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第83話 完成

 アイス事件(俺が勝手にそう呼んでいる)から数日が経過した。


 ちなみに忘れていたことはちゃんと思い出した。とはいえまだ理由はわかっていない。なぜなら、聞いていないからだ。

 レナセールから教えてもらうことはできるが、当人の口から聞くのが筋だと思っている。


 あれだけ号泣していたのだ。よっぽどの事情があるに違いない。

 しかしレナセールは少し複雑そうだった。


 特に、師匠はどうしているだろうな、とか。アイスは師匠の知り合いなのかな。というと、何とも言えない気まずそうな顔をする。


 一体何があったのか、聞きたいが勝利のご褒美が増えたと思えば悪くない……よな?



「レナセールさん、もう一度お願いできますか?」

「……はい。でも、大丈夫でしょうか」

「問題ございません。まだまだ、やれます」


 そして肝心の魔法無効(マジックキャンセル)だが……思いのほか苦労していた。


 家の中庭、金髪を揺らしながら右手をかざすレナセールと、汗で少しべたついた黒髪、妃候補とは思えないボロボロに汚れた白服のリティア。

 二人は向かい合っていた。俺が作った防御(シールド)を展開する魔法具の中、白いドームボールの中心で、レナセールが魔法を放つ。

 空気中に漂う水分と魔力が結合し、水鉄砲を殺人レベルまで強化したような勢いで発射された。


 リティアは目を背けることなく両手をかざし、魔法を詠唱する。

 指には、自前の魔法指輪を装着している。


「――(ことわり)を拒絶せよ、魔法無効(アンチマジック)


 手に無属性の白いモヤのようなものが展開されていく。レナセールの水魔法が直撃すると、まるでブラックホールみたいに消えてい く。

 が、残った一部がリティアの腹部に直撃した。


 鈍い悲鳴を上げてその場で倒れこみ、膝をつく。


「リティア様!」

「――こないで。大丈夫……だから、次は、炎でお願いします」


 魔法の杖はあくまでも媒体、強化するものだ。

 この短期間で今までにない魔法の術式を新たに構築し、更に実践レベルにまで引きあげる。


 もちろんわかっていた。だが、壮絶な訓練だった。


 リティアは本気だ。俺は、それに応える。


 見ないふりをするのではなく、しっかりと見る。


 そしてふたたび、工房室にこもった。


 夕方になり食事の用意を代わりにしようとしていた。


 すると、サーチが玄関でにゃああと鳴いた。


 郵便配達? チェコ? アイスか?


 サーチは一度顔を合わせ、さらに俺が敵対していない相手にだけ懐くようなそぶりをしてくれる。


 初対面ならまず警戒だ。


「私だ」


 そして聞きなれた声で気づく。女性らしさを残しながらも少し低い、そして頼りになる声だ。


「めずらしいな。お前が、私を頼るなんて」

「ありがとうございます。来てくださり、嬉しいです」


 銀髪で妖艶な雰囲気。

 目鼻立ちはレナセールに負けず劣らず整っており、身長はモデルのように高い。

 胸囲はもう、とんでもない大きさをしている。

 服は、漆黒の魔法使いのローブ、ふともものスリットがセクシーだ。


 そう、レベッカ・ガーデン。


 世界最強の錬金術師であり魔法使いであり、ほぼ勇者みたいな実績がある天才である。


 俺は、師匠に手紙を送っていた。事情を説明し、お手伝いして頂けると嬉しいと。

 もちろん期待はしていなかった。甘えるな、と一喝される可能性は多いにあった。


 嬉しかった。


 そこにレナセールが駆け寄ってくる。魔力の連続消費で彼女も疲れているのか、顔色が少し悪かった。


「レベッカさん!? どうして!?」

「打ち上げぶりだな。弟子に頼まれたんだ。それより手紙をいつもありがとう」

「いえ!? 些細なことばかりですみません」

「いや、嬉しいよ。愛弟子(ベルク)は口下手だからな」


 二人はいつも手紙を送りあっている。たまに見せてくれないので拗ねるときがあるが、仲睦まじい事が嬉しい。

 そこに、ボロボロのリティアがやってきた。汗だくで、頬も汚れている。


「こ、こんばんは! 私はリティア・オーラルです。第三皇子の妃候補として、今回、ベルクさん、レナセールさんにご協力をお願いしております。レベッカ・ガーデン様とお会いできて光栄でございます」


 しかしリティアはしっかりと気品のある態度で師匠に挨拶をした。

 まるで、一瞬ここが舞踏会に思えたほどだ。


 凄いさすがリティア。


 というか、妃候補に挨拶される我が師匠も凄いが。


「こちらこそお目にかかれて光栄だよ。レナセールはともかく、ベルクが迷惑をかけていないか?」

「とんでもございません。大変よくして頂いております」

「こちらこそありがとう。改めてよろしく。レベッカ・ガーデンだ」


 あらためると凄い光景だな――んぐっ!?


 すると、師匠が俺の胸ぐらをつかんだ。


「ベルク、妃候補をここまでボロボロにしていいと思っているのか?」

「え、いや、で、でもこれは訓練で――」

「治癒魔法具に身体を清潔にする魔法具を作れば済む話だ。確かに身体でわかることもある。だが提案すらしていないだろう。思考を停止するな」


 おっしゃる通りでございます、と言おうとしたところで、師匠がサッとリティアの髪を撫でると、まるでシャンプー&リンスをしっかりしたかのような艶やかに戻った。


「乙女は、綺麗でいなくてはな。さて、残り数日、私が厳しいのは知っているか?」

「はい! 重々承知しております」


 何とも心強い。

 これなら間に合うだろう。


 ついでに魔法の杖も、見てくれたりするのかな。


「ベルク、甘えるな。お前は、お前の仕事をしろ。私が見るのは二人のことだけだ」

「はい」


 さすが師匠、何もかも見抜かれている。


 だがこれで自分の仕事に集中できる。

 

 だがこれで全力を出せる。




 そして、それから数日。俺は工房にこもった。

 

 食事はレナセールが持ってきてくれた。睡眠は工房で取った。


 錬成して試験を繰り返し、能力では補いきれない、今までの知識もフルに使った。


 

 そして俺は。



 ついに魔法の杖を完成させた。

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