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第4章 目の見えない深窓令嬢 6

前回のあらすじ:ヘレンさんから花火のリクエストを聞いた。


第4章6話です。


 車いすを押して、私たちは見晴らしの良い丘へと向かう。すでに周囲は薄暗くなっており、いつもなら出かける時間ではない。それなのに外出しているのには、もちろん理由がある。

 

 「ふふふ、楽しみね。アニー。」

 

 車いすに乗っているお嬢様から声がかけられる。そう、今日はヒカル様の花火が完成して、打ち上げられる日だ。

 お嬢様はヒカル様が花火を作っていることをすでに知っていたようだ。自分の仕事を放棄して私も奔走していたため、お叱りの言葉を覚悟していたのだがお嬢様は特に何も言わなかった。いや、その時のお嬢様の表情だけは妙に気になった。

 

 まるで、いたずらに成功した子供のような表情だったような気がする。

 

 でも、お嬢様がそんな表情を見せることは少なくない。だからそこまで気にも留めていなかったのだが、その表情の真意は結局分からずじまいだった。

 

 「着きました、お嬢様。とても見晴らしの良い丘で、町の姿が一望できます。一際明るいあの場所は……酒場でしょうか?きっと今頃お酒を飲みながら冒険者たちが盛り上がっていることでしょう。」

 

 「そう。今日も町のみんなは元気ということね。とても良いことだわ。」

 

 この夜景も非常にきれいなものだ。しかし、この景色すらお嬢様は目で見ることができない。そのことを考えてしまい、私の表情は少し暗くなる。

 

 けれど。

 

 「お嬢様。ヒカル様には"目の見えない人でも楽しめる花火"をお願いしております。きっと、お嬢様も楽しむことができると思います。」

 

 花火が完成した、と言ってきたヒカル様の表情は疲れ切ってはいたが、清々しそうで自身に満ち溢れた表情だった。

 きっと完成した花火は目の見えない人でも楽しむことのできる花火になっていることだろう。

 

 「花火は打ちあがるときに大きな音が鳴るそうです。お嬢様が驚かないように、こちらが合図を送ってから打ち上げてもらうことになっています。」

 

 私たちの背後で一人の執事が松明の準備をしている。この明かりを使って、下にいるヒカル様達に合図を送るようだ。

 

 「ヒカルはその大きな音を"心臓が震えるほど"と表現してたわね。確かに、急にそんな音が鳴ったらびっくりしてしまうわ。」

 

 目で見える私たちは打ちあがる様子が見えるので、ある程度音のタイミングが予測できる。しかし、目の見えないお嬢様はその予測すらできない。

 私は後ろの執事に目配せで合図を送る。その執事は軽くうなずくと、ヒカル様達の方へ向けて松明を振り始めた。

 

 「お嬢様、そろそろ時間です。花火が打ちあがりますよ。」

 

 「分かったわ。」

 

 とうとう花火が打ちあがった。

 

 だが、私はその花火に絶句してしまった。なぜならその花火は非常に色鮮やかな(・・・・・)もので、目が見える私はともかく、目の見えないお嬢様が楽しめるものとは到底思えなかったからだ。

 

 

 

 

 「どう……して……?」

 

 ようやく絞り出た言葉はそんな疑問の声だった。

 

 次の花火はまだ打ち上げられていない。一つずつ間隔を空けて、こちらのタイミングに合わせてもらうと事前に打ち合わせていたからだ。

 

 でも、このような花火ではお嬢様は楽しむことができない。私の頭の中は完全に混乱しきっていた。

 

 「どうしたの、アニー?もしかして、きれいすぎて感動しているのかしら?」

 

 急に黙ってしまった私はお嬢様の声にハッとする。私はお嬢様になんて声を掛けたらよいのだろう?

 

 確かに、打ち上げられた花火は非常にきれいだ。今までの人生で最もきれいといっても過言ではないかもしれないほどだ。

 けれど、この感動をお嬢様は味わうことができない。

 

 私が逡巡していると、お嬢様がさらに言葉を続けた。

 

 「早く教えてよ、アニー。あなたの見ている景色(・・・・・・・・・・)を。」

 

 「え?」

 

 お嬢様の言葉がよく理解できず、私は変な声を出してしまった。私の反応を逃さなかったお嬢様は顔をこちらに向けて、頬を膨らませて少し怒っているような表情を見せた。

 

 「やっぱり勘違いしてるのね。アニー、私は確かに目が見えないわ。けれど、私は見ている(・・・・)のよ。あなたの言葉を通じて。あなたの目を通して。」

 

 私は黙ってお嬢様の言葉を聞いている。

 

 「だから私はヒカルにリクエストしたわ、"とびきりきれいな花火にして"って。私が見えなくても、あなたが見えるから。」

 

 私はまだ黙ったまま。いや、ただ単に言葉が出てこないだけだ。お嬢様のそんな想いに気づくことができていなかった馬鹿な自分に呆れてしまっているのかもしれない。

 

 「だから、あなたが説明してくれないと私は花火を楽しめないの。さあ、さっきの花火はどんな花火だったの?」

 

 「……そうですね、確かに美しい花火でした。大きさは私たちの住んでいる屋敷を縦に三つ並べられるほどでしょうか、もしかしたらもっと大きいかもしれません。中央部分から花開くように、火花が整然と並んでいます。中央の部分は黄色で、外側の花びらの部分は赤色になっていて。そう、たとえるなら牡丹の花。星々きらめく夜空に大きな牡丹が花開いていました。」

 

 私はお嬢様に伝わるように、お嬢様の想像する光景がより美しいものになるように、説明する。

 

 「それはとても美しいわ。」

 

 お嬢様の頭の中にはきっと先ほどの景色が浮かんでいることだろう。見えるはずないのに、お嬢様は夜空を見上げた。

 

 「早く次の花火が見たい(・・・)わ。さあ、合図を送ってちょうだい。」

 

 お嬢様の言葉に反応して執事が合図を送り始めた。しばらくすると次の花火が打ちあがる。

 

 ああ、いけない。お嬢様にこの美しい景色を伝えないといけないのに。どうしてだろう、私の見る景色はすべて滲んでしまっている。

 

 私は目元をぬぐい、震える声を無理やり抑えて、お嬢様に見た景色を説明し始めた。

 

第4章6話いかがだったでしょうか。実は本作のアイデアを思いついたとき、第1章以外では最初にこの話を考えていました。すでに分かっている人もいるかもしれませんが、この二人の関係性についてはモデルとなった偉人がいます。興味のある方は調べてみてください。


次回更新は11/30(水)になります。読んでいただけたら嬉しいです。

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