第43話 たった一人で
奴隷の契約は、当然だが誰に対しても付与できるわけじゃない。
魔力を著しく弱らせた状態で強制的に契約させられるものだ。
どんな手段を用いてレナセールが奴隷になったのかは、詳しく教えてもらえていない。
だが、魔力の高い彼女が、人の支配下に陥るというのは、戦闘以外にもとてつもないことがあったのだろう。
よって、解印はレナセールよりも強い魔力でないと不可能である。
並の従者なら弾かれてしまう。下手すれば呪いが跳ね返ることもあるという。
しかしレベッカ師匠は、俺が知っている人の中でも最強だ。
初めて出会ったときもドラゴンを一撃で葬り去ったし、とてつもない魔物を倒した姿を何度も見てきた。
「ベルク、動くなよ」
「……はい」
解印自体は難しくはないが、呪いと立ち向かう可能性があると言っていた。
それを今、ようやく理解した。
レナセールは、我を忘れたかのように黒い目で俺たちを見ていた。
まるで獣だ。おそろしいほどの殺意と魔力で漲っている。
だがこれは、彼女の本当の感情ではない。
いうなれば自動で組み込まれたプログラムのようなもの。
他人に奴隷を強制的に解除されないように、抗う。
「――おもしろい。まだこれほどまでの力を持つエルフがいたのか」
そう言いながら、師匠は駆けた。
中庭はそれほど広くない。瞬時にレナセールの傍まで駆ける。
だがレナセールも凄まじい反応を見せた。
近距離でとてつもない魔法を放ち、師匠を破壊しようとした。
だがそれは、師匠の自動防御によって阻まれる。
「悪いな、ズルをしてるんだ」
魔物相手にも何度か見たが、攻撃を一切食らわない最強の防御だ。
レナセールはそのまま額を師匠に触れられ、意識を失ったのか項垂れる。
勝負は一瞬だった。
だが――。
「危ないところだった」
「……そうなんですか?」
「彼女は特別だな。奴隷になったことで魔力が想像以上に抑えられていたんだろう。久しぶりに恐怖を感じたよ」
師匠は嘘を言わない。本当の事なのだろう。
そして少しすると、レナセールが意識を取り戻した。
完全に解き放たれた彼女の第一声は、何なのか。
俺は近づいてはいけないと言われていた。
だが、気づけば駆け寄っていた。
「レナセール、大丈夫か!?」
師匠は、黙ってみてくれている。
「……えへへ、良かったです」
「良かった?」
「はい。――やっぱり私は、ベルク様の事を変わらずに愛しています」
その笑顔と言葉、嘘偽りではないとすぐにわかった。
隣で師匠が、ふっと微笑む。
「数日は身体が辛いだろう。今日から私が料理番だ。ベルク、もう少しだけ滞在するぞ」
「もちろん歓迎ですよ」
「……レベッカさん、本当にありがとうございます」
「気にするな。――事後で悪いが、私も信じてたよ」
「えへへ」
それから数日の間、レナセールは初めてのときのように寝たきりになった。
心配だったが、師匠はこれが正常だという。
おかゆを食べさせ、パンを食べさせ、三日後にはまた歩けるようになった。
言動も何も変わらず、いつもの彼女のままで。
「レベッカさん、これからもずっと一緒にいたいです。もう……帰っちゃうんですか?」
「ふふふ、嬉しい事を言うじゃないか」
「師匠、俺もそう思ってますよ」
レナセールが元気になった時、彼女が師匠を引き留めていた。
俺も同じ気持ちだ。師匠は、ふふふと笑顔で答える。
錬金術のことを色々と教えてくださり、レナセールの推薦状も書いてもらって、正直、師匠には頭が上がらない。
「じゃあ、集金に行ってまいります!」
「気を付けてな、レナセール」
「私もついていっていいか?」
いつものようにレナセールがギルドへ向かおうとすると、師匠がめずらしくそんなことを言った。
もちろん彼女は笑顔で答えて、俺も嬉しかった。
これは、師匠なりの答えなんじゃないかと。
「にゃおおん」
「サーチ、これから賑やかになるぞ」
ああ、楽しみだな。
◇
「――ベルク様、ベルク様!」
「ん、どうした……」
「起きてください。レベッカさんが、いないんです!」
