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クリスマスのいたずら

第九話 クリスマス


 秋も過ぎ去り、冬がやって来た。

 例年よりも初雪が早く、町は雪に埋もれている。雪は枯れた街路樹に降り積もり、美しく雪化粧をしていた。

「ああ、さむさむ……」

 久比人は、寒さに震えが止まらなかった。

「これしきの寒さで震えてちゃあ、一月には死んじゃうわよ?」

 愛美は言った。

「天界にこんなに寒い場所はないからな。いや、有るにはあるんだが、辺境の地で冬の神が住んでいる所があるくらいだからな。さむさむ……」

「ふーん、それにしてもあと二週間ね、クリスマスまで。天界でもなんかイベントとかやらないの?」

「クリスマスねぇ……たかだか一人の人間をまるで神みたいに信仰して、下界の人間は何をしてんだよ」

「えっ、キリストって神様じゃないの?」

「あのなぁ、キリストは実在するが、普通の人間だ。磔にされて槍で突かれて死んで、三日で復活するって、あるわけないだろ単なる人間に」

「ああ、やっぱり脚色なんだ?」

「大嘘もいいところだよ。まあ、キリストよりも意味がわかんねぇのは恋人同士で過ごすってことだな」

「そこは私も同意するわね。キリストの誕生日会をするのが世界のキリスト教徒のすべき事であって、恋愛は関係ないと思うわ」

「分かってくれるか、マナ? クリスマスだからってちらほら恋人ができるものだから、愛の神クピドとしても商売あがったりなんだよ」

 久比人は、より恋人と過ごす日である十二月二十四日のクリスマスイブの日の存在が許せなかった。

「それも同意するわ。クリスマスイブって、もうキリスト関係ないじゃんって思う」

「聖夜じゃなくて性夜って呼ばれてるんだろう? 日本では。意味分かんねぇぜ、全く……」

 ヘックショイ、と久比人は大きなくしゃみをした。

「……さすが地方都市、寒さが厳しすぎるぜ……」

「どっかのカフェに入りましょうか? テスト勉強もついでにそこでやってしまいましょう」

「ずず……そうだな、こう寒くちゃ図書館まで持たねぇぜ」

「じゃあ、あのカフェに行くわよ」

 二人は、シャッター街の場末の喫茶店へと入っていった。

 二人が町に出たのは、一週間後に迫った期末テストのテスト勉強をするためだった。

 本当は百合子も来る予定であったが、風邪を引いてしまい、可奈にも声をかけたが、雪で電車が止まってしまったため、来られないとのことだった。

 故に、愛美と久比人二人きりで勉強会を行うことになったのであった。

「はー、生き返るぜー」

 暖房がよく効く店内に入ったとたん、久比人は、コートを脱いで伸びをした。

「いらっしゃいませ、ご注文いかがいたしますか?」

 店員が注文を取りに来た。

「ホットココアお願いします」

「あ、オレも同じものを」

「ホットココアお二つですね。ありがとうございます、少々お待ちください」

 店員は去っていった。

 愛美と久比人は、長椅子に二人ならんで座った。

「ちょっと、なんであんたまでこっちに来るのよ?」

「並んだ方が教えやすいだろうが」

「そうかもしれないけど……」

 これではカップルに見えてしまうのではないかと、愛美は思ったのだった。

「これはあくまで勉強会だ。デートじゃない、勘違いするな」

「わ、分かってるわよ! あんたに勉強以外期待する事はないわ」

 愛美は、つい大声になってしまった。

「さて、勉強を教えるのはココアを飲んでからでいいか? 体の芯まで冷えきってるからよ」

「急ぎじゃないから大丈夫よ」

「そりゃ助かるぜ。ああ、早くできないかな?」

 それからしばらくして、二人が注文したホットココアが運ばれてきた。

「お待たせしましたー、ホットココアお二つです」

「お、待ってました」

「ごゆっくりどうぞー」

 店員は、ココアを二つテーブルに置くと、去っていった。

「いやいや、暖かい店に暖かいココア……んぐ、ああー甘旨い」

「ココア一つに大袈裟じゃない?」

 愛美もココアを口にした。久比人ではないが、口にしたココアは非常に美味であった。

「おいしい……」

 愛美はつい口から言葉が零れてしまった。

「だろー、場末のカフェのメニューにしておくのが勿体無いだろ?」

 そこまでいう必要があるのかどうかは疑問だったが、この味だけは一流のものと言っていいと愛美は思った。

「さーて、完全に生き返った所で勉強開始と行こうか。何からやる、マナ?」

「じゃあ、数Ⅱの三角関数を教えてもらえるかしら?」

「鉄板どころだな、三角関数とは。いいぜ、オレが手取り足取り教えてやるよ」

 久比人は教科書を広げた。

 三角関数を扱っているページへと繰ると、シャープペンをノックして芯をだし、ルーズリーフを一枚出して、それに図を書き出した。

 百合子も可奈もいないため、久比人は軽い敬語のキャラを作っていない。つまり素の久比人に勉強を教えてもらうのは、これが初の事だった。

 最近愛美は、久比人によく分からないが、不思議な感情を抱いていた。

 それは、学園祭の日、演劇発表の日以来である。

 演劇も佳境に差し掛かった時、久比人扮するクビーが、愛美演じるミナにキスをするシーンの時である。

 愛美は頬に違和感を感じていた。何か、温かいものを押し当てられたような感じである。

 それ以来、久比人を見ると、妙に胸に熱さを感じることがある。これは病気かと思うことがあるが、神格を十分に受けているために、病に臥せる事は今はもう無くなっている。

 思えばキスシーンのあの瞬間、一瞬久比人の様子がおかしかったと思う。何というべきか、慌てている様子が、ポーカーフェイスでも分かるようだった。

「……てなわけでサインはYなんだが、って聞いてるか?」

「ああ、ゴメン、ちょっと考え事をしてたわ」

「考え事だと? 人がせっかく真面目に教えてたってのに」

「どうにも心に引っ掛かる事があってね」

「引っ掛かる事? 何だそりゃ?」

 愛美は、思いきって訊いてみる事にした。

「久比人、あんた何か私に隠していることはない?」

 久比人は、明らかに反応を見せた。

「な、何だ急に。そんなもんねぇよ」

「嘘おっしゃい、その反応は何か知ってるわね?」

「知らねぇよ、劇のラストシーンの事なんか」

「劇のラストシーン?」

「やっ、違っ」

 久比人は、自ら墓穴を掘ってしまった。

「劇のラストシーンに何かしたのかしら?」

「オレじゃねぇ。ゼウスのおっさんに全部やらされたことだ」

「なんでゼウスさんが関係あるのよ? まあ、確かに台本にはゼウスさんが起こした奇跡だってことにしてたけど……」

「ゼウスのおっさんが本人登場ってことで、時間を止めて現れたんだ」

「ゼウスさんが、劇に割り込んできたってこと?」

「そうだ、オレたちを本当に恋人同士にしようってな」

「大体話は見えてきたわ。その時に何かしたんでしょ!?」

「……もう隠しきれないな。白状するよ。マナの頬にキスをしたんだ」

 愛美の脳内に、久比人の声が木霊した。

「き、き、キスした……?」

 愛美は、わなわな震えながら握り拳を作った。

「まっ、待ってくれ。弁解の余地をくれ……」

 このまま殴られそうになり、久比人は言い逃れしようとする。

「唇と唇のキスはやってない。頬に軽くしただけだ。ファーストを経験してるかは知らないが、ファーストキスを奪ったりはしていない」

 必死に弁解する久比人を見て、愛美は不思議と怒りの感情は湧いてこなかった。

 むしろ何故か愛おしさを感じた。こんな感情は生まれて初めてだった。

 愛美は握った拳をほどいた。

──私は一体、何を考えて……?──

 恋人などいらない。そう考えていたというのに、ほだされたような気持ちになってしまった。

──いや、こいつを好きになるなんて事、あるわけない! これは怒りよ、こんなやつに私の頬っぺたを汚された事に対する、ね──

 愛美は、再び拳を握った。

「よくも私を汚したわね!? 報いを受けなさい!」

「ちょっ、待て、汚してなんかない。殴るのだけは……」

「問答無用!」

 愛美は、拳を振るった。

「ひぃっ」

 久比人は、顔の前で手をクロスさせて防御の姿勢を取った。

 確実に殴られる。そう思われた時、愛美の拳は寸止めされていた。

「…………へ?」

 久比人は、気の抜けた声を出してしまった。

「……考えたらここは公共の場よね。暴力に訴えたらダメね……」

 愛美は、怒りを抑えた。

「久比人、今回だけ、今回だけは見逃してあげるわ! 次何かしたら、今度こそ鉄拳制裁だからね! いいわね、返事!」

「お、おう……」

「分かればよし! さあ、帰るわよ!」

「お、おい、勉強はいいのか?」

「今の精神状態じゃ、勉強どころじゃないわ。また後で教えてもらうわ」

 愛美は、教科書と参考書をバッグにしまった。

「ほら、あんたもさっさと片付けなさい」

「うーす……」

 久比人も筆記用具をしまった。

 二人は会計を済ませ、喫茶店を後にするのだった。

    ※※※

 愛美は、寮の洗面所で自分の顔を見ていた。

 劇のラストシーンに受けた久比人の唇が当たったと思われる頬を覗き込んでいた。

 当然、跡の残るものではないが、あの時感じた頬の違和感は覚えている。

 あれがまさか本物のキスだとは夢にも思わなかった。むしろ夢であってくれと思ってしまう。

 しかし、現実である。どうあってもこの事実は変わらない。

 唇と唇のファーストキスは守ってくれたという久比人には、そこだけは感謝している。もっとも、恋人を作る気など全くない愛美は、キス自体が忌むべきものであったが。

──久比人とキスしちゃったのか……──

 愛美は、女心を壊した久比人への怒りは消え果て、諦念の感情にあった。

 怒りを感じる前に感じた感情。愛美が疑念を持ったものである。

 触れ合いたい、話し合いたいという久比人と一緒にいたい感情が沸いてきた。そう、それはまさに恋心だった。

──私、久比人の事が……?──

 好きなのか、と愛美は自問した。答えは否である。絶対に有り得ないと断固として否定する。

 しかし、十の内一、ニくらいは、恋心に似た気持ちがある。これが愛美を悩ませる原因であった。

──有り得ないったら、有り得ない!──

 否定すればするほどに沼にはまっていく。脱することができないのだ。

(そうれ、もう少し、もう少しぢゃ)

