この度、ワガママ義妹と婚約者を交換することになりました
※短編として再掲載しました!
「お義姉さま! 私と婚約者を交換してください!」
「……はっ?」
穏やかな昼下がり。
自分で淹れた紅茶を楽しんでいた私カーラ・バリストンは、ノックも無しに部屋に入ってきた義妹のお願いに、淑女らしからぬ素っ頓狂な声を上げた。
「……コホン。ごめんなさい、アリシア。もう一度言ってもらえるかしら?」
軽く咳払いすると、我が物で部屋に入ってきて、そのまま対面のソファーに座った義妹を問い質した。
婚約者との結婚式を1週間後に控えているタイミングで、義妹から『婚約者を交換して欲しい』という無茶ぶりが聞こえたような……
「だから、『私と婚約者を交換してください』と言ったんです!」
「……幻聴じゃなかったのね」
深く溜息をついた私は、いつの間にか入ってきた侍女が淹れてくれたお茶を呑気に楽しむ義妹アリシアを見やった。
私の1つ下であるアリシアは、私が5歳の時、お母様が他界されてすぐ、お父様が当時愛人だったお継母様と一緒に連れてきた娘だ。
元々、政略結婚で結ばれたお母様とお父様はとても仲が悪く、私が生まれてからはお父様が屋敷に帰ってくることは滅多になかった。
恐らく、その頃に当時高級娼館のナンバーワン娼婦だったお継母様と出会い、恋に落ちて、アリシアが生まれたのだろう。
母譲りのピンク色の髪と空色の瞳に、可愛らしい顔立ちのアリシアは、愛嬌があって誰とでもすぐに打ち解けられる親しみやすさがある。
そんな彼女に、お父様やお継母様は惜しみない愛情を注ぎ、使用人達は積極的にお世話をした。
対して、お母様譲りのヘーゼル色の髪とアイスブルーの瞳の私は顔立ちが地味で、唯一愛情を注いでくれたのはお母様だけだった。
優しくて気品があり、でも少しだけ厳しいお母様は病気で他界した。
そして、新しい家族や使用人達から冷遇された私は、自分のことは自分でするようになった。
けれど、月に1回ある婚約者とのお茶会だけは、アリシアの侍女が物凄く嫌そうな顔をしながら私の身支度を手伝ってくれる。
でも、毎回用意されるドレスは、いつの間にか参加しているアリシアが着ているドレスとは明らかに地味なもので、婚約者から嫌な顔をされた。
「美味しい! ありがとう!」
「いえ、アリシア様のためですから!」
微笑ましいやり取りに、再び深く溜息をつくと、淑女らしく姿勢を正した。
「アリシア、あなた分かって言っているの? 私の婚約者は、この国の王太子であらせられるフィリップ殿下よ? そして、この婚約は王命で決まっていて、王国内では周知の事実だから、あなたの一存で変えられないの」
お母様が亡くなる少し前、私は王命で王太子殿下の婚約者を仰せつかった。
それからというもの、私はほぼ毎日のように王宮で厳しい王子妃教育を受け、月に1回だけフィリップ殿下とお茶会をしている。
子どもを宥めるようにアリシアに言い聞かせると、アリシアが頬を膨らませた。
「だって私、お父様やお母様、そして、大好きなフィリップ様と離れ、『リスタット辺境伯家』という田舎貴族と婚約するのですよ! そんなの絶対に嫌です!」
「こらっ、アリシア! 滅多なことをいうものではありません!」
「グスッ、だってぇ~」
瞳を潤ませるアリシアに、私は小さく溜息をついた。
その横で、アリシアの侍女が冷たい目を向けてきたけど、慣れているので無視する。
「アリシア。昨日、お父様から婚約者を紹介した時に仰っていたと思うけど、リスタット辺境伯家は我がバリストン侯爵家と同じく、建国時からこの国を支えている家なの。だから……」
「嫌よ!!」
「はいっ?」
再び淑女らしからぬ素っ頓狂な声を上げた私に、ソファーから立ち上がったアリシアがローテーブルに両手をつくと、怒っても可愛い顔を私に近づけた。
「お父様やお母様はともかく、私のことを『好き』って言ってくれるフィリップ様と離れるなんて絶対に嫌! だから私、昨日お父様にお願いしたの!」
◇◇◇◇◇
「『お願い』って……まさか!」
お父様に婚約者を交換するようお願いしたの!?
