第1章 婚約破棄された公爵令嬢 2
前回のあらすじ:この異世界に花火の材料となる"火薬"が存在することを知る。
お久しぶりです。更新が遅くなってしまい、本当に申し訳ございません。
「確かこの間の会議で西に帰るはずだったろう?なんでフィーアはまだここにいるんだい?」
「サボ様、フィーアさんは異世界の客人の案内役に選ばれていたではありませんか。」
「異世界の客人?……ああ、そういえばそんなのもいたな。じゃあ、そこのなよっちいのが異世界の人間か。」
俺たちのことは完全に無視して二人で話を進めていく。というか、いきなり何なんだこの人たちは?俺の疑問を感じ取ったのか、フィーアさんがさらに一歩前に出て礼をする。
「ごきげんよう、サボ第二王子殿下。それにアニー=イースタン様も。アニー様のおっしゃる通り、私はこちらの異世界からの客人、ヒカル様を案内しておりました。」
フィーアさんが俺の方に目配せをしてくる。俺は慌てて、二人に向かって頭を下げた。というか第二王子殿下だって!?それにイースタンって公爵家の一つだったよな!?
「ふん、ウェスタン家は異世界の客人をもてなし、知識を吸収することで再興しようと考えているのだな。だが、その案内とやらが終わったらさっさと西に帰るんだな。お前の顔も見たくない。」
酷い言い草だ。フィーアさんが何かしたのだろうか?いや、今日一日会っただけだが、フィーアさんが第二王子殿下相手にポカをやらかすとは考えにくいのだけれど……。
ちらりとフィーアさんの方を見る。あまり表情は変わっていないように見えるが、唇をかんでいるのだろうか、力が入っているのが見える。
「サボ様!早くいきましょう!私、今日の夕食が楽しみですわ!」
「そうだな。早く行こうか。」
そう言って二人は手をつないで並んで歩いていく。ああ、二人はそういう関係なのか。とても仲よさそうに見えるが、あの二人のフィーアさんに対する態度といい、何か気になるな。
「私たちも行きましょう、ヒカル様。」
フィーアさんが俺に進むよう促す。その言葉は今日一日で一番元気がない様に感じた。
その後、使用人が気を使ったのか知らないが、夕食はフィーアさんと一緒に取ることになった。フィーアさんはきれいな所作で夕食を食べている。
……会話はない。先ほどの出来事があったからだろうか、何だか妙に気まずく感じてしまう。こんな時になんて声を掛けたらいいのか分からない。それに、俺はこの世界に来たばかりでどんな事情があるのかも知らない。どこまで踏み込んで聞いて良いのかも分からない。
仕方なしにその気まずい空気のまま、夕食を頬張ることしか俺にはできなかった。
夕食後、簡単なデザートと紅茶が出された。フィーアさんも黙ってそれらを食べていたが、心なしか嬉しそうな表情をしている気がする。そういう面はやはり年相応の女の子ということだろうか。
フィーアさんがゆっくりと紅茶の入ったティーカップを置く。
「すみません。異世界の客人であるあなたに心配をかけてしまって。」
「え、いや、そんなことないですよ。」
「ふふふ、顔を見れば分かります。……あなたにはきちんと話しておかないといけませんね。現在のウェスタン家の状況について。それを聞いて今後のことを判断なさってください。」
フィーアさんはぽつぽつと話し話し始めた。
私は生まれたときから、サボ第二王子殿下の婚約者に決められていました。この国では王家に男が複数生まれた場合、現在の王が退位する際にその子供たちから一人、次代の王を選ぶのです。つまり、どの王子殿下にも次の国王になる権利があるということです。
それはすなわち、各公爵家から選ばれる婚約者たち誰もが王妃となる可能性を持っているということになります。なので、幼いころから王妃になるための厳しい教育を受けることになります。
もちろん、私も厳しい王妃教育を受けることになりました。まだサボ第二王子殿下のお顔を拝見すらしたことないというのに、です。
実際に会ってみればサボ第二王子殿下は非常に素晴らしい人でした。厳しすぎる教育に泣いている私に優しい声をかけてくれたり、王になった時の夢などを語ってくれたこともありました。
その話を聞いて、この方なら私の一生を捧げても構わないと思いました。……ええ、私はあの方に恋していたのだと思います。
それからは、より一層厳しい王妃教育に私は力を入れることにしました。あの方の隣に立ち、横でともに歩いていくのにふさわしい人間になるために。