 洗面所のどこかから、小声がした。

「うん? 今何か聞こえたような……?」

 愛美は辺りを見回した。しかし、人の気配はしない。その代わり、見つけたものがあった。

 一匹のネズミ、いや、ハムスターだった。

「いかん、見つかったわい」

 なんと、ハムスターが口を利いていた。

「きゃあああ!?」

「マナ、どうした?」

 居間から久比人が洗面所へとやって来た。

「ははは、ハムスターが喋って...…!」

「ハムスター?」

 久比人は、ハムスターに目をやった。

「この神格、ゼウスのおっさんか?」

「その通り、わしぢゃよ、ゼウスぢゃ」

 ゼウスがハムスターに化けて愛美の部屋に忍び込んでいた。

「ぜ、ゼウスさん!? なんでそんな姿で、私の部屋に!?」

「まあ、そう騒ぐでない。見つかったからには事情を説明するからのう」

「説明はいらねぇよ。大体あんたのしそうなことは目に見えているからな。大方催淫の魔法をマナにかけていたんだろう?」

「催淫の魔法?」

「その通りぢゃ。学園祭の時に、クピドが愛美の頬にキスした時、クピドの愛の神格が愛美に残ってしまったようでな。苦しみ少なくするために催淫の魔法で結ばせようとしたのぢゃがな、途中で気付かれてしまったわい」

「ご丁寧な説明ありがとよ、おっさん。だが、魔法を妄りに使うのはいただけないな。マナに恋人を作るのはオレの役目だからな」

 ふむ、とゼウスは小さな体で腕組みをする。

「その相手が主だと全て解決するんぢゃがのう……」

「だから、オレは普通の人間には……」

 ふと、久比人は、愛美に目を向けた。

 催淫の魔法がまだ残っており、愛美の姿が艶かしく見えてしまったのだ。

 久比人は、ぷいっと愛美から顔をそらした。

「……とにかく、マナにかけた魔法を解け。マナをもとに戻せ」

 久比人は、不覚にも愛美をかわいいと感じてしまった。それほどゼウスの催淫は強力なものだった。

「ふぅむ、もう少しだったのぢゃが仕方ない。これ以上はわしの過干渉になってしまうかのう……」

 これ以上愛美に催淫の魔法を使い続けては、ゼウスが愛美に恋人を作る事になり、久比人の立場がなくなってしまう。

 第三者の神格が加わって愛美に恋人ができてしまっては、久比人の存在が消える。それが神々の王たるゼウスであっても、一柱の神の存在を消してしまっては、お咎め無しというわけには行かず、何らかの責任を負うはめになる。

「あい、分かった。魔法を解こうぞ。しかし、クピド、主に残された時間は決して多くはない。その事はしっかり理解しておくようにのう」

 ハムスターの姿のまま、ゼウスは消えていった。

「全く、危ないところだったぜ……マナと付き合うか、それとも消えるか、選ばされるところだったぜ」

「本当、油断も隙もあったものじゃないわね……」

 愛美にあった、十の内一、ニくらいの恋心は、全てゼウスによるものだと分かり、その一、ニは露と消えた。

 ふと、愛美は久比人の方を見た。

「うん、どうかしたか?」

「いいや、何でも……」

 愛美は、一くらいは残ってしまっているような気がした。それは久比人によるキスのせいであるとは気付かない愛美だった。

    ※※※

 ある日の部活の時の事だった。

 外は極寒であり、道場内も同じくらい冷えていたが、スポットヒーターのおかげで寒さに震える事なく部員は稽古に当たっていた。

「話とはなんだ、藍木?」

 久比人は稽古の途中で霧二郎を呼び出し話し合いをしていた。

「ぶっちゃけた話なんすけど、キリー先輩好きな人いるんすか?」

 霧二郎は眉間にシワを寄せた。

「いきなり何を訊いているんだ。自分には柔道と勉強がある。色恋沙汰に現を抜かす余裕はない!」

「マナさん」

「何?」

「山村愛美さんの事っすよ。ぶっちゃけ彼女の事好きでしょう?」

「なっ!? 君は何を言っているんだ!」

 これはもう脈アリの反応であった。

──よーし、ここで神格を……──

 久比人は、神格を霧二郎に放った。しかし、神格は跳ね返されてしまった。

──やっぱり効かないか。なら、これなら……──

「その反応、やっぱりマナさんが好きなんすね。けどそれでも聞いてほしいっす。ボクはキリー先輩が好きなんすよ」

 久比人の突然の告白に、一瞬時間が止まったような気がした。

「君は突然何を言っているんだ!?」

「意味はそのままっす。キリー先輩に抱き締められたい、キスしてほしいっす」

 久比人は霧二郎に迫った。

「止せ! 気色悪い、自分にはそんな趣味はない!」

 霧二郎は、久比人を拒絶した。

──どうやら、キリーはゲイじゃねぇみたいだな……──

 これを以て霧二郎に神格が効かなかった理由は、愛美に惚れているためだと明らかになった。

「……なんて、冗談っすよ、キリー先輩が好きだなんて。ボクにもそんな趣味はないっすから。時間とらせてすんませんっした。稽古に戻りましょう」

 一応、誤解を解いておいて、久比人は稽古に戻っていった。

 そしてその日の晩、愛美の部屋にて。

「ビッグニュースだ」

「何よ急に? 勉強の邪魔しないでほしいんだけど……」

「オレの体当たり取材の成果だ。キリーに神格が効かなかった理由だが、キリーが同性愛者ってわけじゃなく、マナ、やっぱりお前が好きだって事だ」

 愛美は、シャープペンの芯を折った。

「はあ!? 何言ってるのよ!?」

「驚くのも無理はないってもんだ。何せ初めて会ってから、これ以上の優秀株はいなかったからな」

「霧二郎さんに何かしたんじゃないでしょうね?」

「言っただろ? オレの体当たり取材だって。ゲイのふりしてキリーに告ったりした。そしたら見事に拒絶された。キリーはゲイじゃない」

 もちろん、オレもゲイじゃない、と久比人は付け加えた。

「ゲイじゃなければ、既に好きな人がいるって事になる。オレの神格はそういう働きをするんだ」

 久比人の愛の神格は、側にいる男女を恋に落とす効力がある。

 魔法でもおおよそ同じことができるが、神格では結婚までさせる強力な力を持っていた。

「霧二郎さんが、私に?」

 愛美はやはり、疑念が晴れないでいた。

「まっ、取りあえずこれだな……」

 久比人は一瞬念じると、指をパチッ、と鳴らした。すると空間にひらひらと紙が落ちていった。

 久比人は、それを拾い上げると愛美に差し出した。

 それは、映画のチケットだった。

「何それ?」

「最近人気の映画のペアチケットだ。デートには鉄板だろう?」

「でで、デート!? 霧二郎さんと!?」

「ここら辺で決めておけよ。お前たちがくっつけばオレは自由の身だし、お前のウジ虫転生もなくなるんだ。更にキリーにも恋人ができていいことずくしだ」

 愛美は、久比人の言うことがよく分かっていた。愛美が全ての条件を飲めば、ウジ虫転生を回避し、久比人も愛の神を続けることができた。

「映画の公開はクリスマスイブだ。お誂え向きだろう? マナから誘えば、いくら堅物なキリーといえどきてくれるだろうさ」

 悪い気はしない愛美であったが、どこか、心に引っ掛かるものがあった。

 仮に霧二郎と付き合うことになったら、久比人は自由になれるというが、本当に自由になれるのか疑問であった。

 久比人は、愛美という人間を殺してしまっている。今の状況を作り出したのはゼウスである。ゼウスの気まぐれで、人を殺した久比人に更なる試練を与えるのではないかと思った。

 それ以上に愛美は、自分の事が気になっていた。

 誰かと付き合うことに恐怖を感じるのである。付き合ってその後、結婚までするとしたら、あの親のようになってしまうのではないか、と思ってしまうのだ。

「おーい」

 久比人は不意に、愛美に声をかけられた。

「は、はいっ!?」

 愛美は驚き、声が裏返ってしまった。

「何をぼんやり考えてたんだよ? キリーとのデートは嫌か?」

「嫌、ではないわ。ただ少し怖いのよ。私もあの親のようになるんじゃないかってね」

「それは、お前次第じゃねぇのか、マナ?」

「え…………?」

「お前がどんな環境で育って、最終的に捨てられたのかは大体知っている。魔法でな。だからと言って、お前まで親のようになるとは限らねぇだろ?」

 久比人の言葉は的を射ていた。

「それに、恋人っつったって、たかだか高校生同士のカップルじゃねぇか。まさかもう結婚まで考えてたんじゃねぇだろうな?」

 図星であった。

「まさか本当にそこまで考えていたとは。恋愛音痴もそこまでいくといっそ清々しいな。お前がウジ虫転生から逃れて、オレのお目付け役が終わるのは、あくまでマナに恋人ができることだ。結婚までは求めちゃいない」

