最後の誕生会
第十四話 誕生会
三月が終わり、短い春休みも終わりに近付いた。
「ふーんふふー」
愛美は、掃除をしながら上機嫌に鼻歌を歌っていた。
「ずいぶんとご機嫌じゃねぇか? 何かあったのか?」
久比人はラノベを読みながら訊ねた。
「今日は四月四日、私の誕生日なんだー」
愛美は生きていれば、十七歳になっている誕生日を向かえていた。
「四月四日か。何だか数が悪くねぇ?」
久比人は、四月四日の四を死と連想していた。
「ゾロ目で綺麗な数字じゃない?」
「三月三日は雛祭り、五月五日はこどもの日とイベントがそれぞれあるが、四月四日だけなにも無いのも気になるところだな」
三月三日は女を祝い、五月五日は男を祝う。故に四月四日はオカマの日、もしくはオナベの日などと呼んでいる所があるが、愛美は一切認めていなかった。
「四月四日が誕生日の人にとっては特別な日だからいいの」
「しかしまぁ、誕生日のお祝いか。オレたち神にとっては縁遠いものだが、寿命の短い人間にとっては特別なのも当たり前か……」
パタっ、と久比人は、読んでいたラノベを閉じた。
「よっし、じゃあ祝ってやるか、マナの誕生日を」
「えっ、祝ってくれるの?」
「オレたち二人じゃあ味気ねぇか。メンツを揃えるぞ。勉強会メンバーで集まるか」
昨年度、数回集まって勉強会を開いていた時のメンバーは、愛美、百合子、久比人、可奈の四人である。
「それいいねぇ! あーでも昼過ぎだし、みんな今頃何かしてるんじゃないかな?」
百合子は、冬にできた彼氏の黒井といるかもしれないし、可奈は、自宅で父親と柔道の稽古をしている可能性があった。
仮に集まれたとしても、騒げるところはカラオケボックスが最適だったが、高校生は夕方六時までしかいることができなかった。
「でも、集まる場所が無いわ」
「あるさ、ここ、ここ」
久比人は、床に指さし、寮に集まること主張した。確かに寮ならば夜八時までならお客の滞在を許される。
「寮の部屋に四人は狭くない?」
「大丈夫、大丈夫。問題ねぇよ。てなわけでみんなに連絡だ」
「私がするの!?」
「主賓が呼ばないで誰が呼ぶんだよ? いいから電話かけてみろって」
愛美は、言われるままに電話してみた。
『もしもし百合子? 私だけど』
『もしもし愛美? 珍しいねあんたからかけてくるなんて』
『黒井くんとは一緒じゃないの?』
『要っちなら、塾で模試だって』
『そうなんだ。所で今日、何の日か覚えてたりする?』
『今日? 何かあったっけ? 今日は四月四日……』
愛美と百合子は、小学生来の親友であるので、もしかしたら覚えているかと思い、訊ねてみた。
『あーそーだ! 愛美の誕生日だよ! おめでとー!』
百合子は、愛美の誕生日を覚えていた。
『覚えててくれたんだ、嬉しいな』
『それでー、バースデーパーティーのするんでしょ? どこでするの?』
『寮の部屋で……』
『愛美の部屋で? 騒いじゃって大丈夫なの?』
本来はあまりうるさくすることができない寮だが、今は春休み中で、実家に帰省している生徒がほとんどだったので、度を超さなければ、お咎めなしであった。
『大声で歌ったりしなければ大丈夫よ、多分』
『そしたら準備してソッコーで向かうね。じゃあまた後で!』
百合子は特に用事もないようだった。
「百合子は大丈夫だったようだな」
「うん、でも可奈の方はどうだろう?」
可奈の住んでいるところは、電車で三十分はかかるとなり町である。その上家が道場であり、父親と稽古をしているかもしれなかった。
「まあ、どうなるか分かんねぇぜ? 取りあえずかけてみろよ」
「うん、そうね……」
愛美は、可奈に電話してみる。数コールのあと、電話は繋がった。
