夢なのに
・・・・・・・あれ?
・・・・・これって記憶が途切れている。何が起こったの。それに・・・・・・
「いつから?」
私はいつ窓を開けていたのだろう?
不思議と今は気持ちが落ち着いている。
朝のあのザワザワとした感じはもうどこにもなかった。
・・・よく分からない。分からないけど今は月を見ても不思議と清々しい気持ちがする。
そうだ。スマホ。
「・・・・拓哉」
もしかして今日はずっと私のこと心配してくれていたのかな?
今は大丈夫。もう大丈夫。そう返信する。すぐにスタンプで返事がきた。
「・・・・・・なんだろう・・急に・・・・眠く・・・・」
窓を閉めて・・・・・ベッドまでなんとか辿り着く・・・意識・・・なし・・・
堕ちてゆく。とても、とても深く深く。これ以上ないくらい深く眠りの中に堕ちてゆく。
意識は真っ暗な空間で戻ってくる。
遠くで小さな光が揺れている。
身体は意思とは関係なく光に向かってどんどん、どんどん流されてゆく。
怖いなんて感情は一切なかった。
なにも感じない『無』・・・なぜか懐かしい。
その先に何があるのか知らないけど、このまま流されていけば分かる・・・はず・・・
やがて広がってゆく光。眩しくて目を伏せてしまった。
肌に感じる暖かな風。どうやら私の移動は終わったようだ。身体の感覚が妙にリアルだ。
なら・・・ゆっくりと瞼を開ける一番最初に飛び込んできたのは
「うわ・・・・・・海?」
目の前にはエメラルドグリーンが透き通っている海が広がっていた。
・・・初めて見る景色なのにずっと昔から知っているような気分がする。
風の匂いは夏特有の湿気を含んでいる。懐かしさが心の中を満たしてゆくのは何故だろう。
これは誰の記憶?今の私?それとも昔の私?
見上げる空は濃くて深い青色が広がっている。
緩く弧を描いている水平線には貼付けたようにくっきりとした輪郭を持つ積乱雲があった。
波打ち際に立っている私の足には絶えず海水が当たっては引いてゆく。
「・・・・・・気持ちいい・・・あ・・すごい・・」
海の反対の方を振り返ると見渡す限り一面に向日葵が太陽に向かって咲いていた。どこまでも果てがない黄色い絨毯が地平線の彼方まで広がっている。
時折風に揺れる姿はなにか音楽でも奏でているように見える。
そんな中に私はいた。
これは夢だってことだって分かっている。それなのに
「やっぱり・・・なんか懐かしい」
気持ちがそのまま言葉になって出ていた。
でもそんな気がするだけで何も思い出せない。
本当に私の記憶なのだろうか。
私の記憶・・・それは私の知らない私の記憶。昔の私の記憶・・・なのかな・・・・
・・・・・・真っ白なワンピース・・・今さら気がつく。
これって昔の私の記憶じゃないよね。あの頃の私はこんなカッコ絶対にしないと思う。だからここにあるのは今の私の記憶だと思っていいのかな・・・?
・・・・・・今言えるのはとても素敵な夢を見ているということ・・・
ここは静かな波の音しかしない。もしかして目が覚めるまでずっとこうしているのかな?
