風に笑うお前のことは知らない。以前のお前なら・・・
「・・・ちょっと驚いて言葉が上手く出てこなかった。なんかすごいな」
「でしょ。もっと褒めてよ」
「まあ・・・そうだな。これからに期待する」
「うん。期待して。そうだ。何かリクエストとかある?拓哉の食べたいものとか」
そんな会話・・・なんか、あまり、かつての男同士とはかけ離れていると気がつかないのか?それに周りの視線に気がついていないのか?
「まあ、考えておく」
「分かった。決まったら教えて」
なんだか嫌な汗と緊張感がある。なのになんでお前はそんなに無邪気なんだ?そういうところは昔と変わっていないよな。
こういったやり取りのおかげで俺は自分の弁当をあまり味わうことなく食べ終わる。
それなのに相楽の作った卵焼きの味だけがいつまでも舌の上に残っていた。
普通に過ごすことこそ幸せなことなのに・・・
読んでいただきありがとうございます。
表があって裏がある。これは切っても切れない関係です。
私には何が出来ると思う自分と何も出来ないと思う自分が存在しています。
それでも祈る気持ちは私でも出来る。
たくさんの幸せと不幸せのある世界です。
きっと明日は、来年は良いことがある。それを信じて物語りを紡いでおります。
次も元気な気持ちで出会えること願っています。




