最終章 神に届け、建国祭! 終
前回のあらすじ:建国祭のパレードでスターマインを打ち上げた。
最終話です。
建国祭も無事終了し、俺は王城を訪れていた。そこには国王、グレン第一王子、ヨハンナさん、そしてフィーアさんが俺のことを待っている。ヨハンナさんはきっとまだ神が憑依している状態であろう。だって、この後に大事な役割が残っているのだから。
国王がゆっくりと俺に近づいてきた。そして、頭を下げた。
「異世界の客人、ヒカル=クジョウよ。事故とはいえ、我々の世界に召喚してしまい迷惑をかけてしまったこと、謝罪する。」
「俺はこの世界に来れて良かったと思っています。この世界での経験、そして出会いは俺にとってかけがえのないものになりました。だから、謝罪は結構です。」
「そうか……。ではもう一つだけ。お主が来たことによって、この世界の文化に新たな風が吹いた。きっとこれを契機に我々の世界も変わっていくことになるだろう。きっと良い方向に。」
「そうなることを願っています。」
元の世界に帰ったら俺はもうこの世界で何かをすることはできない。この世界のこれからは、この世界の人が変えていくしかないのだ。
そして、王は後ろにいたフィーアさんに視線をやった。
「余よりもお主と会話したい人間がおるからな。そちらに譲るとしようか。」
フィーアさんがこちらを見る。この世界で一番お世話になった人、その人と最後の挨拶をすることになった。
今日はフィーアさんとは朝に話しただけだ。その後は花火の打ち上げに関する諸々のために話す時間がなかったのだ。
それと、できることなら最後に話したかったというのがある。
建国祭が始まってから今日まで、いろいろな人と話す機会があった。俺が花火を作ってきた人々。みんながみんな俺が作った花火に影響を受けたと、感謝の言葉を受け取った。
どの花火も、俺は全力を尽くして作った。けれど、思い入れという一点でいえばフィーアさんの時に作った花火以上のものは存在しない。
「今日の花火はいつも以上に迫力があり、とてもきれいでした。ですけど、今日の花火の中でも私は一番最初に打ち上げた花火が一番好きでした。」
今日の最初に打ち上げた花火。それは、あの時の花火を再現したものだった。今くらいの技術があれば、もっと色鮮やかなサイズももっと大きい花火を作ることは難しくない。
一応演出上は、この国が徐々に発展してきたというのを、花火の技術の向上という形で示したということになっている。
しかし、それは単なる言い訳に過ぎない。俺はあの一発目の花火を打ち上げたかったのだ。ほかならぬフィーアさんのために。
「あの時を思い出しました。あの時は喜びやうれしさというより、驚きや疑問の方が勝っていました。でも、時が経つにつれて理解したんです。私が乗り越えられなかった"過去"という壁を超えるために、背中を押してくれたんだって。」
初めてこの世界に打ち上げられた花火。そして、初めて俺が打ち上げた花火。
決して出来が良いものではなかった。でも、今でもあの光景は俺の脳裏に焼き付いている。
「私がようやく乗り越えられた後、思ったんです。この花火をもっといろいろな人に知ってもらいたいと。人を変える力を持った、あのきれいな光景を多くの人に見てもらいたいと。」
花火を大勢の人に見てもらうこと。そして、人にある種の感動を与えること。それが花火職人としての使命であり、夢でもある。
「その目標はある程度達成されました。建国祭のパレードなんていう輝かしい舞台で見ることができたので。きっと、あの花火を見て心動かされた人は大勢いるはずです。」
そうだったら良いな。俺のこの世界での最後の花火。それが人々の心に少しでも残ってくれたらそれだけで嬉しい。
「だからそういった人たちの代わりに、少し大げさかもしれませんがこの世界を代表してお礼をさせていただきます。ありがとうございました。」
