第4章 目の見えない深窓令嬢 4
前回のあらすじ:ノーザン家に仕えるアニーさんに花火の作成を依頼される。
第4章4話です。
夜、とはいってもそこまで遅い時間ではない。別にメイドや執事が全員夜遅くまで働いているわけではない。
アニーさんも一通りの仕事を終えた状態で俺の部屋を訪れていた。
「じゃあ、詳しい話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
真剣な表情でアニーさんは話し始めた。
「ヘレンお嬢様は子供のころ、事故で視力を失いました。非常に残念なことではありますが、それ自体はこの世界では割とありふれた事故です。」
ヘレンさんは馬車に乗っているときに、魔物の襲撃にあったらしい。元の世界ではそういう事故はないが、この世界ではありふれた事故だ。当然、ノーザン家でも護衛の冒険者を雇ってはいたのだが、その護衛の実力を上回る強さの魔物が現れれば守り切ることは一気に困難になる。
護衛の冒険者パーティはほぼ壊滅。リーダーの指示によって、そのパーティの一番の下っ端がヘレンさんとお付きの人たちを連れてその場を離れることに成功したのだ。しかし、その代償はヘレンさんにとってあまりにも大きすぎた。
「もしかして、俺たちがここに来るのも結構危険なことだったりしたんですか?」
「いいえ。あなたたちにはセバスチャン様もいらっしゃったので、仮に魔物に襲われていたとしても大丈夫だったでしょう。」
どうやらセバスチャンさんはこの国有数の実力者に数えられるらしい。冒険者の護衛も雇っていたし、危険な状態に陥ることはほとんどないとのことだ。
これは余談だが、セバスチャンさんのように実力のある執事を養成しようとして、一時期多くの貴族が執事やメイドを鍛えるということをしたらしい。しかし、執事やメイドになる人間というのはセバスチャンさんのような例外を除いてそういう才能を持っていない。
結果、ほとんどそういう貴族側の努力は無駄になったそうだ。
「話を戻します。その事故で視力を失って以降、お嬢様はずっとこの町、いや、この屋敷にいます。もちろん社交界に出ることもできません。お嬢様にとっての世界は、ほとんどがこの屋敷で全てになってしまったんです。」
この世界においてはもちろんバリアフリーという概念はない。目の見えないヘレンさんが生きていくにはそうするしかなかったのだろう。
「事故で視力を失う前から交流のあったフィーア様はそれでも友人として接してくれました。手紙のやり取りをして、お嬢様の閉ざされた世界を広げてくれました。私は非常に感謝しております。」
もちろんヘレンさんが手紙を書いたり読んだりすることはできないので、アニーさんが代わりにヘレンさんの言葉を手紙に書いたり送られてきた手紙を読んだりしてきたらしい。
「フィーア様の手紙にはいろいろなことが書いてありました。近況報告に始まり、あなたのこと、そして花火のことも。」
フィーアさんが俺のことをどこまで話していたのかさっぱり分からなかったのだが、この様子を見るにかなり詳しく書いていそうだ。
「フィーア様の手紙に年甲斐もなく私は心震えてしまいました。花火という未知の芸術。それをぜひ見てみたいと思ったものです。そして、そう思ったのは私だけではありませんでした。」
アニーさんの表情が暗くなる。
「私は聞き逃しませんでした。お嬢様の"見てみたいな。"というつぶやきを。」
視力を失ったヘレンさんはたとえ花火を打ち上げたとしてもそれを見ることはできない。どれだけ近くにあろうと、その目にあの美しい光景を焼き付けることができないのだ。
「私はお嬢様に花火を見せてあげたい。でも、それは不可能なんです。だから、花火の製作者であるあなたに目の見えない人でも楽しむことのできる花火を作っていただきたいのです。」
「そうはいっても、ここには材料も作るための器具もありません。いったん帰って、花火を作ってまた訪れるという形になってしまうんですけど。」
正直、力にはなりたいと思っている。だが、今作ることは状況的に不可能なはず。そう思ったとき、アニーさんは懐から一枚の紙を取り出した。
「本当はよくないことではありますが、とある伝手でウェスタン家と商人の取引記録を入手しました。その記録から、花火の材料を推測したのですが、合っていますでしょうか?」
その紙に書かれた材料の一覧は確かに、俺が花火を作るために使っている材料ばかりだった。ウェスタン家は別に花火の材料だけを取引しているわけではない。入手した取引記録には花火とは関係ないものも多くあったはずだ。
その中から的確に花火の材料と思われるものを抜き出したというのだろうか。だとしたら、アニーさんは相当に頭が良いのかもしれない。
だが、問題となるのは材料だけではない。
「仮にこれらの材料がそろえられたとしても、器具がありません。」
例えば火薬などの材料を混ぜ合わせた星。これを均等に大きくするための回転する壺。セバスチャンさんにお願いして特別に依頼してもらった特注品だ。
「言ってくれれば、私の持つ伝手をすべて使って器材をそろえて見せます。お願いします!お嬢様のために、花火を作ってください!」
アニーさんは頭を下げる。俺の答えはすでに決まっていた。
翌日、俺とフィーアさん、そしてヘレンさんはノーザン領の観光に出ていた。ヘレンさんのお付きとしているメイドさんはアニーさんではなく、別のメイドさんであった。
「珍しいわね、アニーに急に仕事が入るなんて。」
「本人曰く、"旦那様から急に仕事を任された"って言ってたけど。」
「うーん。そうなのかな……。」
ヘレンさんは少し怪しむような声を出す。アニーさんが不在の理由は花火のための材料と器具を仕入れるためだ。
俺はアニーさんの依頼を受け入れた。フィーアさんに相談しないのは良くないかとも考えたのだが、相談するタイミングがなかったのだ。後で話せばきっと許してくれるだろう。
客人である俺とフィーアさんがいるからだろうか。ヘレンさんはすぐに表情を変えて、案内を始めてくれた。
ノーザン領には多くの観光地があるようで、ヘレンさんは一つ一つ丁寧に解説してくれた。歴史ある建物から自然を楽しむことのできる公園など、元の世界で比べてもすべてが非常に高いレベルだと思う。
そんな中、歩く俺はどこか上の空だった。
(目の見えない人にも楽しめる花火か……。)
考える内容はヘレンさんのためにどのような花火を打ち上げるか。花火の中には音を楽しむものもあるが、花火を楽しむには一番重要なのはやはり視覚だと俺は考えている。
夜空に咲き誇る色鮮やかな花。それこそが花火の一番の醍醐味だ。
視力を失ったヘレンさんのために一体どんな花火を打ち上げるか。こちらに滞在する時間も限られている今、俺はその答えをいち早く出さなくてはならないのだ。
そんな考え事をしながら観光していたからだろうか。俺の方をちらちらと見る視線に気づくことはできなかった。
第4章4話いかがだったでしょうか。一体光はどのような花火を作るつもりなのでしょうか?
次回更新は11/23(水)になります。読んでいただけたら嬉しいです。