『もしもし愛美ちゃん?』
『もしもし、私だけど、今大丈夫?』
『大丈夫だよー。どうしたの?』
『実は今日私誕生日で、そのパーティーをしようと思ってて』
『えっ!? 愛美ちゃん今日誕生日なの!? おめでとー』
『ありがと。それで、パーティーだけど私の部屋で開く予定なんだけど、可奈時間ある?』
『大有りだよー! ちょうどお父さんとの稽古も終わった所だったし、シャワー浴びてすぐに行くね!』
『ありがとう、ゆっくりでいいからね。百合子と待ってるから』
『百合ちゃんも来るの!? 楽しみー。それじゃまた後で!』
可奈も来てくれるようだった。
「これで全員だな」
久比人は言った。
「偶然都合がよかったのよ。みんながヒマしてるようで良かったわ」
「さて、主賓とその友人のために、オレは一肌脱ぐとするか……」
久比人は、パチッ、と指を鳴らした。すると空間に調理用具と小麦粉、牛乳、卵、ホイップ、苺、が出現した。
「ふむ、これだけあれば上等か。っと、一番大事な物を忘れてた」
久比人は再び指を鳴らし、魔法でなにかをついでに出した。
それは、板チョコとデコペンであった。
久比人は、魔法で出したものを念動力で空中に浮かせていた。その中で浮いている板チョコとデコペンを引き寄せ、久比人は板チョコに何かを書き付けた。
それは、"Happy Birthday"の文字であった。
「ケーキ作ってやるよ。手作りバースデーケーキだ」
「えっ? あんたケーキも作れるの?」
「作れるぜ」
久比人の料理の腕前は、多岐にわたった。バレンタインの時にも手作りチョコの作り方を、愛美に教えていた。お菓子作りにおいては、プロ級の腕前を誇っていた。
「ほら、オレの事はいいから、主賓は座っとけ座っとけ」
愛美は、キッチンから退散させられてしまった。
思えば、初めての事かもしれない。こうして友達を呼び、ケーキまで用意してもらえる誕生日は。
小学生の頃は、母親から祝われる事などあるはずもなく、それ以前に誰からも祝われたことがなかった。
毎年誕生日は愛美ただ一人で過ごしていた。それでも毎年歳を重ねる事は嬉しく思っていた。誕生日の夕食は、ほんの少しだけ良いものを食べようと、形は悪いが卵焼きを作っていたものだった。
そういえば、っと愛美は思い出した事があった。
あれは小六の時の誕生日であった。百合子がプレゼントとして、あめ玉をくれたことがあった。
あの時は、本当に嬉しかった。生まれて初めて誕生日プレゼントというものを貰った。
──今日は何か、もらえるのかしら──
愛美は思うが、祝ってもらえるだけで十分だった。準備すると言っていたが、それはプレゼントを準備してくれるものなのか、と愛美は少し期待しざるを得ない。
可奈とは初めて誕生日を迎える。柔道一筋でこれまで生きてきたようなので、誕生日会とは無縁だったかもしれない。プレゼントは期待できないだろう。それでもやはり、祝いに来てくれるだけでもうれしい。
キッチンからいい匂いがしてきた。ケーキが焼き上がったのだろう。
愛美は思わずキッチンへと足を運んでしまう。
「美味しそうな匂いね」
「おいおい、まだ途中だぜ? つまみ食いは厳禁だ」
「しないわよ、小さい子供じゃあるまいし」
久比人は、しっしっ、と手を振る。
「出来上がりまでもう少し待っとけ。ほら、居間に戻っとけよ」
愛美は、犬や猫を追い払うように、退散させられてしまった。
まだ百合子も可奈も来ていないので、愛美は退屈していた。基本的に居間では、勉強するか、久比人と話しているか、もしくは眠るためにしか使っていないので、そのどれもできない今は、手持ち無沙汰だった。
──仕方ない、してあるけど、居間の掃除でも……──