フィーアさんは恭しく礼をして、顔を上げる。その表情は最高の笑顔であった。俺も笑顔でフィーアさんに最後の言葉を紡ぐ。
「俺は最初、この世界に来た時すごく絶望していたんです。右も左も分からない世界に急に召喚されて、しかも帰る目途が立たないなんて言われたら仕方なかったんです。でも、この世界の人々はとても優しかった。」
この世界に来た最初の夜は故郷のじいちゃんを思い出して涙を流したっけ。けれど、この世界は俺に優しくしてくれた。
そんな優しさに触れたから、フィーアさんの過去を聞いた俺は力になりたいと思ったのだ。それは自分自身のつらい過去と重ね合わせたからでもあるのだが、もし厳しい世界だったらそんなことを思いもしなかったはず。
「嬉しかった。だから力になりたいと思えた。そして、花火を打ち上げようと思った。その一歩を踏み出させてくれたのは、あなただったんです。だから、俺にも言わせてください。ありがとうございました。」
俺はフィーアさんの目をしっかりと見て、感謝の言葉を口にした。
ほんの数瞬、沈黙が流れる。もう思いの丈は語りつくしたと言わんばかりに。けれどその沈黙はすぐに破られた。
「さて、魔法陣の調整は完了した。あとは起動するだけで、お主は元の世界に帰ることができる。」
もしかしたら調整はすでに終了していて、話しかけるタイミングをうかがっていたのかもしれない。そう思ってしまうくらいには良いタイミングで、ヨハンナさんに憑依している神が話しかけてきた。
「注意事項は一つだ。お主が戻る場所はこの世界に来る直前と同じ場所だ。だが、進んでしまった時間だけはどうしようもない。およそ一年の時が過ぎているということを注意してほしい。」
一年間行方不明になっていた人間が急に帰ってきたということになる。異世界に召喚されてましたなんて言っても誰も信じてくれないだろうから、この一年の記憶はないとでも言った方が良いのかもしれない。
いや、でもじいちゃんにだけは正直に話しても良いかもしれない。最初は理解してもらえないかもしれないけど、じいちゃんに話したいことはいっぱいある。
「ではそろそろ始めるか?それとも、まだ話しておきたいことはあるか?」
いや、もう十分話した。これ以上話しても、この世界への心残りが募るばかりになってしまう。
そう思った俺は黙って魔方陣に近寄った。それを確認した神は魔方陣を起動するために手をついた。
「始めるぞ。」
魔方陣が光り始める。顔を上げると、フィーアさんの顔が目に入った。その顔は笑顔のように見えるが、目からは涙がこぼれてしまっている。
俺も笑顔を返そうとする。けれど、目の前の景色がにじんでしまい、フィーアさんの顔ももうよく見えない。
「さようなら、光!」
ずっと片言に聞こえていた、俺の名前。なぜか最後に呼ばれたその名前は非常に流暢に思えた。
見覚えのある河川敷。通学路で何回も通っていたはずの道なのに、すごく懐かしく感じる。
俺は走り出す。家まで一直線に。玄関の前で立ち止まる。俺は震える手でチャイムのボタンを押した。
中から物音が聞こえてくる。扉が開いた先に、じいちゃんの姿。少しやせた、いや少しやつれただろうか。
じいちゃんの目がまるで幽霊でも見たかのように大きく開かれる。その顔がすぐにクシャッとゆがむ。
「……ただいま、じいちゃん。」
じいちゃんは俺のことを力強く抱きしめる。
「おかえり、光。」
再び俺の視界がにじんで前がよく見えなくなる。ようやく、俺は元の世界に戻ってきたんだ。
何から話そうか。やっぱり最初はフィーアさんとの出会いからだろうか。
最終話いかがだったでしょうか。閑章を含めて全49話読んでいただき、本当にありがとうございます。一応エピローグというかおまけという感じで、この話の未来を次回投稿予定です。それで本作品は完結とさせていただきます。
おまけの更新は3/1(水)になります。読んでいただけたら嬉しいです。