表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/85

第55話 有限実行

 師匠の元でただひたすらに剣を振っていた。

 過酷だったし、それなりに自信はあった。


 とはいえ、俺は驚いていた。


 ――自分が、どれだけ素晴らしい師に巡り合えていたのかと実感していたからだ。


「流石っスね。ベルクさん」


 生意気後輩みたいな喋り口調で、闘技場の上、俺の対面に立っていたのは、エリオットだ。

 自前の片手剣が、キラリと光っている。


 洋刀のようだが、魔力がしっかりと帯びていて、俺の日本刀と競り合っても、刃こぼれは一切していない。

 さすがチェコの親戚の優秀な錬金術師だ。

 しかしそれだけではなく、剣術も相当なものだった。

 体術も素晴らしく、身体の動きは遥かに俺を凌駕する。


 だが何よりも驚いたのは、俺はそれが全て視えていたことだ。

 レナセールは、俺によく言ってくれていた。


 ――あなたは、本当に強いです。もっと自信を持ってください、と。


 お世辞だと思っていた。魔法もろくにつかえない。ただの元日本人の俺が強いわけがない。

 そう言い聞かせていた。


 ただ、今はそれが少し本当なんじゃないかなと思っている。


 なぜなら、確信しているからだ。


 ――エリオット、彼の剣は俺には届かないと。


「悪いが、決勝へは進めないよ」


 これは準決勝だ。次の相手は既に決まっている。

 魔族の証である角、小さな女の子が、俺たちを見ていた。


 彼女は圧倒的な力で突き進んでいた。今回が初出場らしいが、かなりの強敵だろう。

 もちろん、エリオットもすさまじい。だが、相手が悪かったな。


「そうわけには、いかせないっスよ!」


 無駄のない動きで真っ直ぐに駆けてくる。

 魔力が身体に行き渡っているからだろう。逆に、視えてしまう。


 俺は勘違いしていたのかもしれない。

 錬金術師の能力は戦闘に向かないと。

 しかしそれは違う。目を凝らせば、どこに力を入れているのかわかった。

 素材の見極めと同じようにすればいい。


 エリオットが右足に魔力を込めていたのがわかった。

 寸前で右に移動し、横から薙ぎ払うのだろう。


 真正面からの攻撃はないと判断し、あらかじめ攻撃を防ぐために剣を構えた。

 見事に成功し、エリオットの剣を受け止めた。

 そして、スッと喉元に日本刀を突き出した。


 攻撃を与える必要はない。彼は聡明だ。


 これ以上の戦いは無用だと気づき、そして剣を下ろした。


 静かに微笑んで、ふたたび前を向く。


「次は絶対負けねえッスから。――降参です」


 とても清々しい男だ。

 俺と違って努力で手に入れた能力。


 もうすでに超えられているんだがな。


 次の瞬間、審判が叫んだ。

 とはいえ、周りは驚いていた。まだまだやれるのではないかと思ったのだろう。

 しかし納得しているものもいた。


 ただ勝敗はもちろん覆らない。

 エリオットは罵倒されながら前を向いて歩いて行く。

 彼は本当にプライドが高いな。

 

 そして次の試合はほどなくして始まった。

 対面はストロイ・エリーン。


 並みいる強敵を一撃で葬り去った魔族だ。


「良い動きじゃったのぅ。楽しみじゃ楽しみじゃ」


 そして俺は考えていた。


 ……この魔族もしかして、のじゃロリってやつじゃないのか?