掃除でもして時間を潰そうか、とハタキを手にしたその時だった。
ピーンポーン、と部屋のインターフォンが鳴った。
応じると百合子が花束を持って立っていた。
「どうぞ」
愛美は出入口の解錠のボタンを押した。
「おっ邪魔しまーす!」
百合子が元気良く部屋に入ってきた。
「それとー、愛美、ハッピーバースデー!」
百合子は持っていた花束を愛美に差し出した。
「あ、ありがとう」
愛美は、花束を受け取った。大小色様々な花が束ねられており、見ていて飽きない花束だった。
「急だったからプレゼントいいもの浮かばなかったけど、お花ってお祝い事に欠かせないでしょ? どう、気に入ってもらえたかしら?」
「あんたがプレゼント持ってきてくれただけで十分よ。ありがと、いい香りね」
「いい香りと言えば何だか甘い香りね。キッチンからするようだけど……」
百合子は嗅ぎ付けた。
「こんちわっす、百合子さん」
久比人がキッチンから顔を出した。
「藍木くん来てたんだ! 何か作ってたの?」
「はいっす。マナさんのために誕生日ケーキ作ってたんす」
「藍木くんケーキなんて作れるの!?」
「まあ、そこそこっすね。もうちょっとでできるんで、マナさんとお話しでもして待っててくださいっす」
久比人はキッチンへ引っ込んだ。
愛美たちは居間に行って座った。
「へえー、これが愛美のお部屋なんだ」
「何にもない部屋で悪いわね」
「いやいや、片付いてていいと思うよ。あたしの部屋なんか脱ぎっぱなしの服が散らばってるし……」
「それはちゃんとなさい」
「はーい。お母さんみたいな事言わないでよ」
それはそうと、と百合子は話題を変える。
「あと二日であたしたち二年生になるわよね?」
「まあ、学年末試験頑張ったようだから、百合子も進級できるわね」
「あたしたち、また同じクラスになれるかなぁ?」
愛美と百合子は、小学校一年生の時から同じクラスであった。ここまで来ると、最早腐れ縁と言えた。
「そろそろ離れるんじゃないの?」
「えー!? それ困るよー! 愛美と離れたら、誰が宿題手伝ってくれるのよ!?」
「黒井くんがいるじゃない。あんたの彼氏、頭いい方でしょ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
百合子の彼氏、黒井は頭こそ良かったが、人に教えるのは下手な少年だった。基本的な事は知ってて当然なものとして教えてくるので、理解に及ばないのだった。
「基本的な事もできないあんたが悪いわね、それは。まあ、百合子と付き合いが長い私の方が教え方が分かるか」
「そうでしょ? あたし、基本のきの字も分からないバカだから、愛美の力が必要なのよ!」
「だったら、尚更私とクラス離れた方がいいんじゃないかしら? そうしたら一生懸命に勉強するようになるでしょ?」
愛美の力が借りられなくなる事で、百合子は危機感を感じ、自主的に勉強するようになるかと思われたが、どうやらそうは行かないようだった。
「もちろん、それだけじゃないわ」
百合子は付け足した。
「あたしたち、親友でしょ? 高校卒業までは親友でいたいのよ」
「百合子……」
あと二日で新学期が来るが、愛美にはこの世にいられる時間があと二ヶ月しかない。
百合子といられる時間も二ヶ月のみである。
愛美はそう考えると、少し寂しく感じた。
「……って、どうしたの愛美? 急に押し黙っちゃって」
愛美は、はっ、となった。
「な、何でもないわ」
「いーや、その顔は何かあるって顔だ」
「だから、何でもないんだって」
「あたしたち親友でしょう? 隠し事なんてしなくていいのよ? 何でも言って」
「だから……」
