昔の私、こんばんわ
今は自分の部屋にいて薄暗くても電気は点けずにベッドに横になって、なんとなく闇を反射している真っ白な天井を見ていた。スマホが鳴っても無視した。
今はこの静けさが必要なんじゃないかな。根拠は特にないけど静かにこうしていた方がいいような気がしたからであって、連絡にはちゃんと後で返信するつもり。だから今は心の思うまま過させて欲しい。これはとても大事な約束なの。
・・・そっか・・・約束だったんだ。
視線をずらして窓を見る。陽はすっかり落ちていた。
待っていた夜がついにやって来る。とても静かに、とても柔らかく。満月を一緒に連れて。
「・・・まただ・・・左手・・・」
触ったところで何もないのに無性に気になって仕方ない。
「はあ・・・・なんでこんなに気になるのかな。分かんない・・でも・・・」
溜息を付こうとした瞬間・・・窓から差し込む青白い光に部屋が満たされてゆく。
窓いっぱいに満月の光が・・・今度は私の瞳の中に入ってくる。
ベッドから起き上がって導かれるように歩いてゆく。
窓を開けると冷たくも温かくもない風が入ってくる。
見上げる私の瞳に月がぴったりと重なってゆく
満月・・・真円を画く・・・・・・私は・・・全てを思い出す。
左手が微かに震えている。私は昔の自分の記憶の中にいる。約束の時が来たんだ。
自然と左手首は唇を目指している。そして軽く触れた。
「こんばんは。最初の満月ですね。元気してましたか?」
「うん。こんばんはルシェル」
「美有ちゃん、約束、ちゃんと守ってますね」
「うん。だって約束だから」
画面を見てお互いを確認する。
ルシェルの肌はすっかり白くなっていて、これが本来の彼女の姿なんだろうな。真っ白な肌、真っ白な髪。可愛い以外の感想がない。
「どうです?その後」
「はい。この身体にも慣れて今は毎日が楽しいです」
「そうでしょうね。あなたの顔を見れば分かります。このプロジェクトは順調に進んでいると思っていいみたいですね」
笑うと覗く八重歯も健在だ。
「いろいろ感謝しています。ホントに。やっと自分らしく生きているって」
「それでは今のところ何も問題ないってことでよろしいですか?」
「はい。特に困ったことはないです」
「分かりました。今回はこれで報告させていただきます。それじゃまた来月」
「ちょっと待って」
私は急いで引き止めた。再び画面に顔を出したルシェルが
「なんでしょうか?」
「あの、今日ならもう一人に会えるって」
「ああ、そのことですか。今でも会いたいって思ってるんですか?」
頷いて答える。私はこの身体がすごく気に入ったから、ちゃんとお礼だって言いたい。
「だって私の・・・本来の私の身体に満足しているのかなって」
「分かりました。言った手前拒否することはしません。向こうも交信しているところでしょう。担当に聞いてみますのでしばらくそのまま待っていてください」
画面が切り替わってスクリーンセーバーみたいな模様が浮かんでは消えてを繰り返している。
私・・・この時を待っていたんだ。やっとドキドキの正体が分かった。
以前の自分に会う。なんだか変な気分だな。果たして向こうはちゃんと応答してくれるのか、今はそれだけが気がかりだ。・・・向こうはかつての彼女の今の姿を見てどんな感想を言ってくるのか、それはそれで心配である。
端末が震える。
思わず固唾を飲み込んだ。いよいよかつての自分とご対面・・・緊張する。
揺れている画面が少しずつ鮮明になってかつての姿が浮かび上がってくる。
「よう。元気か?」
声!ビックリした・・・ずいぶん低い。
この声が元の自分のだなんて信じられないし信じたくはない。違和感でしかない。でも、これが今の現実ならやっぱ受け入れるしかないんだろうな。だって男の身体だもん、仕方ないよね。変声期が来るの正直怖かった。
「あ、あの、こんばんは」
私って声震えてない?でも緊張しているから・・・今度ははっきりと映っている画面を見て驚く。
「髪・・・」
気に入っていたサラサラの髪はかなり短く刈られている。それにディップでツンツン頭にしている。
「ああ・・・切ったんだ。長いの嫌いだから」
そんな髪型してたら自分の顔が記憶と一致しない。私ってこんな顔だったの?
