第3章 隣国の気弱な少年王子 3
前回のあらすじ:他国から留学に来ている王子のシュウ君は気弱なところがあり運動会で実力を発揮できるか不安なようだ。
第3章3話です。最近本当に寒くなりましたね。皆様体調に気を付けてください。自分は見事に体調を崩しました。
「ふふふ。」
思わず笑みがこぼれる。きっと傍から見れば今の俺は気持ちの悪い笑みを浮かべていることだろう。でも、ここまでうまくいくとは思っていなかった。
俺は目の前に並べたとある粉を左から順に眺めた。
「これは銅系、こっちはナトリウム系、これは多分カルシウム系かな。こんなに揃えられるとはさすがセバスチャンさんだ。」
そう。目の前にある粉の正体は金属粉だった。俺の話を聞いて、セバスチャンさんが仕入れようとしていたものが、ようやくこちらに届いたのだ。
元の世界にある着色剤とは異なるだろうが、これらでも十分代用できそうだ。これらの金属があれば、今まで単色の花火しか作れなかったのが色鮮やかな花火も作れるようになる。
それだけではない。今回作ろうとしている"昼花火"。今までの材料だけならいくつか諦めなければならない花火もあったが、色を付けられるとなるとさらに幅が広がる。
――さて、どんな花火を作れば良いだろうか。
今回はフィーアさんの時のように単発で終わらせるつもりはない。正式に国からの協力を得られるようになったので使える火薬の量も増えた。それなりの数の花火を打ち上げることができるだろう。
「まずはやっぱり号砲かな。運動会の開始にはふさわしい。段雷を使って盛り上げて、ここぞというところであれを出そうかな。いや、でも俺に作れるか?」
俺は運動会での花火打ち上げのプランを口に出しながら考える。ちなみに号砲は一回「ドンッ!」という音が鳴る花火で、段雷とは3~5回音が連続して鳴る花火の事である。これらに関してはそこまで難しい作りはしていない。なぜなら、夜花火と違って火薬の配置に細かく気を使う必要が無いためである。
とはいってもそれはあくまで比較したらの話であって、爆発するタイミングなどを合わせる必要があり、決して簡単に作れるというわけではない。
そんなことを考えていると、突如入り口のドアが「ドンドン」と勢いよく叩かれる。俺はその音にびっくりし、肩がビクンと飛び跳ねた。
火薬が多く置かれている以上、この部屋は割と危険なことが多い。以前ディーテさんが勝手に入ってきたことがあったが、あれも相当危ない行為になってしまう。なので、フィーアさんでさえ念のために入る前にノックするように言っておいたのである。
俺は驚きで跳ねた心臓を落ち着けて、ドアを開けた。そこには慌てた様子のフィーアさんが息を切らして立っていた。
「ヒカル様、大変です。何が大変って、それはもう大変なんです!」
支離滅裂な物言いのフィーアさんを落ち着けて俺は話を聞くことにした。
「コホン。先ほどは失礼いたしました。あまりに予想外なことが起きて、取り乱してしまいました。」
フィーアさんは一回咳払いをして、ほんの少し赤らめた顔を背ける。
ここはフィーアさんの部屋。あの作業場は話をするのに向いていないので、場所を移すことにしたのだ。最近は作業場にいない時はいつもこの部屋に居る気がする。
しかし、あのフィーアさんがここまで取り乱すとは一体何が起きたのだろうか。俺に関係がないことだったら、俺のところまでは来ないだろうし今回の依頼の件だろうか。
「実は例の運動会の件。あれに想定外の事態が発生しました。」
やっぱりか。一体、何が起こったというのだろうか。俺は居住まいを正し、しっかりと聞く姿勢をとった。
「例の運動会……、シュウ様のお父様が見にいらっしゃるそうなのです。」
「?」
俺はフィーアさんの言葉の意味が分からず、思わず首を傾げた。前の世界でもそうだったのだが、別に運動会に親がやってくることは不思議な事ではない。そこまで考えて、俺はハッと問題の大きさにようやく気付いた。
「そう。シュウ様はナム王国の王子。お父様とはすなわち、ナム王国の国王になります。」
そうだ。シュウ君の家は普通の家庭じゃないんだった。とはいっても他国の王がわざわざ子供の運動会を見るためにやってくるだろうか?
俺のそんな疑問を読み取ってくれたフィーアさんはその疑問に答えてくれる。
「名目上は貿易に関する税の話し合いをしに来ることになっています。……それ以上に、ナム王国の国王は家族愛が深いことで有名なんです。何でも、シュウ様が我が国に留学してくることになった時も反対されたとか。」
まさか本当に子どもの運動会を見るためにやってくるとは。いや、でも自分の子供の成長をしっかりと見守りたいというのは親として当然の感情なのかもしれない。
「つきましては、王から勅命がありまして。ナム王国の国王も見に来る運動会を相応しいものにせよとのことです。ちなみにですが……王も見に来られるらしいです。」
まさかの国王が二人見にやってくるなんて。これは想像以上に大仕事になってしまったな。しかも、漠然と相応しいものなんて言われても。
俺とフィーアさんは思わず困った顔を突き合わせて、新たな問題を抱えたことにうなだれることになった。
困った俺たちは諸々の相談をするためにシュウ君が通っているという学院にまでやって来ていた。
「――以上が運動会のプログラムになります。」
学院の教員から渡された運動会のプログラムに関する資料を手に持って眺める。かけっこに玉入れ、騎馬戦にリレーと元の世界での運動会でもよく見られたような種目が並んでいる。
「二人の国王がやってくるわけですが、何か特別なことはされるのですか?」
フィーアさんが片手をあげて質問する。その質問に対して、教員は困ったように眉をひそめた。
「何かしたいとは思ったのですが、元からある種目を削るわけにもいかず。しかも時間の問題もあるので、追加で何かするというのが難しい状況でして……。できることなら、そのハナビ?で特別感を出していただきたいのです。」
学院としては特別に何かはできない。ある意味に、この異世界に置いて花火を利用するだけでも特別感は出せるだろうが、それだけでは足りないだろう。
「とりあえず、花火を打ち上げるとかなり大きな音が鳴ります。混乱の可能性がありますので、運動会の告知と合わせて近隣にも注意をお願いします。実際に花火を打ち上げるのは、運動会の始まり・終わりと……。」
俺は花火を打ち上げる適切なタイミングを考える。
運動会を盛り上げながらも、シュウ君の依頼にも応えることができる、そんなタイミングを探る。
「あれ?もしかして、あれは。」
フィーアさんが校庭の方を指さす。そこは動きやすい服装に着替えてかけっこしている子供たちの姿。その中でも一際目立つ足の速い少年。シュウ君の姿も見えた。
第3章3話いかがだったでしょうか。親が運動会を見に来るのは割と自然なことだと思うのですが、高貴な方がいらっしゃったりしたら運営側の胃はキリキリと痛みそうですね。
次回更新は11/2(水)になります。読んでいただけたら嬉しいです。