第56話 怠惰とご褒美
人間と違ってエルフは汗をかいても匂わない。
いや、正しくは良い香りしかしないのだ。
理由は謎である。
「ベルク様、好きです……愛しています。んっちゅっ」
早朝、ベッドの上で、レナセールが俺に覆いかぶさっていた。
剣術大会、錬金術師の試験から既に七日が経過している。
あの日以降、俺たちはその何というか――。
「レナセール、俺もだ。けど、そろそろ仕事しないか」
「します。しますけど、まだ……もっと愛がほしいです」
毎日を怠惰に過ごしていた。
このところずっと忙しくしていた。剣の修行、錬金術の修行、当然だが、仕事も並行して行っていたのだ。
体力的にもそうだが、精神的に疲れていたこともあって、随分とご無沙汰だった。
そしてそれは彼女も感じていたらしく、我慢が爆発したかのように朝から襲いかかってくる。
とはいえもちろん、それは嬉しい事だが。
「ベルク様、今日は中に出してもらえませんか」
「……エルフと人間でも、子供はできるのだろう」
「はい。ですが、あなたの子供が欲しいのです」
最近の彼女はおねだりが激しい。とはいえ、それはダメなのでギリギリで我慢した。
その後、湯に浸かっていると、レナセールが触れてくる。
「ベルク様、まだ足りません。もっとしたいです……んっちゅっ」
エルフの唾液は、何というか媚薬のような効果があるのではないだろうか。
ひとたび唇が触れると、それだけで気分が高揚する。
いや、ただ愛しているだけなのかもしれないが。
◇
「お待たせしました。今日は、ベルク様の大好物のベイリブ肉のサンドイッチです!」
結局、湯が冷めるまで風呂で楽しんでしまった。
それからは少しのんびりして、朝は食べなかったので、レナセールが昼食を作ってくれた。
ベイリブとは、王都付近で獲れる猪に似た獣だ。素人が調理した場合は独特の臭みが残るのだが、王都の一部の店では下処理の方法が確立しているため、そこで買うと濃厚で野性味のある味が楽しめる。
さらにお手製のマヨネーズとソース掛け合わせ、家庭菜園の野菜を用意。
チーズは王都では主流なので、それも。
最後に有名なパン屋で購入したサンドイッチ用のパンを挟めば完成だ。
真っ白い皿の上から香る、確かな肉の香り。
かぶりつくと、旨味がしっかりと感じられて、思わず笑顔になった。
「んーっ、美味しいですね!」
「最高だな。レナセールの腕もあがったんじゃないか」
「えへへ、ただ焼いてるだけですよ」
「そんなことない。ちょうどいい焼き加減で、俺好みだ」
「ふふふ、もちろんベルク様がお好きな焼き加減は覚えてますから」
相変わらずの至れり尽くせり。
そしてネグリジェの姿で、目の保養にもなっている。
いい感じに透けている。
「にゃあっ」
「はい、サーチの分もあるよ」
王都の猫は人間と同じ食べ物でも問題はない。
むしろ、健康面ではキャットフードよりもいいと言われている。
この辺りは進化の過程で色々違うのだろう。
「それで、今日の打ち上げの場所は決まったんですか?」
「三丁目の酒場でやるらしい。夕方の17時だと、チェコから手紙が届いていた」
「ふふふ、楽しみですね。あの後、大変でしたもんねえ」
「だな」
剣術大会の後、打ち上げ会をしようとしたのだが、観客席で俺を見ていた人からの握手やサインをねだられてしまい、もみくちゃにされてしまった。
疲れもあったので、日を改めてしようと話しがついたのだ。
メンバーとしては、俺とレナセールはもちろん、チェコとエリオット、そしてストロイ・エリーン、レナセールのお友達のエリニカ・クーデリー。
エリニカは、驚いたことにとんでもなく有名な女子生徒だった。この世界の住人ではない俺ですら知っているセラスティ魔術学校の主席だという。
そして彼女が錬金術師を目指していたというのは誇らしかった。
もちろんレナセールに初めてのお友達ができたことも。
色々な話ができると嬉しいな。できれば、フェニックスの尾についてもみんなに尋ねてみたい。
彼ら、彼女ならば信用できるはずだ。
するとそのとき、魔法鳥が飛んできた。
手紙を咥えている。レナセールが、それを見て飛び跳ねる。
「やった、ベルク様!」
「なんだ?」
「レベッカさんが、来てくれますよ!」
なんといつのまにかレナセールが誘っていたらしい。今日、師匠が打ち上げに来てくれるとのことだ。
いつのまに。
「えへへ、サプライズです! レベッカさんなら、必ず来てくれると信じてましたけど」
「確かにな。レナセールが錬金術師になって喜んでくれてるだろう」
「私の事もあると思いますが、一番はベルク様ですよ。きっと凄く誇らしいです!」
「……そう思ってくれるといいな」
するとそのとき、ストロイ・エリーンのことを思い出す。
……大丈夫なのか? それを尋ねると、もちろん伝えていたという。
「問題ない、多分な。とは言ってましたが」
師匠の『多分』は不安だが、何とかなるだろう。
しかし考えると凄まじい面子だ。
それこそ、何か起こりそうな気もする。
「ベルク様――」
するとそこで、レナセールが抱き着いてきた。
何かと思えば、足をのばして、首筋にキス。そして、めいいっぱい吸ってきた。
もちろん痕がついただろう。
だが舌をぺろりとした彼女は、嬉しそうに微笑んでいた。
「今日はたくさん人がきますから。これは、私のベルク様、という証明です」
今日も、相変わらずレナセールだ。