今夜は満月
「美有。一週間経ったけど高校には慣れた?」
「まあまあかな。最初は結構いろいろ聞かれて大変だったけど、今は落ち着いたかな」
朝ご飯の時にほぼ毎日お母さんは聞いてくる。その度に同じようなことを答えるのが日課みたいになってる。お母さんからしたら心配でしょうがないんだろう。
「沢渡先生のおかげで高校生になれて本当に良かった。楽しいよ毎日」
「でもサッカーしないんでしょ。あんなに力入れてたのに」
「それはさ、昔の私なら残念だと思うけどな」
私はバターをたっぷり塗ったトーストを頬張る。
「高校生になったら男子と一緒の部活なんてできないでしょ。いくら自分で主張したって身体の差は歴然なの。そりゃ私も成長してるけどとてもとても」
今度はハムエッグにマヨネーズを一廻ししてから少しだけ醤油を垂らして箸で半熟の黄身と混ぜてから口の中に入れる。
「その食べ方は変わらないのね」
「この食べ方がいいの。あと、いちいち昔の私と比較しないで。今も昔も私の基本は変わっていない。だから今はそれを言われるのが一番ストレスだってずっと言ってるよね」
「ごめん。別に比べているわけじゃないのよ。ふとした仕草とか習慣って変わらないんだなって」
「・・・そうかもね。昔を知っている人によく言われるのよ。ほんとうんざりなんだよね。いちいち言わなくてもいいと思わないのかな」
トーストが半分になったところで苺ジャムを投入する。甘さが加わるとより美味しく感じる。
「そうなんだ。お母さん、もっと気をつけるね」
「そうしてよ。拓哉なんて一言もそんなこと言わないよ」
残りの朝食をイッキに片付けてしまってから、カフェオレを飲みながら朝のニュースの天気予報をなんとなく観ていると
『今日は一日晴れです。この分なら今夜の満月はキレイに全国どこでも見ることができるでしょう。四月の満月はピンクムーンって呼ばれているんですよ。知ってましたか?あ、でもピンク色に見えるからという意味じゃないですよ。ピンクと言えば今は芝桜が見頃となっています。ぜひ見に行きましょう』
画面の中のお天気お姉さんの後ろには一面ピンク色の芝桜が咲いていた。
けれど私が反応したのはそこじゃない。
『満月』という響きだ。
この言葉にはとても大事な意味というかキーワードみたいな気がする。すごく大事な約束が待っている。今夜は一人でその何かを待たないとならない。
私はいつの間にかテレビ画面ではなく自分の左手首をじっと見つめていた。何か思い出しそうなのに・・・。
「美有、どうしたの?それと時間、大丈夫?」
「あ、うん」
なんだろう・・・急に気持ちが落ち着かなくなってくる。
私はこの時が来るのをずっと心待ちにしているみたいなのに、それが分からないのがいけないんだ。でも今夜きっとその答えが分かる。とりあえず学校に行かなきゃ。
なんだかぼんやりしているな。これも『満月』のせいなのかな?空を見ても見えるはずもない。今夜か・・・早く夜にならないかな。
「よ、相楽」
「あ・・・おはよう」
拓哉の声に我に返る。
「なんだか調子悪そうだな」
「そんなんじゃない・・・・ただ・・今日が満月だから」
「は?満月?関係あるのか」
関係あるからずっと考えごとしてるんじゃん。ってそんなこと言っても分かんないだろうな。私だってよく分かんないんだもん。元気出さなきゃって思ってもなんかこう盛り上がらないんだよね。なかなか答えられない私に拓哉は『あ』って声を出して
「そっか。そういうことか」
「なに?なに一人で納得しているの?」
「だ、だから、その、大変だなって」
顔を赤くしている拓哉を見てピンときた。そっか高校生なんだもん。あ〜でもさ、女子としては気付かないで欲しいところだけど
「あのさ、男子でそういうこと察しがいいのってどうなのかな」
「し、仕方ないだろ。月の満ち引きって関係あるって聞いたことあるから」
そういこともあるかもだけど口に出して欲しいわけじゃない。
「その話はおしまい。そんなんじゃないの。今夜が満月だってことが問題なの」
