最終章 神に届け、建国祭! 7
前回のあらすじ:目の見えないヘレンさんがウェスタン家を訪れて話をした。その夜、ジンスとも話をした。
最終章7話です。
建国祭最終日、俺は花火を打ち上げる準備にいそしんでいた。打ち上げるための筒を準備し、指定の場所へ運んでいく。ジンスや新たに手伝いに来てくれた人たちの協力のもと、せっせと作業を進めていった。
「これだけ大量の花火を打ち上げるって、きっと壮大なことになるんだろうね。」
「一気に打ち上げるわけじゃないけど、今までで一番数も多いから。それは間違いないと思う。」
日本では別に珍しくもない数の花火ではある。確か数万発の花火を打ち上げる花火大会だってあると聞いたことがある。
その花火一つ一つが職人の手によって作られているというのだから、改めて考えるとすごいことだと感じられる。
ほとんど準備を終わらせてジンスと話していると、数人の騎士を引き連れた妙に仰々しい一行がやってきた。俺はその中心にいる人物に見覚えがあった。
「グレン殿下、こんなところまで来るなんて何かあったんですか?確か、夜のパレードに向けて準備を行ってるってフィーアさんに聞いたんですけど。」
「その通りだが、時間を見つけてここまで来たんだ。抜け出そうとしたんだが、見つかってしまいご覧の通りさ。」
グレン第一王子は後ろに控える数人の騎士たちの姿を見る。こんな状況で町を歩こうものなら、きっと目立って仕方なかっただろう。
「本当はゆっくり時間をとりたかったんだけどね。君と話せる時間も残り少ないわけだから。さて、まずは伝達事項だ。」
伝達事項と聞いて、俺は姿勢を正した。それはグレン第一王子の声音も真剣なものに変わっていたからだ。
「先ほど、再び神の憑依に成功したという報告があった。予定通り今日のパレードをご覧になられるそうだ。どうやら今日の花火を非常に楽しみにしておられるようで、"一番良い場所で見る"とおっしゃられていたらしい。」
別に前回あってからずっと神が憑依しているというわけではない。今日、改めてヨハンナさんの体に神を憑依させたということだ。そして、神が楽しみにされていると聞くと、万全な準備をしてはいるものの少し緊張してしまいそうになる。
しかし、一番良い場所?花火は一応空高くに打ち上げるため、どこから見ても大差ないように見えると思うのだが。人混みがない場所ということだろうか?
「実は最初に今回の花火の計画書を見たとき、父上は悩んでいたよ。」
「え、何か問題がありましたか?」
すでに打ち上げの準備は整い始めている。今更変更は聞かないのだが、何か問題があるのなら聞いておいた方が良いだろう。
「一応これは建国祭であり、パレードの主役は王族ということになっているのさ。」
そう言われてようやく理解した。おそらく花火の計画を見て、国王はきっと"花火があまりに派手すぎる"と思ったのかもしれない。計画書を提出した時点でそれは明らかなくらいの量の花火を今夜打ち上げる。
ある程度タイミングに配置も考えているので、パレードの主役を奪うことはないと思っていたのだが、きっとそれを恐れているということか。
でも、そんなのは初耳だった。フィーアさんに連絡が言っていれば間違いなく俺の耳にも入るはずだし、だとしたらそれより前で止められていたということになる。だとすると。
「そう、僕が父上に進言したんだ。その時は、君がこの世界で打ち上げる最後の花火になるなんて思ってもみなかったけどね。これからきっと花火はいたるところで打ち上げられるようになる。新たな文化・伝統を作り上げていく一歩にしていく。僕は今回の花火をそういう風に位置付けるように進言した。」
俺の方を見るグレン第一王子の目は真剣そのもの。冗談で言っているわけではなさそうだ。
文化というものは時代とともに変わっていく。そして、大きな文化の変遷が起きる時というのは得てして、大きく時代が変わったときになる。
花火という新たな文化の形成は、この世界で一体どのような意味を持つのだろうか。その答えはきっと今考えても分かるものではない。これから時を経て少しずつ意味を持っていくようになるはず。
「ということで、花火の開発者としてヒカル=クジョウの名前を後世に語り継いでいこうと思う。」
