閑章 バレンタイン特別編
前回のあらすじ:神様と対面した。
バレンタインなので、バレンタイン特別編です。本編の続きは予定通り明日2/15(水)に更新予定です。
町を歩いていると、お菓子屋さんがふと目に入った。
(そういえば、元の世界だとそろそろバレンタインの時期か。こっちの世界だときっとそういう文化はないんだろうな。)
こっちではそういう文化はないだろうが、日ごろお世話になっているフィーアさんに感謝の気持ちを伝えるためにお菓子を送るのはありかもしれない。
思い立ったが吉日。そう思った俺はさっそく目の前のお菓子屋さんに入った。
「いらっしゃいませ!何をお探しでしょうか?」
「甘いお菓子を探していまして。」
「もしかして、女性へのプレゼントですか?」
あれ?バレンタインの文化はないはずなのに、どうしてそう思ったのだろうか。そう疑問に思ったが、店内を見渡してその理由を理解する。基本的にこの店の客層は女性、もしくはカップルのようだ。
そんな店に男一人でやってくるなんて、女性へのプレゼントと思われるのも仕方ないだろう。それに、間違ってはいないのだから。俺は素直に肯定して、店の中を見て回ることにする。
その中に、あるものを見つけた。
「あれ?もしかして、これって……。」
「お客様、これをご存じなのですか?我が店でも取り扱うのは初めてでして、知らないお客様も多いというのに。」
背後から声がかけられる。どうやら俺の後ろで様子をうかがっていたらしい。
容器の中に入っていたのは、茶色のドロッとした液体に独特なにおい。間違いない、チョコレートだ。
「これ、一口味見してみたいんですけど。」
そういって、一杯分のお金を払う。ホットチョコレートみたいなものかなと飲んでみると、想像していたような甘みは来ず、香辛料のスパイシーさが感じられた。
そういえば、チョコレートが作られるより前は、このような飲み物をカカオから製造していたと聞いたことがある。確か、ショコラトルだったっけ?記憶が少しあいまいだ。
「これって、カカオ豆から作られているんですよね?」
「ええ、その通りです。"女性への贈り物なら"ありだと思いますよ。」
店員が意味ありげに笑うが、その理由が俺にはさっぱり分からなかった。確かにこれは珍しいものなのかもしれないが、バレンタインに贈るお菓子ではないな。そういう風に俺は思った。
「原料のカカオ豆を買うことってできますか?」
「カカオ豆をですか?あの、失礼ですが調理の経験がおありで?」
「実際にしたことはないですけど、知識としては。」
店員の目がきらりと光った、そんな気がした。店員はがっちりと俺の手をつかむ。
「ぜひ教えていただきたいです!ここの厨房をお貸ししますから!」
ということで、俺はカカオ豆を扱わせてもらう代わりに、チョコレートのレシピを教えることにした。
俺の記憶があいまいだったこともあって、店員と一緒に試行錯誤していたが、それなりの形のチョコレートを作ることができた。
「すごいです。こんなお菓子があるなんて知りませんでした。ただ、ちょっと雑味が感じられます。」
「最初の処理が良くなかったんですね。あと、もう少し砂糖を入れて甘くしたいです。」
この世界ではいまだに砂糖は高級品。大量には使えないので、チョコレートの苦みが少し強く感じられてしまう。
「あとは私の方でも試行錯誤してみますね。ふふふ、このお菓子は絶対売れますよ。」
何やら野望に燃えてる店員さんをよそに、俺はカカオ豆をいくらか受け取って変えることにする。先ほど作ったチョコレートを持って帰っても良いのだが、もっとうまくできそうだし、砂糖を自前で調達してもっとおいしいものを作ろうと思ったのである。
そして、年末にもち米を仕入れた店で砂糖を購入した。そこそこの値段がしたのだが、完成したチョコレートを渡すという条件で少しまけてもらった。
そして、ウェスタン家の食堂を少し借りて、チョコレートを作る。二度目なので先ほどよりはるかにスムーズに作業が進む。
俺の作っているものがお菓子と聞いて、ウェスタン家の料理長も手伝ってくれてかなり良い出来のチョコレートを作ることができた。
さっそく、フィーアさんの下に届けて食べてもらうことにしよう。
フィーアさんは自分の部屋で書類作業をしているそうだ。俺は扉をノックして、部屋に入る。フィーアさんが顔を上げた。
「今日は休みだったはずですけど、よく休めましたか?」
「はい。いろいろ良い経験ができました。フィーアさんにお菓子を作ってみたんですけど、食べてみてくれませんか?」
「お菓子を?」
そういって俺はチョコレートをフィーアさんに差し出した。フィーアさんは興味津々といった感じでチョコレートを見る。
「何だか独特なにおいがしますね。見たことないお菓子です。」
「チョコレートって言います。ほんのり苦くて甘いという感じのお菓子です。」
「なるほど、それにしてもどうして急にお菓子を?」
「俺のいた世界にはバレンタインという文化があって、ちょうどこれくらいの時期なんです。お世話になっている人に日頃の感謝の気持ちを込めてお菓子を送ったりするんです。」
日本では女性が男性に恋愛感情を示すためにチョコレートを贈る、という感じではあるが変な誤解を招きそうなので別に言わないでも良いだろう。チョコレートを贈るのも、確かお菓子会社の商売戦略であって、海外では花を贈ったりするとかとも聞いたことがある。
「そうなんですね。さっそくいただいてもよろしいですか?」
「どうぞ。」
フィーアさんはチョコレートを一つ手に取って口に入れる。その瞬間、表情がほころんだ。
「おいしいです。程よい甘さと苦さが口の中に広がります。それに、このまろやかな舌触りも新鮮です。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。原料であるカカオ豆から作ってみた甲斐がありました。」
「カ、カカオ豆ッ!?」
カカオ豆と聞いて、「ボフン!」という効果音が聞こえそうなくらいフィーアさんの顔が急に赤くなった。俺はその理由がわからなくて、思わずきょとんとする。すると、後ろに控えていたセバスチャンさんが俺にそっと耳打ちした。
「ヒカル様、そちらの世界ではどうか分かりませんが、こちらの世界でカカオは媚薬・強壮効果があるといわれていまして。それを送るということはつまり、そういう風に思われるかと。」
それを聞いて俺も思わず顔を赤くしてしまった。そういえば、俺の世界でも最初はそういう目的で使われていたというのを今頃思い出した。科学的にはそういう効果はないというのを聞いたことがあるけれども。
それからしばらく恥ずかしがるフィーアさんとまともに会話することもできなかった。
バレンタイン特別編いかがだったでしょうか。今日がバレンタインということに気づいて、慌てて書いたので何か間違いがあったらすみません。
次回更新は明日2/15(水)に本編を更新します。読んでいただけたら嬉しいです。