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第3章 隣国の気弱な少年王子 2

前回のあらすじ:新たな依頼人の少年と話をすることになった。


第3章2話です。


 初めての客人である少年はおずおずと席に着いた。位置関係としては、部屋の一番奥にある執務机にフィーアさん、それと向き合うように置かれた客人用の横長のソファと机に少年、そしてその客人の脇に座るのが俺だ。

 

 フィーアさんに促されて、その少年は自己紹介を始めた。

 

 「僕はナム王国第三王子のシュウと言います。こちらの国の学院に留学しに来ているんです。」

 

 他国の王子なのか。こちらの世界でも留学というシステムはあるらしい。俺はあまりこの世界の国とかの事情について詳しくないので何も言わず黙っておく。そんな俺の思いを知ってか知らずか、フィーアさんが俺の分の紹介までしてくれた。

 

 「知っての通り、私はフィーア=ウェスタンです。そして、こちらが職人のヒカルです。花火についてはどの程度知ってますか?」

 

 職人と言われるとなんか照れるな。俺はまだ全然職人と呼ばれるような腕ではないのだけれど、そう言われて悪い気はしない。

 

 「はい!学院の寮からも見ることができました!夜空に突如現れたあれ(・・)を見て興奮しない人はいませんでしたよ。」

 

 そう言ったシュウ君ははつらつとした笑顔を見せる。学院に通っていると言っていたが、一体何歳なのだろうか?見た目では12歳くらいに見えるのだが。

 そのまま語りだしそうな勢いのシュウ君を遮って、フィーアさんは話し始めた。

 

 「その花火を作ったのがヒカルです。私は書面で概要を把握していますが、一応あなたの口から依頼を聞いても良いですか?彼にはまだ話していませんので。」

 

 そう言ってフィーアさんは俺の方をちらりと見た。俺は小さく頷いて、シュウ君の方を向いて話を聞く姿勢をとった。

 俺がすべき役割は彼の悩みを聞いて、それに合わせて花火を作ることだ。そのためにはまずはしっかりと話を聞いておかなくては。

 

 「……実は、今度運動会があるのです。」

 

 「は?」

 

 あまりに予想外の単語に俺は思わず変な声を出してしまった。俺の方に視線が集まってしまったので、コホンと一回咳払いをして誤魔化した。

 

 運動会。元の世界でも高校生である俺には割と馴染みのある単語だ。かけっこだったり、玉入れだったり、いろいろな運動種目を続けて行うのが元の世界での運動会だがこっちでもそうなのだろうか。

 もしかしたら、同じ名前なだけで剣や魔法を使った決闘なんかをしたりするかもしれない。ここは魔法も存在するファンタジー世界なのだ。その可能性だって十分にある。

 

 「知ってるとは思いますが、運動会とは生徒間で足の速さを競ったり、玉入れをしたりするあれです。純粋な身体能力を競うので、魔法は禁止になっています。」

 

 俺が想像している通りの運動会だった。しかも、魔法も禁止ということは元の世界の運動会と変わり無さそうだ。

 

 「僕はナム王国の第三王子、つまるところ国の代表みたいな立場です。なので、運動会で変な姿は見せられないんです。けど、一つ問題があるんです。」

 

 「もしかして、運動が苦手とか?」

 

 運動が苦手な人間にとって運動会は非常にしんどい行事だ。しかも、運動が苦手なところを他の人に見せたくないと思っているのだとしたら、運動会を問題視する気持ちはよく理解できる。

 

 「いえ、運動はできる方です。学年で一番とは言いませんが、上位10人には入れると思います。」

 

 だとしたら何も問題ないだろう。逆に、運動が得意な人にとって運動会とはヒーローになれる場だ。楽しみにする理由こそあれ、ここに悩みを相談しに来る理由が思いつかない。そんな俺の困惑を読み取ってくれたのか、困り顔でシュウ君が話し始めた。

