第69話 聖水と血のキス
異世界に転生してきてから俺は多くのものを見てきた。
だが人は慣れる。3メートルの魔物を見ても驚きはしないだろう。
しかしそれでも、この熱気にあてられ、童心のようにワクワクしていた。
「これは魔族が使用していたとれるこの『悪魔杖』です! まずは50万ゴールドからスタート!」
会場は映画館のようだった。座席が等間隔に並んで、階段上で舞台が見やすくなっている。
中心にいる執事福をきた司会者が大きな声をあげ――おそらく魔法を媒体に声を響かせていた。
「買いましょう。リーリ」
「前に同じようなものありませんでした? ラーラ」
「覚えていませんわ」
「そうですか。でしたらゼニス」
「え? は、はい」
するとゼニスさんが指を一本。これはその金額でと言う意味だ。
二本で倍。三本で三倍。
反対の指で細かく金額を指定する。
といっても貴族には見栄があるので、よっぽどでなければ細かい金額は出ないという。
「ゼニス、欲しいですわ」
「は、はい!」
大変なゼニスさん。
そして300万ゴールドで競り落としていた。凄い。
しかし金額、半端ないな……。
「別の世界ですね……ベルク様」
「だな。錬金術師として新しいものに興味はあるがなかなか手は出せなさそうだ」
レナセールも俺と同じことを感じていたらしく冷や汗をかいていた。
「しかし何というか近代的だな」
「近代的? それはどういう意味でしょうか?」
「文明が発達していて、驚いているという意味だな」
椅子には鉄がかなり使われている。
王都が一番なのは軍事力がという意味らしい。
むしろ小国や中国は経済の発展に力を入れているのだろうか。
「あら、あの壺よさそうよリーリ」
「蟲毒の魔法、確かに楽しそうねラーラ」
「そろそろやめておきませんか?」
そういえば入口でリーリとラーラを見かけた貴族が何やら恐れていたがこういうことか。
ほしいものが買えないのは困るだろうな。
「ベルクさん、そろそろですよ」
「ああ、そうか。ありがとうリーリ」
「何人か目利きも交じっているみたいです」
二人が目線を配らせて教えてくれた右後方には少し堅気ではなさそうな連中がいた。
ここからが本番だ。戦うよりも緊張するな。
「それでは次は目玉の神秘なる泉、エルフの樹から絞り出したとされる『聖水』でございます! まずは10万ゴールドからスタート!」
当然だが、S級ポーションのレシピを知っている人物は限られる。
俺は能力のおかげで浮かぶが、一般人からすれば入手するにも多額の費用がかかるだろう。
レシピ売りとして生計を立てることも考えたことはあるが、それはそれで危険らしいのでやめておいた。
これも、我が師匠、レベッカ・ガーデンからの受け売りだが。
すると先ほどリーリから教えてもらった貴族が指を立てた。
続く15秒で誰も上げなければ落札。
だがもちろん――。
「はい! 18番、ベルク様 100万ゴールドですか!? なんと、凄い!」
俺は、すかさずに指を五本あげた。
これは10倍という意味だ。
事前にリーリとラーラから本当に欲しいものは吊り上げろと言われていた。
刻むことは相手を興奮させてしまうらしく、戦意喪失を狙えと。
そして嬉しい誤算もあった。
それは聖水の量が想像よりも多かったことだ。普通なら一杯しか作れないだろうが、ポーション作りに慣れてきた俺なら三つは作れるだろう。
作り上げれば一つ3000万のポーションだ。とんでもないお釣りが来る。
周りも嬉しそうに声を上げた。素材は地味な刻みが多いらしく、ここまで一気に上がることはないからだ。
事前に聞いていたので、なんとか保てている。
「……ちっ、なら二倍だ」
すると次は二本、倍だ。
だが、予想していなかったわけじゃない。
俺はすかさず三本あげ、金額は600万ゴールドに跳ね上がった。
『おお、なんと600万ゴールドです! さあ、どうですか!?』
「凄いな彼」
「初めて見るな。誰だ?」
「リーリ様とラーラ様の知り合いか?」
周りも興奮気味だ。
だが俺は少し焦っていた。
金額はギリギリだ。剣術大会の賞金、貯蓄を合わせるとこれ以上出すと後が大変になる。
さあ、どうなる――。
「……ち」
最後にしたうちが聞こえ、見事俺は落札した。
カンカンと鐘が響き、ふうと息をはく。
するとすかさず、レナセールがハンカチで額の汗をふいてくれた。
小声で、声をかけてくれる。
「お疲れ様でした。恰好良かったですよ」
「慣れないものは大変だな。剣術大会のほうが、まだ楽だったよ」
「ドキドキしましたよね」
「ああでも、これで大きな一歩だな」
残りの素材の情報はまだだが、これで一安心だな。
「1000万ゴールド落札、リーリ様とラーラ様!」
まあ最後、とんでもない二人もいたわけだが。
「今日はいい買い物でしたわねリーリ」
「ええ、ベルクさんもお疲れ様でした」
「こちらこそありがとう。帰りは、少し夜風にあたりながら街を散策してくるよ」
帰り道、俺は馬車を断った。
もちろん聖水はゼニスさんに渡したので奪われたりなんかしない。
レナセールを首を傾げて、俺を見る。
「何か忘れ物ですか?」
「甘いものでも食べに行こう。二人でゆっくりな」
旅行といっても二人きりになることが少なかった。
レナセールにはいつも迷惑をかけてばかりだ。
「そんな、私にお気遣いなさらずとも」
「俺がそうしたいんだ。いいだろう」
「……はい」
レナセールの手を取り、そして二人で街に繰り出そうと――。
「少しだけ、お待ちを」
すると曲がり角、レナセールは突然に走り出した。
次の瞬間、短刀を取り出す。
一体なにかと思いきや飛び出してきた腕を回避し、そのまま切り付ける。
「ぐぁっあっああ」
「――聖水は持っていませんよ。残念ですね。これ以上やるなら命を落とすことになりますが、どうしますか?」
「ひ、ひひいいい」
腕を抑え、血をぽたぽた足らせながら男たちが去っていく。
何とのことかと思い振り返ったレナセールが歩いてきて、頬に血を付けながら笑みを浮かべる。
「い、今のは?」
「オークション終わりの盗人狙いか、貴族の差し金でしょう。でも大丈夫ですよ。もう気配はありませんから」
最後の最後まで気を抜かないレナセール。
やっぱり彼女は俺にとって必要不可欠な存在だ。
色んな意味でな。
「ベルク様」
「――ああ」
そして俺たちは口づけを交わした。
これで旅行は終わりだ。明日の朝には出発。
いい刺激になったが、お金はなくなった。王都に戻り次第、新しいアイテムでも作ろう。
そろそろ現代知識をもっと活用してもいい頃だな。
「えへへ、大好きです」
最終日のキスは、ほんのりと血の味がした。