ピーンポーンとまたインターフォンが鳴った。可奈が来たものだと思われた。
「きっと可奈ね、今でるわ」
可奈の来宅が、愛美にとって助け舟となった。
インターフォン端末画面に写るのは、やはり可奈であった。
「どうぞー」
愛美は解錠ボタンを押す。
「お邪魔します」
可奈は、友達の部屋に来ただけだと言うのに、とても丁寧に部屋に入ってきた。さすが武道家と言ったところだった。
「愛美ちゃん、お誕生日おめでとう。って、百合ちゃんも来てたんだね」
「ボクもいるっすよ」
久比人はキッチンから顔を見せた。
「藍木くんも!? このメンバーは、あれだね、勉強会メンバーだね!」
「ボクもそう思ったっすよ。でも今日は勉強会じゃなくて、マナさんの誕生日パーティーっすから。可奈さんタイミング良かったっすね。たった今ケーキができたところっす」
久比人はまた、魔法でも使ったのか、大皿にケーキを乗せて居間まで運んできた。
「さあ、誕生日会の始まりっす」
久比人が言うと、百合子、可奈が久比人に目配せし、パチパチと手を叩き始めた。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディア、愛美ちゃーん。ハッピーバースデートゥーユー」
三人は、誕生日の歌を歌った。
「みんな、ありがとう!」
愛美は、とても嬉しかった。
「さあ、できたてのケーキっす。みんなで食べまっしょう」
久比人は、果物ナイフでケーキを切り分けた。
「はい、百合子さん」
「ありがと」
「はい、可奈さん」
「ありがとー、ちょうどお腹減ってたところだったんだー」
愛美の親友二人にケーキを渡すと、久比人自身のケーキを切り分け、残ったものを全て愛美に渡した。
「はい、マナさん」
「ありがとう……って私のだけ大きくない?」
「マナさんは今日の主賓すから、これくらい食べてもバチは当たらないっすよ」
「そうだよ、愛美。あんた甘いもの好きでしょ? それくらい食べきれるでしょ」
久比人の作ったケーキは、スポンジ部分に苺とホイップがサンドされており、上にも苺がまるごと一つ乗っていた。チョコスプレーで彩りも良く、ケーキを作る前に真っ先に作った、メッセージチョコが乗せられていた。
「食べきれる、きれないの問題じゃなくて、私だけこんな豪華でいいのかなっと思ったのよ」
「いいって、いいって。主役が遠慮するもんじゃないよ!」
可奈も、愛美がいっぱい食べてもいいと言った。
「それより早く食べよう? あたしお腹減ってて……愛美ちゃんよりも先になんて食べられないよ」
「あたしも、音頭はやっぱ愛美じゃないと」
「マナさん、音頭をお願いするっす」
愛美は三人に、ケーキのお預けをしてしまっているようだった。
「……仕方ないわね。それじゃ食べましょう、いただきます」
「いただきます!」
愛美が食前の挨拶の音頭を取ると、三人はケーキを食べ始めた。
「んー! これ本当に手作り? ちょー美味しいんだけど、藍木くん」
「ホント、ホント! 久比人くんケーキ屋さんになれるよ!」
可奈と百合子は、久比人のケーキの味を絶賛した。
「喜んでもらえて嬉しいっす。マナさんはどうすか?」
愛美はまだ、ケーキを口にしていなかった。
「今食べるわ」
一人だけ豪華なケーキを作ってもらい、愛美はどこから食べたものかと悩んでいた。
なので愛美は、あまり形の崩れない所にフォークを入れた。そしてケーキを口に運ぶ。
「……美味しいわ、とても」
いかに神である久比人といえど、ケーキ作りなど素人レベルだと思っていたが、可奈が言っていた通り、十分店を出せるほどの味だった。
「そう言ってくれると思ってたっすよ。マナさん」