「久比人……」

「まっ、その映画観に行くかどうかは任せる。ただこれだけは覚えておけ。お前を愛している男がいるということをな」

 久比人は言うと、椅子に背もたれを抱くように座った。

「その前にテストだな。こないだはちゃんと教えてやれなかったからな、勉強、見てやるよ」

 それは愛美にとって、ありがたいことだった。そして思い出してしまった。久比人にキスをされたことを。

 これが僅かに久比人が気になる存在足らしめている理由だと、愛美には分からなかった。

    ※※※

 期末テスト最終日。

「いやー、終わったー!」

 愛美は伸びをした。今回のテストは機織高校にしては難しい問題がたくさんあった。

 特に数学Ⅱが難しく、久比人に教えられた所がまるまる出題され、なんとかヤマが当たって解けた。

「愛美ー!」

 百合子が愛美の席までやって来た。

「百合子、ずいぶん元気ね? いつもテスト明けは後悔して私に泣き付いてくるのに。ひょっとして、テストすごくよかったの?」

「まっさかー、このあたしがいい点とれるわけないでしょう? 数Ⅱなんて零点確定よ!」

 百合子の元気の原因は、清々しいまでの開き直りであった。

「……百合子、あんたそんなんじゃ留年するわよ?」

「大丈夫、ちゃんと提出物は出すし、補習もしっかり受けるし」

「その意欲をどうして少しでも試験勉強に活かせないのよ……」

「今回は勉強は二の次、愛美、今日何日か分かる?」

 日にちを聞かれ愛美は、スマートフォンを取り出し、今日の日にちを見る。

「えーと、十二月十七日?」

「その通りよ! そしてその一週間後は?」

「十二月二十四日ね」

「そう、クリスマスイブがもう来週に迫っているのよ!」

 百合子は長々と語りだした。

 恋人同士が二人きりの時間を過ごす聖なる日。それが来週にまで迫ってきている。是非とも恋人を作り、二人で過ごす。この目的のために勉強などやっている暇はなかった。

「あんた、先月くらいに鈴木くんにフラれたじゃない。もう他の人を好きになったの?」

 自殺未遂まで起こした失恋であった。百合子はまだ立ち直れていないと愛美は思っていた。

「ああ、そんなこともあったかしら」

「そんなこともって、あんた死のうとしてたじゃない?」

「忘れたわ! 過去の事にはもう拘らない事に決めたから!」

 自殺未遂を過去の事と割りきる清々しさに、愛美は呆れを通りすぎて、圧倒されてしまった。

「あんたって人は……」

「狙いはもう定まっているわ。愛美の柔道部の先輩、桜井先輩よ!」

「えっ……?」

 百合子と霧二郎は、面識がなく、あるとすれば、霧二郎が愛美をスカウトしに来た時である。

「あの大きな体にある優しい心。アスリート系のイケメンだし、付き合うなら強い男の人よ!」

「ちょっと待って、なんで霧二郎さんなの? あんた全然話したことすらないじゃない!?」

「この間町で見かけたのよ。何してるのか調べてたら、迷子になった小さい子をおぶって駅前の交番に連れてってたの。子供にも優しいなんて、絶対いい人に違いないわ!」

 百合子が霧二郎に惚れた理由はよく分かった。

 しかし、久比人によると、霧二郎は愛美に惚れているらしい。

 これが事実ならば、百合子が告白したとしても、またフラれる事になり、ショックを受けた百合子は今度こそ自ら命を絶ってしまうかもしれない。

 しかし愛美は、霧二郎を嫌っているわけではないが、付き合うつもりもなかった。好かれているが、自分は好きではないというもやもや感があった。

 このまま百合子と霧二郎がくっつけば、そんなもやもや感は解消され、何よりゼウスの示した『慈悲の心』に当たるのではないかと、愛美は思った。

「……百合子、霧二郎さんと付き合うこそと、本気?」

「本気よ! 絶対に付き合ってみせる!」

「なら、いいものがあるわ」

 愛美は、バッグの中から久比人にもらった映画のペアチケットを取り出した。

「これって、映画のチケット?」

「とある筋から手に入れたものなんだけど、私は観に行く相手がいないから、よかったらどう?」

「いいの!?」

「ええ、いいわよ。霧二郎さんと楽しんでくるといいわ」

「やったー! ありがとう愛美。早く桜井先輩に渡しに行かなきゃ!」

 百合子は、霧二郎のクラスへと走っていった。

「……いてててて、つうぅ」

 百合子と入れ違いに久比人が教室に戻ってきた。

「下界の冬はすんげぇ寒ぃな。完全に腹冷やしちまったぜ……」

 久比人は、自分の席に座った。

「ん? どうしたんだ、そんな思い詰めたような顔して?」

「久比人、あんたからもらった映画のペアチケット、百合子にあげたから」

「あげたって、どういうことだよ?」

「そのまんまの意味よ。どうやら百合子が霧二郎さんを好きになったみたいでね」

「キリーはお前に惚れてるんだぞ? キリーの性格だ、いくら百合子の容姿が良くても絶対に百合子フラれるぞ」

「奇跡が起きるかもしれないじゃない?」

「奇跡は運命が定まった時、起こるかもしれないものだ。最初から期待できるものじゃねぇんだ。ていうかそもそも……」

「そもそも、何よ?」

「チケット代どうしてくれんだよ?」

「えっ? 魔法で作ったものじゃないの?」

「魔法で並ばずに買ったものだ。魔法は錬金術じゃねぇんだからな」

「けど、大した値段じゃないでしょ?」

「手数料がかかってんだ、魔法で何か買うときにはな。一万円は取られてんだ。どうしてくれんだよ」

「そんなこと言われても……」

「いや、そんなことより不味いんじゃねぇのか」

「何がよ?」

「キリーはマナに惚れてる。キリーのキャラだ、百合子になびく事はないだろう。間違いなくキリーは百合子をフるぜ? こんどこそ本気で命を絶つんじゃねぇか?」

 久比人も愛美と同じことを考えていた。

「不味かったかしら? 映画のチケットあげたこと……?」

「さぁてな、百合子が早まらないことを祈るばかりだ」

 愛美は、自身の行動が誤っていたように感じ始めた。

「久比人、また魔法でチケット出せない!? 百合子を追わなくちゃ!」

「おいおい、勘弁してくれよ、また高い手数料取られちまうだろ」

「手数料と人の命同じ天秤にかけられないでしょ!? さあ早く出して!」

「人の命か……確かに何物より変えがたいものだよな。もし死なれたらオレの責任でもあるか。仕方ねぇ。もうこれ以上はないからな」

「待って、ここは人の目があるわ。屋上へ行きましょう」

「屋上って、このくそ寒い中でか?」

「パッと出してすぐに戻ってくればいいわ。行くわよ!」

 愛美は、久比人の腕を掴み、引っ張り駆けた。

「お、おいっ、マナ」

 久比人は、引っ張られて行くのだった。

    ※※※

 別の日。

「愛美愛美!」

 百合子が上機嫌で愛美に話しかけた。

「何よ、百合子?」

「桜井先輩と映画デートすることにきまったのよ!」

 愛美は驚いた。

「霧二郎さんが百合子と!?」

 あの堅物な霧二郎が、百合子のような女とデートしようと言うのが、愛美には信じられなかった。

「やったじゃないすか、百合子さん」

 久比人は賛辞を送った。

「桜井先輩によると、恋愛映画が好きなんだって。このギャップがまたいいわ!」

「霧二郎さんが……?」

「信じらんねぇ……」

 二人は、霧二郎のギャップに圧倒されていた。

「なんかねー、将来好きな人ができた時に、何をすればいいのか勉強したいんだってー。ホント女の子思いよねー」

 恐らく愛美と付き合った時の事のためであろうと思われる。

「クリスマスイブまで後三日。最高のデートにして桜井先輩と付き合えるようにしなきゃ。と言うわけであたしサロンに行かなきゃならないから、またねー」

 百合子は、終始上機嫌なまま美容室に向かっていった。

「マナ、百合子には悪いがこのデート失敗に終わらせるぞ。キリーはマナのものだ」

「百合子がフラれたら、またかなりヘコむから見張るんじゃなかったの?」

「何度も言うが、キリーほどの優秀株は他に絶対に見つからない。百合子ごときに取られるわけには行かない」

「でもデートを失敗させるって言って、具体的に何する気よ?」

「尾行だ。映画館の他にも行くところがあるだろう。徹底的に追いかけまくるぞ」

 久比人は、愛の神とは到底思えない行動を起こそうとしていた。

「十二月二十四日だったな、クリスマスイブは。非常に不本意ではあるがマナ、お前と恋人のふりをしてやる」

「はあ!? なんであんたなんかとイブにデートしなきゃならないのよ!?」

「どうせ暇なんだろ? なら着いてこい。デートもしてるふりだ」

 クリスマスイブの日は、運の良いことか、愛美のバイト先も休みであった。

──ごめんね、百合子。このアホ神止められそうにないわ──

 最早愛の神とは真逆の事をしようとしている久比人を止められない事を、心の中で謝る愛美であった。

 かくして、百合子のデート妨害作戦が始まるのだった。

    ※※※

 時は十二月二十四日、クリスマスイブの日がやってきた。

 百合子は、待ち合わせ場所を駅前に定め、一足先にそこで霧二郎を待っていた。