しばらく経って
私はもっとこの夢の世界を知るためにずっと続いている海岸線をひたすら歩いているとやがて遠くの方に大きな木が見えてくる。
濃い緑色の葉っぱをたくさん蓄えた枝は横に大きく伸びていて大樹の元には程よい木陰ができているが確認できる。休憩するには持ってこいと言っているみたいに私を誘っているように見えた。
夢の中で疲れるなんてことあるとは思えないけど、行ってみたいという衝動には抗えず、私の足は自然とその場所を目指していた。
大樹の元まではずいぶん歩いた感覚はあるのに疲れも喉の乾きもなかった。
それでも強い日差しに薄らと汗がおでこに滲んでいた。
一歩、木陰の中に足を入れると涼しさと一緒に視界が真っ暗になった。それは本当に一瞬のことですぐに目が慣れる。
そして気付く。
目の前には誰かが立ってこっちを見ているということを
「こんにちは」
そう聞こえた。私も反射的に同じ言葉を返す。まだぼんやりしか見えていないけど声からして女の子ということだけは分かった。
「ねえ、天国って知ってる?」
急にそんなことを聞いてくる。
「天国って・・・あの?」
「そう。あなた達が想像している天国ってこんな感じでいいのかな?」
私は木陰から『天国』と呼ばれている世界を見渡してみる。
この景色は最初から穏やかな平和が流れている。降り注ぐ日差しはこれ以上ないくらい私の心を躍らせる。目を閉じると自分の背中に羽が生えてどこまでも飛んでいけそうな気さえしてくる。
「私の想像とはちょっと違うけど、ここが天国ならとても素敵だと思う」
「そっか。なら気に入ってくれたでいいのかな?」
気に入ったか気に入らないということなら、もう一つ思うところがある。
「うん。これで水着でもあったら最高なんだけど、私的には」
どうせ夢の話ならこんなこと言ったって問題ないよね。
そういえば私って自分の水着姿知らないな。どんな水着なら似合うのかな?いろいろ想像してしまう。
「ここは夢の中。なら、想像して。どんなのがあなたのお好みかしら」
言われた通り想像してみる。けれど不思議。なかなか思いつけない。それに今さらながら恥ずかしくなってくる。余計選べない。
「悩んでいるわ。良くないこと。天国なのよ。悩むことなんてない。さ、どっちか選んで」
差し出された彼女の手には赤い封筒と青い封筒があった。
なんだろうこれ?この中に私が着たいと思う水着の候補が入っているのだろうか?
「どちらかを選べばいいの?」
「うん。あなたは選ばないとならない。あなたの運命が入ってる」
「・・・運命?なんのこと?」
急にそんなことを言う相手の言葉にはどこか選び辛さを感じないわけにはいかなかった。
それに今まで夏の風はどこかに去っていてヒンヤリした空気が肌に刺さる。
「・・・え?な、なに?」
遠くで雷鳴が響く。今まで微塵もなかったのに。さっきまでの光景が嘘みたいに変わっていた。
空はどんどん黒雲に覆われ、どれもが内側で雷を光らせている。ブキミに光るイナズマ。
ここは夢の中とはいえ天国のはず。それが今では地獄の光景みたい。
地獄・・・私・・・知ってるの?
「早くしないともっと世界は壊れてゆく。この世界はあなた自身でもあるの」
「そ、そんな・・・壊れるって・・・壊れたら・・・・私・・・どうなるの?」
「主はお怒りだ」
声はさらに低く重くなってゆく。
「・・・主?」
「分かりやすく言うと神だ」
急にそんなこと言われても私は神様に睨まれるようなことは何もしていない。
「本当にそうかしら」
心を覗かれたような言葉だ。それに最初から気になっていた。どうして目の前の人物はずっと影が掛かっているのだろう。はっきりとその姿を見ることができない。
「私の姿はあなたには認識できない」
うっすらだけど笑っている。
なんなのこの夢。せっかく自分の水着姿が見れるかと思ったのに、とにかく今は早く目覚めたい。
この夢は私自身、ということなら
「選ばなければこの世界は壊れるって言った。ならこのまま壊れれば私は夢から醒めることができる。そうでしょ、誰か知らないけど」
私の言葉に反応して夢の世界の崩壊は加速し始める。
地面には無数の亀裂が走り、海は真っ黒に色を変え渦を巻き始め、空はどんどん低くなって、いずれ崩れて落ちてくるみたい。
「馬鹿なことした」
「は?なんのこと?」
なんなの?私が何をしたっていうの?
この光景、夢でも怖い。
「まったく・・・アイツらは命に対して馬鹿なことをした」
世界はさらに崩壊してゆく。私はまだ目覚める気配はない。
それにさっきからこの人『馬鹿』しか言ってない。命にってどういうこと?私の命が何をしたの?
