第84話 師匠の教え
――試験日当日。
俺とレナセールは、遣い馬車に揺られていた。
なんと試験の見学を許されることになったのだ。
これからリティアと初めて会うオラクル妃候補との闘いを見学することができる。
そしてそれが可能になったのは、俺の目の前で足を組み、スリットから太ももが見えている銀髪の師匠のおかげだ。
「緊張しているみたいだなベルク」
「当たり前ですよ。国王陛下様ならびに、妃候補、皇子、国家錬金術師が勢ぞろいするんでしょう。緊張しないほうがおかしいですよ」
「ベルク様、楽しみですね!」
いや隣にいた。師匠なんてまるで近所のコンビニへ行くような雰囲気だ。俺と違って元々この世界の住人だというのに、本当に肝が据わっている。
しかし改めて凄い事が起きているな。
俺はただこの異世界で生きて行ければいいと思っていた。新しく頂いた命、たまに豪勢な食事をできたらいいなぐらいで、後は慎ましく生活できればいいと。
でも師匠と出会い、レナセールと出会い、色んな人たちと関わってきた。
リティア、アイスも。
これはほんの序章かもしれない。これからもっと面白いことが待っているかもしれない。
波乱万丈な人生も、悪くない。
そう思うと、少しだけ緊張がほぐれた。
そういえば――。
「師匠、夜はどこへ行っていたんですか?」
レナセールとリティアの魔法を見てくれた後、リティアと一緒に王城に戻っていた。
何をしていたんだろう。
「アイスに会いに行っていた」
「そうですか。――え? 知り合いなんですか!?」
まさかだった。アイスと師匠が顔見知りだったなんて。
いや、偶然ってのは凄いな。
ん、レナセールがなんだか複雑そうな顔をしている? 気のせいか。
「ああ、それにお前たちだけに手を貸すわけにはいかないからな。悪いなベルク」
「そうだったんですね。いえ、もちろん構いませんよ。むしろ、安心しました」
「安心? なぜだ?」
「……俺から頼んでおいてあれですが、流石にズルをしているのではないかと――ひっ、にゃふにするんでふが」
「調子に乗るなベルク。勝つためには何でもしろ。私の教えを忘れるな」
突然、師匠が俺のほっぺを思い切りつねった。
勝つためにはなんでもしろ。師匠は常に俺に言い聞かせてくれた。
それで少し気が和らいだ。
ほどなくして馬車が歩みを止める。
王城近くの騎士の寄宿舎の近くに演習場があり、そこで対決をするらしい。
もちろん今日のことは秘匿だ。決して誰にも話していけない。
それを知っているからこそ、さらに緊張が走る。
馬車から降りる時そのレナセールが俺の手を引いて、そしてほっぺに優しく手で触れてくれた。
「勝ちましょうベルク様。私たちは、リティア様から依頼を受けました。全力を出すのは当たり前です」
ニコリと微笑んで、いつも全肯定してくれる。
そうだ。俺はリティアを勝たせるために依頼を受けた。
それもすべて、アイス・シードルを倒すため。
地面に降り立つと、デカイ茶色の建物が目の前にそびえたっていた。
騎士と思われる銀甲冑を着こんだ兵士が並んでいて、警備の厳重さを物語っている。
既にリティアは控室で準備をしているらしい。
事前に聞いていた話によると筆記試験などは終わっており、これが最終とのことだ。
入り口から中へ。騎士に先導されながら廊下を歩いていると、演習場が目に入ってくる。てっきりコロセウムのような形だと思っていたが、どちらかというと小さなサッカーコートのようだ。
そして、慎重な面持ちで中庭を眺めていた人がいる。背筋がピンと伸びた青髪。
国家錬金術師の黒ローブを着こんでおり、遠くから見ても恐ろしいほどスタイルが良いとわかる。
――王都最高峰と呼ばれ、間違いなく歴史に名を残すと言われている、国家錬金術師アイス・シードル。
「レナセール」
「はい!」
「何があっても俺たちはリティアを見届けよう。試験が、終わるその瞬間までだ」
「――もちろんです」
さあ、試合の鐘はもうすぐだ。