第72話 葛藤
「せいやーらっららら! ハァッ!!!」
「「「ハァッッ!」」」
優雅なBGM、もとい王騎士兵候補の掛け声で目を覚ます。
天蓋付きのベッド。俺の横には、ネグリジェ姿の麗しいレナセールが――いなかった。
「おはようございますベルク様。よくお眠りになられましたか?」
「おはよう。相変わらず早起きだな。ゆっくりしてくれればよかったのに」
「私はあなた様の寝顔を見ているのが好きなんですよ」
ネグリジェ姿ではあるが、椅子に座って窓を眺めていた。
彼女は俺が危険な目に遭わないようにいつ何時、何が合ってもいいように早起きをしている。
これが家なら卵焼きが出てくることだろう。
ここは王城からほど近い宿舎だ。
客人用だが、王城なので豪華絢爛。
壁にはゴッホみたいな絵が描かれているし、絨毯は網目模様が細かい細かい。
もちろんベッドの寝心地も最高だった。
ほどなくして朝食が運ばれてきた。
まるでルームサービス。
別室で取ることもできたが、二人きりのほうが落ち着くと伝えたら部屋で用意しますと言ってくれた。
並べられた朝食はふわふわのパン、それも五種類はある。
クロワッサンにもちもちのパン、バターも二種類、飲み物は牛乳に新鮮な水、リンゴ、オレンジジュース。
王都ではまず見られない新鮮なハムに卵、これは……キャビアじゃないか?
「まるで王族に生まれたみたいだな」
「凄すぎますね。どれから食べていいのか困ってしまいます」
「そういいながらものすごく笑顔だぞ」
「えへへ、バレちゃいましたか」
美味しい食事に舌つづみをうつ。
そして昨日の事を考えていた。
『ベルク・アルフォンさん、私のために魔法の杖を作ってくださらないでしょうか』
『……どういうことですか?』
『……大変失礼しました。少し焦りすぎていましたね。順を追ってお話いたします。王都には、私を含めた妃候補が五人いることはご存じでしょうか?』
『はい。といっても申し訳ございませんが政治には疎くてそのことぐらいしか……』
『お気になさらないでください。これからお話することはあまり複雑ではありませんので』
王都には国王を除き、第五皇子まで存在している。もちろん妃も五人いて、誰が国王となり王妃となるのかは俺たち国民にはわからない。リティアは聡明そうだし人柄もよさそうだがかなり若い。
ほかはもう少し上だったはずだ。
『妃候補には王城で行われる試験があるのです。それ自体は国民も知っていますが、試験には、それぞれ持参した武器を使うことになります。その私の武器をベルクさんに作っていただきたいのです』
『私に……ですか?』
『はい。王都剣術大会の試合、拝見させていただきました。とても素晴らしい剣技と武器。冒険者ギルドを通じて人柄も知っています。レナセールさんとともに是非お願いできませんでしょうか?』
なるほど、そういうことだったのか。
だが変だな。王都には国家錬金術師がいるはずだ。
そんな俺の表情に気づいたのか、リティアが声をあげた。
『不思議、ということでしょうね。国家錬金術師がいるはずだ、と思いましたか?』
たった少し返答に困っただけで気づくとはかなり聡明だな。
下手に嘘はつかないほうがいいだろう。
『……そうですね。実際、武器に関しては素人です。刀を作るのには苦労しましたし、時間もかかりました。試験の内容はわかりかねますが、こと武器においては国家錬金術師と比べるまでもないかと』
ちらりとレナセールに視線を向ける。彼女は静かに聞いていた。
余計な口を挟まないのは俺の顔を立てているのだろう。
だが意見を聞きたいことはしっかりと答えてくれる。
『……ここからは大変私事で申し訳ございませんが、私には国家錬金術師を動かすだけの力がないんです』
『力というと……』
『言葉のままでございます。私は妃候補の中でも歳が若く、まだこの王都に来てから日が浅いこともあり発言力も持ち合わせておりません』
まさかここまではっきり言われるとは思わなかった。
手紙には頼み事があるとしか書いてなかった。もしかすると何かあったときのために書かなかったのだろうか。
ただ簡単に引き受けられるような内容じゃない。
するとレナセールが何か話したがっていた。俺はリティアに許可を取る。
『一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。』
『はい』
『リティア様のご事情はわかりました。ですが、ベルク様が引き受けることになると他の国家錬金術師から疎まれることはないのでしょうか』
レナセールの歯に者着せぬ物言いに騎士が少し怪訝な表情をした。
だが俺が一番驚いていた。まさか、妃候補にそんなことをいうとは。
いや……違う。彼女はあえてここまで強く言ってくれたのだ。
実際、拒否をするにはかなり勇気がいる。
俺では聞けないことを聞いてくれたのだろう。
リティアは、表情を曇らせた。