「そっちは髪伸ばしてんだ。お前って長いの好きなのな。目が覚めて一番ビックリした。なんだか女みたいだったからな。長い髪なんて小さい時しか覚えがなかったし、いきなり伸びたってしばらくは混乱してたな。それで急いで自分で切った。どうだ、なかなか上手いだろ。その身体の時も自分で切ってたからな」
それを聞いてやっぱり見ている男の子は間違いなくかつての私だということが分かる。
「それで?なんの用だ?」
「ちょっと気になってたことがあるの」
「記憶がないのに?」
「そうだけど。でもこうやって記憶が戻ったらやっぱり気になるでしょ。あなたはならなかった?」
「特に気にしてなかったな」
そして笑った。そこにあったのはかつての私の持っていた笑顔じゃなかった。でも向こうもきっと同じことを思っているんだろうな。
「それにしてもそっちはずいぶん女の子しているじゃん。俺ってそんなに可愛かったんだな」
自分の可愛さに今さら気がついてないなんて、正直この身体が可哀想に思えてくる。
「知らなかったなんてもったいない。今じゃみんな私のこと可愛いって言ってくれるんだ」
私はできる限り可愛い顔で笑ってやった。特に反応はなかったけど・・・
「そうだ、あなたってずっとサッカーやってたんでしょ。今は・・・っていうか、その身体ってスポーツには不向きだと思うんだけど」
一番気になっていることを聞いてみる。私はこんなに毎日充実した日々を送っているのに向こうがそうじゃなかったら気の毒というか不公平みたいに思っていた。
「そうか?背は小さいけど意外と小回りが利いていい。それに足だってずっと速い。やっぱり男の身体だな。ま、筋肉が少ないから筋トレしてるし身長だって五センチは伸びたんだ。これからが期待だな。バッチリ鍛えてやる」
意外・・・そうなんだ。やっぱ、それってあれなのかな、扱う人っていうか魂っていうか、使い方の問題だったのかな。確かに私はスポーツなんてやりたくなかった。そんな考えだったから身体の方も反応悪かったのかな?ってあくまで憶測なんだけど・・・
それにしても筋肉隆々の元の身体って想像できない。でももうその身体は彼女のモノなわけで好きにすればいい。それに私だってこの身体、もっともっと磨いてやるんだから。
「俺、高校じゃサッカーやってる」
「え?高校って?それってどうやってなったの?」
そうだよ。同じ時期なら高校受験出来てないはずだよね。
「どうやってって。そりゃ普通に試験受けた。今だから言えるけど問題なのは目が覚めたその日が受験日だったことかな。ビックリしたのなんのって。いきなり母親に弁当と受験票渡されて何のことか理解するまで時間掛かったな。ま、事態を飲み込んでようやく理解した。これでも普段から一応ちゃんと準備してたからなんとかなったけど。でも一番困ったのは街のことがよく分からなかったってことかな。そっちの微かな記憶をたよりにどうにか乗り切った」
「え?そうなの?だって私・・・・・・」
あの夜。私は自分自身をこの世界から消し去ったんだ。きっと親とか周りの人に凄く迷惑かけたんだろうな・・・
「どうですか?いろいろ話せたことかと。そろそろ終わりというのは・・・」
ルシェルが割って入ってくる。
もう?・・・もうちょっと
「あ、うん。もう一つだけ。お願い」
「分かりました。あと一つということでお願いします」
私は最後に聞きたかったこと。どうやって戻って来たのか知りたかった。
「あの、目が覚めた時って・・どんなだった?病院だった?」
「いや。普通にベッドで目が覚めた」
そうなんだ・・・あのことはなかったことになっているのかもしれない。向こうも私と同じように都合良く調整されているのかもしれない。
「そっか・・・そうなんだ。私は病院で目が覚めたけど、今はすっかり元気になったよ」
「見れば分かる。これも閻魔様のおかげってことかな。おっと、そろそろ時間だそうだ。また次の満月で。お互い楽しい人生歩もうな」
私が『うん、そうだね』っていう前に画面はルシェルに変わっていた。
「お疲れ様でした。いろいろ話せて良かったですね」
「うん。ありがとう」
「いえいえ。それではまた次の満月に。その時まで変わりなく楽しく過して下さい」
ルシェルは手を振ると画面は真っ黒になって手首から端末は消えた。
私はもう一度、記憶がなくならないうちに月を見た。
ピンクムーンなんて言ってたけど実際は氷のように冷たく青白い。
向こうも上手くやっているみたいで良かった。
・・・もっと生きることを楽しまないと・・・やがて目の前は霧に包まれるように真っ白に染まっていった。
ついに12月に入りました。師走、年の瀬、年末。今年も残り一ヶ月。
読んでいただきありがとうございます。
今年はどんな一年でしたか?来年はどんな一年ですか?
私はこれからも物語を紡いでいきます。
次も読んでいただけるよう精進していきます。
良いお年を・・・まだ早いって。




