第2章 老練の凄腕冒険者と帰りを待つ受付 5
前回のあらすじ:線香花火を作り始める光だが、中々うまく作ることはできないようだ。
第2章5話です。
「こんな時間にあんたが呼び出すなんて珍しいな、ディーテ。」
時刻は夜。冒険者たちは今頃酒場で酒を飲んでいる頃だろう。遠くから酒を飲んで陽気になっているのであろう男たちの声が聞こえてくる。
ここはそう言った夜の喧騒から少し離れた場所。ウェスタン家の屋敷の近くにある倉庫の隣だ。そう、ヒカルが花火を作っているあの倉庫である。
そんな場所に私はアレスを呼び出していた。それはようやく準備が整ったからである。
「ええ、今日はあなたと話をしたくてね。お酒でも飲みながら、どう?」
そういって用意してあったエールをコップに入れて渡す。
「お、気が利くじゃねえか。また面倒な依頼受けたから、しばらく酒も飲めなくなりそうだしな。」
「言っておくけど、あの件はまだ許していないんだからね。あの子泣いてたわよ。」
彼は自分が依頼を受けるために、新入りの受付の子を半ば脅迫のようなことをしたのである。その子は私に泣きながら謝りに来たのだ。
さすがに思い当たるところがあるのか、彼は少し気まずそうに目をそらしながら頭を書いた。
ちなみに、私はプライベートと仕事はきちんと分けている。仕事中は冒険者達には毅然とした態度で敬語を崩さないようにしているが、休みの時には長年の付き合いである彼には敬語を使っていない。
「それで、話ってなんだよ?」
「そう焦らないで。ちょっとした余興を用意したの。」
彼の持つコップにエールはもう残っていない。私はそのコップに再びエールを注ぎ、近くから水の入ったバケツとあれを持ってくる。
「なんだそれ?」
「センコウハナビって言うらしいわ。花火は知ってる?冒険者たちの間だと、夜の爆弾とか言われてるらしいわね。本当に風情の無い言い方。」
「あー、何か話してる奴いたな。街から離れていたからな。見られなかったんだよ。」
そっか。この人はあの日、この街にいなかったんだった。私はヒカルの花火を作るときの熱心な顔を思い出す。きっとあの子ならこれからも花火を作ることになるだろうし、きっとアレスも見る機会がいずれ来ることだろう。
「その花火を作った人が新しい種類の花火を作ったの。それが"センコウハナビ"。前のものほど派手なものではないけど、風情があるものよ。」
私はすでにテストとしてセンコウハナビを試している。ヒカルからすると納得のいく出来ではなかったのかもしれないが、自分で作ったものがあんな風になるとは全然思わなかった。
「風情って言ってもな。俺にはそういうもんはよく分かんねえよ。」
「いいからやってみましょう。」
そういって一本のセンコウハナビを手渡す。彼は受け取ってはくれたものの、どうすれば良いのか分からずおろおろとしている。その様子が何だかおかしくて私はクスっと笑ってしまう。その後、私は自分用に一本のセンコウハナビを取り出した。
「点火。」
私は簡単な火魔法を使ってセンコウハナビの先に火をつける。出来る限り彼が見やすいように、そして慎重に小さな火の玉が着いた一本のひものようなものを右手で吊り下げた。
「見てて。」
私は左手の人差し指を立てて口に当てる。彼はその意図を察して、口をつぐんだ。
点火とともに真っ赤な火の玉がだんだんと大きくなっていく。今にも弾けんとするその様は、まるで花を咲かせる前の"蕾"のようだ。
パチッパチッと音を立てながら、火花が散り始める。それは美しく咲き誇る、"牡丹"の花のように。
火花の勢いは増していく。激しく散る火花はまるで、力強く葉を伸ばした"松"をほうふつさせる。
そこでフッと風が吹いた。燃え盛っていた火球があっけなく落ちてしまう。
「あっ。」
私は思わず声を出してしまった。まだ、最後の瞬間を見られていない。それなのに、どうして。
私は名残惜しそうな顔で、隣に立つアレスの方を見た。彼は珍しいものを見たような顔で落ちてしまった火球をじっと見つめていた。私が見ていることに気づいたのか、彼も私の方を見てこほんと一回咳払いをした。
「あー、何だ。このセンコウハナビ?ってやつはきれいだな。こういう細かいのは基本的に苦手なんだが、それでもそう思うぜ。」
「そうじゃない、私やあの子がこれに込めた想いは……。」
「え?これ、ディーテが作ったのか?」
アレスが驚いたような声を上げる。私はゆっくりと呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
「そうよ。あなたにどうしても伝えたい想いがあったの。次はあなたもやってみる?そっと手に持ってむやみに動かさないだけだから。」
私の真剣な表情に彼はちょっと難しい表情をするが、すぐに真剣な表情をしてくれる。彼は本当に優しい。人の気持ちや想いに鈍感なところはあるが、決してそれは理解しようとしていないのではない。ただ、不器用なだけなのだ。
だから、私は彼に真摯に向き合う。
彼は先ほどの私を真似するようにセンコウハナビを慎重に持った。そのセンコウハナビに私は魔法で火を点ける。
微動だにしない彼の手元でセンコウハナビは火花を上げる。
先ほどと同じように、火花は"蕾"、"牡丹"、"松"と形は変えていった。今度は風が吹くこともなく、ピクリとも動かない彼の安定した手元はさらにセンコウハナビを次の形へと移行していく。
火花の勢いがだんだんと衰えていく。火花も細く、垂れ下がる"柳"のように落ちていく。
そして、火球は次第に分裂しなくなっていく。しかし、最後まで美しく咲きながらも花びらが一枚、また一枚と落ちていく。その様子はまるで"菊"の散り際のようだ。
火球が完全にその力を失った。ほんのわずかな明かりではあるのだが、周囲に再び暗闇が訪れる。そして、ほんの少しの静寂も。
その静寂を破るように私は口を開いた。彼はまだ、私たちの想いが分かっていないような顔をしていたから。
「私もあの子に教えてもらったんだけど、センコウハナビは人の人生に喩えられるらしいわ。」
第2章5話いかがだったでしょうか。線香花火は「蕾→牡丹→松→柳→散り菊」という順番で姿が変わっていく面白い花火です。まあ、自分はいつも風に吹かれて途中で終わってしまうんですけど。
次回更新は10/19(水)になります。読んでいただけたら嬉しいです。