急に悪寒がしてきた私は、アリシアを問い詰めようとソファーから立ち上がった……その時。
「アリシア!」
「っ!?」
開けっ放しにされていたドアから金髪碧眼の見目麗しい青年が現れ、思わず息を呑んだ。
どうして、王太子殿下がここに!?
「あっ! フィリップさまぁ~!」
さっきの不機嫌はどこへやら。
啞然とする私をよそに、嬉しそうな笑みを浮かべたアリシアがフィリップ様に抱きつく。
「アリシア! 婚約者のいる殿方に、なんてはしたない真似を……」
「黙れ」
「っ!?」
フィリップ様からゴミを見るような目と地を這うような声を浴びせられ、恐怖で体が硬直して声が出ない。
そんな婚約者に小さく鼻を鳴らしたフィリップ様は、抱きついてきたアリシアを優しく抱き返すと、私には決してしない満面の笑みをアリシアに向けた。
「アリシア、聞いてくれ! 僕たちの婚約が決まったんだ!」
「えっ?」
『婚約が決まった』って、フィリップ様は既に私という婚約者が……
「フィリップ様! それってつまり、お義姉さまと私の婚約者が交換されたのですね!?」
「あぁ、そうさ! さっき、君のお父様が父上に嘆願しに来てね! そしたら、父上も母上も『アリシアが息子の婚約者になるなら』って許してくれて、偶然居合わせた田舎貴族の子息も『王家の意思に従います』って了承したんだ!」
正気の沙汰じゃないーー2人の幸せそうな顔を見て、そう思ったのは私だけだった。
アリシアの侍女が涙を流す傍で、頭を打ったかのような衝撃を受けた私は、思わず体がよろめいた。
すると、誰かから強く腕を掴まれた。
「お父、様……?」
視線の先には、感情が籠っていない目で私を見ているお父様がいた。
不機嫌そうに鼻を鳴らしたお父様は、困惑している私を一瞥すると、何も言わないまま私を部屋から連れ出す。
「お父様、一体何を……」
「カーラ、お前は今すぐリスタット辺境伯家に行け」
「はい!?」
身支度も何も済ませていないのに!?
令嬢らしからぬ声を上げた私は、先程フィリップ様が口にしたことが本当なのか問い質す。
「お父様、私とアリシアの婚約者を交換したというのは本当でしょうか?」
娘からの問いにその場で足が止めたお父様が深く溜息をつくと、とても面倒くさそうな顔で私の方を見た。
「本当だ。先程、国王夫妻とリスタット辺境伯子息から了承を頂いた」
「っ!?」
本当、だったのですね……
部屋で見たアリシアとフィリップ様の幸せそうな顔を思い出し、悔しさを押し殺すように掴まれていない手を握り締める。
すると、お父様から耳を疑うようなことを告げられた。
「安心しろ。既に荷造りも済ませてある」
「えっ、聞いていないのですが?」
「ハッ、当主の俺がお前に報告する義務がどこにある?」
この男、自分が何を言っているのか分かっているの!?
再び足を進めたお父様は、そのまま玄関前に止めてある馬車に私を乗せた。
「キャッ!」
強引に馬車に乗せられた私は、勢いあまって背中を軽く打ちつけ、思わず顔を歪ませた。
すると、隣にあったトランクが視界に入り、慌ててお父様を見た。
「あのお父様? こちらにあるトランクが使用人達に用意させたという荷物なのですか?」
「あぁ、アリシアが正式な王太子妃になった今、お前は用済みだからな」
正式な? それに用済み?
「お父様、それはどういう……」
「さぁ、行け。そして、二度と私たち家族に、その醜い顔を見せるな」
「っ!?」
物心ついた時から、目の前にいる男に『家族愛』なんてものを乞わなかった。
だって、お父様にとっての家族は最初からアリシアとお継母様だけだったから。
でもせめて……せめてこの時くらい、父親らしい言葉が欲しいと思うのは私のワガママなのかしら?
冷たい表情のお父様から別れの言葉を告げられ、悔しさで涙が零れそうになる。
すると、屋敷からアリシアが殿下と一緒に出てきて、馬車に乗っている私にとびっきり可愛い笑顔を向けた。
「良かった♪ お義姉さまは田舎貴族に嫁いで、私は大好きなフィリップ様と一緒! これで家族み〜んな幸せ!」
そんなわけあるか――!!
