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スニーカーを買ったら靴擦れした

作者: 宮野ひの

 スニーカーを買ったら靴擦れした。1万円以上したのに。赤くて厚みがあって、どこまでも歩いていけそうな靴だったのに。


 スニーカーに付いていた値札をハサミで切って、既に複数回履いてしまった後だから返品はできない。

 靴屋で試し履きした時は、違和感がなかった。ドーパミンが出ていて、かかとの窮屈さに気付かなかった。むしろクッション性が合って、足に優しいとすら思っていた。


 店員さんから「今履いているスニーカーで在庫が全部です」と言われた。誰にも取られたくなくて、すぐに買うことを決めた。冷静に考える隙がなかった。


 かかとを軽くこする程度の靴擦れだったら、弱音を吐くことなく、そのまま履いていただろう。だけど、血が滲むような切り傷を作ってしまった。しかも小指の脇も痛い。


 前のスニーカーは履き心地が良かった。しかも、セールで3,000円だった。2年は履いただろうか。期待していなかっただけに嬉しくて、愛着も湧いた。


 何故、倍以上も値段のするスニーカーで靴擦れを起こさなければいけないんだろう。例えば1,000円だったら笑って許せた。やっぱり、安かろう悪かろうだ。良い勉強になったと、会話のネタになったかもしれない。


 私は赤いスニーカーを睨んだ。新品の白い靴紐を見る。まだ汚れもついていなくて綺麗だ。


 この靴はどうすれば良いんだろう。そのまま処分するのは、もったいない。


 私はリビングからハサミを持ってきた。タグを切るために使ったハサミ。もう一度、手に持つことになるとは思わなかった。


 ハサミを開き、靴紐を切る寸前のところで止まる。そのまま力を入れるつもりはない。自分の悔しさと決別するためにしている。


 心臓が速くなる。このまま力を入れたら、ちぎれてしまう。スリルが楽しかった。1分は、そうしていただろうか。


 気が済んだ。私はハサミを地面に置いた。だらんと全身の力を抜き、スニーカーの隣に寝転がる。フローリングの冷たい感触が気持ち良かった。


 肩が凝っていた。足は靴擦れでキリキリと痛む。貼った絆創膏が端から取れかけていた。


 これからもっと暑くなるだろう。夏がやってくる。スニーカーを履いて出かけるのが辛くなり、サンダルを選ぶ機会が増えるだろう。良かった。


 今度新しいスニーカーを買ったら、同じ思いをするだろうか。また、靴擦れしたら嫌だなぁ。こればかりは買って数日履いてみないとわからない。


 私は先ほどスニーカーに刃物を向けた。だから知らないところで恨まれているかもしれない。どうか、次こそは、私にぴったりのスニーカーが手に入りますように。


 調子が良いお願いごとをしながら、スニーカーと反対方向に寝返りを打つ。ああ、スニーカーからは、こんなふうに景色が見えているんだ。ハサミの刃が間近に見える。怖い。風が気持ち良い。このまま玄関で寝るのも良いなぁ。誰も来ませんように。私は目を閉じて、床に頬を押し付けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。  日常の小さな出来事、変化を丁寧に丁寧に描写されていて、主人公に共感出来ました。「スニーカーの視点」とか素敵だと思います。  ありがとうございました。
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