第80話 ベルク、初めてのお持ち帰り
異世界に転生してきてから色々なことがあった。
ドラゴンに襲われたり、師匠と出会ったり、錬金術師になったり、レナセールと出会ったり。
そんなとき、様々な感情があふれてきた。
恐怖、怒り、悲しみ、喜び。
もちろんこの感情も今まで味わったことがある。
だが過去を対としても圧倒的に突き抜けていた。
「うぅ……なんで……なんで私にも……一言くれたら……一人でポテト食べてた私の辛さ、わかるのおおぉっおおっっ!」
――困惑である。
な、なに!? 一体どういうことだ!? なぜ、なぜ彼女、いやアイス・シードルは俺の胸で泣いているんだ!?
打ち上げ!? ポテトフライ!?
な、なにを言っているんだ!? マジでほんと何の話!?
「ベルク……さま……」
すると隣にいたレナセールが見たこともない疑いの目で俺を見ていた。
もしかして何か誤解していないか!?
浮気みたいな雰囲気が出てるぞ!?
「うぅ……私も……呼んでくれれば、私も……ぉっぉ」
「な、何の話だおちつ――」
「うぅぁっあぁっぁっ……わたしが……好きだったのにぃ……!!!!」
そして最後の一言はとんでもないほど声が大きかった。
今この場所はただの街の往来じゃない。
富裕層が集う、貴族だらけの場所だ。
見たこともない俺でさえ圧倒的な雰囲気を誇っていた、アイス・シードル。
その彼女が、なぜか俺の胸をとんとんと叩いて泣きじゃくっているのだ。
さらにはレナセールが演技は女優ばりに手を口で押えて目に涙をとらえている。
これはどうみても二股。どうみなくても二股。
そして俺は間違いなく悪い男だ。
「お、おいアイス様が……好きだといいながら泣いてるぞ」
「な、なにがあったんだ……あんなアイス様、初めて見たぞ。あいつ、すげえな」
「……な、泣いてる……よくみると隣の小さい子も錬金術師じゃないか? すげえなあの男」
貴族たちが足を止めて、俺たちを見ている。
「ち、違う。レナセール、聞いてくれ俺は何もしていない!?」
「ベルク様、ベルク様……私はいいんです。大丈夫です。ただの元、奴隷ですから……奴隷、奴隷です。奴隷なんですよ。私は、所詮。私は。知らない事なんて。ありますから。ねえ、ありますよね。言う必要もないですし、ねえ」
マズい、レナセールのスイッチが入ってしまった。
明らかに目が病んでいる。声も棒読み、ぶつぶつ言い始めた。
「な、あな君! アイス、アイスだよな!? 誰かと勘違いしてるよなあ!?」
「うぁっぁっあ……すき、大好きなのに、私のほうがぁっ……ベルク・アルフォンよりぃ……」
「うわああああああああん、ベルクさまああああ、私好きです。あなたが好きなんです。だからぁあっ! ベルクさまああっ」
そこでレナセールもなぜか感情が抑えきれなくなったのか俺に抱き着いてきた。
同じく号泣している。いやせめて君は落ち着いてくれ!?
「と、とりあえず移動しよう!」
「うぅっ……好きだったのにぃ」
「私も好きです。ベルク様ぁっ! 私は、私はあっ!」
おそらくレナセールがこんなに感情を高ぶらせているのは、アイスが国家錬金術師だからだろう。
彼女はいつも俺の顔を立ててくれているし、必要以上にわがままを言わない。
何を勘違いしているのかはわからないが、何も言えないことで困惑してしまったんだ。
俺は二人の手を掴み歩き始める。
周りからとんでもない声が聞こえている。
あいつ、すげえ。あいつ、男の鏡だ。
かっこいい。モテモテだな。二人いっぺんに? など。
二人は涙を流し、好き、好きなのにぃと言っている。
ここまできたらやることは一つしかない。
「……と、とりあえず家に帰るぞ」
いち早く我が家に帰ることだ。
こんなところで女性二人に泣かれていては言い訳も何もできない。
レナセールはもちろん、こんなに感情の高ぶったアイスを置いておくことはできない。
これがもしアイスの精神攻撃なら作戦は大成功だ。
俺はダメージを受けすぎている。
道中、誰かが通るたびひそひそと言っている。
しかし俺は考えるのをやめた。
そして人生で初めて、女性を二人をお持ち帰りした。