第49話 日本刀(さやえんどう)
「レナセール、背中の傷は剣士の恥だ」
「ベルク様、一日一回それ言ってませんか?」
目標は決まった。レナセールママの説得は大変だった。たくさんご奉仕して、なんとか納得してもらった。
まずはレベッカ師匠の元で毎日行っていた鍛錬を思い出しながら始めた。
中庭で剣を振り、筋トレをし、タンパク質の豊富な食事を取る。
異世界に来てから特別自分が弱いとは思ったことはないが、魔法の圧倒的な力を見ると身体がすくんでしまうことはあった。
ただし、今回は剣術のみだ。想像はしやすいだろう。
そして秘策もある。
それは――。
「ベルク様、これはなんですか?」
「設計図だ。一応、分かりやすく目標の為にな」
俺は、真剣に絵を描いていた。
そこに、文字を一筆入魂。
――日本刀。
ふふふ、はははは。
そう。俺は日本刀をずっと作りたかった。
錬金術といえば鉄だ。
鍛冶の知識はないが、まったく新しい製造方法で造る。
そして、優勝する。
「……驚きました」
「そうだろう? かっこいいだろう――」
「ベルク様の絵、子供が書いたみたいで凄く可愛いです! なんかこう、心がくすぐられます!」
レナセールの無邪気な笑顔が、俺の心をえぐり取る。
いくら錬金術ができても、絵心はなかったらしい。
冷静に見ると、日本刀というよりは、『さやえんどう』みたいな絵が描かれていた。
まあでも……あくまでもイメージだからな。うん、これはこれで良し。
「でも……やっぱり私は不安です」
するとレナセールが、悲し気な表情を浮かべた。
俺が剣術大会に出ると宣言したあと、エリオットは嬉しそうだった。
刀を作ることもすぐに察したらしく、戦うのが今から楽しみですと。
だがチェコ曰く、エリオットはあんな感じだが、実のところ本当に強いらしい。
本人の手前言わなかったらしいが、錬金術じゃなく剣術だけに絞っていたら王都で最も有名になっていたかもしれないと。
だが俺は逆に燃えていた。
レベッカ師匠にも付きっ切りで剣術を教えてもらえていたのだ。
魔物以外にふるったことはないが、できれば師匠に良い報告もしたい。
もちろん、レナセールにもだ。
「大丈夫だ。俺は、君が錬金術師になることを信じてる。だから、俺も信じてもらえないか?」
今まで彼女がここまで嫌がるなんてなかった。
その優しさは嬉しいが、男としてのプライドや尊厳もある。
異世界に来たからには、自分の力を試したいのだ。
錬金術だけではなく、最高の日本刀と共に男を磨きたい。
「……わかりました。でしたら、大会まで私もお手伝いします」
「お手伝い?」
「はい! 基礎剣術は、私もできると思いますから!」
確かにレナセールの動きはすさまじい。
訓練してもらえるとありがたいだろう。
ただ、大会前に斬られないようにしないとな。
それから日課の訓練と合わせて、レナセールとの手合わせを始めた。
中庭が広くて助かる。
そしてやっぱり、彼女の動きはすさまじかった。
反応するので精一杯だ。
「凄いです……ベルク様」
「ん? 何がだ?」
「私の攻撃、視えてるんですか?」
「ああ」
攻撃を受け止めたら、彼女が嬉しそうだった。
「正直、これほどまでとは思ってもみませんでした。すみません……ベルク様にこんな口をきいてしまって」
「構わないよ。だが、俺も少し驚いてるよ」
レベッカ師匠は、根気強く俺を鍛錬してくれた。
それが今役立っているのだろう。
魔物と戦っている時は気づかなかったが、人相手だと動きがよく見える。
もしかして、それを想定していたのだろうか?