努力の甲斐あって、私は同年代の中では頭抜けて優秀と言われるまでになりました。私の評価が上がるということは、必然的に婚約者であるサボ第二王子殿下の評価の向上にもつながります。ようやく私は胸を張ってあの方の隣に立つことができる。
そう思って参加したとあるパーティ。そこで事件は起きました。
サボ第二王子殿下のパートナーとして参加するはずだったパーティで、あの方は私を迎えに来なかったのです。妙だとは思いつつも、パーティを欠席するわけにはいきません。私は一人でパーティ会場に向かいました。
そこで見たのは私が思いもよらぬ光景でした。サボ第二王子殿下の隣に立つ見知った女性。仲睦まじく会話を交わす二人は紛れもなく"パートナー"でした。
「殿下!なぜ私を迎えに来られなかったのですか?今日のパーティのパートナーは私だったはずでは!?」
私は思わず殿下に問い詰めました。パーティ会場でそんなことをするなんて、はっきり言って論外なのですが私の頭の中は真っ白でそんなことを考える余裕なんてなかったんです。そして、それは最悪の選択でした。
「……ちょうどいい機会だ。この場を借りて宣言する!私はフィーア=ウェスタンとの婚約を解消する!」
私はそんなの聞いていなかったので、解消ではなく破棄なんですが。本来ならいかに第二王子殿下といえど、無断で婚約破棄などできるはずもありません。しかし、それが公の場で宣言されたのなら話は別です。パーティに参加した全員に口止めをして回ることなど不可能。噂には尾ひれがついてあっという間に広まってしまう。
そうなってしまえば、この発言を取り消すことは王家の威信にかかわることになってしまう。この場での宣言はそういう意味を持ってしまったのです。
「な……ぜ……?」
かろうじて私が出せた言葉はこれだけでした。おそらく、声も震えていたことでしょう。
「私はお前のような女が気に食わないんだ。優秀であると鼻にかけ、男より前に立とうとするその姿勢。彼女のようにおしとやかで、男である私を立てるのが婚約者であるお前の役割だった。」
そういって、サボ第二王子殿下はアニーさんの方にちらりと視線を向けました。するとアニーさんは恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむきました。殿下のアニーさんを見つめる視線は慈愛にあふれるもので、今の私には決して向けられないものでした。
「ちょうどそれが先月の出来事です。私は会議によって西のウェスタン領へ送られることになっていたんです。それが急遽変わったのが昨日です。」
俺がこの世界に転移してきたこと。それが原因でフィーアさんが領地に戻らなくてよくなったということか。
「あなたの案内人に推薦したのは父だと聞いています。私には父の狙いが分かりませんが、与えられた役割は全うします。」
昼のフィーアのお父さんとの会話を思い出す。あの人はフィーアさんのことをとても心配しているようだった。もしかしたら、異世界人との交流で何らかの刺激を期待していたのかもしれない。
話を聞くにフィーアさんに落ち度はないように思える。強いて言うなら、サボ第二王子と将来の展望について話し合わなかったことくらいだろう。フィーアさんはともに歩く存在として、サボ第二王子は後ろから支えてくれる存在として、お互いを見ていた。この認識のずれが今回の問題を引き起こしてしまったのだろう。
だが、悪いのは完全にサボ第二王子の方だ。まだ正式な手続きにのっとってさえいれば良かったものの、"婚約解消"と偽って一方的に"婚約破棄"を言いつけたのだから。
「しかし現在、ウェスタン家は非常に微妙な立場にあります。なので、言ってくだされば今からでも案内人を変更することだって……。」
「フィーアさん。」
俺はフィーアさんの言葉を遮り、首を横に振る。この世界に来て間もないが、フィーアさんは間違いなく良い人だと断言できる。そんな人を変えるなんて俺からしたらあり得ない。
俺はこの人に何ができるだろうか。きっとこの人はまだ完全には立ち直っていない。まだ失意のどん底にいるはず。じゃないとサボ第二王子と会った時にあんな顔をしたりはしない。
両親が亡くなった時、俺は失意のどん底にいた。確かその時、じいちゃんが……。
「フィーアさん。もし要望を言えるのだとしたら、火薬を取り扱う許可をもらえませんか?それと、作業ができるような空き倉庫を貸していただけたら嬉しいのですけど。」
第1章2話いかがだったでしょうか。皆さんはパートナーに何を求めますか?その認識のずれが喧嘩につながるかもしれませんよ。まあ、私にパートナーはいないんですけど。