『それではついに決勝戦、ベルク・アルフォンvsストロイ・エリーン、はじめえええええええ』


 まずは出方を見る。

 ここまでで気づいたが、俺は魔力の分析をしながら戦うのが得意だ。

 相手の動き、得意技、癖、それを見抜いた上で倒す。


 まさに錬金術師らしいと思い、思わず笑みをこぼす。


 だがストロイは武器を持っていなかった。

 突然、何もないところに手を伸ばした。

 そして、空間が歪んでいく。


『これはどうしたー!?』


 実況と同じく叫びそうになった。何もないところから出てきたのは死神の鎌(デスサイズ)だ。

 恐ろしいほど禍々しい魔力を漲らせている。


 ――これが、彼女の本当の武器か。


「お主なら久しぶりに本気でやれそうじゃ」


 そう言った次の瞬間、彼女の姿が消えた。


 いや、ぎりぎりだが視えている。

 おそろしいほどの魔力を足に漲らせて、ただ真っ直ぐ駆けてきていたのだ。


 エリオットや、数々の強敵を戦っていなければ視えなかったであろう。

 戦いが、俺を強くさせてくれた。


 遠慮のない上段から頭部への一撃。日本刀を構えて防ぐと、凄まじいほどの圧力を感じた。

 あまりの重みで身体ごと押しつぶされそうになる。ふんばりを効かせると、地面からピキピキと音がする。


 しかし俺の目には、嬉しさで震えている魔族が映っていた。


「凄いのう人間! これを受け止められるとはな! だがわかったぞ。――お主の師は、レベッカ・ガーデンじゃろう!」


 その言葉に、思わず心臓が震えた。なぜ知っている?

 いや、師匠は魔族とも戦ったことがあると言っていた。

 その時の生き残りか?


「――なぜ、その名を!」


 訳も分からず、死神の鎌(デスサイズ)を力の限り弾き返した。

 いくら魔族で魔力が強くとも、体積は変わらないらしい。くるくると後方に回転しながら力を逃がして着地した。


「ふむふむなるほどのぅ。あやつが弟子を取るとは思わなんだ」

「……どういう関係だ?」

「気になるか?」


 下手な事は言わない方がいいだろう。魔王が君臨していた時の魔族は残虐非道な行いをしていたと聞く。

 それこそ、師匠の命を狙っているかもしれない。

 ……マズったな。思わず反応してしまった。

 とはいえ確信しているみたいだ。ごまかしはきかないだろう。


「答えろ」


 少し強気に剣を構えると、ストロイは八重歯をむき出しに笑みを浮かべた。


「あいつとの戦いは心が何度も震えた。また、命をかけて戦いたいのぅ」


 その言葉の後、気づけば駆けていた。見極めた上で勝つと決めていたが、感情が優先してしまったのだろう。

 冷静になったのは、剣が空振りしたときだ。

 後ろから魔力を感じて、咄嗟に空高く飛ぶ。


「ほう、やるのぅ人間」

「――勝ったら、教えろ」

「いいだろう、乗ってやるぞ」


 魔族は嘘をつかない。それは、古来から言われていることだそうだ。

 ならこの言質は確実なものとなる。


 ストロイは俺が降りて来るのを待っていた。死神の鎌(デスサイズ)を構えて、着地の隙を狙うつもりだ。


 しかし俺が飛んだのはあえてだった。

 全力で剣を振りかぶれば、おそらく彼女は受け止める。


 魔族はプライドが高い。俺の日本刀がお手製だとわかっているのならば、勝負の決着はしっかりとしたいはず。

 体重と重力を載せて、空から振りかぶる。


 ストロイは力を溜めて、鎌を振りかぶってきた。

 力の勝負、武器の勝負、魔力の勝負。


 俺は――負けられない。


「――ほう、凄まじい武器じゃの。そして、力じゃ」

「ああ、そうだな」


 俺の日本刀は、ストロイの死神の鎌(デスサイズ)を切り落としたのだ。

 地面に落ちて破壊される。

 

 この大会は武器を破壊すれば勝ちだ。

 審判が声をあげようとしたとき、ストロイが「待て」と言った。

 すると――魔力が鎌を通じて黒い糸となり戻っていく。


 武器の再生? いや、そうか。

 この武器は魔力で出来ていたのか。つまりストロイを倒せなければ、武器は破壊できない。


「第二ラウンドと行こうかのう」


 ストロイは、さっきよりも凄まじい魔力を漲らせた。

 武器が破壊できなければ、彼女自身に剣を振りかぶらなければならない。


 下手すれば、真っ二つにしなければならない。


 ……想定していなかったことだ。


 だがそうでなければ負ける。


 どうするべきか――。


「ベルク様! 勝ってください!」


 すると視界の端、そこに立っていたのは、レナセールだった。

 まるで数年ぶりにあったかのように感じた。


 手には、ペンダントを持っている。


 それは、彼女が錬金術師になった証でもあった。


 ああそうか。そうだな。


 俺たちは約束した。必ず合格し、俺は優勝すると。


 ――その約束は守らなければならない。


「人間にその覚悟があるのか、教えてもらうぞ!」


 ストロイはわかっていたらしい。俺の癖みたいなものを見抜いていたのか。

 だがしかし、俺は錬金術師だ。


 それは、覆さない。


「――負けない」

 