両親や使用人達から溺愛されてワガママに育った義妹の言葉に、心の中で淑女らしからぬ叫び声をあげた。
◇◇◇◇◇
「はぁ……まさか、本当に婚約者を交換するなんて」
リスタット辺境伯領への道中、私は痛む背中を擦りながら深いため息をついた。
両親や使用人達に溺愛されてワガママに育った義妹は、『交換』と称して私が大切にしていたものを容赦なく奪った。
最初は、亡きお母様から頂いたドレスだった。
その頃の私が幼かったということもあり、ドレス奪おうとする義妹に泣きながら抵抗した。
すると、義妹が突然大泣きし、気づいた使用人達が血相を変えて走ってきて、義妹を抱きしめた。
泣き止まないアリシアに、使用人達が私を親の仇のように睨みつけていると、お父様が帰ってきた。
泣きじゃくる義妹を慰め、彼女の言い分だけを聞いたお父様は、私の頬を思いっきり殴った。
『お前はアリシアの姉なんだ! これくらい、譲ってやれ!』
私の言い分を聞かないまま、甘えてくる幼い義妹を抱っこして部屋を出るお父様。
それを見て涙が止まらない私に、冷たい視線を向ける使用人達と、心底楽しそうな顔をするお継母様。
この瞬間、『ここには私の居場所は無いのだ』と悟った。
その日を境に、義妹は私が大切にしていた物を『交換』と言って次々と奪い……ついには、仲良くしていた人達さえも1人残らず奪った。
ちなみに、義妹から交換された物を貰ったことは今まで一度もなかった。
「でも、さすがに婚約者まで奪われるとは思わなかったわ」
私とフィリップ様の間に愛なんて無かった。
それでも、信頼出来る関係でいたかった。
だから私は、義妹と婚約者の近すぎる仲を黙認し、厳しい王子妃教育にも耐えた。
それが、仇になってしまったのだけど。
「そう言えば、殿下だけでなく国王陛下や王妃様も私の地味な顔を嫌い、アリシアの可愛らしい顔が大好きだったわね」
今でも覚えている。
謁見の間で私の顔を見た陛下と王妃様が、とても嫌そうな顔をしていたことを。
そして、王家主催の夜会で初めてアリシアを見た陛下と王妃様が、満面の笑みを浮かべていたことを。
「確か、その時のアリシアのエスコートって、フィリップ殿下だったわね。今思えば、その時から義妹と浮気してたのね。あの面食い殿下」
再び深くため息をついた私は、今までのことを吹っ切るように背筋を伸ばした。
「でも、良いわ。顔だけで人を決めつける家族の中なんて、こっちから願い下げよ」
例えそれが、国で最も尊ぶべき方達だろうと。
それに、見てくれにこだわる王家があまりにもアホすぎて、臣下に皺寄せが来ているっていうのは、貴族の間では有名だったから。
「そうか、だから王子妃教育の中に政についての授業があったのね」
って、今の私には関係ない話ね。
◇◇◇◇◇
「ここが、リスタット辺境伯家」
バリストン侯爵家を出て1週間。
最初に訪れた小さな街で御者に逃げられてから、辻馬車を使っていくつかの街を経由した私は、ようやく辺境伯家の屋敷に辿りついた。
さすが、バリストン侯爵家と同じく建国時から国の忠臣として仕えてきた貴族の家。
門番役の騎士に連れられて敷地内に入った私は、実家の屋敷より一回り大きい、手入れの行き届いた屋敷に目を奪われた。
すると、目の前の重厚な扉が開き、執事らしき紳士が現れた。
「ようこそいらっしゃ……って、おや? お1人ですか? それに、お荷物もトランク1つだけ?」
眉を顰めながら首を傾げる紳士に、私は王子妃教育仕込みの綺麗なカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。私はバリストン侯爵家が長女、カーラ・バリストンと申します。本日は……」
そう言って顔を上げた瞬間、屋敷の奥から飛び出してきた誰かに突然抱きつかれた。
「っ!?」
「アハハッ、本当に来てくれた! ありがとう、愚かな家族! ありがとう、愚かな王家!」
ど、どなた!?