 

 「僕、本番だと緊張して実力を発揮できないんです。特に、大勢の人に見られちゃうと、足が震えちゃって。」

 

 緊張。確かにそれは難しい問題だ。たまに全く緊張しないという人間もいるが、みんながみんなそういう人間ではない。俺も結構緊張してしまう質だ。

 しかも厄介なのは、緊張というものは対策するのがとても難しいということだ。よく「緊張するときにはこれをしよう」みたいな対策が言われたりするが、本当の緊張しいというのはそうやって無理矢理緊張をほぐそうとしてしまい、さらに緊張で体がこわばってしまうことだってある。……ちなみにこれは実体験だ。

 

 「花火が上がった日も僕は運動会のことを考えて暗い気持ちになっていたんです。でも、あの日見た花火で僕のそんな暗い気持ちは吹き飛んでいきました。なので、本番の運動会の時も、花火を上げてほしいんです!」

 

 

 

 

 その後は話もそこそこにして、シュウ君は帰っていった。俺は顎に手を当てて考える。どうすれば、シュウ君の想いに応えられるような花火を作ることができるだろうか。

 

 セバスチャンさんが紅茶のおかわりを淹れてくれる。実はシュウ君がいたときにも紅茶を淹れてくれていたのだが、あまりに自然に淹れていたので俺は途中まで気づいていなかった。これが凄腕の執事の為せる技か。

 

 「それにしても、また難しい問題ですね。」

 

 フィーアさんが頬に手を当てて少し首をかしげる。俺は顔を上げて紅茶を少しすすって声を上げたフィーアさんの方に顔を向けた。

 

 「運動会ということは、時刻は昼間。あの花火の彩は夜の闇でこそ映えると思うんです。どうしたら良いんでしょうか……。」

 

 フィーアさんは打ち上げる花火について考えてくれていたらしい。確かに、フィーアさんの言う通りではあるのだが。

 

 「それについては、もう考えがあります。というか、打ち上げる花火についての構想は大体できています。」

 

 「え?そうなんですか?」

 

 フィーアさんが困惑した声を上げる。考えてくれたところ悪いのだが、俺の中では大体どのような花火を打ち上げるかのイメージはすでにあった。

 

 それは、"昼花火"だ。

 

 "昼花火"とは、その名の通り昼間にあげる花火の総称で、夜にあげる花火を特に夜花火と呼んで区別することがあるものだ。昼花火自体は身近なものもあって、例えば"号砲"。それこそ運動会やお祭りの開催の合図として上げられることのある花火だ。

 他にもいろいろな種類があるが、元の世界でも昼に上げるこの"昼花火"を上げようと思うのだ。

 

 「昼に上がる花火……。全然想像できませんわ。」

 

 確かにこの異世界に来て作った花火はすべて夜に楽しむ花火ばかりだったのでイメージが着かないのも無理はないだろう。

 

 「それに、打ち上げる花火の構想ができているなら何で悩んでいましたの?」

 

 前回ディーテさんやアレスさんのために線香花火を作った時は、その線香花火というのを思いつくのに時間を要したのをフィーアさんは知っている。だからこそ、フィーアさんはそれを疑問に思っているのだろう。

 

 「一つは材料の問題。後、作れるかどうかという技術的な問題。そして、もう一つはその花火で彼の問題を解決することができるか。問題はまだまだ山積みです。」

 

 そう、問題は山積みなのだ。セバスチャンさんに材料について聞いてみたところいくつかは心当たりがあるということなので、その発注をお願いしさっそく作業に移ることにした。

 

 ――この時の俺は知らなかった。この依頼にさらなる問題が転がり込んでくることになるとは。


第3章2話いかがだったでしょうか。昼花火について皆さんは知っていたでしょうか?もし知っているとしたら、あなたはかなり花火マニアだと思います。


次回更新は10/28(金)になります。読んでいただけたら嬉しいです。

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