第52話 待っていてください
「レナセールさんですね。推薦状はこちらでお間違いないですか?」
「はい。よろしくお願いします」
試験会場は、王城近くの別棟だった。
大きな白い建物の一階、周りには、貴族と思われる人たちが大勢いた。
……場違いだな。
「それで、来年はセラスティ学園に行くつもりなのよ」
「へえ、あそこってアル伯爵様がいらっしゃるのでしょ?」
「俺も行くぜ」
あらかじめ聞いていたが、錬金術師は貴族の職業だ。
三級だけ取っておいて、ずっと何もしないという人も少なくないらしい。
ベルク様は、「大型をとって原付に乗るものだな」とよくわからないことを言っていたけれども。
「――レナセールさん」
「あ、はい。すみません」
呼ばれていたことに気づかず、慌てて返事をすると、受付の女性が封筒の中身を改めて驚いていた。
なんだろう。隣の人も、びっくりしている?
「こちら確認致しましたが、申し訳ございません。本物でございますよね?」
「本物? どういう意味でしょうか?」
首を傾げて答えると、また別の人が書類を見て驚いていた。
そして、頭を下げてきた。
「し、失礼しました! すみません、隣の会場へどうぞ」
訳も分からず、私は誘導されるがまま別室に通される。
そして、後ろから声がしていた。
私は耳が良い。それは、エルフの特性でもある。
「レベッカ・ガーデンさんって、あの伝説の宮廷魔術の錬金術師ですよね? 誰とも関わらないって聞いてたので驚きました」
「魔法協会の印も入ってる。確かに驚いたが、滅多なことは言うなよ。試験は厳粛に行うが、失礼があってはならん」
「全試験官に伝えておきます。すみませんでした」
……なるほど、そういうことだったのか。
確かにレベッカさんは、虚偽と思われないように判を押しておくと言っていた。
王都では有名なのだろう。
よし、なおさら頑張らないとな。
私が部屋に入ると、年上の女性が、明らかに軽蔑そうな目で睨んできた。
高貴な服に身を包んだ貴族様、たいして私は普通の装いだ。
錬金術は服が汚れる。着飾っていくことも出来たが、遊びに来たわけじゃない。
ベルク様も心配していたが、実力で評価される世界。
ならば私は、いつもの私でいたい。
だってこの服は、ベルク様が買ってくれたものだ。
私にとって、これ以上に大切なものはない。
それから少しして、大勢の人が入ってきた。
私と同じ年齢の子は数人で、ほとんどが大人の男性と女性だ。
比率はやはり男性の人が多い。身なりは綺麗で、当然、私を見下していた。
試験は合計で四つか五つで、まずは学科試験からだった。
不正も鑑みて、公表は一つずつ。
応援の人たちが捌けていくと、私たちはまた別室に通された。
そしてそのとき、ドンっと後ろからぶつかられてしまう。
「あ、ごめんねー」
「――クスクス」
「あれ、平民だろ?」
貴族の人達のグループ。
おそらくわざとだろう。
私は、静かに深呼吸した。
こんなことで負けない。ベルク様は、きっと優勝するはずだ。
そのとき私も、笑顔でそれを迎えてあげたい。
――だから、必ず合格する。
「それでは、はじめ」
錬金術師のテストは、ただ専門的な知識だけじゃない。
貴族学園で出されるような教養テストや、社会情勢、言語、数式まである。
格式あるものとして受け継いでいくためにだそうだ。
問題用紙に、一つ一つ答えを書き込んでいく。
すべてが終わると、手をあげて試験官を呼ぶ。
――ベルク様。
頭の中は、ベルク様の事でいっぱいだった。
早く終わらせたい。そして、ベルク様の事を応援したい。
近くじゃなくてもいい。
どこでも、祈りはきっと通じる。
「――終わりました」
私は誰よりも速く手を挙げた。
驚いた試験官が歩みより、問題用紙を確認してくれたので、外に出た。
控室で待っていると、数十分遅れて続々と戻ってきた。
私のほうをみて、クスクスと笑っている。
「諦めが早すぎるだろ」
「平民の記念受験じゃないの」
「笑える。さすが平民」
ベルク様は、今頃一回戦で誰かと戦っているだろう。
きっと、大勢驚かせているはずだ。
私は知っている。
ベルク様は、とてもお強い。
それに、集中したときのベルク様はけた違いなのだ。
さらに日本刀、あの武器は本当に凄まじい。
ああ、ベルク様。
早く、会いたいな。
「それでは、合格者の発表と点数をお伝えします」
試験は不合格になるとすぐに退出となり、残念ながら二次まで進めない。
そして成績順に呼び出される。
周りは緊張していた。
「――レナセール」
「はい」
次の瞬間、周りの目が、すべて私に注がれた。
ありえない、うそ? と声が聞こえる。
「……満点です。次の試験へ移動してください」
「わかりました」
試験官が、驚きながら言った。
周りは絶句していた。私の事を馬鹿にしていた人たちは、声もあげれなかった。
当たり前だ。
私の師匠はレベッカさんとベルク様。
そして大切な友人はチェコさん。
――みんなに恥は欠かせられない。
見ていてくださいベルク様。
私は、あなたの為に錬金術師になります。
そして、最高の助手になります。
――待っていてくださいね。