「……師匠が?」
その日の夜、レナセールが勢いよく俺を起こした。
一階に降りたが、師匠の姿はない。
そのとき、大きな籠を見つけた。
手紙が、書いてある。
――楽しかったよ。宿泊代だ。使ってくれ。
中を開くと、そこには師匠が作ってくれた錬金術の道具がいくつか入っていた。
大量に物が入る【空間袋】や、師匠が改良した【武器】など。
だが今はそれどころじゃない。
「……私がお邪魔だったのでしょうか。レベッカさんは、ベルク様の事を愛していたと思います。だから、私がいなければ――」
「そんなことはない。師匠は君の事も心から信頼していた。二人で手分けして探そう。もしかしたら、まだ王都にいるかもしれない」
「わかりました」
そして俺たちは、二手に分かれた。
この時間は、東門と西恩は封鎖されている。
可能性としては北が高いだろう。方向的にも合っているはずだ。
俺はそちらへ、レナセールは南へ走った。
◆
「まさか、門の外まで来るとは思わなかったよ。――レナセール」
南門の外で、レベッカさんを見つけた。
私は外出許可証を持っていない。壁を駆けて黙って出てきたのだ。
それほどまでに引き留めたかった。
「レベッカさん、どうして黙っていくのですか? やはり、私が……」
「気にしすぎだ。私が帰りたいだけだよ」
「でも、レベッカさんはベルク様のことがお好きなのではないでしょうか」
私は、静かに尋ねる。レベッカさんは、ふっと微笑んだ。
「そうだな。あいつのことは好きだ。だが、私は一人が好きなんだ」
絶対に嘘だと思った。レベッカさんは、ベルク様と話しているとき、本当に幸せそうな目をしている。
レベッカさんは、私と違って何でもできる。それに、錬金術だって……。
本当にベルク様の事を思うならなら、私が――。
「レベッカさん、私は……ベルク様の元から離れます。だから、行かないでください」
「何を言うかと思えば、君はそれで満足なのか?」
「……いえ、でもそれがベルク様にとっては――」
「腑抜けたことをいうな」
するとレベッカさんは、おそろしいほどの魔力を漲らせた。
私は、反射的に臨戦態勢を取ってしまう。
けれどもそれを見て、なぜか微笑んだ。
「それでいい。レナセール、君は素晴らしい人だ。気配りがあって、心が穏やかで、そして強い。ベルクにとって必要な人だ。私と違ってな」
私は、人が嘘をついているのかどうかが何となくわかる。
そしてレベッカさんは、本当にそう思っている。
自分の事をダメだと思っている。
私は知っている。レベッカさんの笑顔は、いつも少しだけ曇っていた。
私と同じで、辛い事があった目をしているのだ。
レベッカさんは、悲し気な表情を浮かべていた。手に力が入っているのがわかる。
きっと、迷っているのだ。
「本当の事を……教えてもらえませんか?」
私の問いかけに、レベッカさんは、どこか緊張を解いたかのように、初めて自然な笑みを浮かべた。
「少しだけ私の話を……聞いてくれるか?」
それから私たちは、近くの岩に座った。そして、レベッカさんが話すのを待っていた。
いつもと違って、凄く話しづらそうにしている。
「君の言う通り、本当は一人が嫌いだ。誰かといると落ち着くし、人と食べるご飯が好きだ。活気の溢れたも、自然、動物もな」
「……ならどうして」
「私には、その資格がないんだよ」
「資格? どういうことなのでしょうか」
「レナセール。私は、何歳に見える?」
「え? あ、ええと……詳しくわかりませんが、二十代か三十代に見えます。ですが、長生きをしていらっしゃるとベルク様から聞きました。もしかして……数百年でしょうか?」
すると、レベッカさんは微笑みながら首を横に振った。
「もっとだ。もう、自分でも覚えていない。私は、最低な奴なんだ」
「……レベッカさんは、とても優しくて素敵な人です」
「そんなことない。私はこの世界で最も最低な人間だよ。いや、もう人と呼べるほどの価値もない」
その言葉に嘘偽りはないとわかった。でもわからない。どうしてそこまで自分を追い込んでいるのか。
