第70話 ベルクのおこづかい万歳。
王都に帰国。俺たちはまたいつもの日常に戻っていた。
ポーションや状態異常をギルドに卸して、日々の幸せを楽しむ。
チェコにはお土産を沢山渡した。サーチを見てもらっていたが、やっぱり不思議な猫だったらしく人語を理解しているかもしれないとのことだ。
解剖できたらいいんだけど、さすがにねえと一言を漏らしていて、ちょっとだけ怖かった。とはいえサーチは凄く懐いていて、玄関では肩に乗って出てきた。
彼女には天性の人たらしというか、好かれる才能がある。
リーリとラーラ、ゼニスさんには大変お世話になった。
食事から何まで。帰りは馬車の手配、船は一級部屋まで用意していただいた。
おかげで豪華な船旅だった。思い出は何よりも得難い。
いつもの扉を開けて、レナセールが姿を現す。
季節は秋頃だろうか。心地よくて、肌着が薄いので白い肌が見えている。
っと、真面目モード真面目モード。
「ベルク様、ポーションの卸しが終わりましたよ。それに今月分は凄かったです! なんと純利益が100万ゴールドですよ!」
「凄いな……いや、ありがとう。これなら『聖水』で無くなった貯蓄もすぐ賄えそうだ」
「もっと喜びましょうよ! というか、もっと自分の好きなものにお金を使ってもいいんじゃないんですか?」
「うーん、そうはいってもなあ……」
自分の『好き』を言語化するのは難しい。
以前は大人の営みに使っていることもあったが、これは却下だし行けないし行かない。
ゲームは好きだったが売ってないし、アニメもない。
そういえば本はあるか。
「何かファンタジーな物語でも見たいな」
「ファンタジーですか? どんなものです?」
レナセールには時々日本語を教えている。そのため、俺がよく使う単語は覚えていた。
「竜と戦ったり、剣と魔法みたいな」
「それってただの日常の話じゃないですか?」
そういわれて押し黙る。う、確かにそうだ。
とはいえ竜は非日常だろう。いやでも、師匠は竜殺しの異名を持っていたような。
考えてみたが趣味というものがこの世界においては存在していない。
錬金術は楽しいが仕事みたいなものだ。
うーん……。
「一般的にみんなは何にお金を使っているんだ?」
「そうですねえ。まずはお食事ですね。後は武器、魔導書、お花、信心深い人はお布施、も趣味に入るみたいですが」
「武器は作れるし、魔導書は読むのがなあ……」
この世界で後天的に魔法を覚えたい場合は、魔導書を読むというのが一般的だ。
レナセールのような感覚はむしろレアケースで、チェコも幼い頃から英才教育を受けているはず。
一度見てみたが、小学生が大学の教科書を見るようなものでとてもすぐに理解できるものじゃない。
だからこそ感覚でいきたいが、それもまた才能がいる。
考えれば考えるほど何にお金を使えばいいのかわからないな。
「でもベルク様、私にはおこづかいをくれて、使うと喜んでくださるじゃないですか。私だって、たまには見たいんです」
「う、うーん。その気持ちはわかるが……よし、そうだな。わかった。使うぞ!」
「おお! それで、何をですか!?」
「いや、それはまだ決まってないが」
大体のものは作れてしまうのも考えものだ。
レナセールの親友、エリニカはオペラの観劇が好きだったか。それはおもしろそうだが――うーん。
そのとき、レナセールを見ていたハッと頭に浮かぶ。
だがさっと雑念を振り払う。しかしそれに気づいたのか、彼女がにじみよってくる。
「あ、今絶対に何か浮かびましたね」
「な、何の話だ」
「わかります。一緒に暮らしてるんですから。わかります」
「きょ、今日は何だかいつもより強引だな」
するとレナセールは怒ったような表情をふっと解いて悲し気な表情を浮かべる。
「私は幸せなんです。ベルク様といて、すごく幸せです。ですから、ベルク様にも幸せになってもらいたいんです」
ほんと、いつも俺のことばかりで頭が上がらない。
「……わかった。い、いちおう」
「はい、一応?」
「趣味ではないが、欲しいものはちらりと浮かんだ」
「おお! なんですか!?」
「……引かないでくれよ?」
「はい! もちろんです!」
その数日後、俺はそわそわしながら寝室にいた。
するとレナセールが扉をコンコンとノックする。
「どうですか? ベルク様!」
彼女は、踊り子の衣装に身を包んでいた。
おへそがみえていて、肌の露出が激しい。
「か、かわいい……」
「えへへ、そういってもらえて嬉しいです。ほかにも着替えますか?」
「あ、いや、今日はこれで――」
「じゃあ今日は、こちらでご奉仕しますね」
そういうと彼女は俺を軽くベットに押し倒すと、ぎゅっと抱きしめてきた。
『す、すいません』
『はい! お洋服のお探しですか?』
『この修道服って、一般でも使っていいですか?』
『はい?』
「んっ、ベルク様、気持ちいいですぁっぅ」
趣味ではないが、俺の好きなものはレナセールだ。
彼女の色々な姿を見たいと思うは男として当然のこと。
ということで、様々な衣装を買ってきた。
今日は踊り子。
翌日は清楚な修道服、翌々日はメイド服だった。
「えへへ、私も楽しいです! 毎日、幸せです!」
おこづかいはいいものだ。
当分俺のゴールドは、夜の衣装代に消えるかもしれない。