 振りかぶられた死神の鎌。

 ふたたび剣で受け止めた瞬間、目を瞑る。


「何をしている貴様――なんじゃと? 我の鎌が……?」

「――解析だ」


 日本刀を通じて、死神の鎌(デスサイズ)を能力で分析したのだ。

 魔力が流れているのなら、その綻びを探せばいい。

 鎌に切れ込みを入れていくと、形を成さなくなっていく。


 錬金術の工程は分解と構築により生み出される。

 ただの武器なら不可能だが、魔力は別だ。


 やがて崩れていく鎌、審判が声を上げた。


 ストロイは何度か鎌を元に戻そうとしたが、ピクリともしなかった。


 すぐにはできないように、魔力を乱したのだ。


 そして、ついに――。


『完全なる武器破壊により、勝者はなんと、錬金術師のベルク・アルフォンだあああああああああああ』


 俺の名が叫ばれて、観衆から歓声が上がった。


 この勝利はレナセールのおかげだ。彼女がこの場所にいなければ思い出せなかった。

 俺には俺の戦いがある。それを、教えてもらった。


 レナセールに顔を向けると、嬉しそうに飛び跳ねていた。

 それも、まったく知らない女の子と手を繋ぎながら。


 ……誰だ?


「負けたのぅ。面白い戦い方じゃった」

「いえ、少しズルをしたみたいなもんだが」

「魔力を剣に流すのは当たり前じゃ。我もやっていたからのう。で、さっきの答えじゃが、レベッカ・ガーデンとは何度か酒を酌み交わした仲じゃ。百年前ぐらいじゃがな」


 百年前? 酒を?

 師匠が長生きしているのは何となく思っていたが、そこまで? いや、嘘だとは思えない。

 それに酒を酌み交わしていただなんて予想外だった。

 なら、命を狙っているわけでもないのか。


 そこから俺は審判から声をかけられ、インタビューとなった。

 ストロイは満足げに去っていく。


「ほいでな」

 

 ……ちょっと色々聞きださないとな。

 

 そして最後にインタビューがあった。

 もちろんレナセールのおかげだと伝えた。


 会場の外に出るには時間がかかった。大勢から声をかけられたからだ。

 エリオットはとても清々しかった。

 また彼とはゆっくり話したい。

 外に出ると、レナセールが待っていてくれた。

 変わらぬ笑顔で、変わらぬ姿で、ただ、いつもよりちょっとだけ堂々としていた。


「信じていました。さすが、ベルク様です。おめでとうございます!」

「俺もだよ。おめでとう。今日からは助手ではなく、同じ道を歩む仲間だな。いや、ライバルとも言えるか――」


 すると彼女が抱き着いてくる。


「私はあなたの助手です。ですが、世界最高の助手になります。それは、変わりませんし、何を言われても覆ません。ベルク様、愛しています」

「……俺もだ」


 剣術大会の優勝は王都で俺の名を広めてくれるだろう。

 ストロイのおかげで尾ひれもつくかもしれない。

 となると、もっと大胆な道具を発明してもいいときだ。

 現代知識を使ってもいいはずだ。


 そして次は、レナセールと堂々と表舞台に行くこともできるはず。


 ――楽しみだな。


「レナセール、改めてよろしくな」

「はい! よろしくお願いします!」


 そしてずっと気になっていた。

 後ろに、なぜか女の子がいることを。

 ピンク髪で、黒いローブ、どこかで見たことがあるような


「感動した! 素晴らしい! これが、これが愛……まるでオペラみたい!」


 ……誰?


「彼女は、エリニカ・クーデリーです。私のお友達です」


 お友達?


 そして、そのとき、後ろから声がした。


「暑いのう人間」

「――ストロイか」

「エリーンでいいぞ。一度剣をかわしたら戦友じゃ。酒でも飲もうではないか」


 酒を飲める年齢には視えないが、多分年上なのだろう。

 師匠のことも聞いておくべきか。


「ああ、いいだろう」


 そのことを伝えようと前を向くと、レナセールが見たこともないほど目を細めていた。


「……浮気していたんですか」


 うん、これもまた懐かしくて安心した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