「記憶がないみたいだな」
「記憶?・・それって前の私のこと?」
そのことには答えない。じっと私のことを見ている視線が刃物のように鋭い。
「あなたは以前の私のこと知ってるの?」
とても深い溜め息が聞こえた。そんな溜息、私はついたことがない。そんな溜息になるようなことを前の私はやっていたのだろうか。
「お前は神がこの世界に与えた命や運命に文句を言うなんてな。天に唾するとはまさにこういうことだ。それとアイツらが何を考えているのか分からない。簡単なのは今ここでお前のことを殺してしまうことだ。しかし簡単なことじゃなさそうだ。ずいぶん強力な加護が備わっている。お互い『最後の審判』だけは避けたいところだろうに」
言っていることが分からない。
アイツらって誰?私を殺す?なんで?そんなの嫌だ。私は私として普通の人生を生きている。もっと生きたって強く思っている。殺される理由なんてどこにもないのに。
なんでこんなこと・・・例え夢の中だとしても言われないとならないの?
暗闇なんて大嫌い。あんなところもう二度と行きたくない。
・・・・・・なんで?私はそんなこと思う?・・・記憶が・・・混乱している。
気がつくと大樹の周りにしか足場がなかった。それ以外は真っ黒な世界となっていた。ここだっていつまで持つのか分からない。崩壊は容赦なく私の足元に迫ってくる。お願い。早く目が覚めて。私は必死に私自身に呼び掛けた。
ずっと私の様子を見ていた相手はやがて何かを納得したように話を始めた。
「かつてのお前はアイツらと契約を交わしている。ならしばらくはこちらも様子を見るという結論がたった今出された。お前は私達と新たに契約をしてもらう。お前が再び与えられた人生を監視するのも一興かもしれない、と主は言っておられる。さあもう一度だ。選べ。そして目覚めて現実に帰るのだ」
もう一度差し出される封筒。契約?監視?でもこれで殺されずに済むなら。選ぶ基準なんて分からない。何が書いてあるのか分からない。でもそのことを聞くことはできないだろう。何故なら私は一歩でも踏み外したら真っ暗などこかに落ちてしまうからだ。じっくり考える余裕なんて残されていない。
「こっち」
私は赤い封筒を選んだ。どっちでも良かった、完全になんとなくだ。
「契約は完了した。お前は今見ている夢のこと、私のことは記憶から消える。新月の時私は再び夢を通してお前の前に現れるだろう」
ずいぶん一方的過ぎる。いい終わるとその人物は強烈な光りを放つ。眩しくて見えない。次の瞬間もう姿はなかった。けど一瞬だけ見えたシルエットが脳裏に残像として残っている。
「・・・天使?」
大きな翼が見えたと思う。その姿は私の知っている天使と一緒だ。天使なんてホントにいるなんて思わないけどそれ以外の言葉が私には思いつかなかった。
目が醒めた。
よく眠っていたはずなのにとても疲れている。それに汗だって。ゆっくりと起き上がって頭を振る。一体どんな夢を見ていたのだろう。夢を見ていたということしか分からない。どんなに思い出そうとしても真っ白な光のこと以外無理みたい。全ては光に包まれてしまっている。眩しくて見ることなんてできない。
「シャワー・・・浴びよ」
もそもそとベッドから出る。今日も良い天気なのに目醒めは最悪。
あらためて思う。なんでこんなに疲れているの?昨夜・・・満月は私に何をしたの?
「・・・なに・・これ・・?」
枕元には見覚えのない赤い色をした封筒があった。形はどこにでもある封筒なのに赤い色がなんかだ血の色みたいに生々しい。裏を見るとシーリングスタンプでしっかりと封がされている。おまけに差出人の名前も宛名もなかった。
封を開けるか開けないか悩む
そんなの悩むことなく開ければ良いのになんとなく開けたら面倒なことが起こるような予感というか虫の知らせのようなものを感じがして一旦冷静になるために封筒をもう一度枕元に置いてシャワーを浴びるために部屋を後にした。
12月5日。本日は満月。コールドムーンって言うそうです。
読んでいただきありがとうございます。
急に寒さが本格的になりました。
体調に気をつけて2025年を無事完走したいと思っております。
皆さまの健康と幸福を祈りつつ、物語は進んでいきます。
次回もよろしくお願いします。




