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第1章 婚約破棄された公爵令嬢 終

前回のあらすじ:異世界で初めて、夜空に"花"が咲いた。


第1章最終話です。


 夜空に咲いた一輪の花。私はその今まで見たことのないその美しさに見とれてしまう。暗闇を照らした一輪の花は数瞬のうち、儚くも消えて行ってしまう。私は思わず手を伸ばした。たとえその手が届かないと分かっていたとしても。

 

 花が咲いた後広がっていた静寂も長くは続かない。街の方から騒がしい声が聞こえ始めた。

 

 「ふむ、街の方が騒ぎになっているようですね。無理もありませんが。」

 

 セバスチャンの冷静な声に私はハッと我に返る。夜空に向かって伸ばしていた手を慌ててひっこめた。

 

 「おそらく町中の人間がこの"花火"を見たことでしょう。ですが、一番の特等席で見ることができたのはお嬢様だけです。」

 

 きっとヒカル様は私にあの花を見せたかったのだろう。この約一か月、私と顔を合わせないようにしていたのもきっとこの感動を薄れさせないためだ。事実、このことを知っていたセバスチャンは私ほど驚いているようには見えない。

 

 「それにしても、本当に"花火"とは美しいものですね。私は今まで様々な芸術品を見てきましたが、その中でも最上級の美しさです。……その儚さも。」

 

 あれほどの美しさを留めておきたい気持ちはもちろんある。だが、あの花の美しさを一層際立てているのが、その儚さなのかもしれない。一瞬しか見られない芸術作品。私はそれに心を奪われてしまっていた。

 

 ――ヒカル様は"なぜ私にこの花火を見せたのだろうか"。

 

 それを考えて、私の頭はぐるぐると思考の渦にはまっていた。きっとヒカル様は、私の過去を聞いてこの花火を見せると決めたはず。だったら、この花火にはヒカル様が込めたメッセージがある。私はそのメッセージを読み取らなきゃいけない。

 

 私が悩んでいることに気づいたのであろう、セバスチャンが再び話し始めた。

 

 「私から話すのはどうかと思いますが、ヒカル様から許可をいただいておりますので。ヒカル様の過去と決意についてお伝えします。」

 

 「ヒカル様の……過去?」

 

 そしてセバスチャンが語り始めたのは、悲しくも心温かくなる、ヒカル様の決意を感じられるストーリーであった。

 

 

 

 

 完全には分からない。でも、少しだけ、ほんの少しだけ分かったような気がした。

 

 私とヒカル様の共通点は、深い悲しみを負っていること。そして、違う点はそれを乗り越えて前を向けているかどうか、ということ。

 

 その通りだ。私はあの過去を乗り越えられていない。いまだに私はサボ第二王子殿下に心囚われている。それはどうしてなのだろうか?私は今一度、自分自身に問いかける。

 そういえば、こんな風に自信を省みることなどいつぶりだろうか。いや、あの日(・・・)以来ずっと思い悩んでいたが、それは未来のためのものではなかった。ただ、私自身の後悔のためだけでしかなかった。

 

 私はずっと、"この婚約破棄は私のせいではない"と思いたかったのだ。それを認めることはつまり、私の今までの努力をすべて否定してしまうような気がして。幼いころからそのためだけに努力していたのだから。

 

 私はサボ第二王子殿下のことを見ていなかったのだ。殿下が私に何を求め、どのようになってほしいのか。そんなのは考えず、ただ王家の考える"理想の王妃"になるための努力しかしてこなかった。こんな私のことを殿下が疎ましく思うのは当然のことだった。

 

 「ふふふっ。」

 

 私は口元を押さえて笑う。今までの私は馬鹿みたいだ。他の人に振り回されて、勝手に押しつぶされて。周りのことを見る余裕すらなくなり、全てを諦めてしまっていた。

 そういえば、心から笑ったのなんていつ以来だろうか。あの日のことを思い出しても心穏やかでいられるのは、やはり先ほどのヒカル様の"花火"のおかげなのだろう。

 

 思えば私はずっと他人のために生きてきた。ウェスタン家のため、そして王家のため。サボ第二王子殿下は私と婚約破棄して、アニー=イースタン様と新たに婚約した。私ももう少し、自分勝手に、わがままに生きても良いだろうか。

 

 「さて、そろそろ屋敷に帰るとしましょうか。ヒカル様は片づけをする必要がありますので。もちろん、別の者が手伝うのでご心配なく。」

 

 本当にこの執事は有能だ。そんなところまできちんと手配してあるとは。花火の影響でまだざわついている街の方に向かって私は歩き始めた。歩きながら、私はセバスチャンに声をかける。

 

 「セバスチャン。後でちょっとお願いしたいことがあるんだけど。」

 

 「何なりとお申し付けください。」

 

 

 

 

 俺は草むらに座り込み、星が輝く夜空を見上げる。先ほどまで花火が上がっていた空だ。俺は自分が打ち上げた初めての花火の余韻に浸っていた。

 先日テストのために真昼間に打ち上げたが、あれはテストだからノーカンだ。あれは人に見せるものではなかったし、ちゃんと人に見てもらったのはこの花火が初めてだ。

 

 「それにしても、ひっでぇ花火だったな。」

 

 目を閉じて、先ほど自らが打ち上げた花火を思い出す。現代日本では見られないほど、華がない花火だった。材料の関係上、単色になってしまうのは仕方ない。けれど、他の技術面で何とかなる部分に関して反省点が多すぎる。

 

 まず、玉の座り。花火は打ち上げられた最高点で花開くのが理想なのだが、花火の爆発が早すぎて扇形になっていた。

 そして、盆もいびつだった。盆とは花火が開き、星が飛び散って作る形の事なのだが、真円であることが理想とされている。けれど、仕上げが甘かったのか、その盆がいびつな形になっていた。

 

 他にもいろいろ未熟な点が多い。きっとじいちゃんに見られたら、説教じゃすまされなさそうだ。まだまだ俺は花火について学ばなきゃいけない。

 

 「フィーアさんはどう思ってくれたんだろうな?」

 

 自分以上に、この花火は彼女のために作ったものだ。あの時の俺と同じように立ち直ってくれるだろうか。花火の明かりで彼女の表情も見れるかと思ったのだが、少し距離があったのでその表情までは見られなかった。けれど、彼女が花火に向かって手を伸ばしているのは見えたので、きっと楽しんでもらえただろう。

 

 「さて、と。」

 

 俺はゆっくりと立ち上がる。いつまでも余韻に浸ってはいられない。早く片づけを始めるとしよう。セバスチャンさんが手配してくれた手伝いの人の方に目を向ける。当然だが、彼も初めて花火を見たからだろう、いまだに夜空を眺めて口を開いて呆けてしまっている。

 

 俺は「パンッ」と両手をたたく。その音でその手伝いの彼もようやく気を取り直したようだ。

 

 「さあ、片づけを始めましょう。もう爆発する物はないので、心配はいりません。あ、でも後で使うものもあるのでできるだけ丁寧にお願いします。」

 

 俺は少ない灯りを頼りに片づけを始めた。初めての花火を打ち上げて、俺は非常に満足していた。そして、これからの俺のこの異世界での役割、それを見つけることができたような気がした。


第1章最終話いかがだったでしょうか。本当はここまでの話を夏の間にしたかったのですが、こんなに伸びてしまいました。花火の評価は"玉の座り"や"盆"以外にも"肩"や"消え口"というものがあるそうです。興味のある方は調べてみてください。

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