きっと言いたくないはずだ。けれども、私は尋ねた。何が、あったのですかと。
「今よりずっと昔、この世界はもっと混沌としていた。国境なんてものはなく、人間同士の争いが絶えず、魔物も蔓延っていた。だがそんな時代にも錬金術はあった。私は幸運にも魔力と才能に恵まれ、多くの人を喜ばせようと、たくさんのものを作ったよ」
「……とても良い事だと思います」
「いや、レナセール、私はとんでもないものを作ったんだ。今でも思い出すたびに手が震える」
その言葉通り、レベッカさんの手が本当に震えていることに気づきました。いや、身体も。
「争いの火種は、主に資源だった。雨が降らないことも多く、農作物が育たなかったんだ。だから、魔法ですべてを賄えるようにしようとしたんだ。その結果、私にはそれができるとわかった。だがその考えこそが、間違いだった」
私は、レベッカさんの手を握った。まるで、弱弱しい少女のように震え続けていたからだ。
「考えが浅かった。これで戦争が終わると思っていた。だが……結果は最悪な事態を招いた。私が作った物は、とてつもない力を持っていた。それが……軍事利用されるとは思っていなかったんだ」
その言葉の後、レベッカさんは呼吸を速めた。
そして――
「国が一つ消えたんだ。私が作ったものを媒体にとてつもない魔法と力が国中に降り注ぎ、跡形もなく消えたんだ。今の王都よりも大きな国だった。子供もいただろう。罪もない人々が大勢死んだ。私が、それを一瞬で消し去った」
正直、言葉がすぐに出なかった。
レベッカさんは私と同じような過去を抱えているのではないかと考えていた。だけど、予想以上だった。
でも――。
「悪くないです! レベッカさんは、みんなを幸せにしようと思ったのでしょう?」
「結果がすべてだ。私がいなければ、多くの命が費えることはなかった。それに、私はどうなったと思う? 英雄扱いを受けたんだ。君の錬金術のおかげで最高の結果が出たと。大勢が称賛してくれたよ。誰も私を責めるものはいなかった。ありえないだろう? 頭がおかしくなりそうだった。何が凄いんだと。私は、大勢を殺した。そして、逃げた」
「……逃げても仕方ないと思います。私でも、そうすると思います」
「いや、もっとできることがあったはずだ。それこそ、罪を償う為に行動すべきだった。でも私は責任から逃げた。たった一人で生きようと決意したが、すぐに限界がきた。辛かったんだ。一人で死ぬのが怖かった。だから、死への恐怖を取り除く為、私は不老の為だけの研究を始めた。笑えるだろう。私は、どこまでもエゴの塊なんだ」
レベッカさんは、震えながら涙を静かに流していた。
どれほど辛かったのだろうか。私には想像ができない。
でも、一人がどれだけ苦しいのかはわかる。
孤独は、何よりも辛い。
「私はレベッカさんのことを笑いません……」
「……長い時間は、私に味方をしてくれた。誰も私を覚えていない年月が経過してから人里におりた。そして罪悪感を取り除くためだけに人々の脅威を取り払っていった。ドラゴンを倒し、魔物を倒し、時には魔族も倒した。大勢から感謝されたが、心からは笑えなかった。全部自分のためだったからだ。そしてまた、一人静かに生きようと決意した。それから長い年月が経ち、偶然、ベルクと出会った。あいつが異世界人だと知って、私は嬉しかった。私の事を知らない、絶対に知ることのない人物。手放したくなかった。最低な女だ」
「……そんなの当たり前ですよ。私でも、そうなります」
「ベルクには才能があった。どんどん錬金術を覚えていった。あいつとの日々は、私の人生で最も尊い時間だ。だが一方で怖かった。世界の事を知れば知るほど、私の過去に辿り着くかもしれない。だが、これ以上の私のエゴで縛り付けてはいけない。同時にベルクが外の世界に興味が出てきたのも知っていた。だがあいつは私を気遣って何も言い出さなかった。あいつの……優しい気持ちに甘えるわけにはいかなかった。だから、ベルクを半ば強制的に送った。転移魔法で、近くの村までな」