短く切り揃えた黒髪と、ルビーのような紅い瞳に凛々しい顔立ちで、私よりも遥かに身長が高くて体格も大きい。
そんな殿方に抱きつかれ、困惑した私は逞しい腕の中で体を硬直させた。
すると、執事らしき紳士が大袈裟に咳払いをした。
「コホン。フォール坊ちゃま、初恋の方が婚約者として来られて嬉しいのは分かりますが、いきなり抱き着かれたカーラ様の身になってください」
「おっと、失礼。それと、坊ちゃまは止めてくれ」
執事らしき方から注意を受けた殿方は、私から離れるとその場で跪いた。
そして、壊れ物を扱うように私の手をとった。
「初めまして、カーラ・バリストン嬢。私は、リスタット辺境伯子息フォール・リスタット。私は、貴方を未来の妻として迎え入れられたことがこの上なく光栄なことでございます」
そう言って、挨拶も無しに抱きついてきた殿方……リスタット辺境伯子息様は、破壊力抜群の甘い笑みを浮かべると、手の甲に優しく唇を落とした。
◇◇◇◇◇
「えっ!? リスタット辺境伯家って、お母様のご実家だったのですか!?」
リスタット辺境伯家に来て半年、私は今、庭のガゼボでフォール様と2人きりのお茶会をしていた。
リスタット家に来てすぐ、なぜかバリストン侯爵家の事情を知っていたフォール様のご両親や使用人の皆様から温かく迎えられ、私はほぼ初めて貴族令嬢として大切に扱われた。
特に、出会った翌日から私のことを『カーラ』と呼び、私に『フォール』と名前呼びを強要されたフォール様は、プレゼントをたくさん送ったり、仕事が休みの日はデートに誘ったりと、婚約者である私をとことん甘やかした。
そんな彼からの惜しみない愛情を受け、リスタット領で穏やか日々を過ごしているうちに、生家のことを思い出さなくなった。
「そう、実は俺の祖母の娘がカーラのお母上なんだけど……その様子だと、カーラはお母上から何も聞かされなかったんだね」
「はい。お母様からは『父とは政略結婚だった』としか」
思えば、お母様は生前、自分のことやお父様のことをほとんど話さなかった。
恐らく、お母様はお母様なりに私のことを気遣たのかしら。
申し訳なさそうに笑う私に、フォール様が突然寂しげに微笑んだ。
「ということは、俺とここで遊んだことも覚えていないのか……」
「遊んで......私は前に、こちらに伺ったことがあるのですか?」
「うん、半年ほどだったが」
そう言うと、フォール様は綺麗に整えられた庭に目を向けた。
「君のお母上が、療養のために戻ってきた時、当時4歳だった君も一緒に来たんだ」
「4歳……」
お母様が亡くなる1年前ね。
「まだ幼かった君はとても好奇心旺盛で、俺と一緒に庭で遊んだり、俺の読み聞かせを目を輝かせながら聞いていたりしていたんだ」
「そう、だったのですね……」
幼かったとはいえ、フォール様と短い間過ごしていたなんて……
忘れていたことを心の底から申し訳なく思った私は、ゆっくりと頭を俯かせた。
すると、フォール様が愛おしそうに私の頭を撫でた。
「まぁ、そんなカーラだから俺は一目惚れしてしまったんだが……君が王都に戻ってしばらく、君が王命であのクソ殿下の婚約者になったと知った」
「『クソ殿下』って……」
一応、王太子殿下なのですよ。面食いですが。
頭を上げた私から手を離したフォール様は、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「別に構わない。あいつと俺、同い年だから」
「そう、でしたわね」
私より5つ上のフォール様とフィリップ殿下が同い年であることは、殿下の婚約者だった時に知識として知っていた。
「だから、聞いた時はとても後悔した。『あの時、君にプロポーズしておけば良かった』って」
「フォール様……」
私も王命が無かったら、こんな素敵な人の婚約者にもっと早くなれたのかしら?
悲し気な顔をするフォール様に手を伸ばそうとした時、遠くから使用人達の声が聞こえた。
「お客様、こちらに行っては……」
「あ~!! いた~!!」
「っ!?」
聞き覚えのある声に肩を震わせた私は、ゆっくりと声がした方に目を向ける。
そこには、綺麗なピンク色のドレスに身を包んだ義妹が立っていた。
「アリ、シア?」
どうして、ここに?
啞然する私の隣で、フォール様がアリシアに対して敵意をむき出しにしていた。
すると、鬼の形相をした義妹が、ズカズカとガセボに入ってきた。
そして、私に顔を近づけると、しないと思っていたお願いをした。
「お義姉さま! 私と婚約者を交換してください!!」
「っ!?」
どうして? フィリップ様のことを愛していたのではなかったの?