久比人は言うと、自ら作ったケーキの二口目を口にした。
一同は、美味なケーキにしばらく舌鼓を打ち、幸福感に浸った。
「ふぅ、美味しかったー」
「ごちそうさま、味も形もいいケーキだったわ」
可奈と百合子は、フォークを置いた。
「さて、これから何しようか」
百合子が言った。
「トランプしようよ、トランプ!」
可奈がバッグからプラスチック製のゴージャスな柄のトランプを取り出した。
「トランプかぁ、いいね可奈」
「トランプするなら、ここにいるのは四人っす。ちょうどいいゲームはあれしかないっすね……」
久比人は、少し勿体ぶった。
「あれって、何?」
「勿体ぶらずに教えなさいよ、久比人」
「大富豪っすよ、大富豪」
大富豪は、四人でやるのにちょうどいいパーティーゲームである。
「藍木くん、いいねぇ、ローカルルールはどうする?」
百合子が乗ってきた。
「八切り、階段、色縛り、数縛り、激縛り、Jバック、スペ三返し。でどうすか?」
「それは楽しい勝負になりそうだね」
「もちろん都落ちもありっすよ。言っとくっすけど、ボク結構強いっすよ」
「へぇ、強いんだ? だったらもっと楽しめそうだね!」
「マナさんもどうすか?」
「私? うーん、ルールは分かるけど、私そんなに強くないわよ?」
愛美は、遠慮がちに言う。
「いいからやろうよ愛美ちゃん! カードゲームでも強いあたしを見せたげるよ!」
「可奈がそこまで言うなら、やってみようかな?」
「そう来なくちゃ! 久比人くん、カード配って」
一同は大富豪をすることにした。
大富豪とは、トランプゲームの定番と言ったゲームである。カードが配られ、そのカードで勝負するもので、まずまず運に左右されるが、ある程度の戦略が必要なゲームだ。
大富豪の位置にいる限りは強いカードが配られるが、様々なローカルルールで大貧民にもチャンスがやってくる。足元を掬われるようなことがあれば、都落ちルールで大富豪から一転、大貧民に落とされる。
まさに人生の縮図といったカードゲームである。
「それじゃあゲームスタートっす。最初にカードを決めるため、じゃんけんしまっしょう」
じゃーんけーん、ぽい。と一同はじゃんけんした。
「あら、あたしの勝ち?」
じゃんけんで勝ったのは百合子だった。
「それじゃあ、百合子さん。最初のカードをどうぞっす」
「まっ最初はね?」
百合子の出したカードは、クラブの三だった。
「はいはーい、あたしのターン! ほい!」
可奈は、ダイヤの五を出した。
「お二人とも手堅いっすね? じゃあボクは……」
久比人は、ハートのクイーンを出す。
「えー! いきなり上がりすぎじゃないの!?」
「愛美出せる?」
「ほれ」
愛美は、ハートの二をだした。二は大富豪においてもっとも強いカードである。しかも色縛りになっている。これを打開するには、ジョーカーを出すしかない。
「パスね」
「パスだよー」
「パスっす」
ここでジョーカーが出なかったと言うことは、必然的にジョーカーは愛美の手札にあることが分かった。
「私からね? それ、四のダブル」
愛美はスペードとクラブの四を出した。
「甘いわね、五のダブル!」
百合子は、スペードとクラブの五を出す。これにより、色縛り数縛りの激縛りとなった。
「ふふん、この後出せるかしら?」
「パスするわ」
「あーん! またパスー!」
「ぐっ、パスっす」
出せる者は誰もいなかった。
「あたしの番ね。これでどうよ!?」
百合子の出したカードは、ダイヤのジャック、クイーン、キングの階段であった。ジャックが含まれているため、Jバックが適応される。
久比人と可奈はまたしてもカードを出せなかった。
「あ、出せるわ」
愛美は手札にダイヤの三、四、五があるのを見つけた。
