33.イチゴ、あげたでしょ
「おい、ひな! これ! どういうことだよっ!」
ファミレスの安っぽいテーブルが揺れた。理一が叩いたせいでダンッと激しい音が店内に響き渡り、周りからの視線が突き刺さる。
「うるさい」
ひなたは鋭い視線で理一を制する。
素直に黙ってくれる相手ではない。ひなたはパフェのスプーンをすくう手を止めて、空いた手で、理一がテーブルに叩きつけた書類を持ち上げた。
理一の解雇通告書。
ひなたが今朝、理一の部屋へ送りつけたものだ。
「国防局を解体するの」
「はあ⁉」
「だから、りぃくんはクビ」
「なんでだよ! っていうか、そんな話、俺は一ミリも聞いてねえって!」
「りぃくんは、局長に対する口の利き方を改めてくれないからね」
ひなたは書類をそのまま理一の方へ突き返すと、再びパフェにスプーンを差し込んだ。
先日、とばりに邪魔をされてあまり味のわからなかったパフェは季節限定のもので、その提供最終日が今日だ。だから、今日こそはおいしく味わおうと思っていたのに。
「だいたい俺は、ひなが局長に就任したってことも先週知ったんだ」
理一はドカリとひなたの前を陣取った。
とばりともこうして向かい合ってパフェを食べた。いや、あれは勝手に奪われたんだった。その点、理一は甘いものを好まない。奪われる心配はしなくても良い。うるさいけど。
ひなたはゆっくりとイチゴソースをソフトクリームにからめて味わう。うん、甘酸っぱくておいしい。
「とばりを殺した功績だって」
笑ってしまう。幼馴染を殺して、なぜ功績など与えられようか。
国際的テロリストであり、不死身の怪物。了輪とばりを殺したひなたは、世間的には英雄として名を馳せることになってしまった。最強の捕縛者の方がいっそマシだったかもしれない。
とにかく、テロリスト退治の功績を称えて贈られたものが、国防局局長という座だった。
はじめこそ断ろうかとも思ったが、ひなたは最終的にそれを引き受けた。
局長になれば、国防局を自由に操ることができる。
ひなたととばりを生んだ国防局という歪んだ正義の塊を、壊すことすら簡単にできる。
それこそが、ひなたの最も欲していたものに近かった。
とばりが壊そうとしていた世界の一端が、国防局なのだから。
それから、局長からの業務引継ぎに一週間。仮にも国を守るための組織の長だ。本来ならば一年以上をかけて引き継がれるはずのそれは、すぐに国防局を解体するつもりでいたひなたには必要なかった。
国防局の土地は元々国のもの。とばりも眠る霊園だけは残してもらうことにして、後はすべて国へ返却することで片付いた。それ以外の面倒な外交やら、組織編制に伴う国の防衛体制に関しては、元国防局局長が防衛庁へ異動しただけでなく、周囲の人間たちのおおよそがそういった関係に転職してくれたおかげで、後はそちらで何とかしてくれると言う。本当にひなたのための組織だったのだ、とひなたはそのとき少しだけゾッとした。けれど、自分に都合の良いことは、それ以上追及する必要はない。もちろん、その他の職員たちも、もとより精鋭たちだ。転職先は簡単に見つかった。
つまり、ひなたに残された問題はただひとつ。
長きに渡り相棒として隣にいてくれて、ひなたと同じような能力を持つ理一の存在だけ。
色々と考えに考え、出した結果がひとまずの解雇だったということになる。
「だから、解雇」
「おいおい、まじかよ。ひな、バカになったのか? これで考えただって? 冗談がきつくね? いきなり、解雇通告書なんか送ってこられても、俺はいきなり宿無し、職無しになるんだぞ? さすがの俺も困っちゃうよ?」
「わかってるよ」
「わかってねえだろ!」
