第2章 老練の凄腕冒険者と帰りを待つ受付 2
前回のあらすじ:フィーアさんは髪を切って心機一転前に進むことを決意したようだ。
第2章2話です。
ボロボロの風体の男は、女性を突き飛ばして街中へずかずかと歩いて行った。俺は慌てて突き飛ばされた女性に駆け寄り、声をかける。
「大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫。ありがとう。」
俺はその女性に手を差し伸べる。女性はその手をつかみ、ゆっくりと立ち上がった。ぱたぱたと服に着いてしまった汚れをその場ではたき落とす。そうして身だしなみを整えた後、俺の方を向いて背筋を伸ばした。
「この辺りじゃ見ない顔ね。私はディーテ。この町の冒険者協会の受付よ。」
冒険者、それはこの世界特有の職業だ。この世界には魔物という凶暴な動物がいるらしい。以前街の外に出たときは、偶然出くわすことはなかったが、割とありふれた存在らしい。
街の住人の手伝いから、凶悪な魔物の討伐まで、幅広い仕事を請け負っているのが冒険者だ。そして、その冒険者を取りまとめているのが冒険者協会。
ディーテさんはその冒険者協会の受付ということらしい。
おっと、名乗られたのに名乗り返すのを忘れてた。
「俺は光って言います。」
「ヒカル……?変わった名前ね。髪も黒色だし、外国の方かしら?」
「そんな所です。」
出自について詳しく話すのは大変なので、あいまいにごまかしておく。ディーテさんは怪我もなかったようし仕事に戻らなければならないということなので、その場で俺たちは別れた。
翌日、俺は花火の材料を求めて街のいろいろな店を散策していた。今一番欲しいのは、花火を色づけるための様々な金属粉なのだが、そう簡単には見つからない。フィーアさんにもお願いしているので、気長に探すとしよう。
ウェスタン家から借りて、今は花火の製作所と化している倉庫へ向かおうと歩いていたところ、昨日見た顔が言い合っているのが見えた。俺は思わず、物陰に隠れた。
「そんな体の状態ではこの依頼は無理と何度も言っているでしょう!新人を威圧して無理矢理受注するなんて、死にたいのですか?」
「俺以外に受けられる奴いねぇだろう。それとも何か?この村への被害を協会側は見てみぬふりするってことか?」
「別の街に応援を要請しているところです。ボロボロのあなたが行く必要なんて……。」
「それじゃ遅いから、この俺が、受けるって言ってんだよ!」
男は声を荒げて、前に立つディーテさんの手をつかむ。このままじゃまたディーテさんが危ないかもしれない。何とかしなくてはと思うも、俺には何の力もない。冒険者らしきあの男を止めることなど絶対にできはしない。そんな時、俺は背後から声をかけられた。
「おや、ヒカル様ではないですか。こんなところへどうして?」
話しかけてきたのはもうおなじみ、ウェスタン家の執事であり花火製作を手伝ってくれているセバスチャンさんだった。セバスチャンさんは買い出しの帰りなのだろうか、大きな袋を抱えている。
俺は返事を返そうとするが、その声は前にいるディーテさんと男の言い合う声でかき消されてしまう。セバスチャンさんはその様子を見て目を細めた。そして、スタスタとその二人に向かって歩いていく。
「人前で言い合うなんて感心しませんね。その先に用があるので、通してもらってもよろしいでしょうか?」
「……ウェスタン家の執事か。」
男は先ほどまでの剣幕とは打って変わって、セバスチャンの方を見て静かにつぶやいた。どうやらこの男はセバスチャンさんのことを知っているらしい。ディーテさんもセバスチャンさんと、その後ろに立つ俺の姿を見て驚いた表情をしている。
「もう一度言います。通してもらってもよろしいですか?」
セバスチャンさんは静かな声ではあるのだが、俺でさえ感じられるほどの威圧感を放っている。男は一つ舌打ちして、街中の方に歩いて行ってしまった。門の方へ向かわなかったからだろうか、ディーテさんもそれに何も言わなかった。
