第57話 酒場だよ! 全員集合!
「本当にここで合ってるよな?」
「はい。名前も間違いありません。住所もピッタリです」
夕方になって、俺とレナセールは集合場所に来ていた。
王都は広い。それこそ、まだ細部まで知らないほどに。
指定されたストリートは、貴族御用達の所ではなかった。
どちらかというと大衆向けで、既に路上は人でガヤガヤしており、酒飲みで溢れている。
目の前には店がそびえたっていた。
かなり大きいが、『激安居酒屋ァ!』という文言が、異世界語で書いてある。
今日のメンバーは、貴族二人、伝説の宮廷魔術師、魔族、主席、一応付け足すと剣術大会優勝の俺と、過去最高の点数(オール満点)で錬金術師に合格したレナセールだ。
なのに、ここでいいのだろうか。決めたのは、チェコだが。
「まだ時間も先ですし、中で待っていますか? チェコさんが、席を予約していると言っていましたが」
「そうだな。つきだしでも食べて待ってるか」
「突き出し? 何か突き出されるんですか?」
そういえばこの世界にそういう文化はなかったな。
しかし、眉をひそめたレナセールはおもしろい。
「こういった場所では定番なんだ。ちゃんと備えるんだぞ」
「わ、わかりました。サッと避ければいいですか?」
ああ、と伝えると、レナセールは根が真面目なので、ちょっとだけ顔を動かしていた。可愛い。
店内は一階と二階があり、すべて木で作られていた。吹き抜けになっているらしく、上まで見渡せる。
既に客でいっぱいだった。よく見ると、壁にはハッピーアワーなるものが書かれている。
なるほど、そういったものもあるのか。
とはいえ予約レナセールが既に店員に声をかけており、一階の奥の席に案内された。
広々とした席、待ち合わせの30分前なので、まだ誰も来ていない。
席に座って、飲み物を聞かれたので、まずはお茶を頼んだ。
酒は、みんなが来てからでいいだろう。
「でよォ、それで剣術大会に優勝したのが、なんと錬金術師ってわけ!」
「相手、魔族だったんだろ? やらせじゃねえのか?」
「いや、俺は間近で見てたけど、マジでやばかったぜ」
すると、隣の屈強そうな男たちが、どこかで聞いたことがあるような話をしていた。
それを聞いていたレナセールが、ふふふと笑う。
「王都を歩いてたら、ベルク様のお話をよく耳にしますよ」
「そうか。といっても、思ってたより声はかけられたりしないがな」
「剣術大会の闘技場は遠いですもんね。でも、名前はしっかりご記憶されていると思いますよ」
「だといいがな」
双眼鏡もなければカメラや動画サイトもない。
確かに名前は広まっているが、顔がわからない。もっと広がると思ったが、現実ではそうじゃなかった。
とはいえ、これくらいがちょうどいいだろう。
レベッカ師匠も、まさにそんな1人なはずだ。
「それで、レナセールっていう平民が、歴史上最高の点数を取って合格したんだって」
「へえ、夢があるわね。私もなれるのかしら」
「きっとなれるわ。私たちも、いつか」
すると聞こえてきたのは、まさかの言葉だった。
レナセールが肩をすくめて、頬を赤らめる。
実際、俺なんかよりも彼女の噂のほうが広まっていた。
なんと全ての試験で満点を叩きだしたそうだ。
それも、一番難易度が高いとされている王都の錬金術試験で。
きっと周りも黙っていないだろう。
優秀な助手が欲しい一級錬金術師は大勢いる。
より一層、彼女を守る為に力をつけないとな。
それからほどなくして飲み物が届き、二人で先に乾杯していると、レナセールがめずらしく緊張している感じだった。
どうしたのかと尋ねると、楽しみだけれども恥ずかしさもあるらしい。
「私、こんなに大勢で食事をするのが初めてなんです」
前のパーティは立食だった。それに気心が知れた友達、というわけでもなかった。
思えば俺も久しぶりだな。確かにワクワクするな。
「首筋、しっかり赤くて綺麗ですね。――え、なんで隠すんですか? ベルク様? え? どうしてですか?」
「ちょっと冷房がな」
「暑いぐらいですよ」
「人間族は気温に弱いんだ」
「額に汗かいてますけど」
これ以上は墓穴を掘りそうなので何とか話を変えようとした。
今日の面子で首筋が赤いだなんてバレたら恰好の話の的にされてしまう。
何とかこれからの錬金術について話を逸らしていると、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「あぁ? まだ奥空いてんじゃねえかよ!」
