ファイル1:ポーション運び 後で書き直す
「このハイポーションを指定の場所まで運ぶ、これがカシラ君のお仕事」
肩幅程の大きさの木箱にギッシリと詰まったポーション。これを紙に書かれた場所まで運んで仕事は終了。
それで日給5000ゴラス(日本円で約50万)
「息をしないと死ぬように、人は魔力が循環しないと死にます」
「そうですね」
キツい臭いを纏わせ真っ赤な手袋をした今回の仕事の採用担当者、彼がポーションを1つ取り出す。中指ほどの、両手で包み込めば消えてしまいそうな、ガラス瓶に入った真っ赤な液体。
血を見ているようで気分が悪くなってくる。
「これを魔力量が極端に少ない者や無い者に無償で提供する、つまり命を救うんだ。だからいいいかい?カシラ君、
絶対に、途中放棄や間違った選択をしないこと。いいね?」
「うっす」
はじめまして、阿部 頭と言います、今は「カシラ」という名前で暮らしています。
異世界転生者です。前世の記憶はありませんが、それはさほど大した問題ではありません。
魔力はあるし、固有スキルも存在する。金さえあれば、泊まる所も生活も何不自由なく暮らせます。
そう、金があれば。
あなた達が異世界転生をして、まず最初に当たる大きな壁の1つは「金銭面」でしょう。見知らぬ土地に連れてこられ戸籍も何も無いのに働ける訳が無い。
そういった人たちを助けるために国が立ち上がり作ったのが、この闇バイト。
今回のだってそう。普通に考えれば無償で提供されるのに、運ぶ人間が高額な給料を貰えるはずがない。
そこでアドバイス。
深く考えるな
ああ、嘘嘘。脳みそはいつでもフル回転させといた方がいいですね、何が起こるか分からないから。
「着いた」
噴水のある大広場、その近くの裏道に入る。そこはさっきまでの華やかな城下町とは違う、暗くてジメジメした空気。
そんな通りの一角に、その空気に溶け込むような親子が2人、仮面を被り立っている。
「どうも」ペコリ
「こんにちは」「…」
親が対応をし、子供は黙っている。
「珍しい仮面ですね」
「私たちにとってここの魔素は濃すぎるので封魔の面をしなければなりません」
確かに、ここら辺の魔素の量は他よりも少し濃密に感じる。別に気にする程ではないが魔力の持たぬ者にとっては死活問題なのだろう。
「それにしてはお子さんの方は魔力があるじゃないですか。親子揃って『透き通った』ような…いえ、なんでもありません」
空気が一瞬で変わったのを感じた。
この空気はマズい!
これ以上は踏み込まないようポーションを渡し、親子に別れを告げた。これをあと数回繰り返すだけ。
「しっかしなぁ…」
辺りを見回す。先程から気になっていたのだが誰からか触られるような視線を感じる。
「ま、いっか」
重要なのは仕事を遂行させること。
それに、見られていると言うより―
大広場前
ラスト1つまでたどり着いた。配達を始めてまだ2時間も経っていないじゃないか。
最後もこの広場からそう遠くない。幸い自分の配達地域なのか、この広場周りの家庭にしか配られていないようだ。
「お客さん、外から来たんだろ?」
噴水に腰掛けていると、横にいた路上販売の商人が話しかけてきた。
「客じゃねぇけどよく分かったな」
「なに、兄ちゃんの魔力量を見れば分かるさ。少ない魔力を持つ者はここに来る時にこの封魔の面をする」
偶然にも路上販売の品物は「封魔の面」らしく、大小色々な模様で売り出していた。
「あぁそういう外…ちょっと被ってみてもいい?」
「兄ちゃん!逆、逆!裏表が違うよ!」
「こうか?」
「そう。ったく…そんな魔力の量じゃここら辺息しずらいだろ。どうしてたんだい?まさか息止めてた訳じゃあるめぇな」
「まさか。ハハハ…」
本当は魔力量は少なくない。めちゃくちゃ多いって訳では無いが人並みぐらいならある。
固有スキルでそう見えているだけ。包み隠して自分を小さく見せようとする。
昔から、いや、前世からこんな性格なんじゃないのかなって思ってしまうよ。
前世…もう一度だけ…なんだっけ?
