あれ?私は・・・私じゃない?
入学式前日に無事退院して私は久し振りに家に帰ることができた。
懐かしい反面、初めて来たような感じもする。前の私の記憶が残っていて、それが今の私に受け継がれているのかもしれない。間違いなく私の家だってことは分かる。
真っ先に自分の部屋に向かう。階段を上がって扉の前でお母さんの言葉を思い出す。
「一応、美有が入院している時から掃除しかしてないし、モノには一切触っていないからあまり驚かないでね」
お母さんはそう言った。今までのことを考えるときっとこの扉の先には私の驚くようなことが待っているのだろう、大丈夫それは想定内。
以前の私は男の子みたいだってことは分かっている。多分女の子的要素はないって言いたいんだろうな。
私は深呼吸してドアノブに手を掛けるとドアは軽く手前に開いてゆく。
「・・・ここが私の部屋」
確かに予想通りというか予想外というか。一歩足を踏み入れると不思議と懐かしさが込み上げてくる。やっと自分の部屋に帰ってきたんだ。染み込んだ匂いがどこかホッとする。
ざっと見回してみると確かにカーテンの色やベッドのシーツの色は落ち着いたブルー系だし、カラーボックスには少年誌の単行本があった。掃除をしているから清潔でホコリなんてなかった。あとは壁に貼ってあるサッカー選手のポスター。誰かは知らないけど見たことのある顔。そして床には転がっているサッカーボール。その隣りにはユニフォームがきちんと畳まれて置いてあった。
「・・・サッカー・・・やってたんだ」
お風呂の時に見た足の小さな痣や傷があるのが何よりの証拠だ。私としては受け入れることはできない。いずれ消えてなくなってくれるのかな?そんな心配をしつつボールを拾い上げるとなんとなく親しみを感じる。以前の私はサッカーが好きだったんだ。
でも今の私は?
考えも及ばないけど私が帰ってくるのをずっと待っていたような気がする、つい
「ただいま」
そんな言葉を掛けてみた。そして考える。この先、私はサッカーをするのだろうか。やりたいと思うのだろうか。正直分からないし、やりたいって思えない。
ふとボールを持ったまま目に入ってきたのはクローゼットの扉に掛かっている高校の制服だった。紺色のブレザーにチェック柄のスカート、それに目立つ赤い色のリボン。
「新しい制服・・・可愛い」
手を触れようとした時、うっかりボールを落としてしまう。ボールは床の上を三回跳ねた後に机の上でピタリと止まった。机の上には新しい学生鞄があって明日が来るのを心待ちにしているみたいに静かに出番を待っている。
ボールの下には見慣れない黄色いクリアファイルが見えた。そのファイルを見た途端、私はファイルに吸い寄せられるように歩いてゆき何の疑問もなく手に取った。それはどこにでもあるクリアファイルだった。中には紙が入っていて手が勝手に動いて引き出していた。
その瞬間・・・・・・・頭の中は今までのことがビデオを巻戻しているかのように次々に景色が変わって流れてゆく。一瞬という時間だった。私の頭は急激な情報によって疲労して思わずその場に座り込んでしまった。
そして・・・・
・・・・・・思い出した・・・・何故私がここにいるのかを。自分自身に何が起こったのかを。
ルシェルが言っていたファイルとはこれのことだ。
確か、これを読み終わったらまた記憶が消えるとも言っていた。それに
「・・・出た・・・夢じゃない・・・ほんとう・・・みたい。私・・・死んで・・・」
あの時教えてもらった通り左手首に唇を当てると、この世界にもある腕時計型の端末が姿を現した。
閻魔大王は約束を守った。私はちゃんと女の子として現世に戻って来たんだ。
「・・・この家って元々はあの子の家だったんだ」
今がどういう状況にあるのか、何故記憶が曖昧だったのかをやっと理解することができた。ただ単に性別が変わったわけじゃない。魂の入る器、つまり身体自体を入れ替えたんだ。ということは元の私の身体には今頃彼女の魂が入っているということになる。