 百合子は、サロンで仕上げた艶やかな髪を巻き、ワンピースにジャンパーを着ていた。まさに今風のギャルがする出で立ちであった。

「よく百合子が、ここを待ち合わせ場所にするなんて分かったわね」

「オレの魔法の中には人の心を読めるものがあるからな。しかも百合子は隙だらけだからな、色々読み取れたぜ。ああ見えて百合子はまだ誰とも付き合った事がない、とかな」

 百合子の親友である愛美は、知っていた。見た目が今風のギャルでありながら、彼氏いない歴イコール年齢ということを。

 だからこそ、霧二郎を本気の本気で狙っているであろうことも、重々承知の上だった。

「便利な魔法ね」

「だろう? 習得するのにかなり時間がかかったぜ」

「その魔法、悪いことに使うんじゃないわよ? 特に私にかけるとか」

「しっ! キリーのやつ来たぞ」

 霧二郎は、背が高いため人混みでもよく目立っていた。

 霧二郎は、百合子とは対照的にいつもの制服姿であった。

「なんだぁ? キリーのやつせっかくのデートだってのに制服で来るなんて。こりゃあこれだけで百合子引いてるんじゃないか?」

 久比人は、戦わずして勝利した気持ちになっていた。

「すまない、待たせてしまったか?」

「いえいえ! あたしも今来たところですから!」

「む? そうか、五分遅刻だが……」

「細かいことはいいんです! さあ、他主町(たしゅまち)に行きましょう。映画が始まっちゃいますから」

 百合子たちは、映画館目指して歩き出した。

「百合子たち行ったぞ。オレたちも追うぞ」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 こうして、久比人による、百合子のデート妨害作戦が実行された。

 百合子と霧二郎に気付かれない距離を歩く愛美と久比人。

「妨害するって言ったものの、どうやって妨害するのよ? 何かしたら気付かれちゃうんじゃない」

「まあまあ、作戦は色々考えている。マナにはその手伝いをしてくれればいい」

「手伝いって言ったって……」

「まあ、最初は軽いジャブだ。上を見てみろ」

「上って……」

 建物の上に、今にも落下しそうな雪があった。

「まさか、あの雪を二人に落とすつもりなの?」

「まあまあ、言ったろ? 軽いジャブだって、寸前のところで落とすからよ。オレの魔法で……」

 久比人は、衝撃波を与える魔法を使った。

 衝撃波は雪に当たり、落雪を起こした。

「む、危ない!」

 霧二郎は、百合子の腕を引き、落雪をよけさせた。

「きゃっ!」

 雪はどさどさと百合子のいた位置に落ちてきた。

「危なかった。怪我はないか、安倍さん?」

「あ、あたしは大丈夫です。桜井先輩が助けてくれたから……」

 百合子は、頬を赤くした。

「ちょっと、逆効果じゃないの、これ?」

「キリーの事だから助けるとは分かっていたが、まさかあんなに接近するとは……」

 まさに裏目に出てしまう結果となった。

「やっぱ妨害なんて無茶だったんじゃない?」

「いーや、作戦はまだある。次は成功させるぞ」

 久比人たちは再び尾行を始める。

「さて、次の作戦だ」

「次は何するつもり?」

「あれを見ろ、いかにも不良の連中がいるだろう?」

 久比人が言うように、他校の生徒が道にたむろしていた。

「キリーは正義感が強いからな。公道にたむろする不良集団を許さないだろう」

 久比人は、あらかじめ魔法で不良集団を集めるようにしていた。

「都合のいい魔法ね……それで、不良を集めてどうするの?」

「まあ、見てなってキリーの正義の見せ所だ」

 愛美は、不安になった。

「なんか恐そうな人がいますね……」

 百合子が先に気づいた。

「構わない、行こう」

「あっ、ちょっと待ってくださいよ!」

 霧二郎は、不良集団につかつかと歩み寄っていった。

「あぁ?」

 不良の一人が、霧二郎を睨んだ。空気がぴりぴりと張り詰める。

「道を開けてくれないか? こんなところで集られると通行の邪魔だろう」

 霧二郎は、きっぱりと言いはなった。

「んだテメェ?」

 状況はまさに、一色触発であった。

「よし、いいぞ、喧嘩しろ。どっちが勝っても百合子は引くぜ」

「なに考えてんのよ!? 止めに入らなきゃ! 霧二郎さん退学になっちゃうでしょ!?」

 しかし、愛美の心配は杞憂に終わった。

「おい、こいつあの桜井じゃねぇのか!?」

「機校柔道部主将の桜井霧二郎か!?」

「ほう、君たちのような者にも知られているとは、それは光栄だな」

 霧二郎は、表情を変えることなく真顔である。

「あれ?」

 久比人は間抜けな声をあげた。

「全国一なんだろ!?」

「そんなのに敵うわけねぇ!」

 不良たちは、よく訓練された兵隊のように、霧二郎らに道を開け、お辞儀した。

「すんませんでした! どうぞお通りください!」

「うむ、君たちもこんなところで不良をやってないで、ボランティアでもして真っ当な学生生活を送るんだな」

「はいっす!」

 不良たちは声をそろえて返事をした。

「行こうか、安倍さん」

「は、はい!」

 二人は、不良集団を退けて先へ進んでいった。

「まさか、不良たちが恐れをなすとは……完全に想定外だったぜ……」

 久比人は、あっけらかんとしていた。

「どうするの久比人、百合子引くどころか更に惹き付けられてるけど……」

 百合子は、戦わずして場を納めた霧二郎の器量に、更に惚れてしまっている様子だった。

「これは不味いな、次の策に期待するしかねぇな」

「次の策? まだ何かあるの?」

 愛美は訊ねる。

「ハンドレッド・クロウズだ」

「ハンドレッド……何?」

「この先にカラスの群れを作っておいた。狙いは糞害だ。キリーか百合子に糞が当たればデートどころじゃなくなるだろうさ」

 この策なら上手く行くと確信していた久比人であった。

 百合子と霧二郎は、久比人の仕掛けた一角に差し掛かった。

「よーし、糞まみれになりやがれ」

 ガアガア鳴くカラスたちを見て、霧二郎は足を止めた。

「先輩、どうしたんですか? ここをまっすぐ行けば映画館に着きますよ?」

 百合子は訊ねる。

「この先の道、カラスが群れをなしている。カラスの糞で制服が汚れたら事だ。それに、君の洋服も汚れる。回り道しよう」

「ぬな?」

 霧二郎は、服が汚れることを予測し、迂回することにした。

 その判断に、久比人はまたしても間抜けな声を出した。

「山から集めてきたのに……キリーめ」

「こんなの私でも予想できるわよ。バカね」

「こうなったら、最終手段だ。映画館で妨害しまくってやるぜ」

 久比人は、魔法を解いてカラスの群れを山に帰すと、愛美と直進して迂回した二人を先回りした。

 愛美と久比人は映画館に入り、物陰に隠れて百合子と霧二郎がやって来るのを待った。

(ここでこんなんやってたらバレちゃうんじゃないの?)

(大丈夫、変装もしてるんだからバレっこないぜ)

 愛美と久比人は、帽子にサングラス、更にはマスクという辺りから見ると明らかに怪しい風貌をしていた。

(バレる以前に怪しすぎじゃない? 通報されてもおかしくないわよ)

(しっ。キリーたち来たぞ)

 迂回してきた百合子と霧二郎は、上映開始十分前に映画館にやって来た。

「なんとか間に合ったな。受付をすませよう」

「どんな映画なんでしょう? 楽しみです!」

 二人は受付をすませ、劇場に入っていった。

「よし、キリーたちの後ろの席に座るぞ」

「あっ、待ってよ久比人!」

 劇場内は、たくさんの観客が上映開始を今か今かと待っていた。

 百合子たちは、前から三番目の席に座った。運良くその四番目の席が空いていた。

 愛美と久比人は、その席に座った。ちょうど百合子たちの真後ろである。

(よーし、妨害しまくってやるぜ。覚悟しろキリー)

(妨害って言っても一体何するつもりよ? あんまりひどいことすると追い出されちゃうわよ?)

 上映開始のブザーが鳴った。

(始まるぜ、まずはこの魔法だ)

 久比人は、霧二郎の頭に小石大の魔法球を放った。

「痛っ、何だ?」

「どうしたんですか先輩?」

「いや、今頭に何か当たったような気がしてね……」

 霧二郎は頭を押さえて辺りを見回した。

──それ、一気に三球だ──

「いたたた、一体何だ?」

 久比人の魔法だと気付く由もない霧二郎。

「席代わりましょうか?」

「いや、上映は開始している。席を立つのは他の観客の迷惑になる」

 映画館のマナーをわきまえている霧二郎。

(へへ、まだまだこんなもんじゃないぜ)

(やっぱり止しなさいよ。気付かれたらどうするの?)

(何もキリーだけにイタズラするつもりはねぇよ。百合子も悪いが、道連れだ)

 言うと久比人は、魔法球を百合子にも当てた。

「いたっ! なになに……?」

 百合子は後ろを振り向いた。

 愛美は不味いと思った。下手な変装をしているしているとはいえ、百合子とは長い付き合いである。何かのきっかけでバレるのではないかと思った。

「……なんにもないか」

 百合子にバレる事はなかった。

(な、大丈夫だろ?)