「申し訳ございませんが、そちらはご予約席となっております」
「予約だぁ? 何だ、舐めてんのか?」
「い、いえ!?」
俺たちの席を指さしていた。デカい男と連れが四人ほど。
……面倒だな。
「こ、困ります!」
「うるせえ! おい、テメェら」
店員の制止を振り切り、デカい男は席の近くまでやってきた。
「……何だ?」
「酒場にきて茶なんか飲みやがって。ガキを連れてくるところじゃねえんだよ。ここは酒場だぜ」
「それがどうした?」
「失せやがれってんだ。わかるか? 消 え ろ」
男の怒号が響く中、連れの男たちが俺たちを囲った。
レナセールは静かにしている。俺の言葉を待っているというのが正しいだろう。
だがあまり事を荒立てたくはない。店にも迷惑がかかるし、これで飲み会が台無しになっては困る。
とはいえ、席を奪われるのもな。
「予約はしている。悪いが、待つか、よそへいってくれないか」
「ハッ、ほざきやがって。こっちは狩りで気が立ってんだよ。テメェらみたいな日銭をちまちま稼いでそうな雑魚と違ってよ」
「やっちまいますか兄貴ぃ?」
「俺もいつでもやれますよ」
レナセールが、目くばせをしてきた。「――大人しくさせましょうか」と。
だが、ダメだと目で伝えた。
ほかの席があるか尋ねてみるか。と思っていたとき――男が、突然宙に浮いた。
浮遊魔法を使った? いや、違う。
魔法で、持ち上げられたのだ。
「ベルク、こいつは誰だ? 知り合いか?」
そこに立っていたのは、銀髪で妖艶な女性、我が師匠レベッカ・ガーデンである。
それから指をパチンと鳴らし、魔法を解除。
男は地面にどすんと倒れた。
「いえ、少し絡まれただけですね」
「そうか。殺すか?」
「きっとそれはマズいです」
「そうか」
多分本気だろう。
男はまだそれがわかっていないらしく、よろめきながら背中の剣を取り出そうとしたが、抜けなくて焦っている。後ろを振り返ると、そこには――。
「何じゃ、酒場と聞いておったが、殺し合いか? やるか?」
のじゃロリ幼女魔族、ストロイ・エリーンが、剣を片手で抑えていた。
流石に風貌がわかりやすいのか。角で気づいたのか男は、「あ、あ、あ……」と声を漏らした。
大会が終わってストロイのことを調べたが、とてつもない話がいくつも残っていた。
非常に好戦的なな魔族で、たった一人で千人を相手にしたとか、道を封鎖していたとか。
……よくそんなのとタイマンしたな、俺。
「久しぶりだなストロイ」
「レベッカ、お主は変わらんのぅ」
二人は本当に知り合いらしいが、詳しくは聞いていない。
そのあたりの話も楽しみだ。
男が声にならない声をあげて、周りの手下が怯えている、またもや声が聞こえた。
「みんな早いですねえ。この人たち、誰です?」
「なんか、ムカつく顔してるな」
するとそこに現れたのは、チェコとエリオット。当然だが、二人は有名人だ。
そしてトドメというべきか、セラスティ魔術高等学校、黒いローブの装いで現れたのは、エリニカ・クーデリー。
王都で知らないものはいない、超がつくほど有名な超貴族学校だ。
当然だが、王都でこの制服をみて絡むバカはいない。どんなに荒々しい悪党でも、声をかけることすらしない。
学校は国が運営しており、入学できるのは上流階級のみ。下手につつけば、すぐに極刑が下されるだろう。
男たちは震えていた。もう、これだけで死にそうだ。
俺は、はあとため息を吐いて助け船を出す。
「予約してるといっただろう。もういけ」
「ひ、は、ははは、ははいす、すいませんでしたああああああああああああああああああああああああああああ」
「ま、まってくださああああああああい兄貴いいいいいいい」
「ひえええええええええええええ」
あいつら、もう二度とこないだろうな。
そして周りを見ると、明らかに引いていた。
俺はふと、面子をざっと見渡す。
人類最強の人間――レベッカ、ガーデン。
歴史上最強の魔族――ストロイ・エリーン。
セラスティ始まって以来の才女――エリニカ・クーデリー。
剣術と錬金術に優れた大貴族――エリオット・トルデニア。
王都最高峰の錬金術師――チェコ・アーリル。
最高峰の知力と戦闘力に長けたヤンデレエルフ――レナセール。
元日本人で、レシピの書き出しが得意な石橋を叩く――ベルク・アルフォン。
うーん、俺だけなんか落ちないか?
「ベルク様! 早く食べましょうよ!」
まあ、楽しければいいか。
一応付け足すなら、王都で錬金術優勝と剣術大会も優勝したか。
……あれ、結構凄い? もしかして。