第12話:殺してましたから
自宅に戻った後、レナセールは手洗い場でしっかりと血を洗った。
それから申し訳なそうに謝罪した。
「大変……申し訳ありませんでした」
あの後、男たちが何か言う事はなかった。
指が千切れた程度なら俺の回復薬を飲めばきっと結合するだろう。
C級と偽ってB級を渡すと、すぐにその場を後にして戻ってきたのだ。
だが俺はレナセールに困惑していた。
確かに男は鉈を掴もうと背中に手を回していた。
とはいえ勝手な行動なのは違いない。
しかし奴隷は主人を守る為に行動する。
何も間違ってはいない……か。
……そうだ。レナセールは正しい事をした。
「驚いただけで怒ってない。もしかしたら俺の指が飛んでた可能性もあったしな。いや、最悪の場合死んでたか」
「……ですが、勝手な真似をしたのは事実です」
「俺の指示を待っていたら反応できてなかっただろう。奴らも冒険者だ。遺恨がないように回復薬を渡したし、問題ないと思うが気を付けなきゃな」
冒険者はただ依頼を受ける仕事だけじゃない。
他人に舐められると身の危険だってあるし、強者が絶対正義だ。
奴隷にやられたなんて噂は広まってほしくないだろう。
俺たちさえ静かにしていれば問題はないはず。
一応、王都の中ではちょっと名も売れてるしな。
とはいえ今後は要注意だ。
それより――。
「レナセール、こっちへ来てくれ」
「はい」
俺は、彼女を抱き寄せると頭を撫でた。
「ありがとうな。だが俺がダメだといったら絶対に攻撃はするなよ」
「はい、もちろんです」
それから俺たちは薬草をすり潰し、試作品を作ってはいくつか小分けにして、明日まで待つことにした。
ここからいつもの作業だ。
購入した解毒剤と見極めながら秒数を測る。
それを、より良いものにしていく。
普通ならC級までたどり着くのに半年はかかる。
だが俺なら一週間もいらないはずだ。
今日は精神的にも疲れたので、早めに仕事を終わらせ、食事にした。
いつもより豪勢な肉を使ったステーキと、山草と動物の油で作った天ぷら。
たまにしか飲まないが、今日は酒も。
「そういえばレナセールの年齢っていくつなんだ?」
「正確には覚えてませんが、まだ八十歳ぐらいだと思います」
……流石エルフ。見た目は若々しいが俺より年上だとは。
なら問題はないか。
「だったら飲むか?」
「……はい。――ほしいです」
するとレナセールは、俺の膝に跨って唇を近づけてきた。
俺の唇に残っていた少量の酒を、舌で舐めとると満足げに微笑む。
「……美味しいですベルク様」
酒なのか俺なのか、そんな軽い冗談を言おうと思ったがやめた。
そのまま寝室に手を引っ張られると、レナセールが衣類を脱ぎはじめる。
彼女の身体から、ほんのりと血の匂いが香る。
「ベルク様、私はあなたを愛しています」
「……ありがとう」
嘘はつきたくなかった。
愛とは、もっと心を通わせた後に伝えるものだ。
だがレナセールは本音かもしれない。
あまりにも傲慢な考えだが、彼女が返答を求めなかったことに安心した。
「でも、冒険者が男で良かったです」
「……どういう意味だ?」
肌を重ね合わせながら、レナセールが静かにささやく。
「もし相手が女だったら、殺してましたから」