(な、じゃないわよ! バレるんじゃないかとドキドキしちゃったわよ!)

(大丈夫大丈夫。魔法球は人間の目には写らない。映画上映中に魔法球を投げ続けて、映画に集中できなくしてやる)

「ちょっと後ろの二人組」

 霧二郎が愛美たちに振り向き声をかけた。

 二人はドキリとする。

「さっきからこそこそと何を話している? 静かにできないなら出ていっていただきたい」

 魔法球には気付くはずがなかったが、二人のひそひそ話は、霧二郎に聞こえていた。

「す、すみません……」

 二人は謝った。

(やっぱり止めましょ? 久比人)

 ふと、愛美のスマートフォンが震えた。愛美は着信を切ろうとスマホを出した。しかし、着信の画面にはなっておらず、アプリの配置されている待受画面があるだけである。

 しかし、スマホは普通ではない淡い光を帯びていた。

 となりを見ると久比人は、スマホを耳元に当てていた。

 愛美が久比人の視界に入ると、久比人はスマホ耳に当てるようジェスチャーをしていた。

 愛美はジェスチャーの通りにしてみた。

『よう、聞こえるか?』

 久比人の声が、耳にではなく頭の中に響いた。驚く愛美であった。

『その様子じゃ、聞こえてるな? 声を出さなくていい。電話に耳当てて心で話してみな』

 愛美は、言われたようにする

『何よこれ?』

『よし、聞こえたぜ。これは念話っていう魔法だ。下界ではテレパシーって言うのか?』

『テレパシーって、あんたこんな事もできたの!?』

『これくらい訳ないぜ。人間に聞こえるかどうかってのが不安だったけどな』

『何でこんなことをするのよ?』

『キリーの耳が良すぎたからな。音じゃなくて念で話そうと思ってな』

『大体分かったけど、まだ妨害するの? 私たち一回霧二郎さんに注意されているのよ? これ以上は無理じゃない?』

 映画は中盤に差し掛かっていた。主人公とヒロインの恋が芽生え始め、これからどうなっていくのかドキドキのシーンだった。

 霧二郎は、集中して観ていた。

『ねぇ、もうこんな事止めにしない? 霧二郎さんせっかく楽しんで映画観てるのにかわいそうよ』

『キリーが百合子のものになってもいいって言うのか?』

『別に構わないわ。百合子が霧二郎さんを好きならそれで』

『いいや、ダメだ。キリーはマナと結ばれなきゃならない。百合子には諦めてもらう』

『この分からず屋! とにかく私は二人のデートの邪魔しないわよ。あんたがまだ続けようって言うなら殴ってでも止めるからね!』

「……ずず」

 突然、霧二郎は鼻をすすった。霧二郎だけではない、館内のあちこちから同じ音が鳴り響いていた。

 映画も佳境に差し掛かり、観客は感動の涙を流していた。それは霧二郎とて同じことだった。

『キリー、泣いてるな……』

 映画に感動して泣く霧二郎を見て、久比人は邪魔する気が引いてしまった。

『どう? 霧二郎さん人情家だから泣いてるのよ。これを邪魔しちゃ悪いと思わない?』

 となりの百合子に至っては、号泣していた。

『すまねぇ、オレが間違ってた。人の心を蔑ろにしすぎていた』

『分かってくれた? 霧二郎さんぶっきらぼうに見えて、人の心が分かる人なのよ』

『ああ、あの涙を見て分かったよ。妨害はもう止めにしよう……』

『でも尾行は続けた方がいいわ。分からないけど霧二郎さんが私に気があるんだったら、百合子がフラれるわ。今度こそ早まったことをしないか見張る意味でね』

『そうだな、それだけには注意しねぇとな』

 映画はエンドロールに入った。観客たちはこぞって帰り始めた。

 久比人は、念話を切った。

「行くぞ、マナ。こっから先も気付かれないように行くぜ」

「その前にこの変装はもう取った方がいいんじゃない? かえって目立つと思うんだけど」

 真冬にサングラスは、さすがに浮いてしまうのではないかと愛美は思った。

「確かに暗くて見えづらいな、変装は解こう」

 久比人は魔法を使って、帽子とサングラスとマスクを消し去った。

「さあ、急ぐぞマナ。二人はあっちだ」

「ええ!」

 愛美と久比人の尾行はまた始まった。

    ※※※

 百合子と霧二郎を追って、愛美と久比人は、商店街の場末のカフェにいた。

 なるべく百合子たちから離れつつ、会話を聞き取れる席に座った。

「ふう……いやー、いい映画でしたね」

 百合子は、コーヒーを飲みながら、映画を思い出す。

「ああ、久し振りに泣いてしまったよ。男女の愛とはよいものだ」

「男らしい桜井先輩も映画で泣くんですね。何だか意外だなー」

「心揺るがすものに、男も女もない。自分はそう思うぞ」

 言うと霧二郎はクリームソーダを飲んだ。

「意外と言えば、先輩の食べ物の好みもですね。クリームソーダが好きだなんて」

「そんなに意外かな? 自分は食の好みに恥じることはしない。ふむ、旨い。冬場に食べるアイスもまた格別」

(意外と子供舌なんだな、キリーって)

(そう言うあんたは甘党でしょ。ココアに砂糖を入れて飲むなんて)

 その上久比人は、今日は苺ショートケーキも注文している。

(太るわよ?)

(平気平気、オレは神だから太らないんだよ)

 久比人は、ケーキを平らげた。

(それよりあいつら、何話してる?)

 愛美と久比人は、聞き耳を立てる。

「桜井先輩ってモテそうですけど、彼女いたりしないんですか?」

「モテそう? 自分がか? そんな人はいない」

「そ、それじゃあ、その……好きな人はいますか?」

「な、そんな人もいない! 自分には柔道部主将という任務があるからな。色恋にうつつを抜かす暇はない」

 霧二郎は、かなりの生真面目なあまり、嘘をつくのが下手だった。

「でも今日はあたしとのデートに付き合ってくれたじゃないですか」

「映画を観に来たんだ。君は付き添いだ」

「あ、それひどくないですか? 今日のために色々準備してきたんですよ?」

 百合子は、サロンに行き、服も新調した。いつもよりもメイクも少し派手目にして、優しい香りのコロンもふってきた。

 なのに霧二郎は、一切気に留めていないようだった。

「桜井先輩は、私のような女の子は嫌いですか?」

「そうだな、普通くらいだ」

「嫌いじゃないって事ですか!?」

「む、むむ……」

 霧二郎は、百合子の勢いで答えに困った。

(キリーのやつ、かなり困ってるぜ?)

(なんとか助けられないの? あんたの魔法で)

(オレの魔法は万能じゃない。キリーに委ねるしかない)

 ハラハラしながら見守る愛美。

「……まあ、悪くはないと思う、ぞ?」

 霧二郎からどうにか出た、百合子を傷付けない言葉であった。

「よかった……桜井先輩に変だと思われてたらどうしようかと思いましたよ」

 素直に安心する百合子だった。

 それからしばらくの間話し込んだ後、百合子と霧二郎は会計をすませ、店を出ていった。

 愛美と久比人も追いかけた。

 時間は夕方を過ぎ、外は暗くなっていた。イルミネーションの光が綺麗に瞬いていた。

「うー、さみー。百合子たちまだデートを続けるつもりか?」

 極寒の下、イルミネーションを見ながら、百合子たちは駅まで歩いていった。

「じゃあ、今日はこの辺で……」

 時間も遅く、高校生の二人は帰路に着かなければならなかった。

「うむ、今日は楽しかった。だが、夜道に女性が一人では危ない。君の家の途中まで送ってやろう」

 霧二郎は、ここでも親切心を見せた。

「いいんですか!?」

「構わない。関南中方面だろう? そこには土地勘がある。送っていくとしよう」

「ねえ、百合子たち何話してるのかな?」

 クリスマスの雑踏で、愛美には二人が何を話しているのか聞き取れなかった。

「キリーが百合子を途中まで送るみたいだ」

「本当に? とても聞き取れないわよ」

「神の耳は、人間の声を聞くために、人の声だけ聞き取る能力があるのさ。こんな雑踏訳ないぜ」

 追いかけるぞ、と久比人は歩みを進めた。

「あ、待ってよ」

 愛美も追いかけた。

 千関市の駅は、大通りに面しているが、横道は薄暗い裏路地だった。

 関南中方向へはこの裏路地を通らなければならない。女子が一人ででは危ない道であった。

 霧二郎は百合子と並び、歩いていた。

「こうやって二人ならんで歩いてると、何だか恋人みたいですね」

 百合子は言った。

「君のような女性は、自分にはもったいない。迂闊にそのようなことを言うものではないぞ」

「そんなことありませんよ! 凛々しくて男らしい、素敵な人だと思いますよ」

「ふっ、褒めてるつもりか? 褒めても何も出てこないぞ?」

「何も出てこなくてもいいですよ。ただこうして一緒にいるだけで嬉しいですから」

「安倍さん……」

「おい、キリーと百合子何だかいい雰囲気じゃねぇか?」

 久比人は言う。

「ホントね、このまま二人付き合うんじゃないかしら?」

「そんな事はない。キリーはマナに惚れている。百合子になびくことはない」

 久比人は断言する。

「そんなこと言ってないで、二人を付き合わせたらどう? あんた曲がりなりにも愛の神様なんでしょ?」

「愛の神と言っても、すでに誰かに惚れている人間を別の対象とくっつけることはできねぇんだ」

 霧二郎に久比人の愛の神格も魔法も効かないのは、すでに別の誰かに惚れているためだった。

「その惚れている人物こそマナ、お前なんだ」

「だから、それはないって!」

「でも思い出してみろよ。今までキリーがマナに対する態度、違うと思わなかったか?」

 愛美は思い出してみる。最初は突然に柔道部に勧誘に来た。山日中、並びに機高ではとても厳しい主将で通っていたが、愛美には腰の低い態度を取っていた。

 更に言うと、何故か愛美に対しては敬語を使って接していた。他の部員には言葉遣いが厳しい印象を受けられるにも関わらずだ。

「確かに喋り方が固いと言うか、なんと言うか。みんなに対する喋り方が違う気はしてたわ」

「だろう? それがキリーがお前に惚れてる証拠なんだ」

 霧二郎に惚れられていると知って、何故か悪い気はしなかった。だが、やはり恋人同士になろうとは思えなかった。

 その理由は、恋人になることへの恐怖であった。

 仮に霧二郎と付き合ったとして、どうなるのか分からないのだ。高校を卒業して、仕事をするようになって、家庭を築くのかと思うと、それはおぞましい事に思っている自分がいた。