それってどうなのかな?そのことについて思いを巡らせてみる。私は今の身体を受け入れることはできるけど、あの子の方はいいのかな?納得してくれているのかな?背もそんなに高くないしスポーツだってロクに出来なかった身体なのに。
でも記憶がなくなってしまえば受け入れるしかないと思う。それにしても一体ここはなんて名前の街なのだろう。元々の私の家は近いのだろうか、それとも遠いのだろうか。見回したところでヒントになるようなモノが見当たらない。
「何か一つくらい・・・」
そうだ。もしかしたら・・・私はボールと一緒に置いてあったユニフォームを広げてみる。きっと何か書いてあるはず。学校の名前とか、クラブの名前とか。そこにはちゃんとローマ字で書いてあった。声に出してゆっくりと読んでみる。
「・・・とうきょう」
ここは東京都ということでいいんだろうな。どうりで部屋にいても外は車の音や行き交う人々の声が聞こえる。ずっと賑やかなことに納得。
それに比べて元々私が暮らしていた街は長崎だ。しかも市内からは車で一時間くらい離れている海が近くて静かな所だ。夜になると人々の暮らしの音より波の音の方がよく聞こえる。波の音が懐かしいわけじゃないけどこんなに騒々しくて暮らしていけるかが心配になる。といっても記憶がなくなれば気にならないのかもしれないけど。
とにかく今ある状況が把握出来た。さて、いよいよ問題のファイルに取り掛かるため深呼吸して読み始める。紙面にはパソコンで打ち出されたようにきれいでクッキリとした文字が並んでいた。
本当にあの世界は死後の世界だったのだろうか。正直今でも疑問の方が大きい。しかし今現在こんなことが出来るのは科学の力じゃないことだけは理解できるし納得できる。やはり私は一回死んだ、そして死後の世界を知っている人間として現世に帰って来た。
「えっと・・・字が細かいな」
軽く全体に目を通す。どのページにもいっぱいに言葉が綴られている。これは時間が掛かりそう。それでもこれを読まないことにはこれからが始まらない。諦めて最初に一枚に戻って頭から読み始めた。
(仮)人生再生プロジェクト実施計画
先ず初めにここに書かれていることはこれからの指針として必ず読んで確認してもらうことを目的とする。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
う〜ん・・・私達ってこのプロジェクトの初参加で初実験のモルモット的な立場にあるってことでいいんだよね?
それでもし私達である程度成功したらこのプロジェクトは本格始動するのかな。
そうなったら生き返る人続出じゃないのかな。
あの世も人が増えて大変だなんて言ってたけど、ホントにそれだけなのかな?よく分かんないけど、このプロジェクトが無事終わらないことには目的がはっきりしない、でいいのかな。
「あ〜最初の一行で辛くなった。お茶でも飲まないと無理」
私はファイルを一回置いて一旦部屋を出る。
「・・・・・あれ?階段って」
どっちだっけ?さっきまで分かっていた家の間取りが分からなくなっている。
今の私は『相楽美有』の記憶がほとんど欠けているみたいだ。名前を覚えているだけでも奇蹟に近いかも。どう見ても他人の家にしか思えないし、この場所の空気や匂いは違和感を覚えさせる。
今の私が分かるのは私自身の魂だけ。そう感じるとこの身体にだって急に違和感を感じる。念願の女の子になったのに本当は嬉しいはずなのに今は違和感で一杯だ。頭の中はいろいろチグハグしてグルグルと廻り始める。
「・・・だ・・誰か・・・」
ますます激しくなって今では呼吸すら上手くできない・・・苦しい・・・誰か・・・
アップした本日は11月11日。
確かポッキーの日。買いに行かないと。
読んでいただきありがとうございます。
この先もポッキーを食べながら書いていきます。
キーボードの隙間に欠片が入っても気付かないくらい。
次回もよろしくお願いします。