住む場所も、移動手段も、金も。すべてがなくなり、またゼロからのスタートだ。
「わたしも同じだから」
ひなたが短く返せば、理一は先ほどまでの怒りをきれいさっぱり忘れ去って、ポカンと口を開けた。
「は?」
二度は言わない。
「いや、いやいやいやいや? ひなたさん? 何を考えてんのかさっぱりわかんないんですケド⁉」
理一はまったくわからないと身振り手振りでひなたに伝える。本当はわかっているくせに、どうしてわからないふりをするのか。ひなたにはそれがわからない。
「うるさい」
理一を黙らせるために、ひなたは仕方なくイチゴをのせたスプーンを理一の口へと突っ込んだ。本当は自分で食べたくてとっておいたイチゴだけれど。今はこれが最善の選択だ。
「んむっ⁉」
「とにかく、国防局は解体する。だから、りぃくんはクビ。私も、局長は辞める。それだけだよ」
「……っ! ひな、お前なあ!」
「イチゴ、あげたでしょ」
「そんなんで許すと思ってんのかよ」
「とばりなら許すよ」
「俺はとばりじゃない」
「でも、りぃくんだって許す。でしょ?」
ひなたがじっと理一を見つめると、目の前の相棒は不服そうに頭をガシガシと掻く。納得はいっていない。だが、理解はした。理一はそんな顔で乱雑に書類をまとめる。
「ああ、もう、わかったよ! わかった!」
「さすが、りぃくん」
理一は大きくため息をついて、チラとひなたを見やる。ひなたはそんな理一の視線など気にもとめずに口いっぱいパフェを頬張った。やっぱり甘くておいしい。
「で……お姫さまはこれから何して生きていくつもりなんですか」
「考え中」
今は、パフェを食べ終わるまで生きる。その後は……。
「富士山にでも登ろうかな」
どうせ、しばらくは金も余っている。死ぬまで一生遊んで暮らせるような余裕はないから、せっかくの能力を活かして少しくらいは稼がなくてはならないけれど。悪人を捕まえたいとは思わないし、正義のヒーローになりたいとも思っていない。もちろん、お姫さまにも。だから、普通のバイトをして、少し稼いだら旅にでも出て。それを繰り返すのも悪くないかもしれない。
「うへえ、山登りかよ」
「後、鳥取砂丘もいいらしい。広州のチャーシューもおいしいって言ってた」
「はあ?」
とばりが見ていた世界を見てみたい。
ひなたは最後のひと口をスプーンで綺麗にすくいあげる。
「ピラミッドも見に行く」
「ピラミッド⁉ なんでまた。てか砂丘といい、熱いし、砂しかねえじゃん」
「でも、いいらしいよ」
「はあ……。ま、いいけど。しょーがないからどこでもついていってやるよ」
「は? 譲ったみたいな言い方しないで」
「俺がいないと、お姫さまは寂しいみたいだし」
「ウザ」
説得を諦めて、仕返しとばかりにひなたをからかう方向へシフトチェンジした理一を睨んで、ひなたはパフェを口へ運ぶ。コーヒーゼリーと、クリームと、イチゴ。
甘い、酸っぱい、苦い、でも甘い。
鉛弾に撃ち抜かれて消えていった青春みたいな味がして、ひなたはそれを噛みしめる。
「ねぇ、りぃくん」
「ん?」
「買い物行こ、服買いたい」
「……ま、いつまでも制服ってのもな」
理一が立ち上がる。ひなたも伝票を抜き取って、理一に続く。ふわりと風が頬を撫でた。
ひなたの口角が自然と持ち上がる。
「なに、嬉しそうに」
理一が目ざとくそれを指摘する。ひなたはごまかすことなく笑った。
多分、とばりのせいだ。ひなたはそう思う。世界の半分、ひなたの失った半分が、心の中に生きているから。
とばり、わたし、生きるよ。
今日も、明日も、あさっても。
世界がこの命を燃やし尽くすまで、生きるよ。
わたしが選んだ、正しさだから。