 親に捨てられ、親戚からもいらない子扱いを受けた事により、愛美は自分もそんな大人になるのではないかと思ってしまうのだった。

 愛美が考え事をしているうちに、霧二郎と百合子は、百合子の家の近くまでたどり着いた。

「桜井先輩、この辺まででいいですよ」

「ここも裏路地だろう? 女性一人ではまだ危ない場所ではないか?」

「大丈夫です。後は道一本ですから」

「そうか? そう言うことならここでさよならとしよう」

「そうです、ね……」

「では気を付けて帰るのだぞ」

 霧二郎は踵を返した。

「ここで別れるみたいだな」

 霧二郎が後ろを振り返ったので、尾行がバレないように、二人は電柱の陰に隠れた。

「待ってください!」

 突然、百合子は大声で去っていく霧二郎を引き留めた。

「どうした、やはりもう少し送った方がいいか?」

「そうじゃないです。先輩にどうしても伝えたいことがあって...…」

「何だ? 言ってみろ」

 百合子は、ひと息ついてから、大きな声で伝えた。

「あたし、桜井先輩の事が好きなんです!」

 突然の告白であった。裏路地で誰もいないことから、百合子は告白に至ったのだった。

「本気か?」

 霧二郎は、内心驚いていたが、それを見せることなく聞き返す。

「本気です! 迷子の子供をお巡りさんの所まで、おぶって連れていってあげてるのを見てからずっと好きでした!」

 霧二郎は、困ったように頭を掻いた。

「見られていたか……だが、人に親切にするのは当然の事。自分は当たり前の事をしたまでだ」

 人に優しくするのを当たり前だと言う発言も、百合子を更に惚れさせる事になった。

「桜井先輩は、本当に素敵だと思います! お願いします、私と付き合ってください!」

 百合子は、言い切ると、これ以上はないほど深くお辞儀をした。

「そんなこと、急に困るぞ。取りあえず頭を上げてくれ」

 百合子は言われた通り、頭を上げた。その顔は紅潮しきっていた。

「君の気持ちは嬉しい。だが、自分には勿体無い」

「付き合ってはもらえませんか……?」

「ああ、お付き合いはできない。何故なら、恥ずかしながら、自分には好きな人がいるんだ。すまない……」

「それって、愛美の事ですか……?」

「君ばかりに恥ずかしい思いはさせられないな。そうだ。自分は山村さんが好きだ」

「えぇっ! むぐっ!」

(大声出すな二人にバレちまうだろ)

 久比人は、驚く愛美の口を塞いだ。

 久比人は、ここへ来て疑念が晴れてやはりと思った。これまで霧二郎に神格が効かなかったのは、やはり霧二郎が愛美に惚れていたからだった。

「そうですか。愛美が羨ましいな……」

 百合子の頬に一筋の涙が伝った。

「帰りますね。家、この辺ですからもう送ってもらわなくても大丈夫です」

「ああ、すまないな」

「もうこの話はお仕舞いです。あたしがフラれた、それだけの事です。先輩が気にすることは、何もありませんからっ!」

 百合子は駆けていった。

「安倍さん……」

 霧二郎は、悪いことをした気分になった。

 生まれて初めて告白されたが、告白してきた百合子の想いを受けとることはできなかった。

 しかし、自らの気持ちに嘘はつけなかった。自分は愛美が好き、この気持ちには嘘偽りない。

「……帰るか」

 霧二郎は、踵を返し、家路につこうとした。

(ヤバっ、キリーがこっちに来る。マナ、息も止めろ)

(何で息まで止めるのよ!?)

(息遣いで気付かれるかもしれないだろ)

「誰かいるのか?」

 霧二郎は、愛美たちが隠れる電柱に向かって問いかけた。霧二郎は、気配を感じたが、なにぶん暗がりであったために、目は良く見えなかった。

「……誰もいないか」

 霧二郎は、電柱の陰に隠れる愛美たちを見つけず、そのまま去っていった。

 愛美たちは、生きた心地がしなかった。たった今告白され、そしてフッた霧二郎に気付かれたらどうなることか、分からなかった。

 霧二郎の姿が裏路地から完全に消えてから、愛美と久比人は、電柱の陰から姿を現した。

「あー、ハラハラしたぜ」

「ポーカーフェイスのあんたが言っても説得力がないわね」

「いいんだよ、オレの事は。しかし、これで決まったな。キリーはマナの事が好きだって。マナもキリーの事は悪しからず想っていただろ?」

 確かに愛美は、男嫌いでありながらも、霧二郎を憧れの人だと思っていた。しかし、それは恋慕ではなく、学生最強と呼ばれる柔道の選手だからだった。

「お前ら早く付き合えよ。そうすれば、オレの不祥事は無かったことになって、オレは自由の身だ」

 久比人は、不祥事が無くなったようなものと、喜びを覚えていた。

「嫌」

 愛美は、はっきりと言った。

「なに?」

「霧二郎さんと付き合うのは嫌って言ったのよ」

「何だって? どうして付き合えねぇんだよ?」

「私は誰の世話にもならずに生きていくと決めてるの。例え霧二郎さんと言えど、この気持ちに変わりはないわ!」

 愛美は言い放った。

「誰の世話にもならない、ってお前誰かと付き合わなきゃ、ウジ虫転生コースだって事忘れてねぇだろうな?」

「ウジ……そう言えばそうだったわね……」

「本当に忘れてたのか? そんでもってオレは存在が消えてしまうんだぞ? 別にオレは私利私欲のためにこんな事してるわけじゃねぇんだ。マナ、お前を最悪な来世から守るためにやっているんだ」

 愛美は考える。ウジ虫になる来世はもちろん嫌である。かといって、自分のことを好きと言ってくれた霧二郎と付き合うのも気乗りしない。なにより、付き合うようなことがあれば、霧二郎にフラれた百合子に合わせる顔がない。

 ゼウスの言っていた『慈悲の心』、これが第三の選択肢である。今この慈悲の心が必要なのは、霧二郎にフラれた百合子ではないかと思う。

「そうか、百合子に恋人を作ればいいんだわ!」

「急に大声出すなよ……びっくりするだろうが」

「ああ、ごめん。それより良いこと思い付いたのよ」

「いいこと?」

「そうよ、あんたにとっても悪い話じゃないわよ?」

「オレにとっても? 何だそりゃ?」

「心に傷を負った百合子に、あんたの神格で恋人を作るのよ」

 第三の選択肢、『慈悲の心』を二人それぞれ使うのである。

 愛美の『慈悲の心』は、人に優しくすること、久比人のものは、愛美以外に恋人を作ることだ。これらが上手く行けば、二人ともに『慈悲の心』を成し遂げた事になる。

「どう? いい作戦だと思わない?」

「確かにゼウスのおっさんを認めさせる事はできそうだが、百合子恋愛二連敗中だぜ? 恋愛はもう懲り懲りってなってるんじゃないか?」

 一度目は早まった行動を取ろうとした百合子。二度目はどうしていることか分からないが、騒ぎになっていない事から、今度は大事に至っていないと思われた。

「私、百合子とは長い付き合いよ? 二度失敗したくらいで懲りる女じゃないわ」

 これまでの事から、百合子の食指が向くのは優しい男である。容姿もそこそこ良ければ簡単に惚れることだろう。

「久比人、学校中を探し回って、そんな男子見つけられるかしら?」

「神使いが悪いな……けど消えないためか、やってやる」

「そうと決まれば善は急げよ。明日から行動開始よ! 私が百合子を慰める。その間に百合子の恋人候補を見つけてちょうだい!」

 愛美の作戦が始まるのだった。

    ※※※

「おはよう……」

 蚊の鳴くような声と共に、百合子は教室へと入ってきた。

「おはよ、百合子!」

 全てを知らない振りをして、愛美は努めて明るく挨拶をした。

「ま、まなみぃ……」

 愛美の姿を見るなり、百合子は愛美の胸に泣き付いてきた。

 ひっくひっく、と百合子は泣く。

「朝からどうしたのよ百合子? 目真っ赤っかじゃないの?」

 百合子の目は、一晩中泣いていたのではないかと思われるほど赤くなり、腫れていた。

「どうしたの? 聞いて上げるから話してみなさいな」

「さく、らい、せんぱ、いに、ひっく、フラれたぁ……!」

「桜井先輩? ああ、霧二郎さんの事。そうかぁ、フラれちゃったかぁ。残念だったね」

 愛美は、胸元で泣く百合子の頭を優しく撫でてやった。

「せんぱい、愛美の、ことが、すきだって」

「私の事を? あり得ないでしょう。私百合子みたいに可愛くないもの」

「愛美、あた、し、どうしたら、いいの? もう、ひとを、すきになっちゃ、いけないの?」

 百合子は、思った通り落ち込んでいた。涙に鼻水を垂れ流したまま泣き続ける様子は、まるで女児に戻ったかのようだった。

「そんなこと無いわ、百合子にはまたいい人が現れるはず。だからもう泣かないで」

 これだけ心に傷を負った百合子に、好みの男子が見つかれば、百合子はすぐにもとに戻る。愛美は確信していた。

 問題はその好みの男子がそう簡単に現れるか、と言った所だが。こればかりは久比人の力に頼るしかなかった。

「おはようございまっす」

 久比人が登校してきた。

 ちょっとごめんね、と愛美は百合子から離れた。

「おはよう、久比人」

 愛美は、久比人の首根っこを掴んで自分のところに引き寄せた。

(どう? 百合子に合いそうな男子は見つけられそう?)