まったく男ってヤツはデリカシーがないんだから。なんだか腹も立つ。だって男子には一生絶対に分からないことだから。つい歩くのが速くなる。
「おい、待てって」
「待ってたら学校遅れる」
「だから・・・悪かったって」
それに男ってどうして謝るのが分かってて言葉にするんだろう。言わなきゃこんな空気になることないのに。学校に着くまで話なんてしてあげないんだから。
私が今考えないとならないのは今夜のこと。夜が近づいていると思うとドキドキが止まらない。学校が終わって夕飯を食べてそれから・・・シャワーでも浴びておいた方がいいのかな。
ふと後ろを見ると拓哉は黙ったままずっと私の後ろをいつもよりはちょっとだけ距離を開けて歩いている。そんな姿みたら・・・なんだろう・・ちょっとだけかわいい生き物に見えてくる。別に私は怒っているわけじゃない。それなのになんでこんなに萎んでいるのだろう。
「もう・・・そんな顔しないでよ。別に怒っているとかじゃないんだけど」
校門をくぐると拓哉の目の前で言った。そうしないことにはこの場が収拾つかないと思ったから。拓哉からしたら私に気を使った言葉だったのだろうし。
「おしまいって言ったよね。だから拓哉もいつもの拓哉でいて」
「あ、ああ」
「あと・・・一応ありがとう。ホントに考えごとしてただけ。私は元気だから」
「そうか・・・相楽がいいなら」
少しだけ元の表情に戻った。あんな表情、試合の時失敗した時よりも凹んでいるみたいに見える。昔の私の記憶がそんな光景少しだけ見せてくれた。でもね、実感はないの。
この記憶は今の私のじゃないけどもう一つ教えて欲しい。昔の私はこういう時どうやって元気づけていたの?私は普通になりたいだけなの。
「ほい。仲直り」
無意識に右手を握って拳を作って拓哉の前に差し出すと
「懐かしいな」
同じように自分の拳を出して軽くタッチする。これでようやくいつもの顔に戻った。
そっか、こうやっていたんだ。ありがとう・・・昔の私。
私って自分の事がホント不思議だな。嫉妬とか後ろめたさなんかじゃない。こうやってこれからも生きてゆくんだろうな。私の中にはきっと別の私がいるんだろうな。でもこれだけは言わせて。交代なんてイヤだからね。ずっと今の私のままでいさせて。
チャイムが鳴る。私達は並んで校舎に向かう。今日も楽しい一日が始まった、でいいのかな。
放課後は一人で家路についている。思っていた通り楽しい一日だったと思うし私という存在は日に日に周りに馴染んでいっているようにすら思える。
そのことについては今日の体育の時に特に感じた。男子と合同で体育館でバスケットボール。
男女別れてだけど同じ場所にいるのが珍しいのか、ずいぶん男子の視線を感じる時間だった(自己評価で)。
髪はさらに伸びて今では後ろで簡単に縛れるくらいになっている。ポニーテールには足りないけどバスケをするには邪魔になる。それが男子達には新鮮だったのかずっと見られている気分だった。こんなんじゃ他の女子達に反感買うかもしれない(自意識過剰)。
でもさ今は気分がいいから可愛い私のこと、思いっきり見てもいいよ。なんてね。
見上げても月の姿はない。これから・・・満月が始まる。
私は朝よりも強くざわめきを感じ始める。それに左手・・・きっとこれが何かのキーになる。
もしかして・・・私が消えちゃう?
そんな不安さえ覚えていた。
嫌だ!そんなこと絶対に認めない。
どうか神様。私にそんな試練が訪れませんように。私のままでいさせてください。
どうか祈りが届いて欲しい。
私は心の中でずっと願いながら家までの道を歩いていた。
師走の足音が聞こえます。それも駆け足の音が。
読んでいただきありがとうございます。
駆け足でスタートした私です。
少ない経験値がですがまだまだ物語は進みます。
このまま走ったらどこに着地するのか。そんな景色を見たくて走る私です。
次も読んでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。




