第68話 初めてのオークション会場と赤いハンカチ
ピッチリとしたスーツに着替えて、姿見の前に立っていた。
久しぶりにカッチリとした装いだ。いつも錬金をしているときは、汚れてもいいような軽装だからな。
ここまで綺麗なのは、チェコが誘ってくれた錬金術での集まり以来だろう。
とはいえあの時は自前だったので、それより遥かに質のいいものだが。
――コンコンコン。
扉のノック音。丁寧な所作で入室してきたのは、純白のドレスを着たレナセールだった。
気品のある黒い手袋も着けている。
髪を樋でといでもらったのか、いつもより艶やかな金で輝いていた。
「月並みだが、綺麗だな」
「えへへ、ありあとうございます。ベルク様もかっこいいですね! いつもの二倍、いえ三倍です!」
ここまできっちりしているのには当然理由がある。
今夜は、目玉のオークション会場へ向かう。それも大事な、錬金術の素材を競り落とすためにだ。
元々二人で行く予定だったが、リーリとラーラが一緒に着いてきてくれることになった。
そして、頼りになるゼニスさんも。
俺たちとしては嬉しい限りだ。貴族ばかりいる場所に、二人で乗り込むなんて恐れ多い。
だが心配もある。
貴族でなければ入れないわけじゃないが、粗相があっては二人に迷惑をかけてしまう。
俺と違ってレナセールに問題はないだろうが。
以前、聞いた事がある。どうしてそこまで立ち振る舞いが綺麗なのだと。
そのとき、これも必要な作法だった、と教えてくれた。
おそらく、昔の仕事関係だと思うが。
「立派な錬金術師様ですね!」
「はは、ありがとう。レナセール、君は本当に美しいよ」
気づけば歩み寄り、頬を撫でていた。
心から愛らしい。すると彼女は、少しだけ背伸びをして唇を近づけてくる。
リップのようなものを塗ったのらしく、いつもより赤身を帯びていた。
俺もゆっくりと近づき――。
「出かける前の接吻なんて素敵ね。リーリ」
「そうですね。私たちの存在に気づいていないみたいですが。ラーラ」
突然、同じ抑揚のない声がして慌ててレナセールを引き離す。
すぐ横、そこにいたのは瓜二つの双子だった。
そして一歩後ろにはゼニスさんの姿も。
彼は、「……すみません」とため息をついていたが。
「さ、さあ行こうか! オークションは楽しみだな!」
「……はい」
しゅんととするレナセール。悪いことをしたわけじゃないが、タイミングが悪かった。
「後でな」と耳打ちをすると、「本当ですか!?」と耳をぴょんと立てる。
「いっぱい、いっぱい、いっぱいしましょうね」
ちょっと、いっぱいが多い気がする。
◇
オークション会場は、街の中心部の大きな建物だ。
普段からイベンドに使われているらしい。
ちなみに素材は一部の錬金術師たちが喜ぶだけで、商品としてむしろ色物扱いらしい。
まあ、それだけで何かに使えるわけじゃないので当たり前だろう。
人気なものはこの国では買えない、名のある錬金術師が作ったものだそうだ。
聞けば扇風機に似ているものや、熱魔法を利用したドライヤーのようなもの。
俺が作ったエアコンもどきもがあればいい金額になったかもしれないな。
「どうぞ。到着しました」
執事さんにドアを開けてもらって馬車を降りる。
リーリとラーラは別の馬車なので、俺とレナセールだけしか乗っていなかった。
馬車を降りると夜風が気持ちよかった。
レナセールの手を引く。
靴までそろえてくれたので、いつもは履かないヒールを彼女は履いている。
これはいただけるそうだ。
申し訳半分、嬉しい半分。
「凄いですねえベルク様」
「ああ、想像以上だな」
眼前にはとてつもなくデカイ建物がそびえていた。ビルと違って縦長ではないが、横長で窓がたくさんついている。
王都ではあまり中心部にはこういったものはない。
入口へ目を向けると、高貴そうな貴族が堂々と入っていく。
これは、二人だと完全に浮いていたかもしれないな。
「さて、みなさん行きましょうか。リーリ、目上の人の挨拶はよろしくね」
「あら、ゼニスにお任せしましょう。ラーラ」
「それは無茶です」
相変わらず大変そうなゼニスさん。
そのときレナセールは静かに俺の腕を掴んだ。
貴族のことを見様見真似で確認しながらで、とても愛らしい。
身長は少し足りないが、それでも背筋がぴんと伸びている。
「ベルク様、こちらを」
するとゼニスさんが白ハンカチを手渡してくれた。
そうか。ポケットに入れるやつか。
紳士のたしなみとして、だな。
だがよくみると俺の唇を見つめていた。
疑問を抱いたあと、はっと気づく。
少し恥ずかしくなりながらフキフキすると、赤い口紅がついていた。
ゼニスさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。