 愛美はひそひそと話した。

(それが奇跡が起きたぜ。隣のクラスに、百合子を好いているやつがいたんだ)

 久比人もひそひそと返した。

(それホント!? 百合子伊達に今風のギャルやってないわね……)

(容姿は鈴木に近いな。インテリイケメンって言い方が似つかわしいな)

(名前は何て言うの?)

(黒井(くろい)だ。なんなら今日の昼休みにでも呼び出そうか?)

(それがいいわ。百合子には私から言っとく)

 愛美は、久比人を掴んでいた手を離した。

「百合子、ビッグニュースよ!」

「……なに?」

「百合子が好きって言う人が現れたのよ!」

「あたしを……?」

 さすがの百合子も、すぐには信じようとしなかった。

「隣のクラスの黒井君だって。今日の昼休みにでも会ってみない?」

「う、うん……! 会って、みたい!」

 百合子は、自分を好きでいる人がいると聞き、少し元気になった。

 そして、昼休み。

 屋上は雪に覆われ立ち入り禁止になっていたため、空き教室で二人を会わせることになった。

「久比人遅いね」

「うん……」

 愛美と百合子の間に沈黙の空気が漂う。時計の秒針の音だけが、空き教室を包んでいた。

 やがて廊下から足音が聞こえてきた。

「お待たせしたっす」

 久比人が見慣れぬ男子生徒を連れて、空き教室にやって来た。

「ど、どうも……黒井要(くろいかなめ)です……」

 黒井はぎこちなく挨拶した。

 容姿に派手さはないが、キリッ、とした顔立ちをしていた。シャープな眼鏡をかけており、久比人が称したインテリイケメンという言葉が良く似合っていた。

「初めまして、安倍さん」

「こ、こちらこそ、黒井くん!」

 二人は挨拶する。

「まっ、後は若い者同士で……」

「ボクらは引きますんで」

「ち、ちょっと愛美!? これお見合いじゃないんだから!」

 必死になる百合子だが、愛美たちは空き教室を出ていった。

「二人っきりになりましたね……」

「そ、そうね……」

 実際の所二人きりではなく、愛美と久比人は教室の外からひっそりと覗いていた。

(どんな人なのよ、黒井くんって?)

(話した感じ、悪いやつじゃなかったぜ。見た目に反してすっげぇ腰が低くてな)

(百合子の事、好きなんでしょ?)

(ああ、どうやら一目惚れしたらしい)

(百合子に一目惚れなんて、物好きもいいところね)

(しっ、二人とも何か話し始めたぞ)

「黒井くんって、どこ中出身?」

「僕は桜一(さくらいち)中学校出身だよ。安倍さんは関南中出身だってね? 藍木くんから聞いたよ」

「桜中!? あんまり見ないよね、この学校じゃ」

「そうだね、僕一高目指してたんだけど、滑っちゃってね」

 悪い思い出であるはずなのに、微笑んで話す黒井。

「そうなんだ、悪いこと訊いちゃってゴメンね……」

「そんな事もうどうでもいいよ。ここに来なければ君に会えなかったんだもの」

 この言葉に、百合子はキュンと来た。

「黒井くん、どうしてあたしみたいなの気になったの? 頭の悪いバカなのに」

「バカだなんて、そう易々と言うもんじゃないよ。安倍さん、それ以上に親切じゃないか」

「親切って、どこがよ? そんなところないって!」

「僕みたいな勉強しかできない男に、こうやってお話ししてくれるところだよ。君は覚えていないようだけど前に一度、あれは春の事だったかな? 僕におはよう、て挨拶してくれたんだ」

 百合子は、高校に入ったからには彼氏を作ろうと躍起になっていた時期があり、好みのタイプの男子に片っ端から挨拶をしていた。

 その時偶然に黒井にも挨拶していた。その時に黒井は、一目惚れしたのだった。

「僕は、ずっと思ってた。この人と付き合えたら、毎日がどんなに楽しい日々になるかなって」

「黒井くん……」

「安倍さん、僕と友達からお付き合いしてください!」

 黒井は、席を立ち頭を下げつつ片手を百合子に差し出した。

「ありがとう、黒井くん……」

 百合子は、差し出された手を両手で受け取った。

「頭は悪いけど、見た目には自信あるから。素敵な彼女になってみせるね」

「安倍さん!」

「ぴゅーぴゅー! カップル誕生、おめでとうっす!」

「藍木くん!」

「おめでとう、百合子! 簡単にフラれるような真似するんじゃないわよ」

「愛美まで、二人ともずっと見てたの!?」

「お友達から付き合ってください」

 久比人は、黒井がやったように、頭を下げ、手を愛美に差し出した。

「ありがとう……く、くろ……」

 久比人と愛美は、ふたりのやり取りを真似しようとしたが途中で吹き出してしまった。

「あはははは……! うん?」

 愛美は笑っている途中で、何かに気がついた。

「久比人」

 愛美は、久比人に声をかける。

「ああ、この気配。間違いないな」

「ストーップ・ザ・タイーム!」

 詠唱と共に雷鳴が鳴り響き、時間が停止すると、ローブ姿の初老の男が姿を見せる。

「ひょほほほ」

 とぼけた笑いと共に、神々の王、ゼウスが現れた。

「やっぱり、ゼウスさん!」

 愛美は、ゼウスの気配が分かるようになっていた。

「ひょほほほほ、二人とも、恋人を作ったようぢゃな?」

「ああ、これで『慈悲の心』は遂げられたことになるだろ?」

 久比人は言った。

「うむ、恋人を作ることが主らに下した『慈悲の心』の根幹。それを成し遂げた主らは、ひとつの関門を超えたと言っても過言ではあるまい。ぢゃが、これしきでは愛美を殺した不祥事はなくなりはせぬぞ、クピド」

「分かってる。けどもう少し魔法の幅を広くしてくれ。本当は愛の弓矢を解放してほしいけどな」

「愛の弓矢だけはダメぢゃ。不祥事を払拭したくば、己の神格と魔法力でどうにかせんといかん」

「あんたの事だから、そう言うと思ったけどよ。せめて四六時中マナと一緒にいなくてすむようにしてくれねぇか?」

「あ、それなら私も!」

 ゼウスは、悲しそうな顔をする。

「なんぢゃ主ら、若い男女が一緒にいるという状況にありながら、何もせんどころか、何かをするチャンスをどぶに捨てるというのか?」

「ゼウスさん、私には恋人なんていらないんです。当然、クピドと付き合うつもりはありません! そんな事より私から病弱の質を消してください!」

「病弱の質を消し去ることはできん。それは一度死に、理をねじ曲げて下界にいる証拠ぢゃからのう。完全に消すことはできんのだ」

 それに、とゼウスは付け足す。

「愛美よ、主は神の血を飲んでいるであろう? それだけで一日はクピドの神格を受けずにすむはずぢゃが?」

「神の血? 血……てどういう?」

 愛美は血の気が引き、鳥肌が立った。

──ヤバい──

 久比人は、ゼウスの肩を寄せ、愛美から少し離れた所で事情を話した。

(おっさん、マナは血に弱いんだ。確かにやつは母ちゃんの血を飲んでいるが、それは神格を得る薬ってことにして飲ませてるんだ。話を合わせてくれ)

(ぬう、そう言うことは早めに言わぬか。分かったぞい、薬じゃな?)

