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28.僕は、正しくなりたい

「あ、まいっ!」


 両手から乱射された銃弾をかわし、ナイフで弾き、ひなたはとばりの胸元へ飛び込む。まずは右腕。脇の下からナイフを差し込んで自らの体へ引き付ける。瞬間、とばりの体が左へぶれた。まただ。時間感覚がほんのわずかになくなって、その分だけとばりが遠のく。ムカツク。ひなたが手のひらを返せば、今度は銃身とナイフがぶつかった。金属音が耳に触る。体重を預け、銃身を叩く。散る火花。ひなたの銃だ。表面に迸る電流がひなたととばりの距離を引き離してくれる。

「っ、ふ」

 一瞬の脱力。ひなたは再びとばりへと迫る。ナイフの刃を上に向け、突き上げる。頸動脈(けいどうみゃく)。とばりはそれを受け流すようにかわす。カウンター。くる! 体を逸らした回転をそのまま使って拳が繰り出せる。ひなたなら繰り出す。大きな動きの代償だ。わかっていれば対処できる。やはり、予想通りの軌道で唸るとばりの拳、肋骨(ろっこつ)めがけて飛んできたそれをギリギリまで引き付け、ひなたはナイフの柄で叩き落した。


「く、は、はは、やるね」

 捨て身でアスファルトを転がり、距離を置いたとばりが笑う。全く嫌になる。同じ環境で育ち、同じ技を習い、互いの手の内が読めている。そんな相手とやるのは時間ばかりがかかってしょうがない。正確には、使えるカードの枚数だけならとばりの方が多いはずだ。彼は外の世界を渡り歩いている。生きるために禁じ手などないと知っている。その経験は、とばりを強くする。

 ひなたの額にじとりと汗がにじんだ。前髪が張り付いてウザい。とばりがじりじりと距離を詰める、その長い空白でさえ気が抜けない。

「もう見抜いたの?」

「何を」

「僕に、時間を逆らわせないなんて」

 とばりは嬉しそうにひなたを見つめる。自らを攻略されて喜ぶなんて、どんな変態だ。ひなたが顔をしかめると、とばりは軽い笑い声をあげた。

 時間を逆行されるなら、直前で叩く。軌道を読まれる前に。

 とばりが先に能力を明かしてくれていたから対処できただけのことだ。腹立たしい。

「とばりこそ。手加減してるの、うざいよ」

「あっはは、厳しいな。手加減してるつもりはないよ。確かに、情けはかけたかもしれないけどさ」

 互いに出方を窺う。足は止めない。手の動きも。相手の視線を誘導するように、体を動かし続ける。集中力を奪えば隙は生まれる。

「殺す気、あるの」

「それ、僕に聞いてるの?」

「当たり前」

 目の前に、とばり以外の誰がいると言うのだ。ひなたは至極真面目に尋ねているのに、とばりは冗談だとでも思ったのか、再び声を上げて笑う。とばりは本当に笑い上戸だ。何が面白いのか、ひなたにもさっぱり理解できないくらいに。


「ひなたちゃんを殺すわけないでしょ。今日の目的は、ひなたちゃんじゃないもん」

 とばりが強く地面を踏み切った。腰を低く落として地面すれすれまで体勢を下げたとばりは、ひなたの目の前から消えたように見えた。直後、彼は打ちあがる。ロケットのように。

「また!」

 ひなたが背後を振り返るときには、すでにひなたたちを取り囲む銃撃によって視界が遮られ、とばりは空気に混ざって消えていた。

 古風に印を結んだり、アニメよろしく呪文を唱えたりすることもない。前触れもなく、認識できない時間が生まれる。時間操作は想像以上に厄介だ。

 とばりが見せたのはひなたの身長を軽々と超えた垂直飛び。ゆうに一六〇センチメートルは飛んでいる。おそらくとばりの限界ではない。

「病院前を封鎖して!」

 ひなたは声を上げる。専用回線が自動で音を拾い、周囲を促す。信号が点滅する。縦横無尽に走っていた車が一斉に病院前へと集まっていく。

 ここでケリをつけるつもりだった。だが、ひなたにそう思わせることこそが、とばりの仕掛けた罠だったのだ。まんまとはまってしまった。

 ひなたは唇を噛みしめながら病院まで走る。その距離わずか一キロ。とばりの目的はあくまでも理一(りいち)だ。ひなたですらそのことを一瞬忘れてしまうほど、とばりと激しく競り合った。だが、とばりにとって、ひなたとの戦闘も、目的を達成するための手段に過ぎない。

