第85話 勝負の行方は
「……仲良く……入場ですか……うぅ」
中庭が見える位置に移動していると、アイス・シードルが青い目に涙を貯めながらこっちを見ていた。
彼女はなんでこんなに情緒不安定なのだろうか。
「気にしないでください。これが終われば、すべてが明らかになりますから」
するとレナセールが俺の手に触れた。
心配しないようにしてくれているのだろう。ほんのちょっとだけ笑顔がぎこちないのは気のせいか?
いや、今そんなことを考える必要ない。
何より大事なのはリティアだ。
アイス・シードルの仕上げてきたもの、それは間違いなく王都最高峰の出来栄えだろう。
それに勝つのは至難の業、いや俺のすべてをぶつけてようやく可能性が出てくる。
だからこそ全力を込めた。リティアのため、ひいては自分のため。
俺は今まで未来を信じて戦ってきた。
だが今回は現在、己のプライドを賭けているといっても過言ではない。
今までしてきたものが間違っていなかったのか。それを証明する。
「ベルク様、来ましたよ」
レナセールの言う通り、リティアがやってきた。
艶やかな黒髪は変わらずだが、驚いたのは、服装だった。
思わず笑みがこぼれ、レナセールからも驚き、微笑んでいた。
茶色のボロボロのローブ。ところどころ破れているものの、見慣れたもの。
それは、レナセールと訓練をしているときに使っていたものだ。
まさか妃候補とあろうものがそれを着てくるとは思わなかった。
そして手には大きな杖を持っていた。
だがその様子に周りで閲覧していた貴族たちが呟く。
「何だ……あれは?」
「……所詮、国家錬金術師ではないものが作ったものか」
「リティア妃も残念だな」
理由は明快だ。杖の先端にはクリスタルなどはついておらず、なおかつ初級魔法使いが持つほどに弱弱しい見た目をしている。
まるで、ただ木の棒のようだ。
だが一人だけまったく違う感想を漏らした女性がいた。
青髪が揺れて、声がこ漏れ出たのだろう。
「……凄い」
その言葉に俺は一人笑み返した。
次に現れたのは、オラクル妃だ。初めて見るが、リティアよりも随分と身長が高い。赤髪のショート、細みでスタイルがよく、宮廷魔法使いのような黒ローブを着こんでいる。
手に持っているのは、俺も見たことがないほど綺麗な模様が描かれた魔法の杖だった。
蒼い半透明、従来の杖よりも細い。だが魔力がひしひしと伝わってくる。
まるで剣だ。先端には六角形の水晶が空中に浮いていた。
最高峰のものだと一目見てわかった。
そして何より、オラクル妃との相性が素晴らしい。寸分の狂いもない魔力調節がされているのだろう。
アイスのことは知っていた。でも、本当の意味で彼女を知った気がした。
試合のルールは非常にわかりやすい。
己のすべてを出し合い、先に気絶したほうの負け。
直後、宮廷魔法使いと思われる一人が現れ空に掌をかざすと、魔法障壁を展開した。
これで魔法が周囲に飛ぶことはない。さらにもう一人、次は怪我をする代わりに魔力が消費される魔法を詠唱した。
王都秘匿の魔法。
といっても――。
『な、なんですかこれ師匠』
『私が編み出した魔法だ。ダメージを受けると魔力が消費される。ゼロになれば気絶するんだ。といっても多少の痛みはあるがな。さあ、訓練の続きをするぞ』
俺は、見たことがあったが。
「……頑張れ、リティア」
彼女はおそろしいほど集中していた。
俺たちのことなんて一切目に入っていないのだろう。
ただ、オラクルだけを見ている。
「アイス、ベルク」
すると、師匠が俺たちの名を呼んだ。
「この対決がどんな形で終焉を迎えようが私が保証する。お前たちの作ったものは素晴らしかった」
思わず心が揺さぶられる。今まで師匠がここまで明言したことはない。
ならばあとは、リティアに任せるのみ。
試合はすぐにはじまった。
一体どんな展開になるのかと思いきや、まさかの出来事が起きた。
オラクルが、とんでもない最上級の魔法を展開し始めたのだ。
そして何よりも驚いたのは『無詠唱』だったことである。
本来はエルフのみ、さらにレナセールのような生粋の魔術師でしかできない芸当だ。
だがアイスはそれを可能にした。今まで世界で一度も見たこともない。『無詠唱』を可能にした『魔法の杖』。
確かにこれは王都最高峰の国家錬金術師に名高い。
思わず拳を強く握りしめる。
心臓が鼓動して、汗が流れた。
杖の先端を起点に、周囲が氷つくほどの冷気が集まってくる。
もはや砲台だ。今リティアは、至近距離で大砲を突きつけられている。
だがリティアは、彼女は静かだった。
ただ杖のを構えて、微動だにしない。
そして氷の大砲が発射されるであろうほんの少し前、リティアの口元が動いた『――魔法無効』
おこがましいが、この試合を例えるならば最強の矛、そして盾かもしれない。
全てを破壊する最上級魔法と、リティアによる最強の盾。
どちらが勝つのか、その答えはこの先にある。
そしてオラクルの氷魔法が勢いよく放たれた。音の障壁を超えて凄まじい轟音が響く。
そしてその魔法攻撃は――。