俺は思わず昭和のリアクションのようにずっこけてしまいそうになる。別に名前を後世に語り継ぐというのは別に良いのだが、それもきちんと花火という文化の形成が終わってからの話だろうに。
「まあ、何を言いたいかというとだな。今日は歴史上重要な意味を持つ一日となる。今晩の花火、期待しているぞ。」
俺は黙ったまま首を縦に振った。俺の目は一体どんな目に見えていただろうか。不安に満ちた目だっただろうか、それとも自信に満ちた目だったのだろうか。
日も暮れて、周囲が暗くなる。明りは町の建物から漏れる光と街灯のみ。そんな暗闇に包まれ始めている状況でも、通りの人通りが衰える様子はない。
それはもちろん、王族のパレードを、花火を見るためである。今回のパレードは例年と異なり、国が大々的に宣伝したというのもあって、いつもより多くの人が集まっているようにも見える。
そして、時間が来る。
一発目の花火が打ち上げられた。その花火は従来の火薬の爆発と同じような単色。決して華美ではないその花火が打ちあがる大きな音につられ、人々は夜空を見上げた。
二発目、三発目と花火が打ち上げられた。徐々に、花火の色が多くなり、その大きさもだんだんと大きくなっていく。
そして、一際大きく華やかな花火が打ち上げられた。
それと同時に、城門が開かれる。きれいに改造された馬車が城から出てくる。花火の方を見ていた人々の視線がそちらへ向く。それは単に、次の打ち上げ花火が打ち上げられなかったからではない。
馬車の両側につけられた吹き出し花火から火花が派手に散っていたからだ。
もちろん、安全のため人々は一定以上近づかないように騎士たちが見張っているし、馬車も幅が広いため乗っている王族に飛び散るような危険なことはしていない。
馬車の中から国王を筆頭に、王妃、グレン第一王子、最近グレン第一王子と結婚したミース夫人など。名だたる王族が人々に向かって手を振る。
町の人々が歓声を上げて手を振った。
王族の乗った馬車がゆっくりと進み始める。そのタイミングで、同時に三か所で派手な花火が打ち上げられた。
その花火を皮切りに、次々と花火が打ち上げられる。
オーソドックスな菊に牡丹を中央に。それをよりきれいに演出するように、少し小さな柳を両側に添える。
逆に両側をより派手に。中央がそれを支えるかの如く。
スターマイン。
光のいた世界でも、花火大会のフィナーレを飾る花火のプログラムとして有名だ。それ自体は花火の名前というわけではないが、花火大会の主役と言っても差し支えない。
これからのこの国の、いや、この世界の華やかな未来。
誰もがこのパレードに、花火にそんな想いを抱いたのだった。
王城の屋根。無駄に神の力を使って監視の目から逃れたヨハンナの体に憑依した神は、誰よりも近くで咲き誇る花たちを笑顔で眺め見ていた。
「ははは。確かに、これは素晴らしい。これが"花火"というものか。」
(私は何回か見たことありますけれど、ここまでの迫力は感じませんでしたね。)
神に憑依されているからと言って、別にヨハンナの意識が完全に消えているというわけではない。なので、一人で見ているように見えるが、実はヨハンナと神の二人で花火を眺めていたのだ。
「この花火を見ながら花見酒というのも乙なものかもしれないな。」
(その体は私のですから、やめていただけたらと思います。私は聖女としてそういったものは禁じていますので。)
「分かっているさ。ただ、このようなきれいな光景を久しぶりに目にしたので高揚感を感じているだけだ。」
ヨハンナは何度かこの神と交信したことがある。けれど、このような無邪気にはしゃぐ神の姿を見るのは初めてだった。
「本当にきれいだな。これがあの異世界人がこの世界に"残したかったもの"ということなのだな。」
ヨハンナに憑依した神は視線を下げる。視線の先には花火とパレードで興奮が冷めやらぬ人々。きっと今日の光景は多くの人の心に刻まれたはずだ。それはつまり、彼がこの世界にいた証を残したということに他ならない。
最後の花火も打ちあがり、パレードは終わりを告げる。
そして、神はゆっくりと立ち上がった。
「さて、最後の仕事に行くとしようか。」
最終章7話いかがだったでしょうか。花火大会などを見たことある人なら、"スターマイン"というプログラムをご存じの方もいるかもしれませんね。
次回更新は2/24(金)になります。読んでいただけたら嬉しいです。