「そうだったんですか……」
私が想像していたより、レベッカさんの過去は重かった。
確かにベルク様は、師匠が住む森がどこにあるのかはわからないと言っていた。
そうか、戻ってこないように隠してたんだ……。
「日銭は稼ぐ必要があった。たまに作った道具を売っていたんだが、そのときに偶然、ベルクの優勝を聞いたんだ。……嬉しかった。ただ一言、おめでとうと言いたかったんだ」
「なに、私なんかが、ベルク様のお傍に……」
「レナセール、君がいてくれて私は嬉しかった。幸せになっていてくれて、本当に嬉しかったんだ。だから、これからもベルクを支え続けてほしい」
「でも、レベッカさんも一緒に……誰も、あなたを責めないです」
「ありがとう。でも、ダメなんだ。私はまだ自分が許せない。人が怖いんだ。だから、すまない」
「……レベッカさん」
「……けど……たまには、様子を見にきていいか? 二人といると、心が穏やかになれるんだ。私も、存在していいと思えるんだ」
「もちろんです。いつでも来てください。ベルク様と私はずっと王都にいます。あの家は、レベッカさんの家でもありますから」
「ありがとう……」
私は自分の過去を憂いていた。でも、これからもうしない。
ベルク様のことをこんなにも大切に思っているレベッカさんの為にも、くよくよなんてしてられない。
「レナセール! 師匠は――」
「……会えましたが、帰ってしまいました」
王都へ戻ると、ベルク様が汗だくで駆けまわっていました。
レベッカさんは、過去の事をベルク様に話していない。でも――。
「でも、また会いに来てくれるそうです。ですから、私たちはその時、笑顔で迎えてあげたいです」
「……そうだな。まったく、師匠はいつも突然だ」
「でも、本当に素晴らしいお人です。私は、レベッカさんが大好きです」
「ああ、俺も好きだよ」
レベッカさん。私は立派な錬金術師になります。
そして、多くの人を幸せにします。
あなたの心がもっと穏やかになれるように、一流の錬金術師になって、皆にこういいます。
――素晴らしいお師匠様と出会えたおかげですと。
それまで、待っていてください。
「でも、一つだけ良いことがありますよ」
「一つ?」
私の肩には、錬金術と魔法で作られた魔法鳥が乗っていた。
「この鳥さんに手紙を書くと、レベッカさんに届くそうです。最後に強くお願いしたらくださいました」
「あの師匠が? めずらしいこともあるもんだな」
「いっぱいお手紙を書きましょうね! ベルク様!」
「いっぱいは怒られないか……?」
「いいえ、絶対に怒りません」
「そうかな?」
「はい! それにこれは”強制”です」
すると私は、自分の口から出た言葉に驚いた。
奴隷が、主人に向かってこんな事が言えるなんて。いや、違う。
私は、もう自由になっているのだ。
それに気づいたベルク様が、ふふふと笑う。
「強制なら仕方ないな。だが、師匠にしつこいと言われたらやめるぞ」
「えへへ、そうはなりませんよ」
「随分と自信満々だな」
「はい!」
翌日、私たちはさっそくお手紙を書いた。
何を書けばいいんだ? とベルク様は困っていたが、ちゃんと家に着きましたか? とか、楽しかったですよ、とかにしましょうといったら、ふむ、そんなものか、と笑っていた。
後日、返事が届いた。
中を開けると、大変綺麗な文字で返事が書かれていた。
さらに花のしおりがついていたりと、可愛らしさで溢れていた。
「……師匠、手紙だと随分女の子みたいだな」
「レベッカさんは、凄く女の子ですよ! 可愛いのです!」
私には大切な人がいる。
ベルク・アルフォン様。
私には大切な友人がいる。
チェコ・アーリルさん。
そして大好きな大好きなお師匠様がいる。
レベッカ・ガーデンさん。
一見怖そうに見えるけれど、凄く優しい。とっても笑顔の素敵な人。
早くまた、会いたいな。
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