第2章 老練の凄腕冒険者と帰りを待つ受付 1
前回のあらすじ:光の打ち上げた花火にフィーアは感銘を受けたようだ。
第2章開始です。次はだれのために花火を作るのでしょうか。
――光が行方不明になった。
仕事に手が着かない。ここまでうろたえたのは光の父親が亡くなった時以来かもしれない。仕事一筋で生きてきたわしは光を育てるため何をするにも一苦労で、職場の若い奴らに手伝ってもらいながらなんとか育ててきた。
そんな環境で育ってきたからだろう、光は花火職人に憧れるようになった。今の時代ではそれは厳しい選択であると言わざるを得ないが、祖父としてはとても嬉しかった。
そんな光がある日突如行方不明になった。わしはすぐに警察に連絡し、捜索してもらったのだがその足取りは下校時を境にぱったりと途絶えていた。書置きなどもなかったし、いきなり家出するとは思えない。まるで神隠しにでも遭ったかのようであった。
しばらくは夜も眠ることができなかったが、体はどうしても休息を欲する。浅い眠りについたとき、わしはとある"夢"を見た。
その"夢"は一つの花火が打ちあがった夜空を眺めるという夢だった。
職業柄、いつも花火のことを考えているので、花火に関する夢を見ることは多い。けれど、その"夢"で打ち上げられた花火はわしが初めて打ち上げた花火よりはるかに出来の悪い花火だった。色も単色だし、花火の形も良くない。
たとえわしが新入りの時でも、こんな花火を打ち上げたと今は亡き師匠に知られたら間違いなく拳骨では済まされないレベルだ。
それなのにどうしてだろうか、わしはその花火に心打たれた。その花火には強い想いが込められている。わしはそう感じたのだ。
たとえ不格好だったとしても、誰かのための、強い想いを込められた花火は美しい。
そして、その花火からは何となく、行方不明になっている光の気配が感じられた。
もし、光が少ない材料の中で、初めて花火を作ったとしたら、こんな風な花火を上げるのかもしれない。
目が覚める。浅い眠りだったはずなのだが、なぜかすっきりした気分だった。
「もし光があんな花火を上げたのだとしたら、ちゃんと指導せんといかんな。」
初めての花火を打ち上げた翌日、俺はウェスタン公爵家の屋敷を訪れていた。昨日は花火を打ち上げた後も片付けで忙しくて、フィーアさんに感想を聞くことができなかったのだ。一日経って感動は薄れているかもしれないが、感想を聞いてみたかったのだ。
「ようこそ、ヒカル様。お嬢様の部屋へご案内します。」
「ありがとうございます、セバスチャンさん。」
すでに十分顔見知りと言えるくらいの仲になったセバスチャンの後をついていき、フィーアさんの部屋の前に立つ。
花火のことを隠すためなるべく会わないようにしていたので、こうして会いに行くのは久しぶりだ。
セバスチャンさんが扉をやさしくノックする。
「お嬢様、ヒカル様をお連れしてまいりました。」
部屋の中から「入りなさい」という声が聞こえてきて、セバスチャンさんは扉を開けた。そして、俺は扉の先のフィーアさんの姿に驚くことになった。
「え、フィーアさん!?髪切ったんですか?」
「ええ、あなたの花火を見て思うところがありまして。心機一転というか、前へ進むためにバッサリと切ったんです。……もしかして、髪の短い女性はお嫌いでしょうか?」
この世界の女性の髪形はほとんどロングだ。いや、俺が会った女性だけなのかもしれないが、ウェーブのかけ方に個性を出しつつも基本的な髪形はロングばかりだった。
フィーアさんも例にもれず、ロングで割とストレート気味の髪形だったのだが、その髪が今は肩のあたりできれいに切りそろえられており、ボブになっている。
「髪は女性の命」という言葉があるだけに、フィーアさんのあまりの変化に俺は動揺してしまった。そんな俺の様子を見て、フィーアさんは口元を押さえておしとやかに笑う。