「えー!? あたしの階段が返された!?」
再び愛美のターンがやって来た。
「ジャックダブルバック」
愛美は、ジャックを二枚出した。一時的にジャックより弱いカードが強くなる。
「パスだわ……」
「ここでこれを」
久比人は、スペードの五ダブルを出す。
「まだまだ! 四のダブル!」
続いて可奈が出す。
「ほい」
愛美が出したのはJバック下で最強のカードとなる三のカードである。またしても打開策はジョーカーになるが、それは愛美の手札にあるために、できない。
「七のダブル」
「八切り」
「そしてこれで終わりよ、ジョーカー!」
愛美が一上がりした。
「愛美が大富豪かー」
「愛美ちゃんつよーい!」
「二人とも、まだボクらの戦いはおわってないっすよ」
愛美が非常に早く一位になったため、百合子、可奈、久比人の三人の戦いは続いた。
以降富豪が百合子、貧民が久比人、大貧民は可奈となった。
「あーん! 絶対成り上がって見せるんだからー!」
第二ラウンドが始まった。
「はい、愛美ちゃん……」
大貧民になった可奈は、強いカードを二枚、愛美に渡した。
「ありがと、じゃあ、可奈にはこれね」
愛美は、弱いカードを渡す。
「藍木くん、カードちょうだい」
「どうぞっす。次は負けないっすからね」
「こっちこそ。はい、どうぞ」
カードの引き渡しが終わり、次のゲームが行われた。
「それじゃあ大貧民の可奈さん。カードを出すっす」
「負けないんだから! まずは五のダブル!」
大貧民の可奈の戦略は、とにかくカードを早く減らすことだった。
「七のダブル、数縛りっす」
「八のダブル、八切りね」
百合子がターンを切って、自身のターンにする。
「悪いけど潰させてもらうわよ! 四が四つ、革命よ!」
百合子が起こした革命により、カードの強さが上下逆転した。
「ありがとー! 百合ちゃん。成り上がって見せるよ」
「その前に愛美を地に突き落とすわよ」
百合子は、キングのトリプルを出した。
「うーん、この対面は……」
愛美は考える。
「こうね」
愛美はクイーンのトリプルを出した。激縛りになった。
愛美のターンは続く。
ジャックのダブル。Jアップである。続いて七のトリプル。出せる者はいない。
まだまだ愛美の快進撃は止まらない。
ハートの六、七、八、九の階段革命を起こし、カードの強さをもとに戻す。そして二のダブルでまたしても愛美が一抜けした。
「また私が大富豪ね!」
革命を起こされた逆境をものともせず、むしろ再度革命を起こし、最強のカードの二のカードをだして悠々と上がった。
「ええー!?」
三人は愛美の運と逆境を裏返す戦略に驚くしかなかった。
第三ラウンドが行われた。
第二ラウンドの結果は、久比人が富豪となり、百合子が貧民、可奈が再び大貧民であった。
「今度こそ!」
可奈がダイヤの四のカードを出した。
「それ色縛り!」
百合子がダイヤの七のカードを出した。
「ぐはー、そこで縛るんすか? パスっす」
愛美のターンが回ってきた。愛美が出したカードは。
「ダイヤの八、八切り」
愛美はダイヤの八を持っていた。それからずっと愛美のターンの可能性が発生した。
「六のダブル」
「させないよ、八のダブル!」
可奈はカードを二枚出す。可奈は、今回もまずはカードを減らす戦法を取っていた。
八切りで可奈にターンが回ってきた。
「三、四、五の階段だよ!」
「階段はないっすねー、パスっすよ」
「ふふん、出せないよねぇみんな? そろそろ来たかな、あたしの天下!」
「十、ジャック、クイーンの階段」
「そんなー!?」
愛美は階段出しを返した。再び愛美のターンがやってくる。
「キング、エース、二の階段」
全員パスする。