男が去った後、ディーテさんはセバスチャンさんに礼をする。
「こんにちは、セバスチャン。それにヒカル。二人が知り合いだったなんて知らなかったわ。」
「おや、そちらもヒカル様と知り合いだったのですか。とりあえず屋敷の方に向かいましょうか。」
「いえ、私はまだ仕事があるから。」
セバスチャンさんの言葉にディーテさんはそう返すが、セバスチャンはディーテさんに近づいて腕にそっと触れる。ただそれだけで、ディーテさんは少し痛みに顔をゆがめた。
「骨は折れていないようですね。ですが、念のためにすぐ冷やした方が良いでしょう。」
どうやら、先ほど男に腕をつかまれた際に、痛めていたようだ。全く気付かなかった。ディーテさんは渋々という顔をしたが、三人でウェスタン家の屋敷に向かった。
今俺はウェスタン家の客室でディーテさんと二人でいる。セバスチャンさんはというと、ディーテさんの手当てをした後、買いだしたものの整理をするからと言って紅茶だけ出していなくなってしまったのだ。
別に俺はディーテさんと親しい関係にあるわけではない。客室に気まずい空気が流れる。そんな中、俺は声を絞り出した。
「あの、ディーテさん。さっきの男の人は?」
俺の質問にディーテさんは一瞬驚いた顔をするも、すぐに何か納得したような顔に戻った。
「そういえばヒカルは外国から来たって言ってたわね。なら知らないのも無理ないか。あの男の名前はアレス。かつては"豪剣"という二つ名で名をはせた元Sランク、今はAランクの冒険者です。」
冒険者の実力はよくあるランクで分けられるらしい。一番上はS、その次はAでそれからはアルファベット順にEまでという具合だ。
つまり、その"豪剣"のアレスさんは相当な実力を持った冒険者ということだ。しかし、ランクが下がっているのはどういうわけだろうか。あの様子を見るに、素行不良を咎められたりしたのだろうか?
俺の疑問が表情に出てしまっていたのだろう。ディーテさんは口に出していない疑問に応えてくれる。
「アレスが"豪剣"のSランクとして名をはせたのはもう十数年前になるかしら。私が冒険者協会の新入り受付嬢になったころよ。彼は優しくも、強い。どんな困難な依頼でも乗り越えてきました。そんな彼でも、老いには勝てない。徐々に依頼の失敗などが増えてきてしまったの。」
冒険者の寿命は短い。それは文字通り、危険な依頼で命を落とす場合もあるし、職業としての寿命の話でもある。三十を超える頃にはほとんどの冒険者は引退を考え始めるのだ。
それなのに彼はすでに四十を超えているという。全盛期から比べれば、見る影もないほどに劣っているそうだ。それでもAランクで居続けられているのは、衰えたといっても十分な実力者であり、それまでの冒険者としての経験が豊富だからだ。
「優秀な冒険者の後進がいないのもあって、この町のランクの高い依頼はほとんどすべて一人で請け負ってるの。何とか他の街に応援を要請しているんだけど、どこもそんなに余裕がないの。」
この街は国で一番大きい街だ。それなのに、冒険者の人材が不足しているのは単に仕事が少ないからだ。国の中央付近にあるこの街では冒険者の依頼というのはどうしても少なくなる。国境に近かったり、大きな森があるような街が冒険者にとって人気なのだ。
しかし、凶悪な魔物というのはどこにでも突然現れる。そういった対応を彼が一手に引き受けているという。
「彼の体はもう限界なの。それなのに引退しないのは、彼のやさしさと責任感から。私たちはそれに甘えてしまっているの。」
そう言い放つディーテさんの表情は非常に苦しそうだ。心底自分の不甲斐なさを嘆き、アレスさんのことを心配している。俺もディーテさんのその表情に胸を締め付けられる思いになった。
第2章2話いかがだったでしょうか。何故か知らないけど、執事というだけで強キャラな感じがしてしまうのは自分だけでしょうか?ちなみにディーテさんの年齢は三十前後をイメージしています。
次回更新は10/7(金)になります。読んでいただけたら嬉しいです。