「すぐに、追いつく」

 少なくとも、音速と情報速度はとばりの足を上回る。数百メートル先で激しい銃撃戦が始まっている音がする。それこそが証拠だ。


「生体反応確認、攻撃を続行」

「情報班より各位、専用回線が傍受されています」

「セキュリティ対策班、回線を遮断します」

 イヤフォンからノイズと連続的なブザー音が流れた。

「回線の、切り替えに、成功」

 短く区切られた結果報告が何よりの証だ。

 複雑な暗号化処理を施した特殊防災用回線。国防局(こくぼうきょく)が創設されて以来、百年もの間、一度も使われてこなかった時代遅れの回線がここにきて役立つとは。テロリストによって技術進化の心髄を知るとは皮肉な話だ。

 白い建物の多い人工島で、ひときわ白く目立つ建物が目視できる距離に入った。病院までの直線道路。すでに戦闘が始まり、あちらこちらで戦火の痕が増えていく。中心にいるとばりは、どこか悲しげに仲間たちを(ほふ)っていた。黒のシャツも、スラックスも、彼の血か、仲間の血かわからぬ赤に染まりつつある。彼を象徴する漆黒の髪もいよいよツヤを失っていて、とばりの頬には無数の傷ができていた。

「それでも、死ねないんだね」

 ひなたは轟く砲弾に紛れる。ひなたがとばりを察知できるように、彼もまた、ひなたを察知している。どれほどうまく溶け込んでも、彼の背後を取ることは不可能だろう。それでも、できる限り気配を殺し、息を止めてとばりに近づく。

 とばりなら、こうする。


 ドォオオオオンッ!

 花火よりも豪快な砲撃。飛び散る火花と着弾した衝撃波を切り裂いて、ひなたはとばりの前へと踊り出る。

 病院はすでにひなたのすぐ後ろだ。患者たちはすでに避難を終えた。通常はたどりつくことのできない地下シェルター。理一もそこにいるはずだ。

 とばりなら、地下シェルターだろうが突破する。

 だから、ここは通さない。

 ひなたの白に目を細め、とばりは肩をすくめた。

「ほんと、勘弁してよ」

「それはこっちのセリフ」

 ひなたが素直に言い返すと、とばりはやはり困ったように笑う。止まない銃弾。降り注ぐ鉛の雨は、すべてとばりの上空にある。それでもとばりは足を止めない。ひとつとして当たらない薬莢(やっきょう)は、地面にぶつかってカラカラと音を立てるだけ。不思議なことに、空虚なその音がひなたの耳には世界の泣き声に聞こえた。


「お願いだから、僕を選んでよ」

 何度目かの懇願。とばりは力なく笑う。手に握られている銃は、いつの間にかひなたから奪った一丁だけになっていた。

「僕を、正しいって、言って。生まれた瞬間から間違っていた僕を肯定できるのは、ひなたちゃんだけなんだよ」

 とばりはその銃をひなたに向ける。脅迫めいた祈りは、あまりにも悲痛な青年の叫び。

 とばりは、もうひとりのひなた自身だ。

「僕は、正しくなりたい」

 わかるよ。

「こんな力、本当は、いらなかったよ」

 わたしも、同じだよ。

 わたしたちは、いつだって正しく生きているのに、どうして間違ってしまうのだろう。

「正しく、ありたいよ」

 とばりの構えている銃口が震える。

 だから、とばりは、銃が下手くそなんだよ。そんなに震えてたら、本当に狙っている場所を撃ち抜けない。

 ひなたがとばりに一歩近づいた瞬間。


 音もなく空気を裂いて貫いた鉛によって、とばりの胸に鮮やかな赤が咲いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 肯定してくれるのはひなたちゃんだけ、ですか。圧倒的な戦闘力に目を奪われがちですが、とばりも悲しいものを背負っているんだと、気がついてしまいますな。 _( _´˙꒳˙)_
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