2度目の交換で困惑する私に、顔を離したアリシアが不機嫌そうに腕を組んだ。
「だいたい、王子妃教育があんなに厳しいなんて知っていたら、フィリップ様の婚約者なんてならなかったわ! あぁ、もう! 思い出すだけで不愉快!」
「っ!!」
その瞬間、今まで抑えられていた怒りが私の背中を押した。
「……嫌よ」
「えっ?」
眉を顰めたアリシアに、私は久しぶりに感情を爆発させた。
「『嫌よ』って言ったの!!」
◇◇◇◇◇
「はぁ!? お義姉さまのくせに生意気よ!」
可憐な容姿を裏切る横柄な態度のアリシアが眉を吊り上げるけど、私は一歩も引かなかった。
思えば、この義妹は私から奪ったものはすぐに飽きて捨てていた。
だからこそ、惜しみない愛情と『居場所』と呼べる場所をくれたフォール様を奪われたくない!
険しい顔で互いに睨み合っていると、突然フォール様が私の前に立った。
「フォール、様?」
「大丈夫、俺の婚約者はカーラしかいない」
優しく微笑んだフォール様は、アリシアに不敵な笑みを向けた。
「いや~、初恋の人を婚約者に迎え入れられると思って茶番劇に乗ったのだが……まさか、こんな展開になるとは。これには、君のお父上や国王夫妻もさぞかし驚くだろう」
「「えっ?」」
茶番劇?
アリシアと共に首を傾げた私に、フォール様は壮大な茶番劇を話した。
◇◇◇◇◇
それは、療養のために幼い私とお母様がリスタット領に旅立つ少し前。
社交界でお父様と当時まだ高級娼婦だったお継母さまとのスキャンダルが流れそうになった。
筆頭公爵家の当主であり、国の忠臣であるお父様はスキャンダルが流れるのを避けたかった。
その上、病弱だったお母様が長くないと知っていたお父様は、当時平民だった2人を家族に迎え入れたいと考えていた。
あわよくば、アリシアを未来の国母に据えたいとも思っていたらしい。
そこで、お母様と私がリスタット領にいるうちに、お父様は国王陛下と王妃様に当時3歳のアリシアを非公式に会わせ、2人にスキャンダルを揉み消すよう懇願。
アリシアの天使のような可愛さの瞬く間に虜になった陛下と王妃様は、お父様のスキャンダルを揉み消すと共に、アリシアを未来の国母に据えることを約束した。
その結果、貴族令嬢アリシアが王太子殿下の婚約者になるまでの繋ぎ役として私が選ばれた。
◇◇◇◇◇
「だからあの日、お父様は私のことを『用済み』とおっしゃっていたのね」
バリストン侯爵家を出ていく際に告げられたお父様の言葉を思い出し、悔しさで震える手を強く握る。
すると、フォール様の大きな手が私の手を優しく包み込んだ。
「家の事情で社交界にあまり出られなかったカーラは知らないだろうけど、君の義妹とフィリップの仲は貴族の間では有名だった。だから俺は、王宮で君のお父上とフィリップが、国王陛下に婚約者の交換を懇願した際、了承した上でカーラを俺の婚約者にするよう仕向けたんだ」
「フォール様……」
「結局、俺も君のお父上と同じようなやり方をしてしまった。本当にすまなかった」
「い、いえ! フォール様は何も悪くありません!」
悪いのは、私をアリシアの踏み台にした人達ですから!
必死で首を振る私に、申し訳なさそうな顔をしたフォール様が甘く微笑む。
「ありがとう、カーラ。心優しい君を妻に出来る俺は、世界一の幸せ者だ」
「っ!?」
「さて」
顔を真っ赤にした私から手を放し、再び不敵な笑みを浮かべたフォール様は、愕然とした表情をするアリシアに視線を戻した。
「真実を知っても尚、君はカーラと婚約者を交換するか?」
煽るように問い質したフォール様に、アリシアは動揺しつつも虚勢を張った。
「あ、当たり前でしょ! あんな厳しくて堅苦しいところで暮らすより、こんなド田舎で暮らしたい方がよっぽど楽よ!」
「アリシア! あなたいい加減に……!」
「分かった」
再びこみ上げてきた怒りをアリシアにぶつけようと椅子から立ち上がった瞬間、ポツリと呟いたフォール様が力強く私を抱き寄せた。
「フォ、フォール様!?」
いきなりなにを!?