「エースのダブル」
やはり誰も出せない。愛美のターンは、ずっと続く。
「クラブの二」
「これ以上させるかー!」
百合子が愛美を止めるためジョーカーを出した。これで愛美のターンは終わったかと思われたが、なんと愛美はこの局面を脱した。
「スペードの三」
ジョーカーを唯一返せるカード、スペードの三を、愛美は持っていた。
そして最後のカードを出す。
「ハートの四」
これで三ラウンド目の大富豪も愛美が取った。
それから、愛美たちの大富豪は、夜になるまで続いた。
愛美の一抜けが続き、牙城を崩されることはなかった。
ルールを知っている程度だと本人は言っていたが、ローカルルールを上手く使って、高い戦略性で大富豪になり続けた。
「愛美強すぎー」
百合子は口を尖らせる。
「運が良かっただけよ」
「いーや、絶対愛美ちゃん、大富豪の才能があるよ!」
「大富豪の才能なんて役に立たないでしょうに……」
「謙遜も過ぎると嫌みっすよ、マナさん」
可奈たちは、素直に愛美の実力を認めていた。
「……まあ、運でも楽しかったけどね」
愛美は素直な気持ちを告げる。
時間は夜の八時になろうかというところだった。
「そろそろ帰った方がいいわよ、二人とも」
「ああ、そういえば、ここ、お客さん入れていいのって八時までだっけ」
「大変、電車の時間が! 愛美ちゃんまたね!」
「うん、またトランプやりましょ」
「その時は今度こそ地に落としてやるから、覚悟しときなさいよ、愛美!」
お邪魔しました、と百合子と可奈は、愛美の部屋を後にした。
「……ふう、二人とも帰ったか。時間も時間だし、晩飯にするか?」
「…………」
「マナ?」
愛美は、震えていた。
久比人が愛美の顔を覗き込むと、愛美は涙していた。
「ねぇ、久比人?」
涙声で愛美は、呼び掛ける。
「私、あと二ヶ月で消えるのよね……?」
二ヶ月後、夏がやってくると、ゼウスとの約束の日もやってくる。ゼウスの課した恋人を作るという課題を成せなければ、愛美はウジ虫に転生し、その後存在が消える。
久比人も、例外ではない。久比人は転生も叶わず存在そのものの一切が消える。
「急にどうした、マナ?」
「私、今日、生まれて初めて楽しい誕生日を送ったわ。みんなでトランプで遊んで、笑いあって、プレゼントももらえて、本当に嬉しかったわ!」
「マナ……」
「……けど、来年はもう無いんでしょう!? 私は生き返りたい! なんとかして生き返って、また誕生日会をしたい!」
恋人を作りさえすれば、愛美の願いは叶う。しかし、恋人を作るのは恐い。
「オレだって消えたくねぇよ。まだやってないゲームが沢山あるんだ。それを残して消えるのは、消えても消えきれないというものだ」
久比人にも、現世でやり残した事が色々あった。下界から集めた積みゲーを崩すこと、積ん読しているラノベを読んだりと、愛美に比べれば大したことのない事かもしれないが、世界に未練はあった。
「ねぇ、久比人。私たち、付き合おうか……?」
「何、マナ……?」
愛美は、久比人の胸に飛び込んだ。
「うわああーん!」
愛美は、久比人の胸で、小さな子供のように、わんわん声を上げて泣いた。
久比人は、泣きじゃくる愛美の頭に手を置いた。
「マナ、お前の願いは、すぐには聞いてやれない。勢いで付き合っても、長続きしないだろう。まだ二ヶ月あるんだ。諦めるのは早い」
「くび、と……?」
「オレに逃げるな、マナ」
久比人は、愛美を突き放した。そしてキッチンへと向かう。
「泣いて腹減っただろ? すぐに晩飯にするよ。今日は誕生日だし、お前の大好きなカレーだ」
久比人は、キッチンで料理を始めた。
愛美は、一人涙にくれるのだった。