午前は鍛錬、午後はお互いに試験の対策と日本刀造りに励んだ。
一番大事なのは鉄だ。
市場で状態の良いものを買ってきた後、錬金術を使って溶解していく。
少し冷ました後は凝固。
これは、魔法と同じイメージで。
日本刀の設計図を見ながらイメージを描き、形を作っていく。
出来上がりを持ち上げると、レナセールが笑顔を見せてくれた。
「凄い。さやえんどうですよ!」
ん?
「さやえんどう?」
「はい? どうしたんですか?」
そういえば一度だけ『さやえんどう』みたいな絵だなと呟いてしまった。それを覚えていたとは……流石の記憶力だ。
「ああ、さやえんどうだな……」
「はい! さやえんどうです!」
「にゃあ、にゃああ」
もちろんこれで完成ではない。これから良くなっていくだろう。
後、レナセールも俺のことをいじっているわけじゃない。
サーチも、多分喜んでくれている。
そして次だ。
ふたたび鉄を溶解、冷ました後に凝固。
次は、立派なさやえんどうになった。
「凄い……さやえんどうが整っていく」
「やっぱりいじってないか?」
それからは同じことの繰り返しだ。
単純だが非常に根気のいる作業。もちろん、レベッカの絆創膏とポーション、万能薬も作りながら。
レナセールは、試験の対策として基本元素の材料の見極めをしていた。
大型試験はその日に発表されるので対策のしようはないが、過去試験と同じ実験も行う。
そうして月日が経過していった。
剣術大会の日が無事決まり、錬金術試験の日が決まった手紙が、同時に届いた。
「剣術大会いつですかね? ちゃんと応援しますからね」
「はは、楽しみだな。錬金術の試験はギリギリまで傍にいることができる。俺もレナセールを応援するよ」
錬金術の試験は、控室で一緒にいることができる。
傍で励ませるのはいいことだ。
中を開いてからお互いに手紙を交換すると、目を見開いてしまった。
「……同じか」
「……そんな」
まさかの同じ日だったのだ。
それは考えていなかった。
だが答えは決まっている。
「剣術大会は来年もしてるはずだ。一年練習できる機会が出来たと思えば悪くない。レナセール、俺は棄権するよ」
「……正直、出てほしくない気持ちはありました。でも、ベルク様は凄く頑張ってたじゃないですか。それに、私のためですよね?」
「そうだな。けど、別に逃げるわけじゃない。来年は出るよ」
「……だったら、お互いに出ませんか? それで、結果を報告し合うのはどうでしょうか?」
レナセールのまさかの提案に、俺は驚いた。
「それぞれ頑張るということか?」
「はい。もちろん心苦しいです。でも私はベルク様に負担をかけたくありません。これからは錬金術としても頑張りたいです。だから、信じてほしいです。私は、ベルク様を信じています」
真っ直ぐな目で、レナセールが静かに答えた。
今までの彼女からは想像もできない提案。
ここまではっきりと言われて断る男はいないだろう。
「わかった。ならそうしよう。俺は必ず優勝する。レナセールも合格するんだ。終わったら祝賀会をしよう」
「はい! ベルク様、本当にありがとうございます。私なんかのわがままで……」
「いや、こちらこそありがとう。おかげで力が湧いてくるようだ」
レナセールなら必ず合格する。そのとき、心から喜んであげられるようにしよう。
「よし、なら今日はもう少し訓練を――」
「ダメです」
するとレナセールは、リビングに置いてあるソファに俺を押し倒した。
いつもより少し息が荒く、そして上半身のシャツを脱いだ。
相変わらず綺麗な白い肌だ。美乳で、ちなみに感度も良い。
「知ってますか? 私、ベルク様が抵抗しても、こんなことができるようになったんですよ」
そういうと、俺の両手を掴んだ。エルフの力は強く、並の女性とは思えないほどだ。
唇をあわせてきたかとおもえば、舌を入れてきた。
「愛していますベルク様。あなたは誰よりも強く、そしてカッコいいです。――絶対に優勝してくださいね」
こういわれてやる気の出ない男はいないだろう。
俺は――絶対に勝つ。
「ちゅっちゅぃ……日本刀での活躍、楽しみです」
やっぱりいじってないか?