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第42話 奴隷の解呪

 師匠が家に来てから、早いもので数週間が経過した。

 初めは日帰りの予定だったが、レナセールがもっと一緒に過ごしたいと強く懇願したのだ。


 今まで彼女がわがままを言ったことはない。


 師匠は嬉しそうで、それでいて少し困ったような笑顔で、滞在期間を延ばしてくれた。


 それとは別にもうひとつ大事なことも関係しているが。


「今日は、レベッカさんの大好きなポテトフライにしましたよ!」

「おお、山盛りだな。美味しそうだ」


 いつもの夕食、レナセールの料理の腕前は日に日に上がっている。

 今日は、庭で獲れたジャガイモを使った罪悪感マシマシのポテト。


 前世の料理を何となく彼女に伝えると、何でも作ってくれる。

 前の唐揚げも絶品だった。至れり尽くせり、申し訳ない。


 ちなみに師匠は気を許し始めたのか、裸になっていた。レナセールもやってみたいと一日だけ裸になり、なぜか俺も裸にさせられた日もあった。

 恥ずかしかったが、開放感というものがあった。


 それと、驚いたことがある。


 サーチなのだが、師匠いわく、かなりの希少種とのことだった。

 初めて見たときは王都猫だと思ったが、このあたりにはなかなかいない珍しい種類だという。


 思えば人間語が少しわかっているような気がするし、時折、にゃあと返事するのだ。

 もしかしたら言葉をわかっているのかもしれない。


「ベルクはいい彼女を持ったな。うらやましいぞ」

「はい。ありがとうございます」

「か、彼女じゃないですよー!?」


 照れるレナセールも可愛い。


 毎日、少しだけレナセールが気にしている事がある。


 それは、奴隷の契約だ。

 そのことを知った師匠が、何と驚きべくことを言った。

 

 ――私が解呪してやろう。


 それこそが、まだ師匠が王都に滞在している一番の要因でもある。

 レナセールの魔力が強すぎるがゆえ、反発し合うらしく、準備に時間がかかるとのこと。


 どのくらいかかるのかは教えてもらえていない。

 だが俺は、レナセールには悪いがこのままでもいいのかと思ってしまっていた。


 師匠は本当に人嫌いで、この王都に来てからも必要最低限以外は外に出ない。


 もし解呪が終わるとまた帰ってしまうだろう。


 レナセールと、師匠とサーチ、俺が望んでいた家族のような生活が、ここにはある。


「どうしたベルク、夜のお楽しみの事でも考えてるのか?」

「ち、違いますよ」

「ふふふ、ベルク様もお好きですねえ」


 ああ、本当に幸せだ――。


「それと、今夜だ」


 だがそのとき、師匠が静かに言った。

 真剣なまなざしで、それが何のことだかはすぐにわかる。


「奴隷の契約を解呪すると、少なからず洗脳が解ける。その結果、レナセールがベルクに抱いてる感情が消える可能性は十分にある。それでもいいんだな?」

 

 師匠は、歯に衣着せぬ言い方で俺を見た。レナセールではなく、主人として問いかけだ。

 レナセールが何か言いかける前に、答える。


「もちろんです。契約は心に負担があると聞きます。出来るだけ早い方がいいでしょう」

「わかった。レナセール、悪いが私はこの世界の法律に乗っ取り、意思の確認はベルクだけに行う。君に拒否権はなく、かつ奴隷の解呪後、ベルクに危害を加えると判断したら容赦はしない。悪いな。私は君が好きだが、あまりにも多くの事を見てきた」


 奴隷に愛情を抱いた主人が洗脳を解くということは、少ないが実例はある。

 だがその結果、悲しい事件が起きたこともあった。


 奴隷が、主人を殺したのだ。


 はたから見れば信頼し合っている夫婦のようだったらしい。

 だが、その殺人が行われた後、奴隷はこう叫んだという。


 ――「ずっと殺したかった」


 レナセールは優しく、俺に対して心からの忠誠を誓ってくれている。

 それが嘘だとは思わないが、覚悟はしておくべきだ。


 ただし、もし彼女が俺を殺そうとしたときにどうすべきなのかはわからない。


 師匠は情に厚いが、決して容赦はしないだろう。


「……今言っても何の根拠にもなりませんが、私はベルク様を心から愛しています。地獄の底から救い出してくれたことだけでなく、ベルク様は、心の安寧と本当の愛情を教えてくださりました。ですが……私がもし牙をむき出しにしようものなら、レベッカさん、容赦なく私を殺してください。ベルク様の命を、一番に優先してほしいです」


 儚げな表情を浮かべるレナセール。

 師匠が、頬を撫でた。


「安心しろレナセール。私は約束をたがえることはない」


 それを聞いた彼女が、とびきりの笑顔を見せた。


 夕食が終わると、師匠は準備があると中庭で魔力を練り始めた。


 ちなみに一流の呪詛師でもあるらしい。もう、正直肩書が多すぎて覚えられない。


 その間、俺とレナセールは初めて出会ったときのことを話していた。

 身体が悪く、満足に食べられなかったパンや、歩くことがおぼつかなかったこと。


 師匠の魔力が高まるにつれ、緊張感が増していく。

 レナセールは、徐々に不安そうな表情を浮かべていた。

 

 感情が変わってしまうことが怖い、そう呟いた。


「レナセール」

「なんでしょうか?」

「俺は何の心配もしていない。俺は君が好きだ。そして、君も、俺が好きだろ」


 偉そうだが、これがすべてだ。

 レナセールが、ふふふと笑った。


「――準備できたぞ」


 師匠が一言そう言って、リビングの椅子を魔法で浮遊させると、中庭の真ん中にポツンと置いた。


「そこに座ってくれ。普通は縄で縛っておくなどの処置をするが、必要ないな? ベルク」

「もちろんです」


 レナセールは、ゆっくりと深呼吸した。

 椅子に近づき着席すると、胸を大きくはだけさせる。


 師匠が手を翳すと、契約の印が浮かび上がってきた。

 黒くて、何とも言えぬ異質な魔力を感じる。


「契約の解呪をしたあとの性格が変わったかどうかの判断はできない。だが私ならすぐにわかる。レナセール、悪いがそう判断した場合は、攻撃を開始する」

「もちろんです」


 俺は何か言いかけたが、やめた。

 レナセールの覚悟と、師匠の覚悟に口を出す権利はない。


 何もしないわけじゃない。二人を信じているのだ。


 そして師匠は、おそろしいほどの魔力を漲らせた。

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