突然のスキンシップに困惑していると、真顔のフォール様が地を這うような低い声で義妹を脅す。
「ならば、君の父上に伝えろ。『例え王族の覚えがめでたくとも、不貞野郎が溺愛している娘からの要求は、リスタット辺境伯家の者として断固拒否する』と」
◇◇◇◇◇
「フ、フン! 今の言葉、絶対にお父様に言いますからね!」
フォール様の凄みで涙目になったアリシアは、私を睨みつけると足早に立ち去った。
「あの、仮にも王太子殿下の婚約者であるアリシアに、そのような言い方は……」
「構わない。あの義妹のことだ。どうせ、屋敷に戻った頃には、何を言われたか忘れている」
「確かに、そうかもしれませんが……」
アリシアが去った方を不安げに見ていると、フォール様が小さく笑みを零す。
「それに、彼女が王太子の婚約者でいられるのは、あと半年だ」
「えっ?」
あと半年?
「それは一体どういうことですか?」
私が小首を傾げると、フォール様の顔が急に険しいものになった。
「カーラは、俺の祖父が前王弟なのは知っているよな?」
「はい、王子妃教育で習いました」
フォール様のお祖父様である前王弟殿下は、一人娘であった前リスタット辺境伯夫人に一目惚れし、リスタット辺境伯家の婿養子に入る際、王位継承権を放棄した。
だが、当時王太子だった現国王に対して不安を覚えた前国王は、特例として前王弟殿下と前夫人の間に生まれた子どもに王位継承権を与えた。
「半年後、娼婦の子を未来の国母に据えようとした王族に対し、父上を中心とした王侯貴族全員で反乱を起こす」
「っ!? それは、国民を巻き込んだものになるのでは……」
「大丈夫、王族に対してだけだから国民を巻き込むようなことはしない」
再び優しく微笑んだフォール様は、笑みを潜めると真剣な眼差しで私を見つめた。
「現在、王位継承権を持っているのは俺の父上だけ。だが祖父と父上は、反乱が成功した暁には、特例として俺を次期国王に据えるそうだ」
「フォール様が、次期国王陛下?」
「あぁ、『国の未来は、若い者に託す』と。それに、父上の仕事を手伝いで王宮の仕事もある程度しているから、今の王族以上に国のことを分かっているつもりだ」
「そう、だったのですね」
すると、フォール様がその場に跪いて私の手を優しくとった。
「だから、カーラ。俺と結婚して、一緒にこの国を引っ張って欲しい」
「っ!」
領民のために尽くしているフォール様なら、きっとこの国はもっと良くなる。
でしたら……
「はい!」
フォール様からのプロポーズに笑みを零した私は力強く頷いた。
その瞬間、満面の笑みを浮かべたフォール様が、私の体を引き寄せると強く抱き締めた。
「フォ、フォールさ……」
「ありがとう、カーラ! これからもずっと、君を愛し続けると誓う!」
「っ!?」
『カーラ、愛しているわ』
お母様が亡くなってからも、義妹に奪われ続けた私は、誰からも愛されないと思っていた。
でも今は……
「カーラ?」
お母様の最期の言葉を思い出し、フォール様に泣き顔を見られたくなかった私は、彼の大きな体を抱きついた。
「カ、カーラ!?」
動揺するフォール様に笑みを零すと、涙を拭って顔を上げる。
「私も、フォール様のことを愛し続けます!」
フィリップ様にも言わなかったことを口にする私は、耳を真っ赤にしながらも嬉しそうな笑みを浮かべたフォール様と、初めて口づけを交わした。
それから半年後、リスタット辺境伯を中心に全王侯貴族が王族に対して反乱を起こし成功。
元王族と王族を唆して不貞の子を未来の国母に据えようとしたバリストン侯爵家は全員、国内を引きずり回した上で処刑された。
ちなみに、私は王太子殿下の婚約者としてのこれまでの働きが認められ、反乱前にフォール様の計らいでお義母様の生家に養子に入ったため処刑を免れた。
『殿下の婚約者として、社交ばかりしている殿下に代わってたくさんの公務をこなすだけでなく、国王夫妻から丸投げされる仕事もやっておいて良かった』と思いつつ、生家の最後を見届けた私は、お母様のことを思い出して静かに涙を流した。
そこから更に半年後、次期国王と王妃のお披露目式が執り行われた。
「行こう、カーラ」
「はい、フォール様」
大勢の人々が待つ中、ワガママ義妹と婚約者を交換した私は、この世で1番愛している人と共に、明るく幸せな未来への第一歩を踏み出す。
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