「それにしても、なんでこんな魔素が濃いんです?」
「そりゃ貴族やお偉いさんが沢山住んでいるからさ。我慢してお面付けたまま生活するやつもいるけどな」
「それがなんの関係があるんだ?」
「そういった人たちは魔素臭ぇんだ。分かるだろ?ポーションをイッキした後のニオイっていうか…」
商人は指で鼻をつまみ臭いを堪える真似をする。
「噂じゃ、上流階級にしか回らない『高級ポーション』なるものが出回ってるらしい」
路地裏
結局仮面も買わなかった、これで最後だし。
最後のところもちゃんと家の前で待機していている、例の仮面を被って。
「こんにちは。ポーションをお届けに来ました。」
「…」
仮面をした子供は黙って手を差し出す。早くよこせと口に出さずともここまで伝わるものなのか。
しかし少年、君には渡すことが出来ない。
「すまない、本人に渡さなきゃならないんだ。ロードフォッツさんを出してくれないか?」
「僕がロードフォッツです…」
「嘘はよくない。あんたは混ざった…いや、『純粋な魔力』を感じる」
今まで渡してきた人達とこの子の違い、それは「魔力の質」だ。
渡してきた人達はどれもこれも「透き通ったような綺麗な魔力」をしているが、街の人間やこの子は「色々混じった普通の魔力」を感じる。
例えるなら「高級天然水」と「水道水」かな?
この時点で私にはこれを配る意味、理由も推測だが分かっていた。
分かってもバイトは続けなければならない。
「こっちにも事情があるんだ。会わせてくれないか?」
「だから僕がロードフォッツだと何回言えば分かるんです!」
ガチャッ
「あ」
「お。お宅がロードフォッツさん?」
「…」コクリ
「やめろ!違う!!」
頑なに自分をロードフォッツと名乗る少年と口論になっていると、建物の入口から本物が出てきた。
自称ロードフォッツが否定をするが、「質」が明らかに違う。
今までとも違う。「濃く」て「純粋」な生命のエネルギーらこれが魔力か。
「やめろ…!やめてくれぇ!」
「残念ながらロードフォッツさんは助かりません。沢山の魔力を溜め込み、封魔の面を逆側に被る。言わば熟成でしょう、魔力の」
「そんなことは知ってる!今日出荷される事も!!」
なるほど、だからこんなに必死なのか。
泣いて私の袖をつかんでくる自称ロードフォッツ。子供ながら色々な物を見てしまったのだろう。だがすまない、
君のために出来るのはこれぐらいしかない。
「人体とは不思議なものだ。色んなものを吸収して、包み込む」
「…?」
「食べ物、水から始まり…終いにゃ魔力や毒まで包み込んじまう」
「あなた何を言って…?」
「私の仕事は魔力量が極端に少ない者や無い者にポーションを届けること。本人に届けるだけです」
「それって…」ハッ!
少年は何か気づいたようだが、それ以上はダメだと人差し指を立てる。
それを口にすれば規約違反になる。あくまで私は感想を述べたまで。
重要な計画は包み隠さなければいけない。
その後、ちゃんと本物のロードフォッツにポーションを渡し仕事を終えた。
そして―
「終わったから出てきていいですよ」
誰もいなくなった路地裏でそう言うと、どこからともなく今回の仕事の担当者が出てきた。
どうやら先程からずっと感じていた視線の正体は彼のようだ。
「お疲れ様。これ、今回のバイト代ね」
「うす。あざす」
担当者は近づき、直で5000ゴラスを手渡しされる。
最初はキツく感じたあの臭いも、今は特に何も感じない。それほどまでこの場所に溶け込んでいる。
そんな事を思っていると手に持ったゴラスに違和感を感じる。視線を落とすと、そこには担当者の手が乗ったままだった。
「さっき、楽しそうな話をしていたじゃないですか」
「はあ」
「気になっちゃって気になっちゃって…」
ジリジリと体重をかけられ、長い髪の間からゆっくりとこちらを触り尽くすように見てくる。正直キモい。
「別に。くだらない世間話ですよ、どこにでもある」
「それならばいいんですが…どうも心配で心配で…」
「安心してください。今日の出荷にはなんの影響もありませんから」
しばらくの沈黙。手にかかる重さがスゥッと引くと、担当者は2歩ほど後ろに下がっていた。
「それは良かった。それではこれで今回のお仕事は終了です」
どっと疲れが来る。まだ見分け方が簡単で分かりやすかったが、一歩間違えたら死んでいただろう。
それほどまであの男は不気味で強かった。
「今回はハズレの方かなぁ…」
寝っ転がりながらメモ帳を見る。
私の場合、闇バイトの当たりハズレの基準は他の人と少しズレている。
だがそれは、人によって違うものだ。
みんなは金銭面だが、私は「物品」目当てで闇バイトをしている。
え?それなら普通にさっさと戸籍取って安心した生活の中で見つければいいじゃないかって?
闇でしか見つけられない品物も沢山あるんですよ。
それに「闇バイトをする条件」にも書いてあったでしょう?
・どんな理由でもいい、闇バイトをする確固たる意志を持つ者
って。
皆さんも異世界に来た時にはお会いすることがあるかもしれませんね。
中途半端な覚悟で包こまれないようお気をつけて。
では、ごきげんよう。