「あ、いえ、すごく似合ってると思います。単にびっくりして呆けちゃっただけです。」
「それは良かったです。お世辞でも嬉しいです。」
お世辞ではないのだけれど……。と思ってフィーアさんの顔を見ると、フィーアさんの笑顔が少し意地の悪いものになっているのに俺は気づいた。
何だか以前までとは随分と変わったな。それほど俺の花火に感動を受けてくれたということだろう。そう考えると俺はとても嬉しくなる。
「では、今後のことについて話しましょうか。」
フィーアさんと今後について話した。とはいっても、俺が話したのは主に"元の世界で花火がどのような役割を持っているか"と"花火の原料で足りていないものは何か"だ。
俺が今後も花火を作っていきたいという話を最初にしたのだが、フィーアさんはそれについて特に何も言わなかった。ただ、花火を作ってどうするのか、について聞かれた。
日本では、祭りなどのめでたい時に打ち上げたり、子どもが気軽に遊べるようなおもちゃ花火もある。
そして、俺はこの"花火が無かった世界"で何のために花火を作るか。一晩考えて出した俺の答えは。
「俺の目標は二つ。この世界に花火を普及させる。そして、誰かのための花火を作る。」
この世界には花火はない。そんな世界に花火を普及させることができたら、それは花火職人として非常に名誉なことなのではないだろうか。
そして、二つ目。"誰か"のための花火。今回フィーアさんのために花火を作ったが、そういう想いのこもった花火を作りたい。それはかつて、じいちゃんが両親の死の際に打ち上げてくれたあの花火のように。
「少なくとも私個人は全面的にあなたを支援します。家を挙げて、というのは保証できませんが。」
それでもフィーアさんが協力してくれるというのは非常に嬉しいし、心強い。それからは、現時点で花火に足りていない材料について話し合った。
時刻も夕方に近づいたころ、俺はウェスタン家の屋敷を出た。随分長く話し合ったものだ。ここまで長く話をするつもりはなかったのだが、想像以上にフィーアさんが意欲的で、足りていないものを集めるためにその特徴を俺に根掘り葉掘り聞いてきたのだ。
俺は思い切り背伸びをして、深く息を吸う。まだそれなりに時間があるので街でも見て回ろうかな。そう思い、歩き出そうとした瞬間、妙な景色が目に入った。
街の外に出るための門の近く、一人の女性が物陰に隠れて門の方をじっと見つめていたのだ。こういっては何だが、非常に怪しい挙動をしているように見える。
門の方で何かあるのだろうかと、そちらに目をやるがいつもと変わった景色はない。もしかしたら誰かが帰ってくるのを待っているのかもしれないな。
そう思った瞬間、門の方が騒がしくなった。
門から入ってきた一人の屈強な男。身にまとった服はいたるところが血で赤く染まり、骨が折れているのだろうか、左足を引きずりながら街へ入ってきた。
俺はその男の風貌に思わずぎょっとする。前の世界でも、こんな風になっている人は見たことないからだ。
そして、先ほどの怪しげな動きをしていた女性が、その男に駆け寄る。何か声をかけているようだが、その声は聞こえない。ただ、男は差し伸べた女性の手を勢いよく振り払った。
女性はその勢いでバランスを崩し、倒れてしまう。男はちらりとだけその女性を見た後、ゆっくりとした足取りのまま街中へ歩いて行った。
第2章1話いかがだったでしょうか。第2章というよりかは第1章のエピローグのようになってしまいました。
次回更新は10/5(水)になります。読んでいただけたら嬉しいです。
お知らせ:私のもう一つの連載小説『実験好き男子の魔法研究』が無事本編完結を迎えました。なので、しばらくは本作『異世界でドカンと一花咲かせましょう』を最低週2で更新しようと思います。これからは水曜・金曜を更新日とします。