「失礼、血ではなく薬ぢゃったな? いずれにしても病弱の質は消せん。クピドとは離れること能わずぢゃ」

 もっとも、とゼウスは言った。

「全ては主らが結ばれれば、ないことになるのぢゃぞ? クピドの不祥事も、愛美の死も全て、な」

「それだけは嫌!」

「それだけはごめんだ」

 二人の声は重なった。

「強情なやつらぢゃのう……まあよい。わしはいつでも主らを見ておるからな。さて、わしはそろそろ帰るとするか。と、その前に……」

 ゼウスは手のひらに、光球を出現させた。ゼウスはそれを、愛美に向けて放った。

 光球は愛美に当たると、愛美の全身を光に包んだ。

 光に包まれても痛くも痒くもない。ただしばらくぽうっ、と淡く光っていた。

 やがて光は消えた。

「ゼウスさん、これは……?」

「病弱の質を抑える魔法を使った。これでクピドから三日は離れてても発作は起こらぬぢゃろう。今回の事の褒美ぢゃ」

 それから、とゼウスは、久比人の方を向くと、手を久比人に向けた。そして、愛美にやったように、光球を放った。

 久比人は、パシッ、と光球を受け止めた。

 光球には、何かが包まれていた。これは魔法の源といい、神同士魔法をあげたり、もらったりする時に使う術だった。

「おい、ゼウスのおっさん。こいつはどういうつもりだ?」

「この神々の王ゼウス直々の魔法、催婬の魔法ぢゃ。愛美に使ってみるといい。既成事実ができて、めでたく結婚ぢゃ!」

 一体この老体は、どこからそんな言葉を覚えてくるのか。久比人はただただ呆れた。

「マナに使ったところで、マナが催婬状態になるだけだろ? オレには関係ない。オレは何度だって言うが、二次元にしか興味がない。オレの嫁は、春子ただ一人だ」

 久比人は清々しいほどに断言する。

「ほら、こんなもの返してやるよ」

 久比人は、光球を投げ返そうとした。しかし。

「っ? どういう事だ? 手から離れねぇぞ」

「これは主への褒美ぢゃ。故に受け取るより他はないぞい」

 ゼウスは、悪い笑顔を見せる。

「うおっ、止めろ、入ってくんな……」

 光球は、久比人の手を通じて体内へと入り込んでいってしまった。

 久比人は、無理矢理催婬の魔法を覚えさせられてしまった。

「どうぢゃ? これで主の食指も愛美に向くようになるぢゃろ?」

 ゼウスが久比人に与えた魔法は、相手も自分も催婬してしまう作用があった。ゼウスが細工したものだ。

「ゼウスのおっさん……絶対に使わねぇからな」

「ひょほほほ……さて主らに褒美をやった事ぢゃし、わしは帰るとするか。主らの『慈悲の心』、これからも見届けさせてもらうぞい。ではな」

 ゼウスは詠唱する。

「ムーブ・ザ・ターイム!」

 稲光と共に、止まっていた時間が動き出した。

 ゼウスは姿を消していた。

「ゼウスのおっさんめ……」

 妙な魔法を授けられたことを、根に持つ久比人だった。

「愛美、藍木くん?」

 祝福ムードだった二人の様子が、途端に険しい顔をしていたので、百合子が声をかけた。

 百合子の呼びかけに、はっ、となる二人。

「か、カップル誕生おめでとう!」

 時間が元通り動きだし、愛美は祝福ムードに戻ろうとした。

「もう、何度も言わないでよ!」

 百合子は耳元まで真っ赤になる。

「皆さん、そろそろ授業がはじまるっすよ」

 昼休み終了の予鈴が鳴った。

「いけない! 次、村井先生の授業じゃない!? 遅れたら反省文書かされちゃう! 急がなきゃ!」

「要くん、また後でね!」

「うん、放課後にでも」

 村井のクラスの三人は、走って教室に戻っていくのだった。

   ※※※

 愛美と久比人のバイト先。

 クリスマスと言うだけあって、客足が途絶えなかった。

「クリスマスケーキいかがっすか?」

 愛美と久比人は、クリスマスケーキ販売を担当していた。

「クリスマスケーキ一つ」

「ありがとうございます! 四八〇円です!」

 小ワンホールのケーキがワンコインで買えるお得価格に、ケーキ売り場は列をなしていた。

「はい、五百円のお預かり、二十円のお返しっす。ありがとうございましたー」

 列は一旦途絶え、愛美と久比人は一緒にため息をついた。

「これがクリスマス効果か。売っても売ってもキリないぜ……」

 イブは恋人同士で甘い時を、クリスマスは家族で大騒ぎというのが最近の日本の文化になりつつあるのは知っていたが、実態は味わった事のない久比人が文句を言う。

「何これくらいでへこたれてるのよ? 時間はまだ七時、ここからよ」

「まだ来るってのかよ。しんでぇなぁおい……」

「シャキッとしなさい、ほら、またお客さん来たわよ! いらっしゃいませー!」

「やあ、元気にやってるね?」

「誰かと思ったら可奈じゃない。稽古はもう終わったの?」

 本当は、柔道部の活動は今日までであったが、愛美はクリスマスケーキ販売のため、稽古には参加していなかった。

 同じバイトをしている久比人も同様の理由で、今年最後の稽古には出席していなかった。

「無事に終わったよ。次の稽古はお正月明けだね」

「そっか。結構長い休みになるわね」

「あたしは正月休みにも、自主トレは欠かさないつもりだけどね。来年こそ全国大会出場したいからね」

 可奈は、二ヶ月前の県大会も制していた。しかし、秋期の大会は県大会までであるため、県大会でシーズンオフとなった。

 因みに、愛美も県大会出場していたが、準決勝で敗退し、可奈とワンツーフィニッシュすることはできなかった。

(おいマナ、列)

 愛美は、つい可奈と話し込んでしまった。ケーキ売場はまた列をなしていた。

「ああ、いけない! 可奈もケーキ買いに来たのよね?」

「うん、そうだよ。ケーキ一つくださいな」

 可奈は、五百円硬貨を差し出した。

「はい、二十円のお返しです」

「じゃあね、愛美ちゃん。またその内ゆっくり話そうね」

 クリスマスケーキを片手に、可奈は去っていった。

「次の方、どうぞ!」

 愛美と久比人の慌ただしいケーキ販売は、二人の終業時刻まで続いたのであった。

 バイトも終わり、寮へと帰ってきた二人。

「あー、つっかれたー」

 久比人は布団の上にダイブした。

「ちょっと久比人、何当たり前のように私の部屋に入ってきてるのよ?」

「何って、神格がなきゃお前は病気で倒れるんだぞ? 今さらな質問だぜ」

「神格なら、今日ゼウスさんにもらったじゃない。三日は離れてても大丈夫、みたいな」

「それは神格がフルチャージされている時の話だ。神格は減り続けるもの、厳密に言うとオレと一緒じゃなきゃすぐに無くなって、マナは病気になる」

「何それ? それってゼウスさんがくれた神格は意味ないって事じゃないの?」

「三日は離れられるのは本当だ。けど、離れた瞬間から神格はどんどん減る。三日後には病気でバタンキューだぜ」

 離れられはするが、離れた途端病魔に犯される。まさに諸刃の剣であった。どうしても愛美を久比人とくっつけたいという、ゼウスの思惑が見え隠れしていた。

「ゼウスのおっさんもぬか喜びさせてくれるよなぁ。ようやっと一人の時間ができると思ったのにな。お互い様に」

 はあ、と久比人はため息をついた。

「……付き合うか? オレたち」

 一瞬、その場が凍りついた。

「はあ!? 何言ってんのよ! 付き合うわけないでしょう!?」

「でも、付き合えばオレは消えずに済むし、マナも完全に生き返ることができるんだぜ?」

「で、でもそんな急に……私、こういうの初めてで……!」

 久比人は、布団から立ち上がり、愛美をベッドの上に押して座らせた。

「久比人……?」

 久比人は、愛美の耳元に口を寄せる。

「マナ……」

 愛美は真っ赤になって、久比人にされるがままになっていた。

「……ウソに決まってんだろ」

「…………へ?」

 久比人は、愛美から離れた。

「オレの嫁は春子だけだ。それは揺るがない」

 やはり久比人は、二次元好きを主張する。

「そもそも、人間と神が釣り合いとれる訳ねぇだろ。だがエロゲーは、別だ。春子は神に等しい……ぶっ」

「このアホ神!」

 愛美は、パシーン、と良く響く平手を打った。本来であれば、グーパンチで鼻を陥没させてやりたいくらいだった。

「いてぇじゃねぇか。何もそんなに怒らなくてもいいじゃねぇかよ……」

「うるさいっ! 危うくあんたにいいようにされるところだったわよ!」

 久比人のような男は嫌いなはずなのに、愛美は久比人を受け入れそうになった。何故そのようになったかは、愛美には分からないが。

──ゼウスのおっさんからもらった魔法、催淫の魔法。ちょっと使ってみたがここまで効力があるとはな。使ったオレ自身にも効果があるなんて、絶対使っちゃいけない魔法だな──

 まだヒリつく頬を抑えながら、久比人は考えるのだった。

「マナ」

「何よ!」

「まあ、もうそんなに怒ることないだろう? 夜も更けたが、クリスマスパーティーしようぜ」

 愛美と久比人のバイト先から、二人は余ったケーキをただでもらっていた。

「なっ、ケーキ食おうぜ?」

「あんたが言うから食べるんじゃないわよ。腐らせたらもったいないから食べるんだからね!」

「はいはい、じゃ、食おう」

 二人は、クリスマスケーキの封を開けた。

 飾りつけは苺とチョコプレート、サンタクロースの砂糖菓子であった。

 二人は、いただきますを言った後、フォークで掬ってケーキを口にした。

「これは……?」

 愛美は驚いた。

「……おいしい」

「マナ、メリークリスマス」

「ふん」

「ノリが悪ぃなぁ、いい加減機嫌直してくれよ?」

「……次あんなことしたらぶん投げるからね」

 分かったかしら、と愛美は念を押す。

「大丈夫、絶対しないから」

「今回限りよ? メリークリスマス」

 愛美は、ぶっきらぼうに言うのだった。

 でこぼこな二人の小さなクリスマスパーティーは、夜更けまで続いた。

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